ま え が き - 国立民族学博物館

牛 島 ・中 山
ま えが き
ま
牛
こ の 報 告 書 は,昭
え
島
が
巌*・ 中
き
山
和
芳**
和59年 度 か ら61年 度 に わ た っ て 行 な わ れ た 国 立 民 族 学 博 物 館 の 共
同 研 究 「オ セ ァ ニ ア の 民 族 文 化 に お け る 個 別 性 と普 遍 性 の 民 族 学 的 研 究 」 の 成 果 で あ
る 。 こ の 共 同 研 究 は,昭
和57年 度 か ら58年 度 に 実 施 し た 共 同 研 究 「ミ ク ロ ネ シ ア の 民
族 文 化 の エ ス ノ ヒ ス ト リー の 研 究 」 を 継 続 し,ミ
域 的 変 異,さ
ら に は そ の 変 容 の 問 題 を,広
ク ロ ネ シ ア の 基 層 文 化 に み られ る 地
くポ リネ シ ア や メ ラ ネ シ ア地 域 を も 視 野 に
入 れ て 探 究 す る こ と を 意 図 した も の で あ る 。 な お,57年
は,Cultural
Uniformity
Ethnological
Studies
ミ ク ロ ネ シ ア は,ポ
and
21と
Diversity
in Micronesiaと
リ ネ シ ア,メ
ラ ネ シ ア と共 通 す る 文 化 要 素 を そ な え て,オ
リネ シ ア 語 に 属 す る 言 語,イ
ウ ト リ ガ ー を そ な え た カ ヌ ー に よ る 外 洋 航 海 術,腰
類 を 利 用 す る 装 身 具,入
な り の 基 層 部 分 は,他
こ の た め に,オ
い う タ イ トル で,
Senri
して 刊 行 した 。
ニ ア文 化 圏 の 一 翼 を 構 成 す る。 マ ラ イ=ポ
利 用,ア
一58年 度 の 共 同 研 究 の 成 果
墨 な ど に よ る装 身,首
蓑,腰
長 制 組 織 な ど,ミ
巻,ふ
セァ
モ 類 と果 実 の
ル ど し,貝
ク ロネ シア文 化 の か
の オ セ ア ニ ァ 地 域 と共 通 の も の で あ る 。
セ ア ニ ア 文 化 圏 で の 独 自性 と い う観 点 か らみ る と,「
文 化 」 と い う モ デ ル を た て ら れ る も の か ど う か は,問
幅 広 い 多 様 性 が あ る た め に,文
ミク ロ ネ シァ
題 が あ る。 ミ ク ロ ネ シ ア 文 化 は,
化 的 統 一 性 に 欠 け て お り,複 雑 な メ ラ ネ シ ア 文 化 と 均
質 な ポ リネ シ ア文 化 の 中間 に位 置 す るよ うに み う け られ る。
人 種 的 に み れ ば,ミ
ク ロ ネ シ ァ の 人 々 と ポ リ ネ シ ア の 人 々 は,基
本 的 に プ ロ ト ・モ
ン ゴ ロ イ ドま た は 亜 モ ン ゴ ロ イ ド と よ べ る 集 団 と の 近 似 性 を 示 す 。 ポ リ ネ シ ァ の 人 々
は 身 体 特 徴 の う え で も均 質 的 な 集 団 で,か
て,ミ
ク ロ ネ シ ア の 人 々 は,ポ
示 す が,地
な り判 然 と 区 別 し う る 集 団 で あ る の に 対 し
リネ シ ア の 人 々 よ り い っ そ う モ ン ゴ ロ イ ドの 表 現 型 を
域 的 な 変 異 が 大 き く,身 体 的 特 徴 を 一 概 に 表 現 す る こ と は 困 難 で あ る 。 ポ
リネ シ ァ の 人 々 に 類 似 す る 地 域 も あ る が,メ
ラネ シァ の 人 々 との連 続 性 が見 られ る地
域 もあ る。
*筑 波 大学 歴 史 ・人 類 学系
**国 立 民 族 学 博 物館 第4研 究 部
1
国立民族学博物館研究報告
ポ リネ シ ア 東 端 の イ ー ス タ ー 島 か ら,ア
広 大 な 地 域 に は オ ー ス ト ロ ネ シ ア 語(マ
っ て い る。 こ の 言 語 は,西
トロ ネ シ ア 諸 語(オ
フ リカ 大 陸 南 東 沖 の マ ダ ガ ス カ ル 島 ま で の
ラ イリポ
リネ シ ア 語)の
オ ー ス ト ロ ネ シ ア諸 語(ヘ
セ ァ ニ ァ 諸 語)に
別冊6号
話 し手 た ち が ち ら賦
ス ペ ロ ネ シ ァ 諸 語)と
東 オ ース
二 分 さ れ る。 こ の 二 つ の 言 語 群 の 境 界 線 は 東 経
130度 の あ た り に あ る 。 ミ ク ロ ネ シァ の な か で 西 縁 の マ リア ナ諸 島 の チ ャ モ ロ語 とパ
ラ オ(ベ
ラ ウ)諸
島 の パ ラ オ 語 は 西 オ ー ス トロ ネ シ ア 諸 語 と み な さ れ る 。 ヤ ップ 語 は
東 オ ー ス ト ロ ネ シ ア 諸 語 に 帰属 す る よ う に 見 え る が 決 め 手 に 欠 け,帰
属 不 明 の 言語 で
あ る 。 ヤ ップ か ら東 の ミ ク ロ ネ シ ア の 言 語 は東 オ ー ス トロ ネ シ ァ 諸 語 に 分 類 さ れ る
が,こ
れ は さ ら に,ヌ
語 系 の 言 語 と,一
ク オ ロ と カ ピ ンガ マ ラ ン ギの両 珊 瑚 礁 島 で 話 さ れ る ポ リネ シア
括 して 核 ミ ク ロ ネ シ ア 諸 語 と 呼 ば れ る 残 り の 島 々 の 言 語 と に 分 か れ
る 。 パ ラ オ 語 と チ ャ モ ロ 語 に 対 して は,こ
語 と の 関 係 が 説 か れ て い る が,核
れ ま で イ ン ドネ シア や フ ィ リ ピ ン方 面 の 言
ミ ク ロ ネ シ ァ諸 語 に 関 して は 北 部 ニ ュ ー ヘ ブ リ デ ス
諸 島 と の 親 縁 関 係 が 説 か れ て い る 。 こ れ に 従 え ば,ミ
・フ ィ リ ピ ン か ら ま っす ぐ東 に 進 む ル ー トの 他 に
島 を 北 上 し,迂
多 様 性 は,人
,メ
ク ロ ネ シ ア へ は,イ
ン ドネ シ ア
ラ ネ シ ア の ニ ュ,一ヘ ブ リデ ス 諸
回 す る ル ー トも あ っ た で あ ろ う 。 しか し,ミ
ク ロネ シ ア の 言 語 が 示 す
々 が ニ ュ ー ギ ニ ァ か ら北 上 した こ と で 形 成 さ れ た と も 考 え ら れ る の で あ
る。
民 族 学 的 に み て も,文
化 要 素 の 分 布 は 不 揃 い で,ミ
の ほ う が 目立 つ 。 こ の 不 統 一 な 様 相 は,外
ク ロネ シア 内部 の 幅広 い多 様 性
部 か ら の 影 響 の 結 果 と映 る か も し れ な い が,
こ の 影 響 は か な らず し も地 理 的 条 件 を 反 映 して い な い 。 文 化 の 諸 要 素 の 不 統0で
ば ら な 様 相 は,各
ばら
島 ・各 地 域 ご と の 独 自 な 文 化 的 選 択 の 過 程 で 生 み だ さ れ た と見 る べ
き で あ ろ う。
文 化 要 素 の 分 布 状 態 に つ い て い くつ か の 例 を あ げ て み る と,例
態 条 件 の 多 様 性 の 中 で,島
え ば 火 山 島 で は,生
毎 に 異 な る 主 作 物 が 選 択 さ れ て い る 。 だ が,量
的 に も っと
も 依 存 す る 主 作 物 が 常 に 高 い 価 値 を 認 め られ て い る わ け で は な い 。 ヤ ップ で の 主 作 物
は タ ロ イ モ で,補
助 的 に ヤ ム イ モ,サ
トイ モ が 作 ら れ て い る が,価
トイ モ で あ る 。 ポ ナ ペ で は パ ン ノ キ の 比 重 が 高 く,そ
値 の 高 い作 物 は サ
れ に次 いで バ ナ ナ とヤ ム イ モ が
作 ら れ て い る が,儀
礼 に 主 と して 用 い ら れ る 作 物 は ヤ ム イ モ で あ る 。 イ モ 類 と 果 実 の
利 用 と な ら ん で,生
業 と し て 漁 携 が 基 本 で あ る が,パ
各 島 で は,女
が 農 耕,男
71
ッ プ,中
が 漁 携 を 担 当 す る 明 確 な 分 業 が み られ,他
シ ャ ェ で は 逆 に 農 耕 を 男 が 担 い,漁
い る 。 ポ ナ ペ,マ
ラ オ,ヤ
ー シ ャル,ギ
携 は,男
も 行 な う も の の,主
方,ト
央 カ ロ リンの
ラ ッ ク,コ
と して 女 が 行 な っ て
ル バ ー トで は い ず れ の 生 業 も 男 の 仕 事 で あ る 。 料 理 法
牛 島 ・中山
まえがき
で も地 域 差 が み られ,パ
ラオ,ヤ
ップ で は土 器 を用 いた 煮 炊 き法,中 央 カ ロ リン以 東
で は地 炉 に よる石 焼 き法 が行 な わ れ て,重 複 しな い分 布 を示 す。 同様 な分 布 は 嗜好 品
に もみ られ,パ
ラオ,ヤ
され,ポ ナペ,コ
ップで は イ ン ドネ シア に連 な るベ テル ・チ ュ ウイ ングが 愛好
シャエで は ポ リネ シ ァに連 な る カヴ ァの 樹 液 が飲 用 され た 。 この二
つ の分 布 域 の 中間 に位 置 す る 中央 カ ロ リン,ト ラ ック とマ ー シ ャルで は嗜 好 品 が欠 け
て い た。 オ オハ マ ボ ウ,バ ナ ナの繊 維 を地 機 で 織 る イ ン ドネ シァ に連 な る織 布 の 技術
が,カ ロ リン各 地 にみ られ る が,ミ ク ロネ シア最 西 の パ ラオ に お い て は欠 如 し,ポ リ
ネ シァで 発達 した 樹 皮布 の技 術 が,東 カ ロ リン とな らん で,パ
ラオ に存 在 した。
上 に見 た よ うに ミク ロネ シァ文 化 を統 戸 的 な視 点 か ら記 述 す る ことは 容 易 で は な い。
しか しな が ら,例 え ば,親 族,首 長 制,土 地 所 有 な ど につ い て は,な ん らか の連 続 性
が見 られ,様 々な 変 異 と して理 解 で き るの で は な いか 。 共 同 研 究 「オ セ アニ ア の 民族
文 化 に おけ る個 別 性 と普 遍 性 の 民族 学 的研 究 」 で は,こ う した認 識 に基 づ いて,親 族,
首 長 制,土 地 所 有,言 語,物 質 文 化,そ
して文 化 接 触 な どの課 題 ご とに,報 告 と集 中
的な 討 議 を行 な って きた。 こ の報 告書 に収 録 さ れ た ほ とん どの論 文 は,こ れ らの 討議
をふ ま え て,各 自の責 任 に お いて 執筆 され た もので あ る。
本 報 告書 は4章 に分 か れ,そ れ ぞ れ,親 族,首 長 制 と土地 所 有,文 化 史 的 系 統 関係,
文 化 接触 の 問題 を扱 う。 論 文 に は,ひ ろ い地 域 に わた る多 様 性 と普 遍 性 の問題 に 関 す
る理論 的 な視 点 の提 示 を め ざ した もの と,個 々 の 島で の 実 地 調 査 に基 づ く分析 を試 み
た もの が あ る。 また,論 文 が扱 う地 域 は,ミ
ク ロネ シァ に関 す る もの が大 部 分 だ が,
隣接 す る メ ラネ シア や ポ リネ シ ア地 域 につ いて 言 及 した 論稿 も含 ま れ て い る。
な お,学 術 用 語,地 名,人 名 の 表記 は,統 一 を心 掛 けた が,最 終 的 に は執筆 者 の判
断 に委 ね た。
第1章 で は,親 族 の諸 相 を と りあ げ る。
吉 岡 は,オ セ アニ ア 地域 の 親 族 集 団 と親 族 範 疇 を比 較 す る た め の原 理 の 抽 出 を試 み
て い る。 彼 は,親 族集 団へ の帰 属 様 式 に着 目 し,そ れ が 親 子 関係 の連 続 に よ って規 定
され る とい う視 点 か ら,オ セア ニ ァ 社 会 の親 族 構 成 を捉 え よ う とす る。 彼 は,単 方 的
な 親 子 関係 の連 続 によ る集 団 帰 属 を リニ ア リテ ィ,双 方 的 な 親子 関係 に基 づ く集団 帰
属 を ラテ ラ リテ ィ と呼 び,こ の2つ の 形式 原 理で 親 族 集 団(範 疇)を 分 析 す る こ とを
主 張 す る。
この よ うな 視 角 か らオ セ アニ ア社 会 を見 渡 す と,一 方 に リニ ア リテ ィの み で 親族 集
団 が構 成 され る社 会 が あ り,他 方 には ラテ ラ リテ ィの み で 構 成 され る社 会 が あ る。 そ
して,こ の両 極 の 間 に,リ ニア リテ ィ と ラテ ラ リテ ィが 異 な る 度 合 いで 強 調 さ れ る社
111
国立民族学博物館研究報告
別冊6号
会 があ る。 吉 岡 に よ れ ば,オ セ アニ ア社 会 の親 族 集 団 へ の帰 属 様式 に幅 広 い多 様性 が
見 られ るの は,個 々 の社 会 が,こ の リニ ァ リテ ィ とラテ ラ リテ ィ とい う2つ の 原 理 の
それ ぞ れ を どの程 度 強調 し,バ ラ ンス を持 たせ て い るか と い う こ とか ら生 じて い る の
で あ る。
吉 岡 が 示 した の は,集 団 帰 属 の多 様性 につ いて の 原 理 的説 明 で あ るが,以 下 の 須藤
と青 柳 の 論 文 は,そ の多 様 性 が具 体 的 に どの よ うに して生 ず るか を述 べて い る。
須 藤 は,ミ
ク ロネ シア の母 系 社 会 にお いて は,母
と子 の 関係 が 「肉」,父 と子 の 関
係 が 「血 」 と して 表現 さ れ る こ とが 多 い と述 べ て い る。 トラ ック語 圏 の社 会 や マ ー シ
ャル で は,妻 方居 住 で 土 地 の相 続 は 母系 で あ るが,同
じ 「血 」 を 持 つ とされ る母 系 集
団 の男 性 成 員 の 子 供 に対 して,土 地 の使 用権 を認 めた り,土 地 を 贈与 す る こ と が制 度
化 され て い る。 こ う した制 度 は,母 系 集 団 に お け る土 地 と人 口 との不 均 衡 と い う問題
を是 正 す るた め で あ る と同時 に,集 団 の 成員 が減 少 した 時 のた め に人員 を確 保 す る手
段 と もな って い る,と 須 藤 は指 摘 して い る。 す なわ ち,母 系 集 団 の男 性 成 員 の 子 供 は,
状 況 に よ り,父 方 の 集団 に帰 属 す る こ とが可 能 なの で あ る。
パ ラオ(ベ ラ ウ)で も,子 供 は母 の 集 団 に も父 の集 団 に も帰 属 す る こ とが で きる。
母 を介 して集 団 に加 入す る子 供 は オ ッエ ル,父 を介 して 加 入す る子供 は ウ レ ッェル と
呼 ば れ る。 そ して,母 系 集 団で あ る カ ブ リール は,オ
ッエ ル を 中核 と し,若 干 の ウ レ
ッェル が付 帯 的 メ ンバ ー と して 加 わ って い る。 青柳 は,姉 妹 の兄 弟 に対す る優 位 と夫
の妻 に対 す る優 位 の 微妙 なバ ラ ンスの 上 に,カ ブ リール が成 立 して い る,と い う。 普
通 は姉 妹 の 優 位 性 が 夫 の優 位 性 に ま さ るた め,姉 妹 の子 供 の オ ッエル が兄 弟 の子 供 の
ウ レ ッエル よ りも強 力 で あ り,そ れ ゆ え に カブ リール は オ ッエル を 中核 と して構 成 さ
れ,母 系 的 とな る。 しか し,家 庭 内の 夫 の 優位 性 が強 調 され る こ と に よ って,カ ブ リ
ール に ウ レ ッエル も含 ま れ る こ とにな るの だ,と い う。
小 松 は,中 央 カ ロ リンの ポ ンナ ップ島 の,親 族 名称 とア ッポ ロ と呼 ばれ る表敬 ・忌
避行 動 の 関係 を論 じて い る。 ポ ンナ ップ島 の ク ロウ型 の親 族 名称 体 系 で 「キ ョ ゥダ ィ
シマ イ」 関係 に あ る とさ れ る人 々 の間 で は,世 代 と出生 順 に基づ く順 位 に よ って,下
の 者 は上 の者 に対 して ア ッポ ロを行 な う。 これ に対 して親 族 名称 上,「 オ ヤ」 と 「コ」
の 関係 に あ る人 々は 親 密 な 関係 に あ り,ア ッポ ロは行 なわ れ な い。 妻 方 居 住 を行 な う
ポ ンナ ップ 島で は,男 性 は 自 己 の集 団 と婚 入 先 の妻 の集 団 と に二 重 に帰 属 して い る と
い う こ とがで きる。 そ して,母 系 出 自集 団 の 男 女 の成 員 に と って,自 己の 集 団 の 男性
成 員 の子 供 は親 族 名 称 上 「コ」 で あ るが,特 に ア フ ァ クル とい う親族 用語 が 用 い られ
る。 ア フ ァ クル は その 集 団 の準 成 員 と見 な され て お り,両 者 は 特別 な権 利 と義務 の 関
iv
牛 島 ・中 山
まえが き
係 で 結 ばれ て い る。
河 合 は,ト
ラ ックの ウ ドッ ト島 に お いて,身 体 器 官 の メ タ フ ァ ーに よ って語 られ る,
中心 の概 念 の位 置づ け と意 味 を 究 明 す る。 ウ ド ッ ト島 に お いて は,島
・村 ・土 地 ・家
屋 な どの様 々な 社 会 的 レベル に 中心 とい う概 念 が 置 か れ て お り,そ れ は,子 供 を生 み
食 物 を貯 蔵 す る女 性 の腹 と,冷 静 ・信 頼 を意 味 す る頭 又 は石 とい うメ タ フ ァーに よ っ
て 示 され て い る。 そ して,以 下 の よ うな観 念 連 合 が 存 在 す る。 頭:腹::男
性:女 性::
政 治 領域:家 庭 内領 域::知 識(思 考):感 情::石 の心:腹 の心 。 この2つ の 中心 性 の 観
念 は 分 離 して い る が相補 的で あ り,こ れ こ そが トラ ックの文 化 の 基 本 的 な理 念 で あ る,
と河 合 は述 べ て い る。
第2章 で は首 長制 と土 地所 有 を扱 う。
ミク ロネ シア の政 治 形 態 は,一 般 的 に首 長 制 と して 記述 す る こ とが 可 能で あ る が,
そ の 実 態 は,親 族 組 織 と同様,非 常 に 幅広 い偏 差 を見 せ て い る。 清 水 は,ミ ク ロネ シ
アの 首 長 制 に 関 して,(1)「 同等 者 中の 第一 人 者 」 的首 長 制 と(2)「集 中的」 首 長制 の2
つ の形 態 が 存 在 す る ことを 指摘 す る。 「同等 者 中 の第 一 人 者」 的 首 長制 と は,平 等 制
と階 層 制 とい う対照 的な 特 質 の組 み 合 わ せ か らな り,同 等 者(集 団)の 間 の競 争 を と
お して 分 化 した序 列 の複 合 的構 成 体 で あ る 。パ ラオ とヤ ップ の首 長制 が この形 態 に属
す る。 「集 中 的」 首 長 制 とは,最 高 首 長 とい う一 点 への 権威 の集 中 に基礎 を 置 く もの
で,首 長 の権 威 は宗 教 的 又 は世 俗 的 な イデ オ ロギ ー と再 分 配 の経 済 シス テ ム に よ って
正 当化 され て い る。 中央 カ ロ リン以 東 の 首 長 制 が この形 態 を とる。 清 水 は土 地所 有 に
関 して も,(1)の タ イ プの 首 長 制社 会 で は,土 地所 有 の単 位 は家 で あ り,(2)の 「集 中的 」
首 長 制 で は,最 高 首長 が土地 を所 有 して 村 入 は 使 用権 を持 つ が,最 高 首 長 へ の収 穫 の
一 部 の 支 払 い が 義務 づ け られ て い る,と い う相 違 が あ る と して い る。
清 水 は ミク ロネ シアの 首 長 制 の特 徴 と して 以 下 の こと も指摘 す る。 首 長制 の二 つ の
形態 と も,首
長 と臣 民 の間 に特 定 の親 族 ・姻 族 関 係 が設 定 され る こ とがな く,「 純 粋
に」 政 治 的 な 構 成 を示 して い る点 が,他
の地 域 と比 較 した時 に特異 な 点で あ る。 「集
中 的」首 長制 は他 の 地 域 で も見 られ るが,「 同等 者 中の 第一 人 者 」的 な 首長 制 は ミク ロ
ネ シァ に特 有 の 政 治 形態 で あ る。 さ らに,2つ
の 首 長制 の形 態 は,生 態 的 な条 件 と は
関連 な く存 在 す る。
須藤 は 親 族 集 団 と土地 所 有 の 関係 を考 察 す る。 彼 は,土 地 所 有 集 団,実 際 に土 地 を
使 用 す る集 団,土 地 の相 続 様 式 の3つ を指 標 と して,今 世 紀 初 頭 の ミク ロネ シア の社
会 を4つ の タ イ プ に分 類 す る。母 系 出 自集団 が土 地 を 所 有 し,母 系 拡 大 家族 が土 地 を
使 用 し,母 系 相 続 を 原 則 とす る のが タ イプ1(マ
ー シャル,中 央 カ ロ リン,ト ラ ック,
V
国立民族学博物 館研究報告
別冊6号
モ0ト ロ ック),母 系 出 自集 団 が土 地 を所有 し,父 系 拡 大 家族 が土 地 を耕 作 し,主 と し
て母 系 相 続 を行 な う のが タ イ プ2(パ
ラオ,ウ リシー),母 系 出 自集 団 が土 地 を所 有 し,
母 系 又 は父 系 の拡 大 家族 が耕 作 し,原則 は母系 だ が父 系相 続 も行 な うの が タ イ プ3(ポ
ナ ペ),父 系 出 自隼 団 が土 地 を所 有 し,父 系拡 大 家 族 が 耕作 し,父 系相 続 を行 な うの が
タ イプ4(ヤ
ップ,フ
ァイス)で あ る。
須 藤 は,土 地 と人 口 との 不 均 衡 を 解 消す るた め に,そ れ ぞ れ の タ イ プ の社 会 は異 な
る方法 を 用 いて 対 処 して い る と い う。す な わ ち,タ イ プ1で は,父 か ら子 供へ 土 地 の
一 部 を譲 渡 す る こ とを認 め
,タ イプ2と3で
は,居 住 様 式 や 集 団 へ の帰 属 に選 択 性 な
い し可 塑 性 を 持 たせ て い る。 タ イプ4で は,過 去 に お いて新 しい農 耕 形 態 を採 用 し,
土 地所 有 集 団 を母 系 か ら父 系 へ と変 化 させ た。
さ らに,須 藤 は近 年 の土 地 所有 に お け る変 化 に も言 及 す る。 人 口 の増 加,貨 幣 経 済
の 浸透,統 治 国 の土 地 政 策 な ど によ って,土 地 所 有 集 団 が母 系 出 自集 団 か ら父 系 出 自
集団 へ 移行 した り,土 地所 有 の 単位 が母 系 出 自集 団 か ら家族 へ と変 質 し縮小 化 しつ つ
あ る こ と も指摘 して い る。
牛 島 は,パ ラオか ら トラ ック まで の地 域社 会 は,妻 方居 住 婚 を行 な う中央 カ ロ リン
と夫 方 居 住 婚 を行 な う西 カ ロ リンに二 分 され る と し,血 縁 ・土 地 ・称 号 の 関係 に注 目
して,そ れ ぞ れ の地 域 の 特徴 を指 摘 して い る。 彼 に よれ ば,土 地 所 有 の 主体 は,中 央
カ ロ リンで は,母 系 又 は疑 似 母 系 リネ ッジで あ るが,西 カ ロ リ ンで は,父 系 的又 は疑
似 母 系 的 な屋 敷 集 団 とな って い る。 土 地 と称 号 との 関係 につ いて,牛 島 は,中 央 カ ロ
リンで は首 長 ク ラ ンが土 地 を所 有 し,平 民 の ク ラ ンに使 用権 を与 え る とい う形 態 を 採
るの に対 し,西 カ ロ リンで は 土 地 所有 の主 体 で あ る屋 敷 に称 号 や職 能 が付 属 して い る
と い って い る。
清 水,須 藤,牛 島 は,そ れ ぞ れ の 立場 か ら,ミ ク ロネ シァ社 会 の類 型 化 を試 み て い
る訳で あ るが,異 な る基 準 を 用 い て い るた め もあ って,提 示 され た類 型 は必 ず しも0
致 した結 果 を示 して いな い。 と くに問題 とな るの は,ウ
リシ ー と フ ァィ スで あ る。 こ
の 二 つ の地 域 で は,首 長 が土 地 を所 有 す る とい う観念 が あ り,そ れ は儀 礼 や 象 徴 的 な
レベ ルで 示 され るが,現 実 の土 地 所 有 の主 体 は 個 々 の親 族 集 団 で あ る。 こう した事 象
を どの よ う に解釈 す るか,ど の レベ ルを 類 型 の指 標 とす るか に よ って意 見 が わ か れ て
くる わ けで あ るが,こ の地 域 は 「ヤ ップ帝 国」 と呼 ばれ るヤ ップ を 中心 とす る広 範 な
政 治組 織 に統 合 さ れ て い るた め に,と
りわ け複 雑 な様 相 を呈 して い る ので あ る。三 人
に よ る類 型 に ズ レが見 られ る とい う ことは,ミ ク ロ ネ シア地 域 の土 地 所 有 制 度 に 幅広
い変 異 が 存 在 す る ことを 裏づ け て い る こ とに もな ろ う。
vi
牛 島 ・中 山
ま えが き
須 藤 も指 摘 す る よ うに,ミ ク ロネ シアの土 地所 有 制 度 は,地 域 に よ って これ ま で に
大 き く変 化 した所 が あ り,現 に変 化 して い る所 が あ る。 した が って 土地 制 度 を考 察 す
る際 には,変 化 とい う側 面 を 無視 す る こ とは で きな い。 中山 は,ポ ナ ペ 島 にお け る土
地 所有 の変 化 を,ア メ リカ統 治下 の土 地 の所 有 権 を め ぐる裁 判 記録 の分 析 を通 して 明
らか に しよ う と して い る。 か つ て ポナ ペ 島で は,土 地 は 最 高 首 長 が所 有 し,人 々は 最
高 首 長 か ら土 地 の使 用権 を 得 て,こ れ を母 系 的 に相 続 して い た。 ドイ ツ政庁 は,ポ ナ
ペ 島 の伝 統 的 な制 度 とは ま った く異 な る,土 地 の 私 有 制 と父 系相 続 制 を 導 入 した が,
そ れ は大 きな混 乱 を起 こさ な か った 。
この理 由 と して,中 山 は,ド イ ツ政 庁 に よ る土地 改 革 の 施行 以 前 に,ポ ナ ペ 島社 会 に,
既 に父 系相 続 を受 け入 れ る基 盤 が あ った こ とを,ま ず 指 摘 す る 。 ポ ナペ 島で は1957年
に法 改 正 が行 な わ れ る ま で原 則 と して ドイ ツの土 地 法 の 下 に あ った が,こ の時 期 にお
いて も,父 系 以 外 の相 続 も行 な わ れて いた 。 こ う した相 続 に対 して,ア メ リカ統 治 下
の裁 判 所 は,最 高 首長 と知 事 の承 認 を受 け れ ば土 地 の贈 与 を行 な う こ とがで き る とい
う ドイ ツ の土地 法 の条 項 に基 づ い て,贈 与 と判 断 し合 法 とす る こ とが あ った 。 す な わ
ち,ド イ ツの土 地 法 の下 で も,母 系 か ら父 系 を 強調 す る双 系 へ の 漸 次 的な 変 化 とい う
島民 の土 地相 続 慣 行 を,ア メ リカの 統 治 政府 は結 果 的 に支 持 した こ とにな る と,中 山
は指 摘 す る。
第3章 で は,文 化史 的系 統 の 問題 を と りあ げ る。
崎 山 と杉 田は 言 語 学研 究 の成 果 を報 告 す る。 崎 山 は ミク ロネ シア西 部 の言 語 を,杉
田は ミク ロネ シア東 部 の言 語 を,扱 って い る。 ま ず,崎 山 は,西 カ ロ リンで 話 され る
チ ャモ ロ語 とパ ラオ語 の音 素 を,周 辺 の東 イ ン ドネ シア や メ ラネ シアの言 語 と比 較 す
る こ とに よ って,そ れ らの 言 語 間 の特 徴 の 関 連 を 考察 す る。 そ して,彼 は,こ れ まで
の語 派 的 レヴ ェル の分 類 で は考慮 さ れ て こな か った,西 カ ロ リンの言語 の重 層 的 な 成
立 過程 の解 明 を試 みて い る。
杉 田 は,ト ラ ッ クか らマ ー シ ャル,キ
リバ ス に至 る地 域 の ミク ロネ シア諸 語 にお け
る 間接 所有 表現 の要 素 配 列 に見 られ る変異 を考 察 し,そ の歴 史 的 変 化 につ いて 仮 説 を
提 出す る。彼 は,ミ ク ロ ネ シア祖 語 で は[所 有 詞 ・所 有 者+被 所 有 物+限 定 ・指 示詞]
とい う配 列 で あ っ たが,プ ル ワ ッ ト,サ タ ワル,オ
物+限 定 ・指 示 詞+所 有 詞 ・所 有 者]へ,ト
レア イ,マ ー シ ャルで は[被 所 有
ラ ッ クで は[所 有 詞 ・所 有 者+限 定 ・指
示 詞+被 所 有 物]へ と変 化 した と述 べ て い る。
高 山 と秋 道 は 漁携 文 化 を扱 う。 高 山 は,先 史 学 の 立 場 か ら,マ
リア ナ諸 島 を 中心 と
す る ミク ロネ シア の 組合 せ釣 針(カ ッ オ釣 用 疑 似 針)の 起 源 につ い て考 察 す る 。 そ し
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国立民族学博物館研究報告
別 冊6号
て,シ ャ ンク と ポ イ ン トの形 態 の分 析 か ら,ミ ク ロ ネ シア地 域 の 先 史 時代 後 期(14世
紀 頃)の 釣 針 の起 源 は,メ
ラネ シア地 域 に あ る と推 定 して い る。
秋 道 は,中 央 カ ロ リンの サ タ ワル 島 の事 例 を 中心 に,ミ ク ロ ネ シア の笙 漁 に関 す る
比較 生 態 学 的 な考 察 を試 み る。 サ タ ワル 島で は,4種
類 の笙 が 用 い られ る が,そ れ ぞ
れ の笙 漁 につ い て くわ しい記 述 が行 な わ れ る。 秋道 は さ らに,こ れ ら4種 類 の 笙 が ミ
クロ ネ シァ全 体 で どの よ うに分 布 して い るか を 明 らか に し,笙 の 種類,笙 を設 置 す る
地 形,漁 の形 態 な ど を関 連 させ て,浅 瀬 型,海 底 型,外 洋 型 の 笙 漁 の3つ の 類 型 を 示
して い る。
第4章 で は,伝 統 文 化 と外 来 文 化 の接 触 の 過程 や,伝 統 文 化 の 変容 の問題 を扱 う。
山 本 は,市 場 経 済 の 浸 透 に さ ら され て大 きな社 会 変 動 期 に さ しか か って い る,西 サ
モ アの首 長 制 システ ムの 現 代 社 会 へ の適 応 を問題 にす る。 こ こで は,都 市 の増 大,海
外 へ の 出稼 ぎ ・移 住 の 隆 盛 に と もな い,伝 統 的 な村 は過 疎 化 して い く。 こ う した な か
で,首 長 称 号 を統 制 す る村 で は,称 号 の分 割 ・授 与 を武 器 と して,現 金 収 入 の 多 い都
市 在 住者 を,村 の儀 礼 交 換 や 親 族 集 団 の活 動 に 取 り込 ん で い く動 きが見 られ る。 都 市
に住 む者 に と って も,称 号 を 得 る こ とで,社 会 的地 位 を確 立 す る こ とが で き るだ けで
な く,万 一 村 に帰 る こ と にな って も,土 地 を手 に入 れ る こ とが 保証 され る とい う利点
があ る のだ,と 山 本 は 述 べ て いる 。 な お,首 長制 が称 号 授 与 を 用 い て貨 幣 経 済 に対応
す る とい う現 象 は,ミ
ク ロ ネ シア に お いて も,ポ ナ ペ 島な どで 見 る こ とが で き る。
柄 木 田 は,西 サ モ ア を 中 心 とす る ポ リネ シァ人 の ニ ュ ー ジ ー ラ ン ドへ の 人 口移動 の
問 題 を,史 的構 造 論 の 立 場 か ら広 い視 野 の 下で 論 じ,こ の 問題 は,近 代 化 理論 の よ う
な伝 統 と近 代 とい った 二 元論 で は 理解 で きず,両 者 を0つ の シス テ ム の構 成 部 分 と し
て見 る必 要 が あ る こ とを主 張 す る。 彼 は さ らに,ニ ュ ー ジ ー ラ ン ドの 西 サ モ ア人 労 働
者 か らの 仕送 りが 資本 に で は な く,伝 統 的 な社 会 構 造 の 維 持 ・強化 に用 い られ て い て,
西 サ モア 社 会 で は 国 外で 働 く親 族 と の ネ ッ トワ ー クが 重 要 な 役割 を果 た して い る こ と
を述 べ て い る。 す な わ ち,先 に 山本 が触 れ た 問題 を 異 な る視 角 か ら考 察 して い るわ け
で あ る。柄 木 田 は,史 的構 造 論 的 な ア プ ロー チ は地 域 社 会側 の論 理 を明 らか にす る従
来 の 人 類 学 的 研究 とは相 互 補 完 の関 係 にあ る,と 指 摘 して い る。
ヤ ップ 島 で は,村 落 の規 模 を 越 え る大 きな団 体 的 集 団 は組 織 され ず,村 落 と村 落 は
関係 の ネ ッ トワー ク と して組 織 され て い た。 そ して,村 落間 に お いて は}固 定 した送
り手 と受 け手 の間 で,直 接 口頭 で 伝 え られ る伝 達 網 を とお して,情 報 が送 られ て い た。
小 林 は ・ この伝 統 的な 情 報 の ネ ッ トワー クが現 在 どの よ うに行 な わ れ て い る か を考 察
す る。 ヤ ップ で は1965年 よ り ラ ジオ放 送 が 開始 され た が,死 亡 通 知 な どの個 人 的 な 二
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牛 島 ・中 山
まえ が き
ユ ース は放 送 され な い。 最 近 の 交通 の発 達 に よ って,全 島 の 各地 か らコ ロニ ア の 町へ
は,乗 合 バ ス や 自家 用車 で 行 け るよ うにな った 。 人 々は コロニ ア へ 出か け,そ こで 人
に会 って 個人 的な 情報 を直 接 伝 え て い る。 す な わ ち,マ ス コ ミの発 達 した 現 在で も,
ヤ ップで は伝 統 的な 伝達 方 式 が 維 持 され て お り,人 々が ラジオ によ る死 亡 通 知 の ニ ュ
0ス を注 意 深 く聞 いて い る ポ ナペ な ど とは対 照 的で あ る。
中央 カ ロ リンの サ タ ワル 島 で は,1953年
に キ リス ト教 へ の 集 団 改宗 が生 じた。石 森
は集 団 改 宗 を もた ら した諸 要 因 につ いて論 じて い る。 サタ ワル 島 は,「 ヤ ップ帝 国」
と呼 ばれ る政 治 的 ヒエ ラル キ ー に統 合 され て い た が,政 治的 に上 位 の 島 か ら派遣 され
た 島民 の 助祭 に よ り行 な わ れた 布 教 活 動 が 集団 改宗 に重要 な 役 割 を果 た した。 石 森 は
さ らに,伝 統 宗 教 の多 神教 か らキ リス ト教 の 一神 教 へ の 移行 に と もな って生 じた 文 化
変 化 につ いて も論 じて い る。
橋 本 は,フ ィ ジー に おけ る キ リス ト教 の 問題 に多 面 的 にア プ ローチ す る。彼 は まず,
通 時 的な ア プ ロー チ に おい て,キ
リス ト教 の 受容 を,フ ィ ジー文 化 と西 洋 キ リス ト教
文 化 の双 方 が そ れ ぞ れ変 容 を 受 けつ つ,新 た な 統合 形 態 を創 造 して い く過 程 と して と
らえ,バ ル トや ペ イ ンの提 唱す る交 換 ・コ ミュニ ケ ー シ ョン理 論 を用 いて 説 明す る。
石 森 も,サ タ ワル 島民 が キ リス ト教 と伝 統 的 な宗 教 観 念 を い か に習 合 させ て い ったか
につ い て触 れ て お り,橋 本 の この視 点 とは重 な る と ころ があ る。 橋 本 は,さ
らに,フ
ィ ジー の キ リス ト教 の理解 には,共 時 的 アプ ロ ーチ も欠 か す こ とは で きな い と主 張す
る。本 稿 で は,都 市 と農 村 の対 立 とい う問 題 を と りあげ,農 村 部 の キ リス ト教 徒 に と
って は,都 市 で の生 活 は 信仰 に入 る た めの 通 過儀 礼 の よ うな意 味 を もつ と い う。 す な
わ ち,人 々 は都 市 の 「悪 魔 」 性 に接 して 改 心 し,村 落 で の 「平穏 」 な 生 活 を送 る よ う
にな るの だ,と 述 べ て い る。
石 川 は,日 本 人 の漂 流 民 に よ る太 平洋 諸 島 に関 す る記 録 を 紹 介す る。 江 戸 時 代 の鎖
国 体 制 下 に もか か わ らず,太 平洋 諸 島 を訪 れ た 者 が い た。 彼 らは 日本 の 沿 岸 を航 海 す
る船 乗 りで,難 破 して外 国 船 に救 助 され,日 本 に送 還 さ れ る まで に 島 々 に立 ち寄 った
者 た ちで あ る。 彼 らは帰 国後,幕 府 の役 人 の取 り調 べ や,そ の 他 の 人 々の 質 問 に応 じ
て 自分 た ちの 異 国 で の体 験 や 見 聞 を こ と こま か に語 って お り,そ の記 録 が残 され て い
る。 こ う した記 録 は,当 時 の太 平 洋地 域 の民 族 誌 資 料 と して の 価 値 を もつ ほか に,江
戸 時 代 の 日本 人 の 庶 民 が異 民 族 に どの よ うに反 応 した か とい う,人 類 学 的 に もす こぶ
る興 味 深 い 内容 を含 んで い る。
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