担任 第八章 突然の通告 明星高校に赴任して八年目の春。ついに僕にも、サッカー部ではない教え子ができた。ク ラスの「担任」を受け持つことになったのである。 毎週木曜日に行われる職員会議で、校長先生から担任として僕の名前が告げられたときは、 ただた だ 驚 い た 。 担任というのは、真面目で、教職員や生徒からの信頼も厚い教師がなるもので、間違って も、僕みたいなのがなるものではない。赴任して以来、担任として奮闘している同僚や先輩 教師をずっと見てきたからこそ、「まさか僕が?」と思ったのだ。 あまりに突然の出来事。職員室で困り果てている僕を、体育教員の先輩たちは冷やかした。 「おう、尾松! とうとう回ってきたな!」 こうして、初めての担任生活が始まった。担当したのは高校一年生のクラス。当時は、明 星中学から進学してきた生徒と、他校から受験で入学してきた生徒が一クラスに混合してい て、当然僕のことをまったく知らない生徒たちもいた。 110 担任という重責を無難にこなす自信は持てなかったが、生徒たちの顔を見ると、「この子 たちを、全員無事に進級させてやらなければ」と、そんな使命感が沸き上がってきた。 クラスの団結 そんな矢先。ある朝、七時半くらいの早い時間に、クラスの生徒五人が僕の住んでいた官 舎に尋 ね て き た 。 …こんな朝方になんだ? 嫌な 予 感 が し た 。 「先生、すみません。実は…」 聞けば昨日、天王寺の喫茶店で、制服制帽姿のままタバコを吸っていたところを補導され たという。それで、登校前に謝りにきたのだ。 「貴様 ら ー ! 」 朝から自宅は大騒動。彼らを張り飛ばした腕が、電球から垂らした紐に絡まり、蛍光灯が 落下して割れてしまった。担任を外されてもいい。罰は罰として、きちんと教えるのが僕の 111 やり方 だ っ た 。 そして、その日のホームルーム。お通夜のような静けさの中、一人の生徒が登校してきた。 僕は、そいつにも平手を打った。 補導されたグループの中で、朝、唯一謝罪に来なかった生徒だった。いや、正確に言うと 「来られなかった」のだ。 この生徒は中学三年生の頃に一度補導されている。一年間に二度の補導は、即退学処分と 校則で決まっていたから、言うに言えず、彼なりに悩んでいたことは分かっていた。 さらに静まり返った教室で、僕はクラスの生徒みんなにお願いをした。 「みんなに頼みがある。実は昨日、この六人は喫茶店でタバコを吸って補導されたんや。 しかもこいつだけは前科もある。今回のことが学校に知れたら無条件で退学や。だから、こ の一件に関しては他言無用を貫いてくれへんか。担任をクビになる覚悟で、男として頼む。 わかっ て く れ へ ん か 」 みんな、首を縦に振ってくれた。 それから補導員に連絡をして「ルール違反をして誠に申し訳ございません。この件は僕の ほうで責任をもって処理いたします。あとは任せて頂けないでしょうか」と頼み、補導事件 112 は幕を 閉 じ た 。 この一件があって以降、クラスの団結力たるや素晴らしかった。球技大会ではすべて優勝。 全員が無事進級し、僕の初めての担任が終わった。 僕も担任できるやないか―― そんな自信を少しだけ与えてくれた、忘れられない生徒たちだ。 試練 三十六年間の教員生活の中で、僕が担任をしたのはたった三回だけである。その中でも強 烈なインパクトを残したのが、二度目の担任、中学三年生を受け持ったときだった。 「なんで中学三年生を?」 最初は不思議でならなかった。高校二年生の担任ならわかる。修学旅行をはじめ行事ごと が多い学年で、多感な時期。そうした生徒を任されるなら理解できたが、この人事はどうも 腑に落 ち な か っ た 。 そこで中京大の後輩にあたる、剣道部の監督の久木山先生に聞いてみた。久木山先生は学 113 校の生活指導部長でもあったので、学校の事情に精通していた。 「なんで僕がこのクラスを任せられたのかわからん。久木山、当たりなんか? ハズレな んか? どっちや?」 久木山先生はニヤ二ヤしながら即答する。 「残念! 大ハズレです! 飛世がいますからねぇ」 なるほど、と理解した。学校サイドが僕を試そうとしているのか、それとも期待している のか。とにかく、このクラスの担任を受け持たされる「意味」は分かった。 級長選挙に細工 飛世は悪い意味で目立つ生徒だった。暴走族に入っていて、地面をひきずるような長い学 ランを着て登校してくる。金色の裏地に名前の刺繍が入った、それはそれは派手な学ラン。 しかも格好だけではなく、物怖じしない態度と鋭い目つき。人を寄せ付けない威圧感で、最 高学年の高校三年生でさえ近寄ろうとはしなかった。 114
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