アンドロイドは文学少女に夢を見るか プレビュー版

アンドロイドは文学少女に夢を見るか
プレビュー版
作:弥生ひつじ
http://hello-hitsuji.tk/
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万
千円、
万
千円、
万
千円……。
分、僕はかき集めたお金を何度も数え直していた。
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時
時
分の各駅停車に乗り、 時
分に
千円足りない。当たり前だ、数えるだけでお金が増えたら誰も苦労しない。
時
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6
7
一晩で百万円用意しろと要求するほうが無茶なのだ。
時に起床し、
分に差分ファイル
41
万
四月二十日の
31 5
この日、僕はいつもと同じように、
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4
出社した。缶コーヒーを飲み干し、メールチェックを済ませたあと、
5
まだ
22 97
1
4
2
時 分にとると決めているので、何も言わずとも唐揚げ定食を出
12
3
時
分、モジュールの結合テストをしていると、オフィスの呼び鈴が鳴った。おそらくク
僕は残っていた白米を平らげて仕事に戻った。
「このままだと困るので、みっつ数えると離れるようになります。ひとつ、ふたつ、みっつ、はい」
テレビは胡散臭い催眠ショーを流していた。
なります。ひとつ、ふたつ、みっつ、はい」
「この指先をじっと見てください。みっつ数を数えて、指を鳴らすと、あなたの手は動かなく
してくれる。
とは顔馴染みだし、昼食は
の抽出バッチを実行する。修正作業を片付けたら、五四○円を持って食堂に行く。おばちゃん
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38
97
14
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はなぞの
リーニングの人だろう。
ロビーへ赴くと、いつもの眼鏡をかけたおじさんではなく、白いブラウスとチャコールグレー
「こんにちは、花園クリーニングです。お預かりしていた衣類をお届けにまいりました」
あどけない笑顔で挨拶をする彼女は、運命の神様が出逢わせる相手を間違えたとしか思えな
のベストを纏った女性が入ってきた。
使用
年目になる僕のOSが初めて狂い、僕はなぜか反射的に申し訳ない気持ちになった。
いほど美しく、まるで焼け野原に咲いた百合のようだった。
「花園クリーニングの人」
「今の娘、誰?」
こ
彼女とすれ違いで野口が帰ってきた。いつ見ても歌舞伎町のホストにしか見えない。
「では、またのご利用をお待ちしてます」
正面から視線を合わせることができなかった。
「いえ、何も……」
「何がお気づきの点がありましたか?」
不安そうに言った。
ずっと見とれていたのだと思う。衣類を受け取ったまま動かない僕に、彼女は上目遣いで、
初めて湧き上がった感情をどのように処理したらいいのかわからない。
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ポリエチレン製の手提げ袋を持ったまま立ち尽くす僕を見て、野口は「なるほど」と、小気
みづき
味悪い笑みを浮かべた。
「観月、おまえ、あの娘に惚れたんだろ」
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嫌な予感がした。
「何をするんだ」
「おまえとあの美女をくっつける。彼女の名前は?
僕は首を横に振った。
ベージュ色の味気ない壁があった。
「つまらない奴だな。ちょっと右を見てみろ。右向け右」
足りない。
「遠慮しておく」僕は断った。こんな常識外れの人間に付き合っていたら命がいくつあっても
僕には、そう思える根拠が見つからなかった。
大丈夫だ、絶対にうまくいくから」
「猫顔だったから、しばらくは子猫ちゃんでいいか。子猫ちゃんをおまえの彼女にしてやる。
聞けた?」
「それなら話は早い。かわいい後輩のためだ、この俺が一肌脱いであげよう」
ちを打った。
「そうだね」と、僕は敬語を使って罰金を取られたときのことを思い出しながら、適当に相づ
「あの娘、かわいかったよな。たぶん十年に一度の逸材だぜ」
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「子猫ちゃんと付き合ったときのことを想像してみろ。右を向いたら、壁じゃなくて彼女が目
うまくいったらの話だけど。
に入るんだ。好きな人がすぐそこにいて、微笑みかけてきて、一緒に食事ができるんだ」
「食事が終わったら、二人で一緒にお風呂に入って、しまいには彼女が顔を赤らめながら『今
夜は私をめちゃくちゃにして』って言い寄ってくるんだぜ」
自分の唾を飲み込む音が、はっきりと聞こえた。
隙ありと見たのだろう、野口がたたみかけてきた。
終業後、僕は野口に言われるまま、秋葉原の交差点に連れてこられた。野口は「ちょっと見
「今日の仕事終わりにちょっと付き合え。これは上司としての命令な」
AKBだと思ったよ。まるでセイレーンのような美しさだよ。ちが
てな」と言い残して、近くにいた黒髪の女性に声をかけた。
絶対AKBと間違われたことあるでしょ?」
超タイプ!
「うわっ!
実は俺、すごく時間あるんだけど……」
歯が浮くような台詞をいけしゃあしゃあと口にした。
うの、歌姫じゃないの?
「今時間ある?
ほら、すぐ目の前にお店あるし」
張り詰めた沈黙が場を包む。
女性は笑いながら「いいですよ」と承諾し、二人はそのまま喫茶店へと消えていった。
「ちょっとお茶しない?
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ナンパしろとでもいうのだろうか。僕はいよいよつまらなくなり、向かっ腹を立てながら一
帰り道の途中、ベンチに腰掛けて談笑する制服姿の女子学生達の横を通り過ぎた。後ろから
人でその場を立ち去った。
彼女たちの笑い声が聞こえた。
「うわっ、今の人、超ださい。絶対彼氏にしたくないタイプだよね」
野口ならいざしらず、なぜ見ず知らずの人にそんなことを言われなければならないのだろう。
僕の両腕がぷるぷる震えてきた。
きびす
絶対、変わってやる。
踵を返して喫茶店へ戻ると、野口と先刻の女性が入口の前で手を振っているところだった。
覚悟を決めた。
肩に力が入り、震えた声しか出なかった。
「僕を、変えてください」
「いいだろう」野口は言った。「ただし、ひとつだけ条件がある」
「わかった、のもう」
「明日までに現金百万円を用意しろ」
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「
万
千円しか用意できなかった。残りは待ってほしい」
翌日、僕は有り金すべてを持って野口に話しかけた。
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「非現実的な話だと思う」
俺は百万円用意しろと言ったが、それを俺に渡せとはひとこと
むな
野口は鞄からA5サイズの折立鏡を取り出すと、僕の胸ぐらを掴んだ。
「あの話はフィクションだという噂もある」
海外ドラマの俳優みたいなジェスチャーをしながら言った。
「おまえ、『電車男』の話、知らないの?
アンビリーバブル!」
「おまえはバカだな。誰もが認めるイケメンになるために遣うんだよ」
野口は鼻で笑った。
「お金で釣るような真似はしたくない」
も言ってない。その百万円で子猫ちゃんのハートを射止めるんだ」
「何を勘違いしているんだ?
う少し安くならないか」
「何をするつもりなのかは知らないが、いきなり百万円も支払うのはリスクが大きすぎる。も
「どうやら本気のようだな。いいだろう、残りは待ってやる。しあさって給料日だしな」
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「いいことを教えてやる。世の中には二種類の男しかいないんだ。誰もが認めるイケメンと、
マニアにしか受けないイケメン。鏡をよく見ろ、ここにイケメンがいる。おまえはイケメンだ。
傍から見てい
これからさらに格好良くなって、子猫ちゃん好みのイケメンになろうではないか」
拒否権はなさそうだ。僕は渋々彼の言葉に従うことにした。
「まずは詳しい話を聞かせてもらおう。子猫ちゃんとはどうやって出会った?
それとも会話した?」
僕は彼女と出会ったときのことを思い出しながら、可能な限り客観的かつ的確に説明した。
て惚れたのか?
野口は「あちゃあ」と言わんばかりに額を手で叩いた。
「つまり、第一印象は最悪だったということか。なるべく早いうちにリカバリーショットを打っ
自覚はしていたが、改めて他人に指摘されると落ち込むものだ。
て挽回しなければならない」
「急がなければならない理由がもうひとつある。それは、異性を落とすためにかけられる時間
は出会ってから ——
三ヶ月しかないからだ」
「どういうことだ」僕は尋ねた。
「ヒトは誰かと知り合ったら、『この人は恋愛対象』『この人は友達』『この人とは関わりたく
ない』という具合にカテゴリー分けをしてしまう。そのカテゴリー分けが完了するのが、ほと
んどの場合約三ヶ月というわけだ。その時点で『友達カテゴリー』に入っていたら試合終了、
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それ以降もだらだら口説いているとどうなるか。誰しも一度は耳にしたことがある『あなたは
しつこい人は嫌いです!』となるわけだ」
いい人だと思うけど、友達にしか見られないの。だからごめんなさい』という決まり文句で断
れいいち
られ、それがやがて『何度も誘わないでください!
初めて知る事実だった。
できるのか?
どうだ、面白くなってきたと思わねえか」
「せいぜい百日だな。さあ、果たして観月零一は百万円と百日間で子猫ちゃんを落とすことが
「ヒトの人生をゲームにしないでくれ」
「大丈夫だ、俺が指導するんだから、絶対にうまくいく」
日。
こうして僕は特訓をすることになった。
タイムリミットまで残り、
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