マクロ5章=総需要 要約1 所得・支出分析:経済に過剰設備があるということは、経済が総供給曲線の水平部分で稼 働しているということである。総供給曲線と総需要曲線は、さまざまな物価水準における 総供給と総需要を示すものであるが、経済に過剰設備がある場合には、二つの曲線の交点 で決まる物価水準は一定であるから、交点での(均衡)産出水準は総需要の大きさだけで 決まることになる。所得・支出分析とは、物価水準が一定であるという「仮定」のもとで、 総需要の決定を分析するものである。以上の理由から所得・支出分析は、経済に過剰設備 がある場合の均衡産出量の決定を分析するものでもある。 ・ 要約2 総支出曲線:総支出とは、国内で生産される財に対して国内および外国の家計、企業およ び政府が支払う額の合計である。総支出曲線とは、ある固定された物価水準のもとでさま ざまな国民所得において計画する(意図する)支出を示している。所得の増加とともに総 支出は増加する。図5-1では横軸に国民所得Yを、縦軸に総支出AEを取っている。総支 出曲線には、①右上がりで、②傾きは1よりも小さい。すなわち消費者たちは所得が1万 円増加したときに一部は貯蓄するから支出の増加は1万円より少ない。③人々は国民所得 がゼロであっても借入れや貯蓄の取崩しによって支出するので、Y=0 のときの総支出は正 である。以上の三つの特徴がある。 要約3 所得・支出分析:国民所得と国民生産(GNP)は恒等的に等しい(恒等的に等しいとき 「≡」の記号を、均衡においてだけ等しいとき「=」の記号を用いる)。したがって総支出 曲線の横軸は国民所得であるとともに国民生産でもある。一般に企業は販売できると信じ る量を生産する。均衡においては総産出量(≡国民所得)は計画する総支出に等しくなる 値でなければならない。すなわち (国民生産(GNP)) 計画する総支出(AE)=総産出量(GDP) ≡国民所得(Y) 図5‐1の 45 度線は、横軸の国民所得(≡国民生産)と縦軸の総支出が等しい点の集ま りである。したがって総支出曲線と 45 度線の交点での総産出量が均衡産出量になる。総支 出を所得(≡生産)に関連づけることによって均衡産出量を決める分析を所得・支出分析 という。 経済学では、在庫を、企業が事業を効率的に行うために手元に置く意図した在庫、と生 産したものが売れ残ったために生じる意図しない在庫、とに区別する。在庫の変化は総支 出のなかの在庫投資または在庫純増という項目になる。在庫自体はストック、在庫の変化 (在庫投資)はフローであることに注意しよう。 均衡とは、その状態を変化させようとする力が働かない状態である。図5-1に示される とおり、均衡産出量(Y*)を上回る国民所得(Y1)では総支出曲線(計画する支出)は国 民所得(国民生産)を下回り、正の値の意図しない在庫投資が生じるので、企業は生産を 減少する。均衡産出量(Y*)を下回る国民所得(Y2)では総支出曲線は国民所得(国民生 産)を上回り、負の値の意図しない在庫投資が生じるので、企業は生産を減少させる。よ って AE=GNP または、 意図しない在庫投資=0 だけが均衡なのである。国民経済計算では次式が常に成立している。 ・ 計画する総支出+意図しない在庫投資≡国民生産≡国民所得 要約4 総支出曲線のシフト:総支出曲線のシフトは均衡産出量の変化をもたらす。また総支出曲 線の上方シフトにともなう産出量の増加幅は、総支出曲線の傾きが急なほど大きい。①総 支出曲線の傾きは何によって決まるか、②総支出曲線のシフトは何によって引き起こされ るか、は総支出を構成する、消費支出、投資支出、政府支出、および純輸出(輸出−輸入) の各項目に依存している。 要約5 消費:消費は可処分所得の増加にともなって増加する。こうした所得と消費の関係は、消 費関数と呼ばれる。ジョンメイナードケインズ(John Maynard Keynes)は、現在の消費 の決定要因として現在の可処分所得の重要性を強調した。現在の消費を現在の可処分所得 の関数として表すものをケインズ型消費関数という。可処分所得がゼロであっても行われ る消費水準を独立消費という。可処分所得が1円(1単位)増加したときに消費が増加す る量を限界消費性向(MPC)、貯蓄が増加する量を限界貯蓄性向(MPS)という。すべ ての所得は消費されるかあるいは貯蓄されるので、MPCとMPSの和は1でなければな らない。 限界消費性向(MPC)+限界貯蓄性向(MPS)=1 要約6 乗数:乗数とは、総支出を構成する一つの要素の変化分に対する、それによってもたらさ れる国民所得の変化分の比率である。たとえば、⊿I円の投資増加があったとする。第1 段階として、企業が資本財購入を⊿I円増加させたことにより生産が⊿I円増加する(こ こでは限界消費性向をcとおく)。第2段階では、これが経済のだれかの所得となり、その 所得増加⊿I円のc倍の消費が増加となり、それはまた⊿I×cの生産と所得増加となる。 第3段階では(⊿I×c)×c円の消費増加となり、それと同額の生産と所得増加となる。 この過程が繰り返されたときの和をAとおくと、 A=⊿I(1+c+c2+c3+……) となる。すなわち、 A = ∆I × 1 1− c であることがわかる。よって政府支出、税金、および純輸出がない単純なモデルでは、 投資の変化分に対する乗数: 1 1 = 1 − MPC MPS 要約7 所得税がある場合の乗数:政府支出は総支出を増加させ、一方、税金は可処分所得を減少 させるので消費を減少させる。税額が所得とともに増加する場合には、所得増加の一部が 政府に徴収されてしまうので、そうでない場合に比べて消費の増加幅は小さなものになる。 国民所得に対する税率をtとすると国民所得の増加1万円当りの可処分所得の増加は(1− t)万円となり、消費の増加は(1−t)×MPCとなる。tが大きいほど総支出曲線の傾 きが小さく、乗数も小さくなる。 所得税がある場合の乗数= 1 1 − (1 − t ) × MPC 要約8 輸入がある場合の乗数:輸出は総需要を増加させるが、一方で輸入は総需要を減少させる。 輪入は所得とともに増加する。さまざまな所得水準に対応する輸入水準を表すものが輸入 関数である。また所得の増加分のうち輸入に支出される割合を限界輸入性向(MPI)と いう。MPIは輸入関数の傾きである。他方、輸出は他国が購入するものであるから、他 国の所得などの要因によって決められ自国の所得とは関係しない。したがって輸出から輸 入を差し引いた純輸出は、(自国の)所得水準が低い間は正であるが、所得水準が高くなる と負の値となる。貿易が行われているときには、所得が増加しても、その一部が国内財で はなく外国財の購入に向けられるので、総支出曲線の傾きは緩やかなものになる。その結 果、乗数も小さくなる。 税金と輸入を考慮した場合の乗数= 1 1 − (1 − t ) × ( MPC − MPI ) 生産の各段階で生み出される所得が、国内で(あるいは国民によって)生産される財の 購入増加に用いられないとき、漏れがあるという。以上の分析から貯蓄、税金、輸入の三 つが漏れである。 (家計や民間企業だけではなく政府も輸入するので輸入は可処分所得では なく所得Yに依存する、と定式化されることが多い。本書では可処分所得に依存する、と していることに注意しよう) マクロ5章=正誤問題 1 経済に過剰設備がある場合には、総需要の大きさだけによって均衡産出量は決定され る。 2 経済が均衡産出量でない場合には、最終財アプローチ、所得アプローチ、付加価値ア プローチによって測った値のうち最終財アプローチの値だけが異なる。 3 税金も輸入もない場合には、限界消費性向と限界貯蓄性向の和は1であるが、税金や 輸入が考慮される場合には乗数が小さくなるのと同様に、両者の和は1を下回る。 4 政府支出が増加すれば、総支出曲線は上方にシフトし、均衡産出量は乗数倍だけ大き くなるので、政府支出を大きくすることにより、均衡産出量をいくらでも大きくすること ができる。 5 意図しない在庫投資がゼロということと、国民生産が均衡にあるということは同じ意 味である。 正誤問題の回答 1 正。この場合には総供給曲線が水平であるから、均衡産出量は総需要曲線だけで決定 される。 2 誤。生産されたものが計画以上に売れ残る場合には、意図しない在庫投資として企業 自身が購入することになる。事後的にみると生産額は必ず支出額と等しくなる。 3 誤。税金と輸入が両方ともある場合でも、消費や貯蓄は可処分所得の内訳として定義 されているので、課税後の可処分所得の増分は消費の増分と貯蓄の和になる。また、消費 は輸入を含むから、消費の一部が外国財購入にも向かうとしても限界消費性向が減るわけ ではない。 4 誤。総供給曲線が水平な部分(経済に過剰設備がある場合)では、均衡産出量は総需 要の水準だけで決定され、物価水準も変化しないので、均衡産出量は増加する。しかし、 政府支出がある量を超えて大幅に増加する場合には、総供給曲線が垂直な領域に入ってい くので、物価上昇を引き起こすだけで均衡産出量は増加しなくなる。 5 正。計画する支出+意図しない在庫投資≡国民生産、である。均衡では計画する支出 =走ッ生産となるため、意図しない在庫投資がゼロとなる国民生産は均衡産出量である。 マクロ5章=選択問題 1 2 経済に過剰設備がある場合について誤っているのは、 (a) 物価水準は総需要曲線と総供給曲線の交点で決まる。 (b) 均衡産出量は総需要曲線と総供給曲線の交点で決まる。 (c) 総需要曲線のシフト幅と均衡産出量の変化の大きさは等しい。 (d) 総支出の増加分と均衡産出量の増加分は等しい。 (e) 均衡同士を比較したとき、総需要曲線のシフト幅は総支出の増加分の乗数倍になる。 産出量が均衡水準にある場合にだけ正しいものは、 (a) 均衡であるから労働市場には摩擦的失業しか存在しない。 (b) 在庫投資はゼロである。・ (c) 国民総支出と国民総生産が等しい。 (d) 国民総生産と国民総所得が等しい。 (e) 3 4 5 意図しない在庫投資がゼロである。・ 次のうち総支出の構成項目でないものは、 (a) 純輸出、 (b) 投資、 (c) 所得税、 (d) 在庫投資、 (e) 意図しない在庫投資、である。 所得・支出分析モデルに比例所得税を付け加えると、 (a) 可処分所得は国民所得よりも小さくなる。 (b) 総支出曲線の傾きは緩やかになる。 (c) 乗数は小さくなる。 (d) 消費関数の傾きは緩やかになる。 (e) 上のすべて正しい。 所得・支出分析モデルに輸入を付け加えると、 (a) 乗数は大きくなる。 (b) 総支出曲線の傾きは緩やかになる。 (c) 総支出曲線の傾きは急になる。 (d) 総支出曲線の傾きは限界輸入性向になる。 (e) (a)と(c)が正しい。 選択問題の回答 1 (e)が誤り。政府支出、投資、輸出の増加に対する均衡産出量の増加の倍率が乗数倍な のであって、均衡同士でみた場合の均衡産出量の増分と総支出の増分は等しい。また物価 と均衡産出量は、総供給曲線の形状にかかわりなく総供給曲線と総需要曲線の交点で決ま るので、(a)(b)は正しい。この場合総供給曲線が水平なので(c)は正しい。物価一定とした 総需要曲線のシフト幅は総支出の変化分なので(d)は正しい。 2 (e)が正しい。過剰設備や不完全雇用があっても生産は均衡でありうるので(a)は誤り。 意図した在庫投資は経済がどのような場合でも通常存在するので(b)は誤り。また(c)(d)は 恒等式であり、過剰設備の有無、均衡にあるか否かにかかわらず成立する。 3 (c)が構成項目でない。意図する在庫投資も意図しない在庫投資も総支出の構成項目で ある。意図しない在庫投資は均衡においてだけゼロであり、経済はいつも均衡にあるとは かぎらない。 4 (e)、すなわち(a)から(d)のすべてが正しい。 5 (e)が正しい。 マクロ5章=穴埋め問題 1 ある固定された物価水準における総支出と( 曲線という。総支出の構成項目は通常、 ( )の関係を示した曲線を総支出 )、 ( )、 ( )、 ( ) の四つに分けられる。 2 国民総生産を測る三つの方法として、最終財アプローチ、所得アプローチ、付加価値 アプローチがあるが、所得支出分析で用いられる三つの水準はそれぞれのアプローチに ( )、( )、( )の順で対応する。この三つのうち総支出曲線の一 方の軸には二つの概念が対応する。すなわち横軸には( 縦軸には( )と( )を取り、 )を取る。横軸の値と縦軸の値が等しい点を描いたものが( ) である。 3 企業は、人々が計画する購入量に合わせるように産出量を決定する。産出量が人々の 計画した購入量と一致しない場合には、企業に( うが大きい場合には、企業は産出量を( 4 )させる。 国民経済計算の投資の項目には在庫投資が含まれる。経済学では概念上これをさらに、 ( 5 )と( )の二つに分ける。 マクロ経済学では総消費と総所得との関係を検討する場合が多い。とくに消費と同じ 期の可処分所得との関係を示す関数を( は正の値を取り、この部分を( 費の増加分を( 6 )という。可処分所得がゼロでも、消費 )という。可処分所得が1単位増加したときの消 )、貯蓄の増加分を( )という。 総支出曲線が一定量だけ上方にシフトしたときに、総支出曲線の上方へのシフト幅に 対する( 7 )が発生する。逆に購入量のほ )の増加分の倍率を( )という。 国民所得以外の要因で投資が 100 億円増加すると、第1段階として投資財の産出量が 増加し、国民のだれかの所得が( )億円増加する。第2段階としてその所得から 消費が行われる。税金も輸入もなく限界消費性向が 0.8 だとすると、消費額は( 億円増加し、消費財の産出量と所得が( 増加は( )億円増加する。第3段階での消費額の )億円であり、消費財の産出量と所得は( の過程が続いたときの産出量増加の合計は( 8 ば( 9 )億円増加する。こ )億円となる。 政府は税収か借入れによって支出を賄う。税収から政府支出を差し引いた値が正なら )があるといい、負ならば( )があるという。 限界消費性向が 0.75、所得比例の税率が 20%であるとする。ただし輸入はないものと する。借入れによって政府支出を1兆円増加させるとする。乗数は( このとき、均衡産出量は( )円増加し、税収は( 府支出が増加する以前に比べて財政赤字は( 10 ) 所得の増加分に対する輸入増加分の割合を( )である。 )円増加するので、政 )円増加する。 )という。 穴埋め問題の回答 1 国民所得(≡国民生産)、消費、投資、政府支出、純輸出 2 総支出、国民所得、国民生産、国民所得、国民生産、総支出、45 度線 3 意図しない在庫(投資)、増加 4 意図する在庫(投資)、意図しない在庫(投資) 5 ケインズ型消費関数、独立消費、限界消費性向、限界貯蓄性向 6 均衡産出量、乗数 7 100、80、80、64、64、500 8 余剰(黒字)、赤字 9 2.5、2.5 兆、0.5 兆円、0.5 兆円 10 限界輸入性向(MPI) マクロ第5章=復習問題 1 総支出曲線とは何だろうか。また総支出はどのような項目によって構成されているの だろうか。(ヒント:1節「所得・支出分析」) 2 均衡産出水準はどのように決定されるのだろうか。総支出曲線上の点のうち、45 度線 よりも上方に位置する点が均衡でないのはなぜだろうか。また総支出曲線上の点のうち、 45 度線よりも下方に位置する点が均衡でないのはなぜだろうか。(ヒント:1.2 項「均衡産 出量」) 3 消費関数とは何だろうか。その傾きは、何によって決まるのだろうか。輸入関数とは 何だろうか。その傾きは何によって決まるのだろうか。(ヒント:3節「消費」および 5.2 項「国際貿易の影響」を参照) 4 総支出曲線のシフトはどのような影響を及ぼすのだろうか。また何がこのようなシフ トを引き起こすのだろうか、例をあげて説明しなさい。(ヒント:1.3 項「総支出曲線のシ フト」) 5 所与の消費関数のもとで所得が増加することによってもたらされる消費の変化と、消 費関数がシフトすることによってもたらされる消費の変化の違いを図に示しなさい。 (ヒン ト:3節) 6 限界貯蓄性向と限界消費性向の和が必ず1になるのはなぜだろうか。(ヒント:3.1 項 「限界消費性向」および 3.2 項「限界貯蓄性向」を参照) 7 総支出曲線のシフトが均衡産出量に及ぼす影響の大きさは、総支出曲線の傾きに依存 していることを説明しなさい。また総支出曲線の傾きは、何によって決まるのか。またそ れは税金によってどのような影響を受けるのか。また輸入によってどのような影響を受け るのか。それぞれ説明しなさい。(ヒント:1.3 項および5節「政府と貿易」) 8 投資水準や政府支出水準の一定量の変化は、どのようにして国民生産により大きな影 響をもたらすのだろうか。また乗数とは何だろうか。(ヒント:4.1 項「乗数」) 9 総支出曲線と総需要曲線の関係はどのようなものだろうか。物価水準が上昇するとき、 総支出曲線はどのようにシフトするだろうか。また、総需要曲線はどのように導き出され るだろうか。 (ヒント:6節「総需要曲線:再論」) 復習問題の解答 1 ① 総支出とは、国内で生産する財に対して国内および外国の、家計、企業、および政 府が支払う金額の合計である。総支出曲線は、ある固定された物価水準における総支出と 国民所得の関係を示している。 総支出曲線には三つの特徴がある。第一に、国民所得が増加すれば総支出も増加する。 第二は、国民所得が増加するとき、総支出の増加分は国民所得の増加分よりも小さい。す なわち、総支出曲線は右上がりであり、傾きは1よりも小さくなる。第三は、国民所得が ゼロであっても、総支出は正になるということである。 ② 総支出の項目は消費、投資、政府支出、純輸出(=輸出−輸入)である。 2 ① 国民生産と国民所得はつねに等しい。したがって 45 度線とは、横軸に取った国民所 得に等しい国民生産を縦軸に示している。また総支出曲線は、各国民所得水準に対する総 支出を縦軸に示している。均衡とは、その産出量(≡国民所得)において計画する総支出 と産出量が等しい水準である。よって均衡産出量は総支出曲線と 45 度線の交点で与えられ る。すなわち、その国民所得(≡産出量)で国民生産と総支出が等しくなるのである。 ② 総支出曲線のうち 45 度線よりも上方に位置する点では、その国民所得(≡国民生産) で計画する総支出が国民生産を上回るため意図しない在庫投資が負になり、在庫量が減少 する。よって企業は産出量を増やそうとする。逆に総支出曲線のうち 45 度線よりも下方に 位置する点では、意図しない在庫投資が正となり、企業の抱える在庫は増加する。したが って企業は産出量を減らそうとする。すなわちこれらの国民生産は、どちらも均衡水準で はない。 3 ① 消費を決定する最も重要な要因は所得であるが、消費関数とは、家計の消費と所得 の関係を示す関数である。消費は、家計の所得以外にも、それぞれの家計の嗜好、家族構 成・年齢、資産額などにも依存している。とくに経済全体での総消費と国民所得との関係 を示すのが総消費関数である。総消費関数は人口、人口構成、所得分配、租税など他の要 因にも依存する。 ② 消費関数の傾きは所得の増加分に対する消費の増加分の比率である限界消費性向 (MPC)によるが、その大きさは所得以外の消費の決定要因にも依存する。 ③ 輸入関数とは、さまざまな国民所得水準における輸入水準を示す関数である。その 傾きは、所得の増加分に対する輸入の増加分の比率である限界輸入性向であるが、限界消 費性向と同じように、輸入に影響を与える所得以外の要因にも依存する。たとえば、その 国の経済構造や為替レートによって影響される。 4 総支出を構成する、独立消費、投資、政府支出、輸出などが増加すると、総支出曲線 はその増加分だけ上方にシフトする。たとえば、政府支出の増加は政府の景気刺激策によ ってもたらされ、また輸出の増加は海外経済の好景気によってもたらされる。 これらは国民所得の水準とは無関係に(あるいはどの国民所得水準においても一様に) 総支出を増加させる。これによって総支出曲線と 45 度線との交点で決まる均衡産出量は、 そのシフト幅にある倍率(乗数)を掛けた分だけ上昇することになる。・ 5 所得増加に対する消費増加は、消費関数上の移動となって現れ、増加幅は所得増加の 限界消費性向倍である。これは、図の当初の消費関数上で所得がY0からY1に増加したとき に消費がC0からC1まで増加することである。 一方、独立消費が増加し各所得水準で消費が増加する場合にだけ、総支出曲線のシフト につながる。独立消費の増加などによる消費関数のシフトでは、所得上昇とは無関係に消 費が増加する。たとえば所得がY0の水準でも消費がC0から新しい消費関数上のC になる ことである。 6 家計の可処分所得は消費されるか貯蓄されるかである。すなわち 可処分所得≡消費+貯蓄 したがって可処分所得が増加すると、その増加分も消費の増加または貯蓄の増加に回され る。 可処分所得の増加≡消費増加+貯蓄増加 となるため、両辺を所得の増加分で割ると、 1≡ 貯蓄増加 消費増加 + 可処分所得増加 可処分所得増加 可処分所得の増加分に対する消費の増加分の割合は限界消費性向(MPC)であり、貯 蓄の増加分の割合は限界貯蓄性向(MPS)であるから、 1≡限界消費性向+限界貯蓄性向 となり、両者の和は必ず1になる。 7 ① 総支出曲線と 45 度線の交点で均衡産出量は決定される。総支出曲線の傾きは限界消 費性向(MPC)に等しく、それはゼロと1の間にある。総支出曲線のシフトに対する均 衡産出量の変化の比率は乗数と呼ばれ、限界貯蓄性向(MPS)の逆数 1 1 = MPS 1−MPC で与えられる。したがって、総支出曲線の傾きが小さければ、総支出曲線のシフトの幅に 対する均衡産出量の変化の幅の倍率(乗数)は小さく、総支出曲線の傾きが大きければ(1 に近ければ)乗数は大きい。図5-3では、傾きが緩やかな総支出曲線と急な総支出曲線を 示しているが、当初は同じ均衡点E0で国民所得Y0が与えられている。同じ量だけ上方にシ フトした場合に、新しい均衡での国民所得は、緩い傾きの場合はY1となり、急な傾きの場 合にはY2となる。 ② 税金が課されると、所得増加分に対して税額の増加分だけ可処分所得の増加分は小 さくなる。そのなかから消費が行われるので、所得増加分全体に占める支出の増加分の割 合は小さくなる。すなわち総支出曲線の傾きは小さくなる。 ③ また輸入があると所得増加分のうちのある割合は国内財ではなく外国財への支出に 向かうので、所得増加分に対する国内財への支出増加分の割合は小さくなり、総支出曲線 の傾きは小さくなる。上のいずれの場合にも乗数は小さくなる。 8 投資または政府支出が1兆円増加したとしよう。本章では、過剰設備がある場合が想 定されているので、第1段階として企業や政府が1兆円分の購入を増加させると、企業は 1兆円分生産を増加する。生産の増加分は同じ額だけ国民のだれかの所得増加になる。第 2段階では1兆円分の所得増加から限界消費性向(MPC)倍だけの支出増加、すなわち生 産増加(所得増加)が起こる。第3段階としてこの所得増加は限界消費性向の倍率だけ支 出を増加させる。さらにこうした支出増加が無限に続いていくことになる。等比級数の和 の公式から、 当初の1兆円の支出増加に対する生産増加の合計= となり、当初の1兆円の、 1 (兆円) 1 − MPC 1 倍である。この倍率が乗数である。 1 − MPC 序章の補論「乗数の導出で用いる等比級数」(本文 54-57 ページ)を参照されたい。 9 総需要曲線は、物価水準を変動させることによって総支出曲線がどのようにシフトす るかを見ることによって導かれた物価水準と均衡産出量との関係を表している。総支出曲 線は、ある固定された物価水準における総支出と国民所得(=国民生産)との関係であり、 図5-11「総需要曲線の導出」 (本文 235 ページ)パネルAで示されている。物価水準がP0で あるとしたときの総支出曲線がAE(P0)であり、そのときの均衡産出量がY0である。 もし物価水準がP0からP1に上昇したならば、家計の保有する金融資産の実質価値が低下 するため、消費支出が減少することになる。また現在の物価水準の上昇は現在の消費を将 来の消費に比べて相対的に高価にするため、個人は現在の消費を減らそうとするかもしれ ない。このような消費の減少は総支出曲線を下方にシフトさせる。新しい総支出曲線が図 5-11 パネルAのAE(P1)になるとすると、均衡産出量はY1となり、Y0より低い。すなわ ち物価水準が高くなると生産物市場の均衡産出量は下落するのである。この物価水準と均 衡産出量との関係は図 5-11 パネルBで右下がりの需要曲線として表される。 マクロ5章=練習問題 1 コンシューマーランド国の経済では、国民所得と消費には次のような関係がある。 国民所得(ド 1,500 1,600 1,700 1,800 1,900 1,420 1,515 1,610 1,705 ル) 消費(ドル) 1,325 各国民所得水準における国民貯蓄を計算しなさい。またこの国の限界消費性向と限界貯 蓄性向を求めなさい。また国民所得が 2000 ドルに増加したならば、消費と貯蓄はそれぞれ いくらになると予想されるだろうか。(ヒント:3節「消費」) 2 練習問題1のコンシューマーランド国の経済における投資は、どの産出水準でも 180 ドルで一定であるとしよう。この簡単な経済の消費関数と総支出関数を図に描きなさい。 また総支出関数の傾きは何によって決まるのだろうか。均衡産出量はいくらになるだろう か。(ヒント:4節「投資」) 3 投資支出が 100 億ドル増加することにともなうはじめの4段階の乗数効果を、次の場 合についてそれぞれ計算しなさい。 (ヒント:4節、5節「政府と貿易」および表 5‐4「投 資支出が 10 億ドル増加した場合の効果」を参照) (a) 消費と投資からなる簡単な経済で、そこでの限界消費性向(MPC)は 0.9 である。 (b) 政府は加わるが国際貿易はない経済で、そこでのMPCは 0.9、そして税率は 0.3 である。 (c) さらに国際貿易が加わった経済で、そこでのMPCは 0.9、税率は 0.3、そして限 界輸入性向が 0.1 である。 4 可処分所得のすべての水準において貯蓄が増加するならば、消費関数はどうなるだろ うか。また均衡産出量は、どのような影響を受けるだろうか。(ヒント:3節および 5.1 項 「政府の効果」を参照) 5 投資支出、政府支出、純輸出のうちどれが低下しても、均衡産出量には同じ影響が及 ぶのはなぜだろうか。所得・支出分析の図を用いて説明しなさい。(ヒント:4節および5 節) 6 安定性が高い経済(すなわち、国民生産は、たとえば輸出における小さな変化に対し てはあまり変動しない)では、政府の政策が持つ有効性は低い(すなわち、政府支出が変 化しても経済をあまり刺激しない) 。一方、安定性が低い経済では、政府の政策が持つ有効 性は高い。経済の安定性と政策の有効性の間にトレードオフがあるのはなぜだろうか。説 明しなさい。 (ヒント:1.3 項「総支出曲線のシフト」) 練習問題の解答 1 ① 本設問のように税金のない場合には 国民所得=消費+国民貯蓄 の関係にあるから、次表の値となる。 国 民 所 得 1,500 1,600 1,700 1,800 1,900 所得(ドル) 1,325 1,420 1,515 1,610 1,705 国 民 貯 蓄 175 180 185 190 195 (ドル) (ドル) ② 限界消費性向は国民所得の増加分に対する消費の増加分の割合である。所得 100 ド ルの増加に対して消費は 95 ドルずつ増えているので、各国民所得水準における限界消費性 向は一定であり 0.95 である。したがって限界貯蓄性向は 0.05 となる。 ③ また国民所得が 2000 ドルになると消費は国民所得 1900 ドルのときよりも 95 ドル増 加すると予想されるので、そのときの消費と貯蓄は次のようになる、 消費:1705+95=1800 ドル 貯蓄:195+5=200 ドル。 2 ① 消費関数を C=a+bY とおく。C、Yに数表の2組の値を代入し、a、bを求めると、 C=−100+0.95Y となる(このケースは一般的な消費関数の特徴の一つを満たしていない。すなわち、所得 がゼロのときに、消費はマイナスになっている)。したがって総支出関数は 総支出=消費+投資=−100+0.95Y+180=80+0.95Y となる。これらの消費関数と総支出曲線は図に示されている。 ② 投資はどの産出水準においても一定であるから、総支出関数の傾きは、図5-4に示 されるように、消費関数の傾きに等しい。その値は限界消費性向であるから、傾きはどの 産出水準においても 0.95 である。 均衡産出量は 45 度線と総支出曲線の交点における横軸の値の産出量(≡国民所得)であ る。このときには産出量(≡国民所得)の値と実際の総支出の値も等しい。 ③総支出=所得という、生産物市場の均衡条件より 80+0.95Y=Y Y=1600(ドル) となり、均衡産出量は 1600 ドルである。 3 (a) 100+100×0.9+100×(0.9×0.9)+100×(0.9×0.9×0.9)=343.9 億ドル (b) はじめに 100 億ドルの生産および所得増加をもたらす点は設問(a)と同じ。第2段 階では可処分所得の増加は 100×0.7 となり、そのうちで支出されるのはその 0.9 倍である。 よって 100×{1+(0.7×0.9)+(0.7×0.9)×(0.7×0.9)+ (0.7×0.9)×(0.7×0.9)×(0.7×0.9)} =227.6947 億ドル (c) この場合もはじめに 100 億ドルの生産および所得増加がある点は同じ。第2段階で は可処分所得が 70 億ドルで、そこから外国財も含めた消費に回る分は 70×0.9=63 億ドル だが、外国財購入に 70×0.1=7 億ドル向かっているので、国内財購入は 70×0.8=56 億ド ルしか増えていない)。よって 100{1+(0.7×0.8)+(0.7×0.8)×(0.7×0.8)+ (0. 7×0.8)×(0.7×0.8)×(0.7×0.8)} =204.9216 億ドル 4 固定的な貯蓄増加は独立消費の減少である。独立消費の減少は消費関数を下方にシフ トさせる。これにより総支出曲線はそれと同じだけ下方にシフトする。独立消費の変化を ∆C (<0)とすると、それに乗数 1 を掛けた分だけ均衡産出量は低下する。その変化 MPS 分は ∆Y = ∆C × 1 <0 MPS となる。 このとき貯蓄関数Sは S = Y − (C + MPC × Y ) = −C + MPS × Y と表される(ただしCは独立消費を示している)。独立消費と均衡産出量が変化したあとの 貯蓄水準の変化は ∆S = − ∆C + MPS × ∆Y = − ∆C + MPS × ∆C =0 MPS すなわち、この場合に貯蓄関数が上方シフトしたにもかかわらず貯蓄水準は変化しないこ とになる。これは生産物市場での均衡条件は、貯蓄=投資、と書き換えることができるこ とに注目すれば容易に理解できる。投資が不変であるかぎり、均衡では貯蓄量も変わらな いのである。 5 総支出の構成要素を式で表すと Y = C + I + G + (X − M ) となる。このうちのC(消費)とM(輸入)だけが国民所得水準によって値が変化すると、 (消費−輸入)曲線は右上がりの曲線で示される。この曲線の傾きは限界消費性向−限界 輸入性向に等しくなる。I(投資)、G(政府支出)、X(輸出)はYによって変化しない とする。総支出曲線は(消費−輸入)曲線をI+G+Xだけ上方にシフトすることによっ て、導くことができる(図5-5)。したがって総支出曲線の傾きも、限界消費性向−限界 輸入性向に等しくなる。I、GあるいはXのうちどれが変化しようとも、総支出曲線に対 する影響は同じである。変化分を ∆A とすると、総支出曲線は同じ傾きのまま ∆A だけ上方 シフトすることになる。傾きが変化していないことから乗数は変わらない。均衡産出量の 変化は ∆A ×乗数ということになる。 6 輸出の変動 ∆X に対する均衡産出量の変動 ∆Y が小さく安定した経済とは、乗数が小さ い経済ということである。この場合には政府支出を増加させたときの均衡産出量の変化 ∆Y は ∆G ×乗数となり、乗数が小さいだけその効果の倍率も小さいことになる。経済が安定し ているのとまったく同じ理由で政策の有効性も小さいことになる。逆に安定性の低い経済 では乗数が大きいため、政策が国民所得に対して大きな影響を与えることになる。
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