2 0 1 5 第 10号 弘前大学 21世紀教育センター

第 10 号
2015
特別寄稿
1 学生の主体的な学修を促進するラーニングコモンズの環境整備と実践例 ―弘前大学附属図書館の場合― 郡千寿子
論 文
11 1)法科大学院の人材養成機能と就職支援 ─組織廃止を強要する政策提言への反論─ 田中正弘
23 2)医学科6年次学生に対する臨床実習終了時におけるPOS診療録記載演習の教育的意義
加藤博之,松谷秀哉,袴田健一,小林 只,大沢 弘
31 3)フィールドワークからホームライフへ ─ 美術専修学生を対象にした地域探索による初年次教育 ─ 冨田 晃
43 4)臨床実習中の医学生を対象とした肺音聴診シミュレータを用いた診察実習
大沢 弘,加藤博之,小林 只,松谷秀哉
49 5)英語コミュニケーションのためのスキルアップ法 小野寺進
57 6)スポーツ実技「ヨガ」を開講して ─学生の受講動機と教育効果に関する考察─ 高間木静香
65 7)日本の大学におけるEFL科目の評価の改善 ─研究に基づいた外国語評価のモデル─ フォーサイス・エドワード
書 評
75 1)NHK取材班編著『産みたいのに産めない 卵子老化の衝撃』
(文藝春秋,2013年)
小玉正志
77 2)増田四郎著『大学でいかに学ぶか』
(講談社,1966年)
黄 孝春
79 3)大阪大学ショセキカプロジェクト編
『ドーナツを穴だけ残して食べる方法 越境する学問─穴から覗く大学講義』
(大阪大学出版会,2014年)
仁平政人
講演会及び研究集会の記録
81 1)平成25年度弘前大学高大連携シンポジウム
テーマ「キャリア教育における高大連携の模索 ─ 高校が考えるキャリア教育、大学が考えるキャリア教育─」
(『21世紀教育センターニュース』より転載) 田中正弘
その他
83 1)平成25年度後期21世紀教育に関する学生アンケート(『21世紀教育センターニュース』より転載)
刊行・投稿規定・執筆要項
『21世紀教育フォーラム』
(第10号)
目 次
特別寄稿
学生の主体的な学修を促進するラーニングコモンズの環境整備と実践例
―弘前大学附属図書館の場合― ………………………………………郡 千寿子
1
論 文
1 )法科大学院の人材養成機能と就職支援
─組織廃止を強要する政策提言への反論─ ………………………田 中 正 弘 11
2 )医学科 6 年次学生に対する臨床実習終了時における
POS 診療録記載演習の教育的意義
……………………………加 藤 博 之,松 谷 秀 哉,袴 田 健 一
小 林 只,大 沢 弘 23
3 )フィールドワークからホームライフへ
─美術専修学生を対象にした地域探索による初年次教育─ …………………………………………………………………………冨 田 晃 31
4 )臨床実習中の医学生を対象とした肺音聴診シミュレータを用いた診察実習
…………………………………………………大 沢 弘,加 藤 博 之 小 林 只,松 谷 秀 哉 43
5 )英語コミュニケーションのためのスキルアップ法
…………………………………………………………………………小野寺 進 49
6 )スポーツ実技「ヨガ」を開講して
─学生の受講動機と教育効果に関する考察─ ……………………高間木 静 香 57
7 )日本の大学における EFL 科目の評価の改善
─研究に基づいた外国語評価のモデル─ …………フォーサイス・エドワード 65
書 評
1 )NHK 取材班編著
『産みたいのに産めない 卵子老化の衝撃』
(文藝春秋,2013年)
…………………………………………………………………………小 玉 正 志 75
2 )増田四郎著
『大学でいかに学ぶか』
(講談社,1966年)
…………………………………………………………………………黄 孝 春 77
3 )大阪大学ショセキカプロジェクト編
『ドーナツを穴だけ残して食べる方法 越境する学問─穴から覗く大学講義』
(大阪大学出版会,2014年)……………………………………………仁 平 政 人 79
講演会及び研究集会の記録
1 )平成25年度弘前大学高大連携シンポジウム
テーマ「キャリア教育における高大連携の模索
─高校が考えるキャリア教育、大学が考えるキャリア教育─」
(『21世紀教育センターニュース』より転載)………………………田 中 正 弘 81
その他
1 )平成25年度後期21世紀教育に関する学生アンケート
(『21世紀教育センターニュース』より転載)………………………………………… 83
刊行・投稿規定・執筆要項…………………………………………………………………… 86
特別寄稿
1
特別寄稿
学生の主体的な学修を促進する
ラーニングコモンズの環境整備と実践例
─ 弘前大学附属図書館の場合 ─
Learning commons promoting active learning
– a case of Hirosaki University Library
郡 千寿子*
Chizuko KOHRI
要 旨
学生の主体的な学修促進のための環境整備の一例として、弘前大学附属図書館での状況を報告したも
のである。平成26年(2014)10月 1 日、耐震改修工事を終えてリニューアルオープンした図書館の改修
ポイントのひとつが、ラーニングスクエア(個別学習エリア)とラーニングスペース(グループ学習エリ
ア)の拡充であった。学生が主体的に学ぶことを目的とした、能動的学習─アクティブ・ラーニング─
を推進するための環境整備の一環であるが、その新スペースについての紹介を行った。
図書館の環境整備の背景には、関連する提言や政策が存在するが、それらにも言及しつつ、弘前大学
附属図書館の活用事例と授業実践例の試案を提示した。
キーワード:図書館、ラーニングコモンズ、アクティブ・ラーニング、主体的学修
1 大学図書館の機能と整備について
大学図書館は、大学における学生の学修や大学が行う高等教育および学術研究活動を支える重要な役
割を有している。いうまでもなく、大学の教育研究にとって不可欠な中核を成すものであり、総合的な
機能を担う機関のひとつである。そしてその大学図書館の役割や整備については、近年、様々に議論 1 )
がなされている。
平成24年 6 月の文部科学省「大学改革実行プラン─社会の変革のエンジンとなる大学づくり─」で
は、
「激しく変化する社会における大学の機能の再構築」のなかで「学修時間の飛躍的増加と、それを
支える学修環境の整備(教員サポート体制、図書館の機能の強化等)」「学生の『主体的な学び』を拡大
する教育方法の革新(参加型授業、フィールドワーク等)」が挙げられている。
平成24年 8 月の「中央教育審議会の答申」においては、「学修支援環境の整備についての課題」のな
かで、
「主体的な学修の確立の観点から、学生の学修を支える環境を更に整備する必要」があり、「主体
的な学修を支える図書館の充実や開館時間の延長、学生による協働学修の場や学生寮等キャンパス環境
の整備」が掲げられている。
「速やかに取り組むことが求められる事項」としても「学生の主体的な学
*弘前大学教育学部
Faculty of Education, Hirosaki University
2
特別寄稿
修のベースとなる図書館の機能強化」が記されている。
さらに平成25年 6 月閣議決定の「教育振興基本計画」では、「学生の主体的な学修のベースとなる図
書館の機能強化、ICT を活用した双方型の授業・自修支援など、学修環境整備への支援も連動しながら
促進すること」とされている。同様の指摘は、平成25年 5 月の教育再生実行会議(第三次提言)や日本
再興戦略(平成25年 6 月閣議決定)においても、取り上げられており、関連する場所およびツールとし
て、図書館の学術情報基盤の整備が極めて重要になっている。
こうした背景において、平成25年 8 月「科学技術・学術審議会学術分科会学術情報委員会」による
「学修環境充実のための学術情報基盤の整備について」の「審議まとめ」が出されたが、そのなかから
「図書館の機能」を中心に示しておくことにしたい。
「大学図書館では、これまでも、学術図書、学術雑誌、学位論文、報告書等の資料の収集、提供、保
存を行ってきた。蔵書冊数は平均40万冊、大規模大学図書館では数百万冊にものぼっている。これらは
基本的に印刷資料であるが、OPAC の構築や索引抄録データベースの提供を通じて、資料へのアクセス
向上にも努めてきた。一方で、学術雑誌については、国際的なジャーナルを中心に電子形態での流通が
一般化している。
(以下略)学術資料を効果的に提供する観点から、印刷資料の整備とあわせて、電子
資料の充実にも適切に対応する必要がある。」とされている。こうしたジャーナルへの対応だけでなく、
学術書の電子化や教材や授業の電子的利活用、オンライン教育の体制整備など、次々と新たな社会的、
教育的な環境への対応が迫られており、図書館が抱える課題は多く、また深刻でもある。
「図書館におけるコンテンツの整理・効果的な保存は、アクティブ・ラーニングのための空間を確保
する上でも、重要な課題である。」とされ、「学生が自主的学習を行うための場であるラーニンズコモン
ズに関しては、平成23年 5 月 1 日現在で、既に整備している大学図書館の数は210館であり、設置数の
推移を見ると 3 年間で約 2 倍となっており、空間としての整備は進んできている。」とある。
「ラーニンズコモンズの設置場所については、必要に応じてコンテンツや人的支援を提供できる環境
を有している図書館を中心に設けるのが適切であるが、より多くの空間を確保し、学生の利便性を高め
る観点から、支援体制等を図書館と連携させつつ、部局等において展開することも想定される。」とあ
るように、図書館は、情報提供の場としてだけでなく、学修する空間としても大きな役割が期待されて
いることが知られるであろう。
以上のように大学図書館は、従来の学術的な集積や支援だけでなく、学生への教育支援や空間を提供
することが求められ、その機能強化を図らなくてはならない時期にある。図書館が対応すべき課題は多
岐にわたるが、本稿では、弘前大学附属図書館を例にアクティブ・ラーニングとの関係に焦点を絞って
紹介してみたい。
2 弘前大学附属図書館の学習環境整備について
平成25年 9 月~平成26年 7 月までの耐震改修工事
を終え、平成26年10月 1 日、弘前大学附属図書館が
リニューアルオープンした。多様な学習環境を提供
す る た め 取 り 組 ん で き た「 学 び の 場 」 と し て の
「ラーニングコモンズ」の拡充、閲覧室の機能改善
など学習環境の整備充実を行ったが、それらについ
て、ここで紹介することにしたい。なお、本学附属
図書館ではアクティブ・ラーニング・エリア、グ
ループ・ラーニング・ルームとして運用している。
リニューアルに合わせて館内サインを一新し、利
アクティブラーニングエリア入口 2 階衝突防止サイン
特別寄稿
3
用者にわかりやすく、統一的なサインとした。案内版下部には地元伝統工芸のこぎん刺しをデザイン
し、利用者入口やアクティブ・ラーニング・エリア入口のガラスには衝突防止サインとして桜をデザイ
ンするなど、地域の文化を取り入れている点に特色があるといえよう。
閲覧室を 1 ~ 2 階に配置し、利用者の利便性を図り、 1 階閲覧室南側には閲覧席を新設、キャレルデ
スク・椅子を更新した。 1 階閲覧室南側には、カウンター席(ハイカウンター)24席、テーブル席 36
席を配置し、地元伝統工芸のこぎん刺しパネルとブナコのペンダントランプを配置した。この空間は、
地域色が感じられる落ち着いた場所であり、寛いだ気分で利用できると好評である。
1 階閲覧室南側閲覧席
1 階閲覧室には、新着新聞、参考図書を配置し、 2 階閲覧室には、一般図書、新着雑誌、文庫・新書
コーナー、コレクションコーナー(太宰治研究文庫,加藤謙一文庫,津軽学コーナーなど)を配置した。
旧 2 階参考図書室は閲覧室(96席)として整備した。キャレルデスク・椅子の更新を行い、 1 階閲覧室
40席、 2 階閲覧室76席合わせて116席を一新した。 1 脚毎に照明とかばん掛けフックが付いたものを採
用し、利便性にも配慮している。これらは主に個別の学修環境の整備であるが、従来の一人で学習する
スタイルだけでなく、グループや少人数での学習に対応するための空間についても次のように整備した。
3 アクティブ・ラーニング・エリアとグループ・ラーニング・ルーム
3 階に平成23年10月、ラーニングスペース・スクエアをオー
プンしていたが、リニューアルに合わせて、 2 階にアクティ
ブ・ラーニング・エリアとグループ・ラーニング・ルームを
オープンし、更なる充実を図った。そして、 2 ・ 3 階には無線
LAN 環境も整備した。 2 階新設にあたり、 3 階の名称もアク
ティブ・ラーニング・エリア、グループ・ラーニング・ルーム
に変更している。
新設の 2 階からまずは紹介したい。
①アクティブ・ラーニング・エリア(個別学習エリア)
18席[予約不要]
キャスター付椅子により自由に動いて、自由に座ることがで
きる。座面下にかばん置きが付いている。
エリア内には
囲う=ロールスクリーン 4 枚
書く・貼る=ホワイトボード 4 枚
4
特別寄稿
映す=プロジェクタスクリーン 1 枚
の設備がある。
②グループ・ラーニング・ルーム(グループ学習
エリア)
1 ~ 2 室 各 8 席 計16席
弧を描く配置もしやすいテーブルとキャスター
付チェアーで様々なレイアウトが可能である。
スライディングウォールにより 1 室 8 ~16席の
部屋にすることが可能となっている。
エリア内には
電子ホワイトボード(カラープリンタ付) 2 台
レクチャーテーブル 1 台
プロジェクト台 1 台
電動スクリーン 1 台
の設備がある。このエリアは予約が必要となるので、利用の際は直接カウンターに申し込むこともでき
るが、図書館 HP の My Library からも申請できるようになっている。
既設の 3 階は、改修工事に伴い、内装と空調を新装した。
①アクティブ・ラーニング・エリア(個別学習エリア)
29席[予約不要]
キャスター付の椅子と組み合わせ自由な机でグループ学習が
できる。
②グループ・ラーニング・エリア(グループ学習エリア)
1 ~ 3 室 各10席 計30席(キャスター付椅子)
[予約要]
スライディングウォールにより、 1 室10~30席の部屋に分けることが可能である。エリア内には電子
ホワイトボード 2 台、液晶プロジェクター 1 台、電動スクリーン 1 台を整備している。
アクティブ・ラーニング・エリア
グループ・ラーニング・エリア
4 オープンラウンジとオープンテラスについて
蓋付き飲料持ち込み可能なリフレッシュコーナーとしてオープンラウンジ、オープンテラスを整備し
た。オープンラウンジには36席(内カウンター席 8 席)がある。
特別寄稿
5
5 弘前大学附属図書館の活用事例
5 - 1 アクティブ・ラーニング・エリアの事例
2014年10月にリニューアルオープンして以降、授業や会議、学生による使用実績も増えてきている
が、ここではアクティブ・ラーニング・エリア、いわゆるオープンスペースで実施された二例を紹介し
てみたい。
ひとつは、
「弘前大学あおもりこれからゼミ」の開催である。これは、青森テレビの放送番組として、
プラットフォームあおもりとの共催で開催され、38名の学生が参加したものである。12月 3 日に収録が
行われ、参加した学生は、ファシリテーターの原正紀氏、ゲストの坂巻亜矢子氏、佐藤敬学長、伊藤教
育担当理事とともに「リーダー論」について活発なディスカッションを行った。このゼミは、「平成26
年度文部科学省地(知)の拠点整備事業」に本学が採択されたことを背景に実施されたもので、本ゼミ
の様子は平成27年 1 月17日(土)午前11時~11時30分に放送された。
地域企業へのビジネスプラン提案、小中学校での教育実習、地域住民の方々との交流等、様々な経験
をもつ学生が多く参加し、自身の体験をもとに自分なりのリーダー論について積極的に発言していた。
このような学生の活動の様子─ディスカッションの実態─は、その時点での図書館利用者、つまりゼミ
参加でない学生たちにも開放されているということができる。つまり、オープンスペースで実施されて
いるということは、周囲からの可視化を念頭においたものであり、参加者、非参加者を問わず、周囲か
らの視線にさらされながら、ゼミが実施されるという状況となっている。
結果的に参加者だけでなく、参加していない学生たちにもその活動実態や熱気が伝わり、刺激を与え
ることを意識しての開催だったと思われる。
二例目は、留学協定校 University of Tennessee, Martin のプレゼンテ─ション(英語で紹介)である。
国際教育センターの English Lounge 教員(多田恵実氏・Shari Berman 氏)が、出入り自由なアクティ
ブ・ラーニング・エリアで行った事例であるが、これも、興味のあるなしに関わらず、周囲の学生にも
見せる、ということを意識した開催だったといえよう。
6
特別寄稿
本来は、閉じた教室のようなスペースで個別に行われるような活動─たとえばゼミや説明会のような
活動─も、場合によってはこのようにあえてオープンな場所で行うということが、学生へのひとつの
メッセージとなっている。一般の図書館利用者は、本来は別の目的のもとに図書館を訪れている。もち
ろん当初はこういう企画の開催についても知らないことが多いだろう。しかし、こうした認識していな
い人たちが、オープンスペースでの活動を自然に視野に入れることによって、非参加の学生たちにも興
味をもってもらう動機付けの機会ともなることが期待されているのである。
一方で参加者にとっては、他人から見られる場所での活動になるため、自ずと発言内容や周囲の視線
を意識することになる。見られているという意識から緊張を強いられて自由に発言できないという見方
もあるかもしれない。しかし、一方で、開放的な空間での議論は、他人からの視線を意識することで公
的な場所という自覚が促され、ほどよい緊張感が生まれる可能性もあるだろう。友人や家族との会話で
はなく、公的な場面でのコミュニケーション能力の活性化や対処法が身に付くきっかけになるかもしれ
ない。
こうしたオープンスペースの場に限らず、グループ・ラーニングの場所においても、参加者同志が意
見を交換しながら、それぞれが思考内容を伝え合うことによって、理解が深まったり、認知が深化した
り、と相互に切磋琢磨する空間として機能することが期待されているのである。
5 - 2 グループ・ラーニング・エリアの事例
グループ・ラーニング・エリアを利用した事例としては、図書館の研修会の例を紹介しておきたい。
2014年11月23日14時~16時に行われた、青森県高等教育機関図書館協議会研修会である。キャリアコン
サルタント(中部大学非常勤講師)の稲本恵子氏による、「イマドキの若者と図書館─デジタルネイ
ティブな心をアナログでキャッチする─」と題した講演とあわせた研修が 3 階のグループ・ラーニン
グ・ルームで行われた。
グループ・ラーニング・ルームは小さなスペースに分割して使用可能であるが、連結してひとつの大
きなスペースとしても使用可能である。今回は大きなスペースに拡大しての使用実例である。完全な
オープンスペースでなく、廊下側には、上半分はガラス張りの仕切りがあり、外からは見えるという空
間である。もちろん室内の活動内容は、廊下側から観察することが可能である。
稲本氏は、手振り身振りを交えた講演をされながら、聴衆にも語りかけて、時には質問し、聴講者は
その質問に答える場面も多かった。また、単に聴くだけでなく、講師の要求に応じて活動するという形
式の研修会であった。聴衆(参加者は県内の図書館関係者約30名)は、時には、最前列の講師の顔を見
るのではなく、隣の人と向き合ったり、場合によっては後ろ向きになったり、と活動をしながら、体験
しながら学ぶ、というスタイルの研修内容であった。そのため、簡単に移動することができ、向きを自
由に変えることのできるキャスター付き椅子はとても機能的であり便利であった。研修の様子は、廊下
側(外の非参加者)からもうかがえるが、講師が語るだけでない、聴衆も動きのある研修会活動は、参
加者はもちろん非参加者にも刺激を与えるものであったと想像できるのである。
弘前大学附属図書館での使用実績は、まだ少なく、その使用方法についても試行段階であるといえる
が、今後、様々な方向性での活用を模索していきたい。
学修の様子が可視化できる、というのがラーニングコモンズの最大の利点であり、見る、見られる、
という関係性のなかから、活性化や向上心が生まれることが期待されているといえるだろう。大学の授
業でも能動的な学修が重要視され、課題となっているが、次章では授業での活用例についての試案を提
示しておきたい。
特別寄稿
7
6 授業実践試案 ─「恋」をめぐる共時的研究と通時的研究─
まずはアクティブ・ラーニング(能動的学修)の用語 2 )について再確認しておきたい。
教員による一方向的な講義形式の教育とは異なり、学修者の能動的な学修への参加を取り入れた
教授・学習法の総称。学修者が能動的に学修することによって、認知的、倫理的、社会的能力、教
養、知識、経験を含めた汎用的能力の育成を図る。発見学習、問題解決学習、体験学習、調査学習
等が含まれるが、教室や大学図書館でのグループ・ディスカッション、ディベート、グループ・
ワーク等も有効なアクティブ・ラーニングの方法である。
授業実践の一例目は、「小学校国語基礎」での『国語辞典』を扱ったものである。「教育課程審議会の
答申」や『学習指導要領解説』の記載に照らしながら、『国語辞典』の機能や役割について再検証し、
『国語辞典』の教材化という視点から、その意義と背景を思考させることを目的とした授業である。小
学校では、
「辞書を利用して調べる方法を理解する」段階から、「辞書を利用して調べる習慣を付ける」
段階へと進化させることが求められている。当該授業は、辞書に課せられた役割を超えた、発展的教材
としての可能性についても言及した内容 3 )であるが、その本来の目的は別として、まずは受講者に実
際に「辞書作成」の一端を体験させる時間を設けている。自らの意見と他者の意見を検証することを通
して、思考の拡大や深化の過程を実感させる試みであり、アクティブ・ラーニングにおける「グルー
プ・ワーク」の授業形態である。
『国語辞典』の記述説明は、言葉の規範であり、絶対的なものであると信じられている。もちろん、
学習者に不安を与えないためにも、辞書の信頼性や重要性は大前提である。そして、どの辞書も高い理
念の上に作られていることは事実である。しかし、辞書が、人の思考を経て作られていることは案外忘
れられがちである。文法に添って言語が形成されるのではなく、言語の様相を観察分析し、導き出され
たた結果が文法として整理されるのと同様に、言葉の意味も最初から決まっていて、それに添って使用
されているとは限らない。
辞書の記述は、言葉の背景や内容を吟味した上で、最もふさわしい、またわかりやすい表現で説明さ
れたものであり、ある意味では、言葉のひとつの基準や規範とも考えられているが、同じ言葉を説明す
る場合にも、説明の方法やどういった表現がなされているかなどは一様ではない。結論から言えば、ど
の『国語辞典』も同様ではなく、また同様でないからこそ、何種類もの『国語辞典』の存在価値がある
のだといえよう。辞書の記述は、思考結果の凝縮された文体と表現であり、注意して見れば、それぞれ
の辞書から特性や個性を読み取ることができるのである。辞書によって、どのように記述説明が相違
し、あるいはどの点に同意性があるかなど、それらを読み比べることから、「筆者の工夫」を知り、編
集意識を知ることができる。辞書を引き、読み、その比較検討を通して「自分の意見」についての思考
や検討が可能になるだろう。
実感を伴った理解のために授業内容を組み立て、以下のように③④段階でグループ学習を取り入れて
いる。個人の思考 → グループ討議 → 共感や批評を経て思考内容を整理 → 意見総括、という
順序で『国語辞典』を題材に「恋」の語義をテーマに展開した。
① 講義 (知識と同義づけ)
② プリント(資料事前準備:辞書の頁を模し「恋」の部分を白抜きにしておく)配付。
それぞれ個人で「恋の語義」を考えて埋める。
③ グループ学習 個人の意見を他人の意見と比較検討 ⇒ グループで「恋」の語義を完成させる。
④ 発表 グループの語義を批評しあう。⇒ 評価基準や根拠について思考させる。
⑤ 『国語辞典』10種類の記述紹介と比較検討
⑥ 講義 (総括)
能動的学習の真の意義は、学生に体験させたり話し合わせたりして、学生主体や相互で学ばせるだけ
8
特別寄稿
では十分でないと考えている。自由に考えさせることは必要であるが、それらの意見の良し悪しの判断
基準を示さないままでは、単なる意見交換にすぎない。活動させるだけで能力が向上することは期待で
きないであろう。
どの部分が課題であるか、なぜその意見に賛同するか、なぜその意見には同意してはいけないのか、
どこに着目すべきなのか、等の思考すべき手順や方法論を理解させ、身に着けさせるためには、その前
段階での準備と後段階での再検証が重要である。そのためには学生主体でない、教師主導の講義スタイ
ルでの教示や助言の時間が必要であると思う。能動的学修がうまく機能するかどうかは、準備の周到さ
と学生がどんな意見を出してもそれを論理的にまとめて整理する能力が教師の側に必要とされるのでは
ないだろうか。
辞書やグループ学習といった手法で「恋」という用語を検討するのは、ことばを共時的に考えてみる
ことである。類義語「愛」との違いの検討や他者との語感や使用法をめぐる討論は、言語の共時的観察
と考察であるが、二例目の授業試案「日本語学演習」では、「恋」をめぐって通時的に考察検討する立
場を紹介してみたい。これは、アクティブ・ラーニングでいう「調査学習」が該当するであろう。古代
から現在に至るまで存在し続けてきた「恋」ということばは、それぞれの時代にどのように受け止めら
れてきたのであろうか。
手近な本やインターネットに頼った知識では、不十分である。図書館で授業を行っていればより便利
であり、図書館所蔵の書籍や資料類で調査することが可能となる。たとえば、『万葉集』では「恋」を
「孤悲」という漢字で表現されている例が30例存在する。この30例と数えた用例を実際に確認するため
には、現代仮名遣いに読解された『万葉集』では知ることができない。漢字表記の万葉仮名で書かれた
『万葉集』4 )を捜索しなければならないのである。 明日香河 川余藤不去 立霧乃 念應過 孤悲尓不有國
(あすか河川淀去らず立つ霧の思ひ過ぐべき恋にあらなくに)
(巻第三、325)
多麻久之気 敷多我美也麻尓 鳴鳥能 許恵乃孤悲思吉 登岐波伎尓家里
(玉くしげ 二上山に 鳴く鳥の 声の恋しき時は 来にけり)
(巻第十七、3987)
『万葉集』での「孤」と「悲」を連結させた「恋」ということばから見えてくる背景は、「孤(ひと
り)を悲しく思う心情」である。対象となる「相手が目の前にいないことを淋しく思い、求め慕う心」
であり、
「孤独を憂う気持ち、せつない感情」の表象である。恋愛感情というよりは、対象と共存共生
することを願いながらそれが果たせない孤独の悲しみを指したものであったと考えられるのである。和
歌が自然発生的に詠まれていた『万葉集』の時代から、修練して作られてゆく『古今和歌集』の時代に
なると、
「恋」はひとつの文学的素材となる。「部立」として、巻十一から十五までが「恋」にあてられ、
歌集全体の三分の一を占めるほどの強大勢力となり、和歌世界の中での不動の地位を獲得するに至るの
である。
『源氏物語』ではどうか、近世の西鶴になるとどのように「恋」を使用 5 )しているか、等それぞれの
時代における「恋」という言葉の有り様を調べるためには、図書館で様々な本と対峙することが必要不
可欠であり、大変重要な学修となる。そうした本の探索や地道な調査を実際に自分で体験してこそ、単
に結論を教え示される場合とは違う、思考法や検討法が身につき、現代にあふれる情報の取り扱い方を
考えることにもつながると思われる。
7 おわりに
以上に紹介した授業実践の試案は、アクティブ・ラーニングという用語が使われる以前から実施して
きている事例である。たとえば演習など、学生が自分で調べて発表するという授業スタイルは、文系の
分野では従来もなされてきたものであるだろう。アクティブ・ラーニングという新しい用語の導入に
特別寄稿
9
よって、授業方法のすべてが見直しを図られる必要はなく、従来のスタイルを再検討し再構築すること
で、学生の主体的な学修へとつながる場合もあると思う。
本稿は、平成26年度東北地域大学教育推進連絡会議(平成26年10月18日於弘前大学)において、「学
生の自主的な学修を促進するラーニングコモンズの実践例」と題して報告した内容を一部含んでいる。
図書館長としての立場で発表したものであるが、授業実践者としてだけでなく、図書館を管理運営する
立場としても勉強させていただく機会となった。
なお、図書館の紹介資料は、附属図書館職員(学術情報課長・三上豊氏、情報サービス主任・長谷川
由紀氏)作成の資料をご提供いただき、本稿への掲載をお許しいただいた。ご協力とご助力に記して心
より感謝申し上げる。
注
1 )文部科学省(2012)「大学改革実行プラン─社会の変革のエンジンとなる大学づくり─」、中央教育
審議会(2012)「新たな未来を築くための大学教育の質的転換に向けて─生涯学び続け、主体的に
考える力を育成する大学へ─(答申)」、中央教育審議会(2008)
「学士課程教育の構築に向けて(答
申)
」等。
2 )平成25年 8 月「科学技術・学術審議会 学術分科会 学術情報委員会」による「学修環境充実のた
めの学術情報基盤の整備について」の「審議まとめ」に記載された用語から引用した。
3 )拙稿「小学校学習指導要領と『国語辞典』─「辞書を読む」授業実践からの考察─」(『日本語辞書
研究第 4 輯』2006年、港の人出版)等参照。
4 )引用の和歌は『万葉集』
(塙書房、1963年)に拠った。
5 )拙稿「パジェス『日仏辞書』による「Coi(恋)」─日本語受容の一面について─」(『日本語辞書研
究第 3 輯』2005年、港の人出版)等参照。
法科大学院の人材養成機能と就職支援
─組織廃止を強要する政策提言への反論─
21世紀教育フォーラム 第10号
(2015年 3 月)
21st CenturyEducationForum.Vol.10(Mar.2015)
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法科大学院の人材養成機能と就職支援
─組織廃止を強要する政策提言への反論─
Career Support Services for Japanese Law Schools:
A Counterargument against Policies Forcing Institutional Abolishment
田 中 正 弘*
Masahiro TANAKA
要 旨
本稿は、法科大学院の定員削減・組織再編が政府主導で始まった理由を、法曹人口の問題および法曹
の就活状況などの描写を通して探求してみたい。そして、法科大学院の定員削減・統廃合を推進するた
めに、政府が望む評価基準に沿って人的物的支援の内容を改める問題や、認証評価の評価基準を政府の
意向に従って改変する危うさを議論する。また、組織廃止を強要する政策提言への反論として、法科大
学院の就職支援制度の充実と法曹養成に特化しない法科大学院のあり方を提案したい。なお、本稿は、
これらの論証を目的として、独自に実施した質問紙調査や訪問調査の結果を活用する。
キーワード:法科大学院、人材養成、就職支援、組織廃止、認証評価
はじめに
法曹(裁判官、検察官、弁護士)を養成する専門職大学院として誕生した法科大学院は現在未曾有の
危機に晒され、その存立は風前の灯火となった。事実、最大時に法科大学院全体(74校)で志願者数
72,800(2004年度)、入学定員5,825(2005~ 7 年度)、入学者数5,767(2006年度)をそれぞれ数えたも
のが、2014年度には、法科大学院全体(67校に減少)で志願者数11,450(最大時の15.7%)、入学定員
3,809(最大時の65.4%)
、入学者数2,272(最大時の39.4%)へと激減した。また、入学定員充足率も、
2010年度に84% だったものが、2014年度には60% へと下がっている。特に、充足率が30% 以下の機関が
67校中22校(2014年度)も存在するなど、非選抜的な法科大学院の苦しい現状が明らかとなった(中央
教育審議会大学分科会法科大学院特別委員会 2014)。
学生を集められなくなった法科大学院の中には学生募集を停止する機関も出てきた。最初の 1 校が
2011年 4 月に募集を停止すると、その後に続いて、 4 校が2013年 4 月に、 2 校が2014年 4 月に、それぞ
れ学生募集を停止している。しかし、法科大学院の校数・学生定員は未だに過大であると判断した日本
政府は、法科大学院の組織見直しを論じる法曹養成制度関係閣僚会議の設置を、2012年 8 月21日に閣議
決定したのである。そして、この閣僚会議の下に、多様な有識者で構成される法曹養成制度検討会議が
置かれている。この検討会議の第 1 回会議は2012年 8 月28日に開かれ、その10ヶ月後の第16回会議
(2013年 6 月26日)で締めくくられた。その成果は「取りまとめ」(2013年 6 月26日)として公表されて
いる。
*弘前大学21世紀教育センター
Centre for 21st Century Education, Hirosaki University
12
田 中 正 弘
法曹養成制度検討会議の「取りまとめ」は、法科大学院にとって、存続に関わる厳しい提言内容を含
んでいる。その提言とは、①法科大学院の定員を大きく削減する、②法科大学院が自主的に組織を見直
す(統廃合を進める)
、③それらを実行しない法科大学院に法的措置をとる(政府の制裁を加える)こ
とである(法曹養成制度検討会議 2013 : 13)。ここで法的措置が具体的に何を意味するのかは不確定で
あったが、法的措置の施行を法曹養成制度関係閣僚会議が2013年 7 月16日に正式に決定したことの影響
は甚大であった。2015年 4 月の学生募集を断念した機関が13校(2014年 7 月 1 日現在)も現れたからで
ある。その結果、最大時74校存在した法科大学院は、20校が脱落し、(2015年 4 月以降も学生を受け入
れる機関は)54校となった。
本稿は、法科大学院の定員削減・組織再編が政府主導で始まった理由を、法曹人口の問題および法曹
の就活状況などの描写を通して探求してみたい。そして、法科大学院の定員削減・統廃合を推進するた
めに、政府が望む評価基準に沿って人的物的支援の内容を改める問題や、認証評価の評価基準を政府の
意向に従って改変する危うさを議論する。また、組織廃止を強要する政策提言への反論として、法科大
学院の就職支援制度の充実と、法曹養成に特化しない法科大学院のあり方を提案したい。なお本稿は、
これらの論証を目的として、独自に実施した質問紙調査や訪問調査の結果を活用する。
本稿は、右記の 5 節で構成される。(1)先行研究の検討と課題の設定、(2)法曹人口の問題と法曹の
就活状況、
(3)公的支援の見直し、(4)就職支援の認識と試行、(5)まとめである。第 1 節で、日本の
法科大学院に関する先行研究を検討し、本稿の独自性や意義を明確にする。
(1)先行研究の検討と課題の設定
法科大学院も含めた専門職大学院の発足過程の包括的な研究成果として、例えば、天野(2002)は、
専門職大学院の制度化が、司法制度改革の一環である法科大学院構想との擦り合わせで進められたと論
じた。山田(2003)は、日本の専門職大学院(特に法科大学院)は、アメリカをモデルに発足したと述
べた。橋本(2009)は、法曹も含めた専門職養成の日本的構造を、養成の量を管理するアクター間のパ
ワーバランスの視点で、記述している。吉田・橋本(2010)は、インプット、スループット、アウト
プットという 3 側面で、法科大学院など専門職大学院の実態を分析した。
法科大学院の現状と課題を考察した研究成果には、司法試験の合格者数の問題や、法科大学院の教育
内容を分析したものなどが多い。例えば、前者の研究成果の一例として、小林(2010)は、司法試験合
格者が急増していった背景を、日本弁護士連合会の政治的駆け引きの描写を通して説明している。同様
に、石井(2006)は、司法試験の合格者数をめぐる法曹三者の力関係を歴史的に分析することで、法科
大学院の設立経緯を論じた。それから、後者の研究成果として、椎名ほか(2010)は、司法試験の合格
率を予測する統計モデルを提示した。
法科大学院の教育内容を論じている先行研究は、数多く蓄積されてきた。例えば、山野目(2012)は
研究者教員の立場で、梓澤(2005)は実務家教員の立場で、谷屋(2011)は学生の立場で、それぞれ法
科大学院の教育内容のあるべき姿を論じている。岡田・齋藤(2013)は、弁護士の国際化の観点で、法
科大学院の教育のあり方を議論した。
上記のように、法科大学院に関する先行研究は多様に存在するが、本稿が着目する二つの論点(法科
大学院の組織廃止を強要する政策提言の問題や、法曹以外の人材養成・就職支援制度のあり方)を検討
した研究成果は管見の限り見当たらない。その理由として、組織廃止を強要する政策提言は近年に公表
されたもので、未確定の新しい課題であること、および多くの司法試験不合格者が就職難に直面してい
るものの、法曹以外の人材養成・就職支援に法科大学院が積極的でなかったことなどが挙げられる。
法科大学院の組織廃止を強要する政策は、法科大学院の校数・学生定員を過大とみなし、司法試験不
合格者を大量生産している現状を改善する狙いで策定されたものである。しかし、不合格という結果の
みで高度な法的素養を修得した多様な人材の存在(活躍の場)を否定するのは、短慮であると主張した
法科大学院の人材養成機能と就職支援 ─組織廃止を強要する政策提言への反論─
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い。そこで本稿は、法科大学院の定員削減・統廃合を推し進める目的で認証評価などの制度を政府が利
用する問題を分析し、かつ法科大学院の就職支援制度のあり方を提案する。そして、その成果が法務博
士という高学歴の就職浪人を減らす一助となることを目指す。なお、この本題を論じる前に、法科大学
院認証評価制度を概説しておく。というのも、他の専門職大学院の認証評価とは異なる特徴を有してい
るからである。
法科大学院は、大学全体で 7 年ごとに受審する機関別認証評価とは別に、専門分野別認証評価を 5 年
ごとに受審しなければならない。この分野別認証評価は「法科大学院の教育と司法試験等との連携等に
関する法律」第 5 条に従い、当該機関の適格認定が行われる(野田ほか 2011)ことに他と異なる特徴
がある。そして、この適格認定の判定が厳しいことも、特徴といえる。事実、2009年度までに全74校が
1 巡目の評価を受審し、24校(32.4%)が不適格となった。さらに、文部科学省は2010年に省令を改め
て、認証評価基準に「法科大学院の課程を修了した者の進路(司法試験の合格状況を含む)に関するこ
と」を加えている(舘 2012)。
司法試験の結果を評価基準に加えることは、問題を孕んでいる。例えば、舘(2012 : 53)は、「評価
基準に『司法試験の合格状況』を加えなければならないとしたことは、法科大学院教育を司法試験の準
備教育とはしないための防波堤の決壊を意味する」と論じた。なお、司法試験の合格状況について、近
年の合格者数は年2,000名程度で、その合格率は約25% に留まっている。よって、修了生の大半は法曹
の道を断念せざるを得ない状況となっている。そこで、次節において、望ましい合格者数という法曹人
口の問題と、法曹の就活状況を描写してみよう。
(2)法曹人口の問題と法曹の就活状況
法科大学院が誕生し、新しい法曹養成制度が始動する前の日本において、法曹の資格を得るために
は、旧司法試験に合格し、かつ司法修習所の研修を修了する必要があった(Tanaka 2007)。旧司法試
験の合格者数は、1990年まで、毎年500人程度で推移していた。その後徐々に増え続け、1999年に1,000
名に達した。そして、2004年には(最大値となる)1,483名に達した。2006年には、旧司法試験の合格
者549名に加えて、法科大学院の修了生に受験資格が与えられる新司法試験が始まり、1,009名が合格し
た。その後、新司法試験の合格者は2007年に1,851名、2008年に2,065名へ増えたが、2009年以降は約
2,000人で停滞することになる。ちなみに、旧司法試験は2012年に廃止された。
新司法試験合格者数が2,000人程度で停滞した主な理由として、法曹人口全体の急激な増加に対する
法曹界(特に弁護士)の強い懸念が考えられる。その懸念は二つある。一つは、合格者の急増による法
曹の質の低下(および法科大学院の教育効果への疑念)であろう。例えば、司法修習所の管轄組織であ
る最高裁判所は、司法修習修了試験である司法修習生考試(二回試験)の不合格者数の増加を根拠とし
て、修習生(特に学力下位層)の質の低下を懸念する文章「最近の司法修習生の状況について」(2008
年 5 月23日)を公表している。
しかしながら、稲田(2010 : 26)が指摘しているように、
「合格者数が増加することは、かつて不合格
であった者が合格することであり、全体的な『質』の低下は当然」の結果といえる。よって、ここで重
要なことは、
「観察される『質』の低下が、合格者の増加では統計的に説明できる範囲を超えるもので
あるならば(中略)
、合格者数の問題以外の理由、つまり法科大学院入学者の質、あるいは法科大学院
の教育の当否の問題が疑われる」
(稲田 2010 : 27)ことである。仮に、法科大学院の教育の質が低けれ
ば、合格者を増やすのは危険である。実際、弁護士である和田(2013 : 29)は、以下の指摘をした。
法科大学院における教育は、現状では残念ながらその多くが司法試験にも実務にもあまり役に立た
ないものである(中略)。優秀な法曹になった者たちの存在は、主に、法科大学院に入学する前に旧
司法試験を目指して続けてきた学習に加えて、法科大学院在学中や終了後に自らの努力で学習を続
けたことによるもの、と言うべきである。
14
田 中 正 弘
和田(2013 : 40–1)は、法科大学院が法曹養成機関として機能しないのは、「教員の多くを占める学者
(研究者)教員のほとんどが、司法試験に合格しておらず、司法修習も経験していないからである」と
主張している。実務を知らない教員に実務は教えられないという考え方である。
とはいえ、法科大学院修了後に新司法試験に合格した者が、法科大学院を経ずに旧司法試験に合格し
た者よりも質的に劣っているという確かな証拠は存在しない。逆に、小山(2014 : 226)は、弁護士へ
の質問紙調査の分析から、
「司法試験の種類によって能力アイデンティティ(自己評価)に差が」見ら
れないことを実証している。言い換えれば、「法科大学院によって法曹の質が低下したという俗説が必
ずしも適切ではない」ことが検証されたのである。
新司法試験合格者数が2,000人程度で停滞したもう一つの理由に、弁護士就職難がある。日本弁護士
連合会が毎年実施している「司法修習生に対する生活実態アンケート」(2007,2008,2009,2010,
2011)の調査結果によると、各年の 7 月までに採用内定を得られなかった修習生の割合は、2007年
8 %、2008年17%、2009年24%、2010年35%、2011年43% であり、就職難の悪化傾向が見られた。なお、
2001年から2011年までの10年間において、裁判官は2,243人から2,850人(27% 増)、検察官は1,443人から
1,816人(26% 増)
、弁護士は18,243人から30,485人(67% 増)へ、それぞれ増加している(鈴木 2012:
23)
。
上記のように、大多数の新人の受け入れ先となった弁護士業界で、新人の職場環境の悪化が問題視さ
れるようになった。事実、弁護士事務所の内定を得られなかったため、司法修習修了後に即時独立した
「即独弁護士」(即独)、事務所の軒先を借りて独立採算の経営をする「軒先弁護士」(ノキ弁)など、先
輩弁護士の OJT を期待できない新人弁護士が増加した(鈴木 2013: 21)。ただし、専修大学の「法科大
学院附属弁護士事務所が、司法試験に合格した修了生を少なくとも 1 年雇用することで、彼らに OJT
の機会を与えている」
(専修大学法科大学院訪問調査:2014年10月15日)ことを、就職難への法科大学
院側の対応策として、ここに表記しておきたい。
新人弁護士の就職難や弁護士事務所間の過当競争が顕在化したことから、各地域の弁護士団体が新司
法試験の合格者数を削減すべきだという意見書を提出するようになった。例えば、2007年に愛知県弁護
士会などが3,000人増員計画の見直しを要求した。この要求に同調して、2008年に仙台弁護士会などが
3,000人の撤回を求めた。さらに、千葉県弁護士会などは合格者数を年1,500人に削減すべきだと主張し
ている。弁護士の就職難が益々悪化した2009年には、埼玉弁護士会などが合格者を年1,000人に減らす
ように要望した。2011年以降は、合格者の数を年1,000~1,500人に削減すべきという意見が、全国各地
の弁護士会に広く支持されることとなる(鈴木 2012)。それらの要望に応えた法務省は、「法曹人口及
び法曹養成制度の改革に関する政策評価」(2012年 4 月20日)を公表して、合格者数の年間数値目標
(3,000人)の再検討を勧告したのである。
さらに法務省(2012)は、合格者数を減らしていくのであれば必然的に、法科大学院の入学定員の削
減や、他校との統廃合も検討すべきだと勧告している。この勧告を受けて、同年 8 月に、内閣に法曹養
成制度関係閣僚会議が設置され、そしてこの閣僚会議の下に有識者による法曹養成制度検討会議が置か
れたこと、この検討会議の「取りまとめ」が法科大学院の存続に関わる厳しい提言を示したことは、本
稿の冒頭で触れた通りである。同じく、中央教育審議会大学分科会法科大学院特別委員会(2013a)で
は、法科大学院の組織見直しを促し、かつ入学定員を適正化させるために、公的支援見直しの強化策を
早く立案すべきだという提言が出された。これらの提言を受けて、文部科学省は公的支援見直しの一層
の強化を2013年11月11日に発表した。次節では、この見直しの内容と、その問題点を議論してみよう。
(3)公的支援の見直し
文部科学省は、法科大学院の公的支援のあり方を、計 3 回(2014年 9 月 1 日現在)見直している。最
初の見直しの内容は、文部科学省「法科大学院の組織見直しを促進するための公的支援の見直しについ
法科大学院の人材養成機能と就職支援 ─組織廃止を強要する政策提言への反論─
15
て」
(2010年 9 月16日)に記載された。その概要は、「深刻な課題を抱える法科大学院の自主的・自律的
な組織見直しを促進するために、公的支援の在り方を見直す」ことで、見直しの対象は、下記の指標の
両方に該当する法科大学院である。
指標 1 「前年度の入学者選抜における競争倍率(受験者数/合格者数)が 2 倍未満」
指標 2 「前年度までに①②のいずれかに該当する状況が 3 年以上継続」
①新司法試験の合格率(合格者数/修了年度を問わない全受験者数)が全国平均の半分未満
②直近修了者(新司法試験の直前の 3 月が含まれる年度に修了した者)のうち新司法試験を受験
した者の数が半数未満、かつ直近修了者の合格率が全国平均の半分未満
見直しの対象となる法科大学院への具体的措置として、国立大学法人運営費交付金や私立大学等経常費
補助金の減額が決まり、2012年度予算から適用(文部科学省 2010)された。ちなみに、2012年度に減
額対象となった法科大学院は 6 校であった。
1 回目の見直しから 2 年後の2012年 9 月 7 日に、文部科学省は 2 回目の見直しとして、指標 3 「前年
度までに入学定員の充足率(実入学者数/入学定員)50% 未満の状況が 2 年以上継続」の追加を発表す
る(文部科学省 2012)。その結果、2014年度に減額対象となった法科大学院は18校に増加した。
3 回目の見直しは、 2 回目の見直しから 1 年後の2013年11月11日に、文部科学省「法科大学院の組織
見直しを促進するための公的支援の見直しの更なる強化について」で示された。前回からの変更点は、
指標を多様化し、指標ごとに点数化することで、法科大学院を類型化することである。その指標とは、
下記の 4 つである。
・司法試験の累積合格率(累積合格者数/累積受験者数)、12点満点
・法学未修者の直近の司法試験合格率(法学未修者の合格者数/法学未修者の全受験者数)、 8 点満点
・直近の入学定員の充足率(実入学者数/入学定員)、 8 点満点
・法学系以外の課程出身者の直近の入学者数・割合(法学系以外の課程出身者の入学者数/全入学者
数)または社会人の直近の入学者数・割合(社会人の入学者数/全入学者数)、 4 点満点
加えて、先導的な教育システムを構築したり、法科大学院間の連携・連合を実施したりした場合に、点
数を加算する制度も取り入れられた。なお、この新しい見直しは、2016年度予算から適用される予定で
ある。
公的支援の再三の見直しにより、多くの法科大学院(特に司法試験の合格率の低い機関)が、政府の
補助金を減額されるという罰則を科されることとなる。とはいえ、金銭的な損害より、削減の対象とし
て機関名が公表されることのほうが、より深刻な実害(入学志願者の減少)を、その法科大学院に与え
ることになるだろう。なぜなら、志願者が減れば質の高い学生が減り、司法試験合格率が下がるためで
ある。この負のスパイラルに巻き込まれれば、その先にあるのは法的措置の執行、そして募集停止・機
関廃止である。
法的措置の具体的な内容は、中央教育審議会大学分科会法科大学院特別委員会で審議(2014年 8 月 1
日現在)されていて、2015年 7 月15日までに全容が明らかになる予定である。なお、現在確定している
法的措置は、前記した 4 つの指標に基づいて下位の類型に位置づけられ、かつ直近入学者数が10名に満
たない法科大学院には、国家公務員である裁判官や検察官を実務家教員として派遣しない、という取り
決めである(中央教育審議会大学分科会法科大学院特別委員会 2013c)
。そして現在審議中ではあるが、
法的措置に対象機関修了者の司法試験受験資格を認めないことが含まれる可能性がある(中央教育審議
会大学分科会法科大学院特別委員会 2013b)。仮に、修了者の受験資格を認めないのであれば、その法
科大学院への進学希望者はいなくなるだろう。よって、この法的措置は機関廃止の強要と同義である。
さらに中央教育審議会大学分科会法科大学院特別委員会(2013b : 3)は、「組織見直し促進に関する
16
田 中 正 弘
調査検討経過報告」(2013年11月22日)の中で、「司法試験の合格率を認証評価の基準の中に組み込むこ
と、あるいは、司法試験の合格率が全国平均の半分未満の法科大学院を対象として特に厳格な評価を行
うことなどを含め、客観的な基準と認証評価の関連性の整理に向けた検討が必要」だと主張している。
2014年の司法試験において、合格率が全国平均(22.6%)の半分未満の法科大学院の数は(74校中)34
校であった。34校中15校は既に募集停止を公表しているが、司法試験合格率が認証評価基準に組み込ま
れれば、残りの19校の募集停止も時間の問題だといえる。例えこれらの機関が全て閉校しても、全国平
均の半分を下回る機関が新たに現れるはずなので、それらもやがて淘汰されていくことになる。
上記のように法科大学院の淘汰をもたらす政策が次々と打ち出されたが、それらの政策の実現に歯止
めをかける役割を演じてきた法科大学院協会は、理事が入れ替わった2011年 6 月を最後に、その役割を
放棄したかのように強い反意を示さなくなった。この変化の時期が司法試験合格率の高い機関の代表に
よって理事ポストが埋められた時期と重なることは偶然でなかろう。つまり、合格率の低い機関を廃止
に追い込みたいという利害が、関係省庁と一致したと推察できる。
法科大学院の廃止は、これまでの資本投下が無駄になり、かつ人員整理も必要となることから、痛み
を伴う決定である。避けられる限り、避けるべき決定といえる。しかし、何の対処も施さずに問題を放
置したままでは、法科大学院の制度自体が社会の信頼を失ってしまう。その上、司法試験の各年の合格
者数が削減されていくことが予想される中で、法科大学院の現状規模を維持しようとすると、司法試験
不合格者を大量生産することになってしまう。そこで本稿は、法科大学院修了生の就職(特に法曹以外
の就職)支援制度の充実を、法科大学院の生き残り策として提案したい。そのため、就職支援の現状
(認識)を分析する目的で、独自の質問紙調査と訪問調査を実施した。これらの調査の成果を土台に、
就職支援の望ましいあり方を次節で論じる。
(4)就職支援の認識と試行
質問紙調査「法科大学院の就職支援制度に関する現状調査」を2014年 4 ~ 5 月に実施した。調査の対
象は、同年 4 月までに募集停止を公表した法科大学院15校を除いた、全59校で、回答した機関は29校、
回収率は49.2% となった。なお、回答機関の設置主体分布は、国立(20校中)10校、公立( 2 校中) 0
校、私立(37校中)19校である。地域分布は、北海道・東北( 3 校中) 1 校、関東(26校中)12校、中
部( 9 校中) 6 校、近畿(11校中) 6 校、中国・四国・九州(10校中) 4 校で、入学定員分布は、40人
以下(32校中)15校、41人以上100人以下(20校中)11校、101人以上( 7 校中) 3 校である。これらの
分布に大きな偏りがないことから、概ね母集団を代表していると思われる。質問紙調査はサンプル数が
少ないために定量的な実証性を確保することができない。ただし、これを補うために訪問調査による定
性的分析を組み合わせた。その結果、ある程度の説明力は得られたと考えられる。
就職支援の課題について 4 件法で尋ねたところ、表 1 の結果となった。
表 1 :就職支援の課題(n=29)
法科大学院の人材養成機能と就職支援 ─組織廃止を強要する政策提言への反論─
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表 1 に示したように、質問「司法試験の合格率で評価されるため法曹以外の進路を勧められない」に、
「あてはまらない」と回答した機関が16校(55.1%)ある。また、質問「法曹以外の進路を勧めるのは法
科大学院の目的と異なる」でも、15校(51.7%)が「あてはまらない」と回答している。法科大学院は
法曹養成に特化した専門職大学院であることが法的に求められているものの、司法試験合格率が低迷し
続けている中で、法曹以外の人材養成への積極的な貢献を正当に評価することは、多様な法科大学院の
あり方を論じる上で重要である。ただし、
「在学生は法曹以外の進路に興味を持たない」という質問に
18校(62%)が「あてはまる」と回答している。実際に、「法科大学院での教育成果は法曹以外の法律
専門職にとって有用と考えるが、本人の志望との関連では、他の進路を勧める指導は行いにくい」
(A19)という意見が、自由記述欄に書き込まれていた。よって、在学生に法科大学院の教育が法曹以
外の就職にも役立つことを、示していく必要があると思われる。
「既卒者と就職支援の連絡がつきにくい」という質問に22校(78.6%)が「あてはまる」と回答してい
る。法科大学院に限らず、金子(2011 : 11)の指摘にあるように、日本全体の課題として、既卒者の就
職支援を怠ってきたことがある。法科大学院の修了者は卒業後に司法試験を受験し、その結果に応じて
就職活動を開始することになることから、法科大学院は既卒者の就職支援という、日本全体の課題を率
先して解決する努力をしていくべきだろう。その萌芽は散見されるようになってきた。例えば、同志社
大学は、就職支援チームという法科大学院独自の相談窓口を、全国に先がけて2009年11月に設置した。
同様に岡山大学は、2012年12月に「岡山大学法科大学院弁護士研修センター」を設置し、若手弁護士に
研修の機会を与えて、組織内弁護士として自治体や企業などに派遣する取組に着手した。青山学院大学
は、株式会社インテリジェンスと提携し、法曹以外の進路を望む在学生・修了生に、民間企業への就職
を斡旋している。
法科大学院は、修了生の官公庁や一般企業への就業を支援するようになりつつあるが、「官公庁は法
科大学院修了生を高く評価しない」という質問に、「あてはまる」と回答した機関が18校(66.7%)、同
じく「一般企業は法科大学院修了生を高く評価しない」という質問でも、「あてはまる」と回答した機
関が18校(66.7%)と、官公庁や一般企業の評価が高くないという意見が多数を占めた。自由記述欄に
おいても、
「企業も官庁も LS 卒業生を特に評価しておらず、社会的に認知されていないように見えま
す」
(A 9 )という記述を確認できた。それから、質問「法科大学院修了生が法学研究科に進むのは困
難である」では、
「あてはまる」が14校、
「あてはまらない」が15校と、意見が分かれた。ただし、「あ
てはまらない」と回答した法科大学院が 5 割程度あることは、次の質問で示されるように、それらの機
関で研究者養成を行っていることを必ずしも意味しない。
法科大学院の研究者養成機能を 4 件法で尋ねた結果は表 2 の通りである。
表 2 :法科大学院の研究者養成機能(n=29)
法科大学院で法学研究者(法学研究科への進学者)、法科大学院教員、法学部(学士課程)教員を養成
しているという 3 つの質問に対して、
「あてはまらない」と回答した機関は、それぞれ25校(89.3%)
、
23校(82.1%)、26校(92.9%)であった。法科大学院は法学分野の教員(研究者)養成を行っていない
と考えられていることになる。ただし、自由記述欄に「本学 LS でも、LS 出身の教員は増えている」
(A 2 )という意見があるように、法科大学院の教員という職域は法科大学院修了生にとって魅力的な
18
田 中 正 弘
就職先の一つになると思われる(田中 2014)。なお、東北大学の「法学研究科は、従来型の研究者養成
のための法政理論研究コースに加えて、法科大学院の教員養成のための後継者養成コースを設けてい
る。そしてこのコースを研究者型と実務家型に分けた」(東北大学法科大学院訪問調査:2014年10月20
日)点は興味深い。二つの型に分けた狙いは、研究者教員志望者には分野横断的な研究能力を、実務家
教員志望者には臨床的な研究能力をそれぞれ修得させることにある。幅広く法学を学ぶ法科大学院修了
生には、専門分化した従来の法学研究に、新たな風を送り込むことを期待したい。
司法試験や法科大学院の課題に関する項目をそれぞれ 4 件法で尋ねた結果、表 3 の通りとなった。
表 3 :司法試験や法科大学院の課題(n=29)
質問「司法試験の合格者数を増やすべき」に22校(78.6%)が「あてはまる」と回答している。この点
で、合格者数を減らすべきという法曹団体と意見の相違がある。また、質問「司法試験予備試験は廃止
すべき」に対して、24校(85.7%)が「あてはまる」、特にその24校中16校が「とてもあてはまる」と回
答していることは注目に値する。予備試験は経済的に恵まれない学生に対して、法科大学院を経ずに司
法試験の受験資格を授与するバイパスコースとして設けられているが、法科大学院の在学生の多く( 2
年生の約半分)が予備試験を受けるなど、制度の趣旨と異なる状況が発生している(中央教育審議会大
学分科会法科大学院特別委員会 2014)。
予備試験制度の趣旨が法科大学院の学費を払えない学生への支援であれば、予備試験合格者の学費を
政府が助成する制度に改めるべきである。それが、プロセスとしての法曹養成を重視する政策と合致す
る適切な方向であろう。ちなみに、奨学金を拡充する法科大学院が増えている。例えば、専修大学は
「平成27年度から、スカラシップ入試奨学生に対して、入学金・授業料・施設費を無料とし、さらに月
8 万円の奨学金を支給する制度を開始する予定」(専修大学法科大学院訪問調査:2014年10月15日)で
ある。
質問「法科大学院の定員を削減すべき」に16校(59.3%)が「あてはまる」と回答している。法科大
学院全体の定員が過大だという認識は、多くの法科大学院の間で共有されていると考えられる。ただ
し、質問「入試倍率や司法試験合格率に課題のある法科大学院は閉鎖すべき」への回答は、「あてはま
らない」が16校(59.3%)と過半を占め、課題のある法科大学院の生き残り策への期待が伺える。また、
教育の国際化に関する質問「国際関係の授業科目を増やすべき」や「留学生を増やすべき」への回答
は、
「あてはまらない」が多数派を占めた。なお、「留学生を受け入れたくても、入学判定に用いられる
(法科大学院全国統一)適性試験がネックとなる」(明治大学法科大学院訪問調査:2014年10月14日)と
いう障害も存在する。
質問「実務家教員を増やすべき」に、17校(63.0%)が「あてはまらない」と回答した。日本の法科
大学院では、研究者教員が中心となるべきだという考え方が(恐らく研究者教員に)広く支持されてい
ると思われる。とはいえ、先述したように、研究者教員が多数派を占めることが、法科大学院の教育に
法科大学院の人材養成機能と就職支援 ─組織廃止を強要する政策提言への反論─
19
対する法曹の疑念を生む温床となっているので、再考が必要かもしれない。
「官公庁への就職者を増やすべき」や「一般企業への就職者を増やすべき」の質問に、それぞれ26校
(92.9%)
、24校(85.7%)という圧倒的多数が、「あてはまる」と答えた。官公庁や一般企業への就職は、
法曹の職域拡大、および司法試験不合格者の就職先確保という、二つの側面がある。一つ目の法曹の職
域拡大は、法科大学院の量の維持という観点で重要である。事実、自由記述欄にも下記の指摘があった。
今後の方向としては、司法試験合格者の官公庁・企業・教育研究機関等での活躍の場が広がり、そ
のこともふまえて司法試験の合格者数を増やすほうへ事態が進んでいく(法科大学院修了生就職支
援の問題がそのような状況のなかに位置づけられる)ことが望ましいと考えます(A17)。
法曹の職域拡大は、法科大学院だけの課題ではなく、国や自治体が法曹を積極的に雇用することで解
決すべき課題であろう。例えば、イギリスでは、ソリシター(solicitor)という弁護士の中の、9,500人
程度は、市役所などに勤める公務員である(Solicitors Regulation Authority 2014)。彼らは窓口で市民
に無料の法律相談を行政サービスとして提供している。このような行政サービスが日本にも導入されれ
ば、市民にとっては法曹がより身近になり、法曹にとっては安定した就職先の確保につながるだろう。
二つ目の不合格者の就職先確保は法科大学院の多様化の点で重要である。事実、不合格者の就職を組
織的に支援する工夫の一つとして、自由記述欄に右記の提案があった。「法科大学院を修了しても、合
格に至らない人数が圧倒的に多い現状において、修了生について、国又は大学院として、就職支援のた
めの組織的な対応を図ることが急務である。(中略)例えば、宅地建物取引主任の資格を(修了者に)
付与するなど、資格試験の面で有利な取り扱いをするようにすべきである」(A21)。また、成蹊大学
「法科大学院では、地元自治体との連携を強化する計画を立て、『自治体法務』担当という新しい職域の
開拓を試みている」
(成蹊大学法科大学院訪問調査:2014年10月21日)。なお、自治体法務の業務とは、
地域特有の法的問題への対処や、独自政策の立案への貢献など、高度な法的素養を持つ公務員が担当す
るものである。
司法試験不合格者の活躍の場は未開拓である。彼らの能力を不合格という事実のみで判断し、高度な
法的素養を持つ高学歴人材の活用を怠ることは、我が国にとって大いなる人材の損失であろう。自由記
述欄にも同様の意見が付されていた。
司法試験に合格できなかったという事のみをもって、新卒大学生に比べ就職活動が難しくなる、不
利に扱われるという事実は問題であると思う。勉強量、知識、働く意欲の高い者が、適切な場で働
ける社会になることを強く望む(A14)。
最後の質問「法科大学院は法曹養成に特化すべき」に、16校(57.1%)が「あてはまらない」と回答
した。自由記述欄の言葉を借りれば以下のように表現できる。
法曹それも法廷弁護士だけが法律専門家ではない。コンプライアンスの重要性が叫ばれている今日、
幅広い法律専門家の存在が必要である。マスコミ報道などでは、司法試験の合格ばかりが重視され
ており、法科大学院教育を狭い範囲に閉じ込めている感がある。幅広い法律専門家の養成機関であ
れば、就職問題にも展望が開ける(A19)。
本稿も、法科大学院は法曹養成に特化すべきではないと考える。なぜなら、法曹の需要が拡大するか縮
小するかは未知数であるし、景気にも左右されるために、需要に合わせて法科大学院の校数・定員を調
整することは難しいと推察できるからである。従って、法科大学院が修了生の法曹以外への就職を組織
的に支援していくことは不可避、かつ生き残り策としても重要である。そして、法科大学院が多様な人
材を養成すること(多様性)を否定する評価(認証評価を含む)制度は、法曹需要の増減によって混乱
(無用な淘汰)を招く恐れがあることから、再考すべきであろう。
20
田 中 正 弘
法科大学院の多様性は重要だと考える。多様性の一例として、明治大学は「日本初の女性弁護士を輩
出したという歴史を踏まえて、現在まで一貫して女性の法曹養成に注力してきた。このため、法科大学
院でもジェンダー法の教育・研究に人員を手厚く配分してきた」(明治大学法科大学院訪問調査:2014
年10月14日)。司法試験では出題されないジェンダー法などの教育を重視する機関は珍しいが、司法試
験の合格率向上の圧力が強まりすぎたり、定員充足率の低下を避けるために定員削減の動きが強まりす
ぎたりすれば、法科大学院の余力がなくなり、上記のような特色は失われる恐れがある。
(5)まとめ
法科大学院が制度計画時の構想を上回る計74校にふくれあがったこと、そしてその学生定員が最大
5,825名まで増加したことは、大学と関係省庁の両者の見通しの甘さに原因がある。とはいえ、その失
敗の責任を関係省庁が大学に押しつけることを正当化するため、独自に定めた評価基準を下回った「課
題のある」法科大学院の定員削減・組織廃止を、法的措置の施行で強要することは不合理であるといえ
る。なぜなら、課題のある法科大学院を特定するための厳しい評価基準(例えば、司法試験合格率の最
低基準など)を、関係省庁が中心になって独善的に定めようとしているからである。
法科大学院は法曹養成に特化した専門職大学院であるという認識下では、法曹の急激な需要拡大・職
域拡大が確実視できない限り、法科大学院の校数・定員は過大であると批判されても仕方がない。しか
し、法科大学院は高度な法的素養を備えた人材を養成する専門職大学院という定義が新たに成り立つの
であれば、現在の校数・定員は必ずしも過剰とはいえない。換言すれば、現在の規模を維持しようとす
ると、法曹以外の職域にも修了生を輩出できる就職支援制度の迅速な整備が欠かせない。例えば、在学
生・修了生の多様な就職活動・進路変更を支援する専門組織の設置、OB・OG との面談会実施、イン
ターンシップの拡充、法学関連の資格取得を後押しする各種セミナーの開催、および多様な法律専門職
業人に再教育の場を提供などが望まれる。
最後に、本稿の課題と限界に触れておきたい。第一に、多様な人材養成や就職支援のあり方に関する
分析は、質問紙調査の回答者の主観的認識を記述したものであり、訪問調査で確認された制度も実施試
行段階のものが多く、それらの効果を測定するのが現時点では難しいことを挙げられる。第二に、司法
試験に合格できなかった修了生が、就職活動の場面で、彼らの専門的な知識が高く評価され、他の院
卒・学卒と比べて優遇されることは、現時点でほとんどない(ジュリナビ 2014)ことから、彼らの受
け入れ側(官公庁や企業など)の定量調査を始められないことも、本稿の課題・限界といえる。
ただし、芽生え期の優れた取組として、ゆうちょ銀行が法科大学院修了生(法曹資格を問わない)を
対象とする特別採用枠の設置に取り組んだことを取り上げておきたい。ゆうちょ銀行(2014: 1 )が法
律の素養を有する人材を求める理由は、以下の通りである。
銀行業務は企業一般に適用される民法、商法、会社法や税制に関する法律のほか、業法である銀行
法、金融商品取引法、郵政事業として郵政民営化関連法など様々な法律のもと事業を行っています。
社員がそれぞれの法律に精通することが求められており、重要法令の改正等の理解力や活用力を必
要としています。
このような特別採用枠の普及が進んだ段階で、改めて、法科大学院修了生の受け入れ機関の定量調査を
開始したい。
謝 辞
本研究はカシオ科学振興財団研究助成金(H26)
「我が国の法科大学院における法曹以外の人材育成機
能および就職支援の在り方に関する研究」(研究代表:田中正弘)の助成を受けて実施した成果の一部
である。
法科大学院の人材養成機能と就職支援 ─組織廃止を強要する政策提言への反論─
21
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医学科6年次学生に対する臨床実習終了時におけるPOS診療録記載演習の教育的意義
21世紀教育フォーラム 第10号
(2015年 3 月)
21st CenturyEducationForum.Vol.10(Mar.2015)
23
医学科 6 年次学生に対する臨床実習終了時における
POS 診療録記載演習の教育的意義
Educational Significance of Training
for Problem Oriented Medical Record
after Clinical Clerkship for 6th Grade Medical Students.
加 藤 博 之*、松 谷 秀 哉*、袴 田 健 一**、
小 林 只***、大 沢 弘***
Hiroyuki KATO, Hideya MATSUTANI, Kenichi HAKAMADA, Tadashi KOBAYASHI, Hiroshi OSAWA
要 旨
本学医学部医学科で平成16年度より 4 年次末に行っている POS(Problem Oriented System)診療録
記載演習を、52週間の臨床実習を終えた 6 年次学生に改めて行い、その教育的意義を検討した。演習で
は 4 年次と同様に、まず患者の臨床情報をData Baseとして学生に与え、その中から異常所見を抽出し、
さらに考察した病態を「病態流れ図」の形で表現し、Problem List、Initial Plan を作成した。学生たち
は臨床実習中の経験を踏まえて非常に熱心に課題に取り組み、作成されたプロダクトは具体的かつ完成
度の高いものであった。終了後のアンケートでも、臨床実習での体験が自信につながっており、病態を
考察する際の視野が広がり、また治療面まで考えが及ぶようになったなどの記載が見られ、今回の演習
は自らの成長を自覚できる良い機会となっていた。本演習を 6 年次に行ない 4 年次と比較することに
よって臨床実習の効果を確認できるとともに、今後の学習への動機付けともなると思われる。
キーワード:Problem Oriented System(POS)、診療録、医学生、病態流れ図、臨床実習
はじめに
医師の思考過程を医学生に教育することは、医学教育の中心的命題の一つであるが、座学による教育
は難しく、臨床実習の中で実践を通じて行なわれることが多い。Problem Oriented System(以下
POS)1 )は、1960年代の終わり頃にアメリカの医師 Weed によって提唱されたシステムである。POS に
よってまとめられた診療録(Problem Oriented Medical Record)は患者情報の集大成であると同時に、
これを記載する若い医師や医学生にとっては、自らの思考過程を検証し診断能力を高める重要な学習
ツールとしての意義もある。本学医学部医学科では平成16年度より、 4 年次末に行われる臨床入門科目
*弘前大学大学院医学研究科総合診療医学
General Medicine, Hirosaki University Graduate School of Medicine
** 同消化器外科
Gastroenterological Surgery, Hirosaki University Graduate School of Medicine
*** 弘前大学医学部附属病院総合診療部
Department of General Medicine, Hirosaki University Hospital
24
加藤 博之・松谷 秀哉・袴田 健一・小林 只・大沢 弘
「Pre BSL」
(“Pre Bedside Learning” の略)の中で POS 診療録記載演習による診断の思考過程教育を行
い、その後 5 年次、 6 年次の臨床実習を行なうようにしてきた。今回、52週間に及ぶ臨床実習を終了し
た 6 年次学生に対し改めて POS 診療録記載演習を行い、その教育意義について検討を試みた。
本教育の実際
本教育は 6 年生を対象とし、合計52週間に及ぶ 5 ,6 年次臨床実習を終了した 7 月に、「後期 OSCE」
と題して 3 時間に渡り行なわれた演習形式の授業である。 1 グループ 8 - 9 名の小グループを編成して
行なった(図 1 )
。グループ編成は、可能な限り 5 年次臨床実習のグループに近いメンバーとなるよう
にした。演習の手順は 4 年次末の臨床入門科目「Pre BSL」の中で行なった POS 診療録記載演習とほぼ
同様の手順であるが、以下の通りである。
図 1 .小グループで作業を行う学生たち
1 .学習目標の説明
まず授業の冒頭で、学生に対し「臨床情報(Data Base)から、POS に基づいて、異常所見を抽出し、
病態生理を考察し、Problem をまとめ、初期計画を作成することにより、医師の思考過程を体験・体得
し、自分に足りないものを気づくことができる」が、この授業の学習目標であることを説明した。
2 .臨床情報(Data Base)の提示
次に具体的な臨床情報(Data Base)となる、以下のようなある架空の症例の病歴・診察所見・検査
データを学生たちに提示した。
提示した架空の症例の概略
症例:72歳 男性 農業 一人暮らし
主訴:腹痛
現病歴 :約 3 ヶ月前より時々上腹部を中心に腹痛があり、この頃から下痢と便秘を繰り返すように
なった。食欲低下あり。昨日16:00頃、突然、心窩部痛あり。自宅にあった胃腸薬を飲んで様子を見て
いたが改善せず。軽度の嘔気あり。本日、水分摂取時に腹痛が増強したため、13:00に当院救急外来を
受診した。本日朝より排尿なし。最近 3 ヶ月で 4 kg の体重減少あり。
家族歴 :父 胃癌で死亡(68歳時)、母 子宮癌で死亡(72歳時)、妻 くも膜下出血で死亡( 2 年
医学科6年次学生に対する臨床実習終了時におけるPOS診療録記載演習の教育的意義
25
前)
、息子(40歳)と娘(36歳)は東京在住
既往歴 :48歳時、農作業中に事故で右下腿を骨折し手術。
入院時現症
身長:170 cm、体重:59 kg、意識清明、血圧76/54 mmHg、脈拍128/分、整、呼吸数30回/分、体
温 38.6 ℃、 冷 汗(+)、 皮 膚 に 紫 斑 を 認 め ず。 心 音:2RSB に Levine Ⅱ / Ⅵ の 収 縮 期 雑 音 を 聴 取。
capirally refill は 4 秒。腹部は平坦であるが全体に圧痛著明、板状硬、Blumberg’s sign 陽性。腸蠕動音
低下。神経学的所見:異常を認めず。経皮的動脈血酸素飽和度(SpO2)94%(room air)
来院時検査成績
・末梢血:WBC 20000/μl、RBC 410×10 4/μl、Hb 9.4 g/dl、Ht 32%、血小板 7.4×104/μl
・凝固系:PT 13.9秒(正常対照値 11秒)、APTT 活性31%、Fib 146 mg/dl(基準値200-400 mg/dl)、
FDP 22μg/ml(基準値<10μg/ml)
・血液生化学:総蛋白 7.1 g/dl、アルブミン 3.5 g/dl、Na 134 mEq/l、K 3.0 mEq/l、Cl 98 mEq/l、BUN
40 mg/dl、クレアチニン 1.5 mg/dl、AST(GOT)88 U/l、ALT(GPT)76 U/l、T-Bil 0.3 mg/dl、D-Bil
0.1 mg/dl、ALP 186 IU/l(基準値115-359 IU/l)、γGTP 59 IU/l、LDH 135 IU/l、CPK 48 IU/l(基
準値45-163 IU/l)、CRP 15.3 mg/dl、CEA 18 ng/ml(基準値<5 ng/ml)、CA 19–9 25 U/ml(基準
値<37 U/ml)
・血液ガス(room air): pH 7.25、pCO2 25 Torr、pO2 78 Torr、HCO3− 10.5 mmol/l、BE -12 mmol/l、
Sat O2 94%
・胸部単純 X 線写真:横隔膜下に free air を認める
・腹部単純 X 線写真:free air、小腸ガス、傍結腸溝の拡大を認める
・心電図:洞調律、124 bpm、特異的 ST-T 変化なし
・腹部エコー:モリソン窩に fluid(+)
3 .異常所見の抽出
次に、このような臨床情報(Data Base)から異常所見(有意な所見)と思われる情報を抽出し、そ
の部分に下線を引かせた。学生たちがひととおりこの作業を終えたところで、教員の作成した以下のよ
うな見本を提示して説明した。
教員が提示した見本
症例:72歳 男性 農業 一人暮らし
主訴:腹痛
現病歴 :約 3 ヶ月前より時々上腹部を中心に腹痛があり、この頃から下痢と便秘を繰り返すように
なった。食欲低下あり。昨日16:00頃、突然、心窩部痛あり。自宅にあった胃腸薬を飲んで様子を見て
いたが改善せず。軽度の嘔気あり。本日、水分摂取時に腹痛が増強したため、13:00に当院救急外来を
受診した。本日朝より排尿なし。最近 3 ヶ月で 4 kg の体重減少あり。
家族歴 :父 胃癌で死亡(68歳時)、母 子宮癌で死亡(72歳時)、妻 くも膜下出血で死亡( 2 年
前)
、息子(40歳)と娘(36歳)は東京在住
既往歴 :48歳時、農作業中に事故で右下腿を骨折し手術。
入院時現症
身長:170 cm、体重:59 kg、意識清明、血圧76/54 mmHg、脈拍128/分、整、呼吸数30回/分、体温
38.6℃、冷汗(+)
、皮膚に紫斑を認めず。心音:2RSB に Levine Ⅱ/Ⅵの収縮期雑音を聴取。capirally
refill は 4 秒。腹部は平坦であるが全体に圧痛著明、板状硬、Blumberg’s sign 陽性。腸蠕動音低下。神
26
加藤 博之・松谷 秀哉・袴田 健一・小林 只・大沢 弘
経学的所見:異常を認めず。経皮的動脈血酸素飽和度(SpO2 )94%(room air)
来院時検査成績
・末梢血:WBC 20000/μl、RBC 410×104 /μl、Hb 9.4 g/dl、Ht 32%、血小板 7.4×104 /μl
・凝固系:PT 13.9秒(正常対照値 11秒)、APTT 活性31%、Fib 146 mg/dl(基準値200-400 mg/dl)、
FDP 22μg/ml(基準値<10μg/ml)
・血液生化学:総蛋白 7.1 g/dl、アルブミン 3.5 g/dl、Na 136 mEq/l、K 3.0 mEq/l、Cl 99 mEq/l、BUN
40 mg/dl、クレアチニン 1.5 mg/dl、AST(GOT)88 U/l、ALT(GPT)76 U/l、T-Bil 0.3 mg/dl、D-Bil
0.1 mg/dl、ALP 186 IU/l(基準値115-359 IU/l)、γGTP 39 IU/l、LDH 135 IU/l、CPK 48 IU/l(基
準値45-163 IU/l)、CRP 15.3 mg/dl、CEA 18 ng/ml(基準値<5 ng/ml)、CA 19–9 25 U/ml(基準
値<37 U/ml)
・血液ガス(room air): pH 7.25、pCO2 25 Torr、pO2 78 Torr、HCO3−
10.5 mmol/l、BE -12 mmol/l、
Sat O2 94%
・胸部単純 X 線写真:横隔膜下に free air を認める
・腹部単純 X 線写真:free air、小腸ガス、傍結腸溝の拡大を認める
・心電図:洞調律、124 bpm、特異的 ST-T 変化なし
・腹部エコー:モリソン窩に fluid(+)
4 .病態流れ図の作成
次に臨床情報(Data Base)で抽出した異常所見同士の因果関係を、本症例の病態生理を考察しなが
ら図示する作業、すなわち「病態流れ図」を作成する作業をグループ内でディスカッションしながら行
なわせた。この際、①原則として下線を引いた項目はすべて病態流れ図に盛り込まれるべきであるこ
と、②所見同士の因果関係を合理的に説明できる自分たちなりの仮説を盛り込むこと、③病態生理学的
考察だけでなく、患者の心理社会的背景も考察し、病態流れ図に可能な限り盛り込むこと、④病態流れ
図を踏まえた Problem List と Initial Plan を作成すること、を注意点として指示した。この作業は本授
業の中心となる最も重要なステップであり、約 1 時間半をあてた。図 2 に学生たちが作成した病態流れ
図の例を示す。
図 2 .学生たちが作成した病態流れ図の例
医学科6年次学生に対する臨床実習終了時におけるPOS診療録記載演習の教育的意義
27
5 .全体発表と模範解答の解説
予定された時間内に全グループが病態流れ図、Problem List、Initial Plan を作成したことを確認した
のち、各グループの代表により、自分たちの作成したプロダクトの発表を行なった(図 3 )。その後、
教員より病態流れ図、Problem List、Initial Plan の模範解答を示し、解説を加えた(図 4 ,5 )。最後に
本授業の感想を自由記載させるアンケートを行なって授業を終了した。
図 3 .グループ代表による病態流れ図、Problem List、Initial Plan の発表
傍結腸溝拡大、モリソン窩に液体
小腸ガス
イレウス
K↓
敗血症
間質への水分移動
による脱水
血圧↓ 冷汗
無尿
Free air
大腸癌穿孔
癌腫による閉塞
腫瘍の自壊
BT38.6℃
慢性
消化管
出血
WBC 20000
SIRS
貧血
CRP↑
頻呼吸
pCO2↓
頻脈
DIC
代謝性
アシドーシス
血小板↓
凝固系↓
MOF
末梢循環障害
Capirally
Refil
遅延
癌家系
?
便通異常
CEA↑
高サイトカイン血症
駆出性
収縮期雑音
酸素飽和度↓
大腸進行癌状態
腹膜刺激症状
圧痛、板状硬
Blumberg
穿孔性腹膜炎
ショック
激痛
3ヶ月前からの腹痛
体重
減少
腹水
突然の心窩部痛
水分で増強
摂食不良
腎障害
肝障害
図 4.教員の作成した病態流れ図の模範解答
図 4 .教員の作成した病態流れ図の模範解答
組織因子の増加
28
加藤 博之・松谷 秀哉・袴田 健一・小林 只・大沢 弘
Problem list
# 1 汎発性腹膜炎(穿孔性腹膜炎)
S/O 大腸癌穿孔(R/O 胃十二指腸、小腸の潰瘍や癌による穿孔)
# 2 ショック、DIC、MOF
S/O 敗血症性ショック(R/O 循環血液量減少性ショック)
Initial plan
# 1 汎発性腹膜炎(穿孔性腹膜炎)
1 . 診断計画:穿孔部位の確認(CT、腹腔鏡検査)
2 . 治療計画:手術適応を判断し手術(緊急手術)、術式の検討
3 . 教育計画:患者・家族への説明「消化管に穴が開き、内容物が腹腔内に漏れています。現在
の状態を改善するためには、この漏れを手術で治療しないといけません。緊急手術となるので
術前の十分な検査ができず、安全に手術ができない可能性もありますが、早急に手術をしない
と命に関わりますので行いたいと思います。」
# 2 ショック、DIC、MOF
1 . 診断計画:バイタルサイン、意識状態、尿量の確認、D ダイマー、AT Ⅲ測定、血培
2 . 治療計画:
①とりあえず生理食塩水2000 ml を輸液、バイタルサイン安定しなければ追加投与
②昇圧剤(カテコラミン)投与を考慮
③メシル酸ナファモスタット持続点滴静注:150~200 mg/24時間
④ AT Ⅲ製剤(アンスロビン P)1500単位/日、静注、 3 日間の予定
⑤抗生剤投与
⑥血液浄化療法(CHDF)
3 . 教育計画:患者・家族への説明「危険な状態であり早急な治療が必要。手術後も集中治療室
での厳重な管理が必要であり、急速に容態が悪化してゆく可能性も否定できません。」
図 5 .教員の作成した Problem list と Initial plan の模範解答
考 察
本学医学部医学科では 5 年次に BSL(Bedside Learning)、 6 年次にクリニカル・クラークシップと
称する臨床実習を行なっており、その合計期間は52週間( 5 年次40週+ 6 年次12週)に及ぶ。 4 年次末
には 5 年次 BSL の準備教育である臨床入門科目「Pre BSL」が 3 週間に渡って行なわれるが、この中で
は実際の臨床実習の場を想定した様々な工夫を凝らした教育を行ってきた 2 , 3 , 4 )。POS 診療録記載演習
もそのような教育の一環として 4 年次末の Pre BSL の中で一度行なわれており、その教育的意義は既
に報告している 5 )。今回は臨床実習を終えた 6 年次学生に同様の演習を行い、改めてその意義を検証し
た。
実際の授業では、学生たちはすぐにやり方を思い出し、慣れた様子で作業を進めていった。 4 年次の
演習では臨床情報(Data Base)として提示された患者の病歴・診察所見・検査データから異常所見を
医学科6年次学生に対する臨床実習終了時におけるPOS診療録記載演習の教育的意義
29
抽出する作業で、
「検査の基準値(いわゆる正常値)を知らないために、データの正常・異常が判定で
きない」
、
「(知識不足のために)所見の意味がわからない」、「病歴で提示された情報が医学的に意味の
ある情報かどうかの判断がつかない」などが原因となって作業が滞ることがあったが、今回はそのよう
なことはほとんどなかった。またディスカッションをしながら病態流れ図を作成する作業では 4 年の時
以上に議論が白熱し、学生たちは本当にいきいきと討論を行なっていた。議論に際しては今までに学ん
だ基礎医学、臨床医学の全知識を総動員して行なっていたのはもちろんであるが、臨床実習中に経験し
た実際の症例を思い出しながら、「あのときの症例に比べ今回の事例は…」と具体的に議論を行なって
いる場面が多々見られた。特に今回の事例と同じ「大腸癌穿孔による汎発性腹膜炎とそれによる敗血症
性ショック」の症例を経験している学生は、自信を持って議論をリードしているようであった。各グ
ループが作成した病態流れ図も 4 年次に比べ格段に完成度は向上しており、内容も的確であった。さら
に 4 年次には時間内にProblem List、Initial Planの作成まで行なえたグループは極めて少数であったが、
今回は全グループが作成できており、特に治療に関しては具体的な薬剤名まで記載されているなど、 4
年次と比べ非常に実践的な内容となっていた。
さらに授業後のアンケートに見られた感想としては、以下のような意見が代表的であった。
・
「
4 年生のときに比較して、病態流れ図を作成するときに、いろいろな見方や意見が比べ物にならな
いほど出るようになっていた」
・
「臨床実習で得た経験の大きさをとても感じることができた。同時に、自分は実習中に本当に患者さ
んを治療する視点を持っていたかを反省させられた」
・
「臨床実習を通じて、かなり病態生理を細かく考察できるようになったと思うが、治療面については
更に勉強が必要」
・
「
5 年生終了時に比べ同級生たちの進歩は目を見張るものがあり、とても刺激になった」
・
「来年は研修医としてこのように考えながら患者のマネジメントを行なってゆくのだと、リアルに感
じた」
すなわち、患者の病態の可能性についてより広い視野で考察できるようになっていること、臨床実習で
体験したことが自信につながっていること、( 4 年生までにはほとんど持てていなかった)治療につい
ても考えが及ぶようになっていること、同時に治療についてはまだまだ未熟であることも自覚している
こと、 1 年後には研修医として、すなわち医師として現場に立っている自分を自覚できるようになって
いること、などが認識できており、内面的に大きな成長を遂げていることが窺える。 6 年次の臨床実習
では、 5 年次臨床実習とは異なり各自希望に応じて様々な科や施設で実習を行なうが、この間(約 3 ヶ
月間)に同級生が大きく成長していることが、今回の演習時に改めて互いに確認できていることも大変
興味深い。いい意味での競争心につながり、今後の学習への動機付けにもなっていると思われた。
5 年次 BSL では附属病院の全科で実習を行っているが、各科で使用している診療録の形式は POS 形
式のものもあれば、そうでないものもある。 6 年次の実習先でも同様である。従って学生たちの思考過
程の訓練は、必ずしも POS の形式によってのみ訓練されたものとは言えないかもしれない。しかしな
がら、本当に学生たちに身につけて欲しい医師としての思考様式の本質、すなわち「患者から情報を収
集し、仮説を交えて病態を考察し、Problem をまとめ、今後の計画を立てる」能力は、今回 6 年次の演
習を行なうことによって 4 年次に比べ格段に進歩していることは明瞭であった。研修医になる前の段階
の到達点としては極めて適切であると考えて良いであろう。本演習を 6 年次に行ない 4 年次と比較する
ことにより、臨床実習の効果を大きく確認できるとともに、今後の学習への良い動機付けとなると思わ
れる。
30
加藤 博之・松谷 秀哉・袴田 健一・小林 只・大沢 弘
文 献
1)
日野原重明:POS 医療と医学教育の革新のための新しいシステム.医学書院,p1–6,1978
2)
加藤博之,大沢 弘,大串和久:医学部医学科 4 年次臨床入門科目における KJ 法を用いたワーク
ショップ授業 “How to survive BSL(Bed Side Learning)?” の教育的意義.21世紀教育フォーラム
第 3 号,p1–7,2008
3)
大串和久,加藤博之,大沢 弘:医学部医学科臨床入門科目「Pre BSL」における模擬患者による
医療面接実習の教育効果. 21世紀教育フォーラム 第 4 号,p11–16,2009
4)
加藤博之:となりの総合診療部 第 5 回 弘前大学医学部附属病院総合診療部.JIM 第18巻 第
1 号,p96–97,2008
5)
加藤博之,大沢 弘:医学生に対する診断の思考過程教育における POS 診療録記載演習の意義.
21世紀教育フォーラム 第 5 号,p31–37,2010
フィールドワークからホームライフへ
─ 美術専修学生を対象にした地域探索による初年次教育 ─
21世紀教育フォーラム 第10号
(2015年 3 月)
21st CenturyEducationForum.Vol.10(Mar.2015)
31
フィールドワークからホームライフへ
─ 美術専修学生を対象にした地域探索による初年次教育 ─
From Field Work to Home Life:
First Year Experience of Local Research for Students of Art Pedagogy
冨 田 晃*
Akira TOMITA
要 旨
本稿は、弘前大学の初年次教育の一環である「基礎ゼミ」(対象:教育学部学校教育教員養成課程教
科教育専攻美術専修平成26年度入学生)において実施した地域の文化財探索によるフィールドワークを
取り入れた授業を紹介するとともに、その意義を学生が記した「振り返り」を通じて確認するものであ
る。学生の能動的参加によるアクティブ・ラーニングが求められる中、学生を学外に連れ出し社会のな
かでさまざまな活動をさせるフィールドワークの教育的効果に期待が高まっている。筆者は、フィール
ドワークに加え対話的鑑賞法やラーニング・ポートフォリオを導入した15回の授業をおこなった。初年
次教育におけるフィールドワークとは、学生を、大学とともに地域社会の一員とさせ、そこをホームと
してよりよく生きる、つまりフィールドワークから発してよりよいホームライフを構築していくことが
重要なのであり、それこそが問題解決型学習の実践なのである。
キーワード:フィールドワーク、アクティブ・ラーニング、ラーニング・ポートフォリオ、問題解決型
学習、初年次教育、対話型鑑賞法
1 序論
1 - 1 アクティブ・ラーニングとフィールドワーク
文部科学省は2012年の答申において大学教育の質的転換として「主体的に考える力の育成」を掲げ
た。具体的には、講義中心の授業スタイルから、グループ・ディスカッション、調査学習、問題解決型
学習など、学生の能動的参加を求めるアクティブ・ラーニングへの移行を挙げている。アクティブ・
ラーニングへの要求が高まる中、学生を学外に連れ出し社会のなかでさまざまな活動をさせるフィール
ドワークの教育的効果に期待が高まっている。
フィールドワークとは、テーマに即した場所を訪れ、その土地の人々とさまざまな体験を共有しなが
らおこなう社会調査をいう。フィールドワークは異文化理解を目的とする文化人類学の研究手法として
20世紀初頭に確立したが、近年では、なにも本格的な学術調査でなくとも探索、インタビュー、体験な
どの現地での活動をもってフィールドワークと呼ばれるようになってきており、この広い意味での
フィールドワークが、教育分野を中心に盛んに推奨され、取り入れられるようになってきている。
*弘前大学教育学部
Faculty of Education, Hirosaki University
32
冨 田 晃
昨今のフィールドワークの普及は、小学校や中学校の教育においてもみられ、校区内の自然を観察し
たり文化施設を訪ねたりする、地域探索型のフィールドワークが取り入れられている。特に総合的な学
習の時間をはじめ、生活科、社会科、理科では、積極的に教室を出て、豊かな自然や文化的な環境、
人々との関わりの中で学習を深めることが奨励されている。教室での授業では知識中心となりがちだ
が、地域の文化財などを実際に訪れ五感を伴った体験を経ることによって、知性と感性とが高次に融合
した豊かな経験を得ることができ、そこから発生する問題意識とその解決への模索が「生きる力」を養
うことになるからだ。また、地域社会の人々との交流によって身に着くコミュニケーション力の養成も
フィールドワークの重要な教育効果である。
一方、大学受験の準備期間とされがちな高等学校では、受験に直接役立たないフィールドワークは、
さほど普及していないのが現状である。
1 - 2 フィールドワークと問題解決型学習
フィールドワークは、大学教育においてもさまざまな場面に取り入れられている。フィールドワーク
を取り入れた正課教育は、次の 4 つに分類できよう。
・文化人類学、社会学など、フィールドワークそのものが、学問の中核をなす領域の専門教育として
・教養教育として
・キャリア教育として
・初年次教育として
文化人類学では、学問発祥の時からフィールドワークそのものが学問の中核をなしており、大学の文
化人類学コースでは専攻する学生の必修科目としてフィールドワークを課しているところが多い。学術
研究としてのフィールドワークは、無論、調査成果を得ることが目的である。こうしたなか、文化人類
学者の原尻英樹は、静岡大学人文学部の授業「民族誌実習」で、学生との約 1 週間の合宿によるフィー
ルドワークを県内山漁村でおこない、その成果としての学生の教育的効果を次のように挙げている。
①学生の社会性の獲得とナルシシズムの克服
②話し、聞き、答え、書き、読むというコミュニケーションの一般的能力の開発と発展
③教師のポテンシャリティーの開発と発展
④地域社会との連携の契機
⑤学生間、学生と教師間のより良いコミュニケーションの進展
(原尻, 2005, p.105)
異文化社会を研究する文化人類学のフィールドワークでは、調査者が対象社会の言語や生活習慣から
身につけなければならないといった高いハードルがあるとともに、客観的分析者である調査者が対象社
会をむやみに変化させてはいけないという考えがある。一方、異文化社会ではなく、自らが属する社会
を調査対象とする社会学では、調査者が対象社会の一員として、問題を発見しそれを解決することによ
り社会に貢献するという視点を含みえる。つまり、フィールドワークにおいて問題解決型学習(PBL
Project-Based Learning)をおこなうのである。
社会学者の川口充勇は、同志社大学社会学部の授業「社会調査実習」においておこなった、地域産業
の調査と商品開発を学生とともにおこなった経験からその成果を以下のようにまとめている。
本実習の履修生の多くは、はじめてのフィールドワークを通して、不安感・緊張感→
出会い・発見の感動→ 協力者への感謝→ 責任感の獲得→ 主体性の確立という軌跡を経て
きた。それは、“ 社会人一歩手前 ” の彼・彼女たちにとって、「予期的社会化」の軌跡で
フィールドワークからホームライフへ ─ 美術専修学生を対象にした地域探索による初年次教育 ─
33
あったと換言してもよいだろう。
(河口, 2007, p.78)
このように文化人類学や社会学といったフィールドワークそのものが学問の中核をなす領域の研究者
自身が、学術研究としての調査成果のみにフィールドワークの価値を置くのではなく、フィールドワー
ク自体が豊かな人間性を養うための教育実践であることを指摘している点は意義深い。この教育効果
は、大学教養教育の理念である「豊かな人間性を養い、自分の知識や人生を社会との関係で位置付ける
ことのできる人材を育てること」と合致する。こうしたフィールドワークの教養教育的意義から、近
年、各大学の教養教育や初年次教育にフィールドワークを取り入れる動きが出てきている。
大学の教養教育にフィールドワークを取り入れている例を見てみよう。山形大学では、全学部、全学
年対象の選択教養科目「フィールドワーク-共生の森もがみ」において、県内過疎地域で 1 泊 2 日を 2
回行う現地体験学習を中核とする授業を行っており、その成果を次のように挙げている。
学生は体験学習というインパクトにより、地域の諸課題やすばらしさという対象世界と
の対話、自分自身の故郷や大学生の自分の在り方という自己との対話、そして他学生や地
域住民という他者との対話を行いながら、それぞれとの関係性を作りだし、作り直してい
る様子が伺われた。(中略)さらに、本授業は学生にとってのメリットだけでなく、地
域・地域住民にとっても大きなメリットをもたらしていた。学生が地域の活動に参加する
ことで、地域住民の元気、生き甲斐、交流を生み出し、地域の魅力を新たに発見すること
のきっかけとなっているのである。
(杉原, 2010, p.18)
現在、地方国立大学を中心に、大学の地域社会への貢献と連携が強く求められている。こうしたな
か、学生への教育的効果のみならず、学生から受ける刺激による地域社会の活性化にまで大学教育にお
けるフィールドワークの効果があることの意義は大きい。
1 - 3 初年次教育におけるフィールドワーク
高大接続が唱えられるなか、高校までの受動的な学習から、大学で求められる自律的・能動的な学習
への円滑な移行のためのプログラム「初年次教育」が、ここ十数年の間に一気に普及し、現在ではほと
んどの大学で実施されるようになっている。
初年次教育の内容は「大学生としての生活・学習習慣について」「大学施設の利用法」「レポートの書
き方などのスタディスキル」「コンピューターなどの情報リテラシー」「将来の職業に関するキャリア教
育」
「専門教育への導入」などと多岐にわたる。初年次教育の目的を一言でいえば「大学生になる」こ
とをサポートすることといえる。
新入生の中には、進学を機にそれまで生まれ育った地域を離れ新たな地域で暮らし始める者も多い。
こうした他地域からやってきた新入生にとって、大学入学は、「大学生になること」とともに大学のあ
る「新たな地域社会の一員になる」ことでもある。一方、入学以前から大学のある地域に暮らしていた
新入生にとっては、以前から大学のある地域になじみがある一方、実はさほど地域社会とかかわりを
もっていなかったり、他地域との比較のもと相対的に地域の特色を把握したことがなかったりする学生
が多い。大学とは、学生にとって、勉学の場であるとともに、社会人になるための準備の場でもある。
つまり、初年次教育では新入生を大学とともに社会になじませる必要があり、その意味で、大学のある
地域を対象としたフィールドワークを初年次教育に取り入れる意義がある。
34
冨 田 晃
1 - 4 美術教育におけるフィールドワーク
フィールドワークは、その学問の中心的営みである文化人類学や社会学ばかりでなく、地理学、心理
学、教育学などさまざまな学問分野において活用されている。では、美術教育において、フィールド
ワークをいかに活用することができるのだろうか。本論が対象とする教育学部学校教育教員養成課程美
術専修すなわち学校の美術教師になることをめざして入学した大学 1 年生への教育を考えると、先に挙
げた
・専門分野を超えて豊かな人間性の養う教養教育
・大学教育の導入としての初年次教育
に加えて、
・教員養成としての教職教育
・専門分野としての美術
の観点から考察する必要がある。
教職教育におけるフィールドとは、まず第一に学校を指すことは間違いない。そういった意味では、
教職課程には教育実習というフィールドワークがすでに制度化されており、その必要性と重要性はすで
に認知されている。
専門分野としての美術におけるフィールドワークとはどのようなものだろうか。企画者、製作者、ボ
ランティアなどとして、美術の創作活動のコミュニティーに直接参加するタイプのものと、直接的には
創作活動に参加せず鑑賞者などとして美術にかかわるタイプのものに分けられるであろう。フィールド
ワークが学問として体系化された文化人類学におけるフィールドワークは、研究のために対象社会に参
与し、人々と話しをしたり、生活をともにしたりすることは求められても、対象社会の一員になること
は戒められている。こうした学術研究としてのフィールドワークと照らし合わせるならば、美術におけ
るフィールドワークとは、創作活動に直接参加するのではなく、鑑賞者の立場から、美術作品のある場
所を実際に訪れ作品をじかに観賞するとともに、それを作り出す人、保存・補修する人、鑑賞する人、
販売・購入する人たちなど、その作品とかかわる人たちに会い、話を聞いたり、ともに活動したりしな
がら、実際の社会文脈のなかで対象の価値や意味、問題点などをとらえること、となろう。つまり美術
のフィールドワークとは、美術をめぐる人と人とのつながりを読み解くことにより美術の社会的側面に
ついて考察することなのだ。
1 - 5 美術の専門導入としての対話的鑑賞法
対話的鑑賞法とは、対話を通じて美術作品などを読み解いていく鑑賞法である。1980年代にニュー
ヨーク近代美術館で生まれた。近年、日本においても注目されるようになり、美術館や学校のほか医療
や福祉においても導入が進んでいる。対話的鑑賞法を受けるにあたって美術の専門的知識や技能は必要
ない。じっくり作品を見て思い浮かんだことを話し他の人の意見もきいて再び作品をみる、の繰り返し
をおこなうことにより同じ対象を見ていながら様々な異なった事が思い浮かんだり、作品の表情が変化
したりするように感じられる。対話的鑑賞法により、自分で考える力、他者とコミュニケーションをと
る力、イメージの中に意味を見出す力、が引き出されるとされている。
このように人間力の養成という意味から対話的鑑賞法は教養教育の教材に適しているといえる。ま
た、対話的鑑賞法が、互いのことを理解し合う場となることから、新たなクラスメイトと学びの共同体
をつくる初年次教育の教材にも適しているといえよう。そして初年次教育の目的の一つに「専門教育へ
の導入」がある。対話的鑑賞法によって、美術が人々の心に働きかける力を実感として感じ取ることが
でき、美術への興味関心を深めることができる。つまり、対話的鑑賞法は、美術を学び出そうとする新
入生の専門教育への導入教材としても適しているのである。
フィールドワークからホームライフへ ─ 美術専修学生を対象にした地域探索による初年次教育 ─
35
1 - 6 プレゼンテーションとレポート作成
高校時代はほとんど課せられないのに大学に入学すると、いきなり学生課題の中心になるのがプレゼ
ンテーションとレポートや論文の作成である。それは、高校教育の中心が、暗記を中心とした知識の獲
得であるのに対し、大学教育の中心は、知識の理性的な応用である知性の獲得とその表現が中心となる
からである。そして知性を磨き伝える方法としてビジュアル資料などをつかった口頭でのプレゼンテー
ションや論理的で整合性のある文章の作成が有効だからだ。大学の初年次教育に盛り込まれるべき内容
として「レポートの書き方」や「プレゼンテーションの方法」が挙げられているが、それは単にスキル
の獲得が目的なのではなく、知性を磨き、伝えることができるようになることが大切なのである。
1 - 7 ラーニング・ポートフォリオ
学習に関わる下調べ、資料、振り返りなどといった学びの記録をひとまとめにして一覧できるように
したものをラーニング・ポートフォリオという。ラーニング・ポートフォリオを用いることの効果は、
学生が自らの学習プロセスを把握することができ、能動的な学習活動をするようになることや、これま
で試験やレポートといった最終到達点だけでおこなわれがちだった評価に対し各回の授業の準備や振り
返りといった学びの過程を評価対象にできることなどにあるとされる。近年、初年次教育、アクティ
ブ・ラーニングとともに、ラーニング・ポートフォリオは各大学に普及しつつある。
また、小集団において「学びの共同体」が生まれ、協同的な相互作用があるとき学習効果は向上す
る。ラーニング・ポートフォリオにおいては、自分のラーニング・ポートフォリオだけでなく、グルー
プの各メンバーのラーニング・ポートフォリオを互いに読み合えるようにすると、気付きや発見などが
「学びの共同体」で共有され、学びの相乗効果が生まれる。
2 授業実践
2 - 1 授業計画「弘前発見」
平成26年度前期、弘前大学の教養教育で開講された導入科目「基礎ゼミ」において教育学部学校教育
教員養成課程美術専修の 1 年生 8 人を筆者が担当した。
「基礎ゼミ」は、弘前大学の初年次教育の一環として新入生全てを対象とし、学部・学科・課程等に
分かれて行われる。シラバスは全学共通で、授業概要として「少人数のゼミナール方式によって,高校
までとは異なる、大学における自主的な勉強方法について学びます。また。安全で健康的な学生生活を
送るための基礎知識についても学習します。担当教員の説明を一方的に聞くのではなく、受講するみな
さんの積極的な授業活動や、課外学習が中心となります。そして、自らの学習記録(ラーニング・ポー
トフォリオ)を作成します。」と記され、また、「到達目標」として「①自主的な学習態度を獲得するこ
と ②課題発見能力を高めること ③資料(情報)の検索 ・ 収集 ・ 整理に関する基本的な技能を習得す
ること ④基本的な文章構成力 ・ 発表能力 ・ 討論能力などを獲得すること ⑤学生と担当教員及び学生
相互において,自分の意見を伝えられる基礎的なコミュニケーション能力を獲得すること ⑥安全で健
康的な学生生活を送るための基礎知識を習得すること」が挙げられている。
筆者は、大学が定めた上記の方針に加え、対象が美術教師をめざす学生であること、初年次教育が大
学生活への導入であるとともに、地域社会の一員になることへの導入であることを考慮して、具体的内
容を、地域の文化財などを探索するフィールドワークを中心に据えたものとした。また、美術の専門教
育への導入として美術作品の対話的鑑賞を数回にわたりおこなうことにした。
青森県弘前市は、人口約18万人の地方都市である。城下町として発達し、津軽地方の中心都市として
約400年の歴史をもつ。明治期になると、第八師団や旧制高校が設置され軍都、学都となった。また戦
災を免れたこともあり、江戸時代の弘前城や明治時代の洋館など、数多くの歴史的文化財が残されてい
36
冨 田 晃
る。本授業では、こうした弘前の歴史的・文化的背景のもと、「弘前発見」と題し、有名な観光ポイン
トはあえて外し、知る人ぞ知る的な文化財や文化施設を探索することにした。移動方法は、基本徒歩と
した。歩くことによって、単に目的地だけでなく、途中で出会う風景や街並、人の暮らしなどを感じ
とって欲しかったのである。
学生には、各担当のもと探索地に関する事前の下調べをさせ、探索当日、現場で口頭発表させること
とした。また、ラーニング・ポートフォリオとしてクリアファイルを配布し、毎回の授業の後に「振り
返り」として「やったこと、学んだこと」をA 4 用紙 1 枚にフリーハンドで記入させ、回収後、コピー
して配布し、各回授業の資料とともにファイルに納めさせることとした。
2 - 2 各回の授業について
以下、各回の授業の概要を紹介するとともに、学生が記した「振り返り」を通じて、その意義を確認
する。
1 回目 ( 4 月14日)
場所:講義室・図書館
学生・教員の簡単な自己紹介が終わると、一人の学生が意を決したように「基礎ゼミって何するんで
すか?」と質問があり、筆者が「散歩」と応えると、学生たちは一様に驚いたような顔をしていた。そ
して本授業のテーマ「弘前発見」を伝え、文化財等がのった弘前市の地図を配布した。
授業中盤の職員による図書館ガイダンスにあわせ学生を館内の「津軽学コーナー」に案内し、これか
ら探索する各文化財等に関わる文献を紹介した。
授業後半、講義室にもどり、地図で今後探索する場所を確認し、それぞれの概要を紹介した。そして
探索当日現場において下調べの成果を発表する担当者を決めた。最後に「振り返り」としてA 4 用紙に
「授業でやったこと、感じたこと」を記させた。「弘前を散歩しながら美術に関するところを訪れ、何か
を感じるという授業。とてもワクワクしてます」
(学生B)、といった感想がかかれていた。
2 回目( 4 月21日)
場所:弘前大学資料館・講義室
先週の「振り返り」のコピーを配布し、各メンバーの「振り返り」に目を通させながらクリアファイ
ルに納めさせた後、大学資料館を訪れた。資料館では常設展である大学および各学部の歴史資料に加
え、企画展示室の筆者の写真展「いのり」を見せた。「振り返り」には「自分たちが忘れかけているこ
とを再び思い出させるものだった。マッチの光の効果で、写真に映されたものが単なる事実というだけ
ではなく、感情に訴えかけるものとなっていた。」(学生E)とあった。また、常設展示されている故・
村上善男のアッサンブラージュ作品をもちいて対話的鑑賞法をおこなった。
授業後半は講義室にて事前調査の仕方について指導した。文献調査、ネット検索とともに、発表者は
必ず事前に現場を訪れることとした。
3 回目( 4 月28日)
探索地:弘前市旧図書館/青森銀行記念館
共に堀江佐吉による明治の疑洋風建築である。徒歩30分の行程では、城下町特有の町並みや町名を解
説したりしながら進んだ。
「振り返り」には「歩いていくのは疲れそうでいやだった。でも、ところど
ころ解説してくれたり、あまり通らないような小道を進んだりしたおかげで、飽きることなく楽しくい
けた」
(学生F)とあった。途中、現在の市図書館の郷土資料室を案内した。探索地では、自由見学の
後、教員である筆者が後の学生の模範となるように事前調査の成果を発表した。「振り返り」には「弘
フィールドワークからホームライフへ ─ 美術専修学生を対象にした地域探索による初年次教育 ─
37
前で生まれ育った私にとって、あまりにも普通に街の中にあり、気にもとめてなかったものが、とても
貴重でとてもいいものだったんだと知った。自分は勝手に弘前は何もない街と思い込んでいたが、それ
は間違っていたようだ。」
(学生H)とあった。
4 回( 5 月 7 日)
探索地:最勝院/袋宮寺 巨大な木彫の十一面観世音菩薩を有する袋宮寺と日本最北の五重塔を有する最勝院という江戸初期の
寺院を訪ねた。初の学生発表の日であった。担当学生は「振り返り」に「事前に現地にいって観音像を
見たとき、本当に圧倒された。こんなに大きな立派な像が弘前にあることに驚いた。図書館にいって資
料を調べたけど、あまり、うまくみんなを案内できなくて、心残りだった。でも、みんなの感想を聞い
て、また調べなければならないことが発見できた。次の発表はもっと頑張ります。」(学生A)と記して
いた。
5 回( 5 月12日)
探索地:吉井酒造煉瓦倉庫/弘前昇天教会
途中に夏祭りの山車をつくる「ねぷた小屋」があった。筆者がねぷたについて学生に話していると内
部に案内され製作風景を見学した。
「振り返り」にある学生は「こんなに身近に作っている人たちがい
てねぷたを身近に感じられるようになり嬉しかった」と記していた。
吉井倉庫は個人所有の巨大なレンガ倉庫で、2001、2002、2006年に現代美術家の奈良美智の展覧会が
行われた。発表担当の学生は「振り返り」に「初めての発表で緊張しました。吉井倉庫や奈良美智につ
いて何を調べればいいのか、どう伝えればいいのか、考えるときりがなかったけれど、自分なりの考え
をまとめて発表することができて達成感を得られました。次の発表に向けて、同時代の他の美術家や作
品や市民がつくった他の展覧会について調べてみようとおもいます」と記していた。
弘前昇天教会は、大正期につくられた英国国教会系の教会である。レンガづくりである一方で内部は
襖で仕切られているという和洋折衷の洋風建築である。この日は、奈良美智展の実行委員であり昇天教
会の教会員である市民の方に案内をお願いした。
6 回( 5 月19日)
探索地:田中屋(漆器店)
弘前は藩政時代から漆芸がさかんで、現在では津軽塗として国の伝統的工芸品に指定されている。田
中屋は津軽塗の老店の一つで店舗、工房、資料館、ギャラリー、カフェを併設している。また、元弘前
大学教授であり現代美術家の故・村上善男が空間をプロデュースしており、彼の作品の数々も展示され
ている。
「津軽塗」と「村上善男」にテーマを分けて二人の学生が発表した。また、案内・コメント役
をを田中久元社長にお願いした。
村上善男について発表した学生は、事前調査で市図書館に行き『村上善男ノート』をみつけ、そこに
記された語録をとりあげることにより、村上氏の人となりを伝えた。村上氏を敬服し親交していた田中
氏が、村上氏亡き後彼の言葉をまとめて出版し市の図書館に寄贈した一冊を発表者がとりあげたのであ
る。田中氏は、学生の発表にとても感動したようであった。
7 回( 5 月26日)
探索地:弘前こぎん研究所(前川國男プチ博物館)
こぎん(こぎん刺し)とは、津軽地方に伝わる刺し子の技法で江戸時代に農民の野良着として発達し
た。こぎんの普及、制作、販売を行っている。所長の案内により製作過程や作品を見学した。ある学生
38
冨 田 晃
は「振り返り」に「恥ずかしながら、私は青森出身なのに、これまでこぎんを知りませんでした。こぎ
んを見て、歴史の話しをきいてとても勉強になった。伝統を残すためには、時代のニーズに合わせると
ともに、
『これは譲れない』という頑固さもまた大切なのだと思った。」
(学生B)と記していた。 建物は、日本近代建築の祖である前川國男の処女作であり 2 階は「前川國男プチ博物館」となってい
る。
8 回( 6 月 2 日)
探索地:弘前市斎場
自転車で向かった。弘前市斎場は、前川國男の最晩年の作品で、彼の処女作である木村産業研究所
(現:弘前こぎん研究所)のほか市役所、市民会館、博物館、市立病院など数々の前川建築が弘前市内
に現存している。斎場という場所は公的な場所でありながら特別な機会にしか行くことがなく、まして
や観光で訪れるような所ではないが、弘前市斎場は、建築作品としての価値から時間を限って一般の見
学を認めている。「振り返り」にある学生は「建物の中の角の丸み、スペースの使い方、照明の付け方、
窓の位置など、一つ一つがとてもモダンであると同時に、神聖な場所としての深み、重み、尊厳がとて
も大切にされた神秘的な空間だった。発表者の話しから『黄泉の国』
『俗世』と二つの世界をつなぐ『よ
もつひらさか』というストーリー性をもって設計されていることを知って驚いた。その場所が使われれ
ば使われるだけ建物が『生きる』ような不思議さがあるように感じた。」と記していた。
自転車ということもあり、斎場のあと栄螺堂(江戸期の八角二重円堂)、蘭庭院の襖絵を見学し、津
軽三味線の稽古場で演奏を聴いた。
9 回( 6 月 9 日)
前半は、筆者の写真作品「いのり」を題材に大学院生がファシリテーターとなって対話的鑑賞法をお
こなった。
「振り返り」にある学生は「(院生が)話術で皆の感想を聞き出してくれたので自分が受けた
印象とはまた別のものを感じることができた。自分もそのようなことができる教師になりたい。」(学生
E)
、
「進行した先生の話のふり方がうまく、ひとりひとりの感想を聞いたあとに完結にまとめて、解釈
しやすくしてくれたので、他の人の感想や意見が自分の中でうまく整理できた。自分も教師を目指して
いるので、話の聞き方、問いかけ方、授業の進め方など、学ぶべきことが多いと思った。」(学生 F)と
記していた。
後半は、後の研究発表に向けて、比較や抽象化によって対象化することを目指し、その糧となる文献
検索の指導をおこなった。
10回( 6 月16日)
探索地:スペース・デネガ
弘前市街にある民間のレンタル・スペースにいった。学生、教員ともに弘前の美術関係者がこのス
ペースで幾多の展覧会を開催してきた。美術を専攻する 1 年生にしてみれば、いずれ、己の作品を展示
することになるかもしれないところである。余分なものを剥ぎ落した建築で、施主であるオーナーと建
築家により生まれたこだわりの空間である。担当した学生は、第 6 回の田中屋社長と学生とのやりとり
に影響されたようで、事前に何回か現場にいき、オーナーから話をうかがっていた。その学生は「振り
返り」に、
「創設者のこと、建築家のこと、二人の出会い、二人のこだわり、そしてそのこだわりを守
る人、他にここまで自由な展示スペースはあるのだろうか。調べて良かった。本当に有意義だった。」
(学生H)と記している。また他の学生は「自分もいつかこんなところで作品の展示ができたら幸せだ
ろうなあと思いました。今度何かの展示会でまた来たいです。」
(学生A)と記していた。
フィールドワークからホームライフへ ─ 美術専修学生を対象にした地域探索による初年次教育 ─
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11回( 6 月23日)
院生をファシリテーターとし、画家・山下菊二の「あけぼの村物語」を題材に対話的鑑賞法をおこ
なった。学生の「振り返り」には「ぱっと見ただけでは何を表現しているのか全くわかりませんでし
た。しかし、みんなで意見を話し合っていると、その『何』の部分が徐々に明らかになっていく感覚が
すごく新鮮で楽しかったです。そして、この絵の本当の意味を説明していただいた後、改めて絵を見た
ら最初と全く違う絵に見えて驚きました。」(学生B)や「前回の鑑賞の授業も合わせ、ある作品を時間
をかけてじっくり見て一人一人が感じたことを話し合うことは、自分とは違う考えや見方を発見するこ
とになり、とても面白いと感じた。」
(学生F)と記していた。
後半は、
「問いを立てる」と題し、研究発表にむけ、各学生の研究テーマについて個別指導をおこ
なった。
12・13・14回( 6 月30日 7 月 7 ・14日)
研究発表会をおこなった。
一人:発表15分、質疑応答およびコメント:10分
以下、タイトルと「問い」である
学生A「最勝院五重塔:建築物としての特徴」
最勝院五重塔を他の五重塔や世界の仏塔と比較しながらその特徴を明らかにする。
学生B「奈良美智とは」
1990年代から現在まで活躍している現代美術のアーティストを比較することにより、奈良美智の特徴を
知る。
学生C「和洋折衷の時代背景」
弘前昇天教会の歴史をひもとくことにより、なぜ和の要素をとりこんだキリスト教会となったか考察する。
学生D「漆芸と津軽塗」
津軽塗への理解を深めるため、まず広く漆芸について学び、他の産地との比較のなかで津軽塗の特徴を
考える。
学生E「村上善男」
村上善男の作風は、どのような影響を受けて変化し、そして確立していったのかを明らかにする。
学生F「こぎん刺しの特徴」
津軽のこぎん刺しをアジア各地の伝統的な刺繍との比較のなかで捉え、その特徴を明らかにする。
学生G「モダニズム建築への移行:近代化と白い箱」
前川國男に関連し、モダニズム建築の成立、特徴、近代化がもたらした日本建築の変化について明らか
にする。
学生H「芸術と建築:作品展示との関係から」
アーティストが作る芸術作品とそれらを展示するために作られた建築物との間に起こる問題を明らかに
する。
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冨 田 晃
15回( 7 月28日)
事前に提出させた各学生の最終レポートに関し、教員である筆者が「評価すべき点」と「改善すべき
点」をとりあげてコメントをおこなった。また「基礎ゼミ」全体をとおしての「振り返り」を記させた。
2 - 3 全体の「振り返り」から
全体の「振り返り」からいくつか抜粋する。
自分が発表した回のみんなの感想を読んで、自分が伝えたいことが伝わっていてホットするととも
に、でも、なぜ、奈良美智はああいう作風になったのかという、疑問が書かれていて、それが、最終発
表にむけてより深く奈良について調べたり考えたりする原動力になりました。今回の基礎ゼミを通じて
学んだことは一つのことを探求する面白さです。以前は「レポートなんて」と思っていたのですが、今
は、何かを調べて、考えて、レポートに書くことが好きになりました。(学生 B)
基礎ゼミを通じて弘前のことを少しだけ深く知れたと思う。このようなきっかけがなければ、普段の
生活ではなかなか見れない、知れない、聞けないことばかりだった。そしてマニアックなことを知れば
知るほど、そして知ろうとするほど色々な人とのつながりが生まれて、さらに違ったことにまで興味が
湧いて…という良いサイクルのなかに自分が巻き込まれていくのが嬉しかった。(学生 E)
私は、この数ヶ月で弘前を通じて美術の新たな側面を知ったり、元々の知識を深めたり、視野を広げ
たり、発想の幅を広げることができました。美術といえば絵画ぐらいしか思い浮かべていなかったけ
ど、テーマにそって弘前の街を歩くことによって、伝統工芸や建築物や街並みまでもが美術に入るもの
だと思うようになった。以前は、壊れないように計算された建築物がなぜ美術と結びつくのか全く分
かってなかったが、教会へ行き、斎場に行き、利用する人の気持ちを思い、美しさを求め、それに成功
させた建築物を目のあたりにして、建築が美術とつながっていたことがとても深いところで実感でき
た。
(学生 G)
3 フィールドワークからホームライフへ
以上、本稿は、美術教師になることをめざして入学した大学 1 年生の初年次教育として地域の文化財
探索のフィールドワーク、対話的鑑賞法、プレゼンテーション、レポート作成、ラーニング・ポート
フォリオなどを取り入れた授業を紹介した。その成果は、前項で紹介した学生の「振り返り」ととも
に、
「この授業で得たものは、自分が思っていたものより、ずっと多かった。そして今、自分が思って
いるよりも、これから、ずっと大きくなっていくのだろう」
(学生C)という言葉に表されている。
初年次教育の目的は、新入生が「大学生になる」ことをサポートすることとされ、アクティブ・ラー
ニングの目玉として大学を出て地域社会で活動を行うフィールドワークが注目されている。
フィールドワークという言葉には、
「拠点(ホーム)」に対する「現場」といった概念を「フィール
ド」に、生きること全てである「生活(ライフ)」に対し、生きることの一部である「活動」という概
念が「ワーク」に投影されている。つまり、大学教育にフィールドワークが推奨されるということは、
大学こそが学生が生きる拠点であり、地域社会は学生が活動をする現場にすぎないとして両者を切り離
す視点があるのだ。このように地域社会を大学から切り離された場としてとらえるのではなく、大学も
地域社会の一部なのであり、フィールドワークを通じて、学生が、地域社会の一員となり、その中でよ
りよい社会と生活を築いてゆくことが大切なのだ。つまり、初年次教育で行うフィールドワークとは、
学生を、大学とともに地域社会の一員とさせ、それをホームとしてよりよく生きる、つまりフィールド
フィールドワークからホームライフへ ─ 美術専修学生を対象にした地域探索による初年次教育 ─
41
ワークを通じてホームライフを構築していくことが重要な目的なのであり、それこそが問題解決型学習
の実践なのである。
文 献
河口充勇,2007,「フィールドワークの教育効果」
『同志社社会学研究』,11,同志社大学社会学部
原尻英樹,2005,「フィールドワーク教育の実践とその教育的効果」
『人文論集』56/1,静岡大学人文学部
杉原真晃,2010,「フィールドワークを評価する:
「フィールドワーク─共生の森もがみ」の 3 年間の総括」
『山形大学高等教育研究年報』
〈地図〉
探索をおこなった弘前市内の文化財・文化施設
臨床実習中の医学生を対象とした肺音聴診シミュレータを用いた診察実習
21世紀教育フォーラム 第10号
(2015年 3 月)
21st CenturyEducationForum.Vol.10(Mar.2015)
43
臨床実習中の医学生を対象とした
肺音聴診シミュレータを用いた診察実習
Physical examination training
using a lung-sound simulator
for medical students during bedside learning
大 沢 弘*、加 藤 博 之*, **
小 林 只*、松 谷 秀 哉**
Hiroshi OSAWA, Hiroyuki KATO, Tadashi KOBAYASHI, Hideya MATSUTANI
要 旨
臨床実習中の医学部 5 年生を対象に、肺音聴診シミュレータ “Mr. Lung” を用いた診察実習の意義に
ついて検討した。
はじめに肺音分類の概略を説明した後、正常呼吸音、 2 種類の呼吸音の異常、 8 種類の副雑音および
声音振盪についてシミュレータでの診察を行わせ、最後に仮想症例の診察を 1 症例ずつ課し聴診所見と
鑑別診断を述べさせた。実習の前後で無記名式のアンケートを行い、各所見の理解度および実習の有用
性について調査した。
4 段階スコアによる理解度自己評価の平均値は、全項目実習後で有意に上昇した。難しいと感じた所
見として胸膜摩擦音(25名)、スクォーク(19名)があげられた。本実習の有用性については全員が有用
または非常に有用であると回答した。
肺音聴診シミュレータを用いた診察実習は、臨床実習中の医学生の聴診技能の習得・向上に有用であ
ることが示唆され、より効果的な実習内容や適切な評価方法の検討が必要と思われた。
キーワード:肺音聴診、肺音聴診シミュレータ、臨床実習
背景と目的
肺音聴診は、代表的な身体診察手技の一つであり、呼吸器系の症状を有する患者の診断や呼吸器疾患
患者の評価において非侵襲的に有用な情報をもたらす。医学生が肺音聴診をトレーニングする機会とし
ては、臨床実習前の身体診察実習および臨床実習での実際の診察があるが、必ずしも十分なものとは言
えない。
本研究では、臨床実習中の医学部 5 年生を対象に肺音聴診シミュレータ “Mr. Lung” を用いた診察実
習の意義について検討した。
*弘前大学医学部附属病院総合診療部
Department of General Medicine, Hirosaki University Hospital
** 弘前大学大学院医学研究科総合医学教育学
Integrated Medical Education, Hirosaki University Graduate School of Medicine
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大沢 弘・加藤 博之・小林 只・松谷 秀哉
対象と方法
対象は、平成25年 9 月から平成26年 2 月まで弘前大学医学部附属病院総合診療部で臨床実習を行った
医学部 5 年生45名。臨床実習期間中に、京都科学社製の肺音聴診シミュレータ “Mr. Lung” を用いた診
察実習を実施した。実習 1 回あたりの人数は 5 ~ 6 名で、呼吸器を専門としない内科系の教員 1 名が担
当した。
“Mr. Lung” は、産業医科大学呼吸器科と京都科学の共同開発により作成された肺音聴診シミュレー
タである 1 )。診察を行うマネキン部、健常者と呼吸器疾患患者から録音された各種呼吸音データと呼吸
音再生ソフトがインストールされたパソコン、呼吸音選択画面と呼吸音波形を表示するディスプレイか
ら成り(図 1 )
、正常呼吸音の聴診、呼吸音の異常および副雑音の聴診、聴診の補助診断である声音振
盪の触診が可能である。
本実習の内容を表 1 に示した。肺音の分類について説明した後、正常呼吸音、呼吸音の異常として一
側呼吸音の減弱および気管支呼吸音化の 2 種類、 8 種類の副雑音および声音振盪の各所見について、解
説を加えながら学生にシミュレータでの診察を行わせた。次いで、臨床現場での診察に近い状況を体験
する目的で仮想症例の聴診を課した。仮想症例は、表 2 に示したように臨床上重要な疾患 6 症例とし
た。簡単な経過と各疾患に特徴的な聴診所見の組み合わせで症例を設定し、経過を提示した後に聴診を
行わせ、聴診所見と考えられる鑑別診断を述べさせた。
本実習の効果と意義を検討するため、実習の前後に無記名式のアンケートを実施した(表 3 )。実習
前および後のアンケートでは各所見の理解度自己評価、実習後アンケートでは難しいと感じた所見、肺
音聴診技能の習得における本実習の有用度について回答を求めた。理解度自己評価は 4 段階スコア
( 1 :理解していない ~ 4 :十分理解している)とし、実習前後での比較を Stat-View J 5.0を用いた対
応のある t 検定で行い、p<0.05を有意と判定した。
表 1 .肺音シミュレータを用いた肺音聴診実習
1 .実習前アンケート(約 5 分)
2 .肺音分類の説明(約 5 分)
3 .シミュレータの診察(約90分)
正常呼吸音
・肺胞呼吸音
・気管支呼吸音
呼吸音の異常
・一側呼吸音減弱
・気管支呼吸音化
副雑音
・水泡音 ・捻髪音
・笛様音 ・いびき様音
・スクォーク
・ストライダー
・Hamman’s sign ・胸膜摩擦音
声音振還
図 1.肺音シミュレータの外観
1. マネキン 2. ディスプレイ 3. パソコン
4 .仮想症例の聴診(約45分)
5 .実習後アンケート(約 5 分)
臨床実習中の医学生を対象とした肺音聴診シミュレータを用いた診察実習
表 2 .仮想症例
提示内容
突然の右胸痛で受診した18歳男性
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Mr Lung の設定
右呼吸音減弱
気胸
想定疾患
発熱、湿性咳嗽、右背部痛で受診した40歳男性
右気管支呼吸音化
肺炎
呼吸困難で救急外来を受診した20歳男性
笛様音
気管支喘息
起座呼吸で受診した糖尿病治療中で心筋梗塞の既
往がある70歳男性
肺全体の水泡音
乾性咳嗽、歩行時息切れで受診した60歳女性
両中下肺野の捻髪音
間質性肺炎
抗生物質点滴開始後に蕁麻疹、喉の違和感が出現
した17歳女性
ストライダー
アナフィラキシー
うっ血性心不全
(肺水腫)
表 3 .アンケート内容
実習前アンケート
1 )各所見の理解度
1 :理解していない
3 :まあまあ理解している
2 :少し理解している
4 :十分理解している
実習後アンケート
1 )各所見の理解度
1 :理解していない
2 :少し理解している
3 :まあまあ理解している
4 :十分理解している
2 )難しいと感じた所見の列挙(複数回答可)
3 )本実習は肺音聴診技能の習得・向上に有用であるか
有用でない
あまり有用でない
有用である
非常に有用である
結 果
実習前後における各所見の理解度自己評価 4 段階スコアの平均値および標準偏差を図 2 に示した。理
解度自己評価スコアの平均値は、シミュレータで診察を行った全ての項目において実習前と比較し実習
後において有意の増加を認めた。
難しいと感じた所見として回答が多かったものは、胸膜摩擦音(25名)、スクォーク(19名)であっ
た。回答数としては比較的少なかったものの、この 2 つの所見よりも基本的といえる、一側呼吸音減
弱、水泡音、捻髪音を難しいと感じたという回答がそれぞれ、 6 名、 8 名、 8 名に認められた(図 3 )。
本実習の肺音聴診技能の習得における有用性については、対象45名全員が有用( 5 名)または非常に
有用である(40名)と回答した。
考 察
肺音聴診は、呼吸器系の症状を有する患者や呼吸器疾患患者の病態および重症度の評価に不可欠な身
体診察手技である。医学生が卒前に肺音聴診を習得する機会としては、臨床実習前の身体診察実習およ
び臨床実習があるが、必ずしも十分なトレーニングを受けているとは言えない。その背景として、臨床
実習前の身体診察実習は聴診の方法と正常呼吸音の理解に主眼が置かれていること 2 )、臨床実習では聴
診教育上必要な患者を担当するとは限らないことなどが挙げられる。
46
大沢 弘・加藤 博之・小林 只・松谷 秀哉
図 2 .実習前後の理解度自己評価スコア
図 3 .難しいと感じた所見(複数回答可)
臨床実習中の医学生を対象とした肺音聴診シミュレータを用いた診察実習
47
近年、各種シミュレータが医学教育に導入されるようになった。シミュレータを用いた教育は、技能
や態度のトレーニングに有用であると言われている 3 )。特に聴診のような診察手技においては、実際の
患者に接する前に繰り返し練習が可能であり、患者の安全の確保や医学生の精神的負担の軽減が得られ
るといった利点がある 4 )。
“Mr. Lung” は、2012年に行われた全国80大学医学部を対象とした調査 5 )において静脈血・注射シミュ
レータに次いで保有率が高いシミュレータであったが、“Mr. Lung” を使用した教育効果に関する報告
は少ない。開発者である吉井らは、臨床実習中の医学部 5 年生に対し “Mr. Lung” を用いた実習を行っ
たところ、呼吸音の左右差、水泡音、捻髪音、笛様音、いびき様音、ストライダーの 6 所見の聴診能力
自己評価スコアが実習後に上昇したことを報告している 6 )。他大学からの報告としては、有村らは同様
の対象での “Mr. Lung” による診察実習の前後で捻髪音、水泡音、笛様音、いびき様音の 4 所見の聴診
テストを実施し、実習後 4 所見すべての正答率の上昇を認めている 7 )。
今回われわれは、臨床実習中の医学部 5 年生を対象に “Mr. Lung” でトレーニング可能なほぼ全種類
の所見の診察と仮想症例の診察からなる実習を行った。その結果、診察を行った全項目で実習後の理解
度自己評価スコアの有意な上昇を認め、対象45名全員が本実習は肺音聴診の習得・向上に有用または非
常に有用であると回答した。上記 2 つの報告では呼吸音の左右差、水泡音、捻髪音、笛様音、いびき様
音、ストライダーが重点的に検討されていたが、今回の結果は “Mr. Lung” を用いた実習が肺音聴診全
般において教育効果があることを示すものと思われた。また、上記 2 報告はいずれも呼吸器専門医によ
る検討であるのに対し本実習は呼吸器を専門としない内科系医師が実施しており、シミュレータを用い
た実習は教員の専門性に関わらず一定の教育効果が期待できると考えられた。
実習後アンケートで難しいと感じた所見として回答が多かったものとして、胸膜摩擦音、スクォーク
が挙げられた。胸膜摩擦音およびスクォークは、米国の内科レジデントや家庭医レジデントを対象とし
た聴診能力テストにおける正答率がそれぞれ30~40%、約60%と高いものではなかったという報告 8 )
もあり、習得が難しい聴診所見といえる。その一方、臨床現場での遭遇頻度が比較的高く基本的ともい
える、一側呼吸音減弱、水泡音、捻髪音を難しいと感じたという回答が全体の約15%に認められた。習
得の難易度が高いと思われる所見については、胸膜摩擦音と捻髪音、スクォークと笛様音といった比較
的類似した所見を対比しながら聴診を行う等、より効果的な実習内容を検討する必要があると思われ
た。基本的な所見を難しいと感じた学生に対しては、同一所見を繰り返し診察する機会を与えることも
必要と思われた。
本研究では実習前後で理解度自己評価を行ったが、実際の患者に対する肺音聴診能力が身についたか
を検討するためには不十分であった可能性がある。聴診経験に乏しい医学生による自己評価がどの程度
の客観性を有しているかは不明である。さらに理解度を対象とした評価では、所見を知識として理解し
ているだけなのか聴診ができるのかについて明確に鑑別することができないという評価の特異性の問題
が残る。今回仮想症例の診察は、実際の診療に近い状況を体験する目的で行い、それ自体はアンケート
での検討項目とはしなかった。より適切な評価を行うために、仮想症例の診察における聴診をテスト形
式で行い教員が評価することなども検討すべきと思われた。
結論として、今回の検討では肺音聴診シミュレータ “Mr. Lung” を用いた診察実習は臨床実習中の医
学生の聴診技能の習得・向上に有用であることが示唆され、より効果的な実習内容や適切な評価方法の
検討が必要と思われた。
48
大沢 弘・加藤 博之・小林 只・松谷 秀哉
参考文献
1 )吉井千春,安西 崇,松元優子,大南諭史,伊藤寿朗,川尻龍典,林 俊成,今永知俊,城戸優
光:医学教育用肺音シミュレータの作製 . 呼吸 第20巻 第 8 号 p813–818, 2001
2 )社団法人医療系大学間共用試験実施評価機構医学系 OSCE 実施小委員会・事後評価検討委員会:診
療参加型臨床実習に参加する学生に必要とされる技能と態度に関する学習・評価項目 2.7版.臨床
実習開始前の「共用試験」第11版.社団法人医療系大学間共用試験実施評価機構 p86–88, 2013
3 )日本医学教育学会教育開発委員会:教授 - 学習方法.医学教育マニュアル 1 医学教育の原理と進
め方.篠原出版新社 p45–65, 2006
4 )神津忠彦:シミュレーション教育のあるべき姿 - 教育プログラムを構築しよう.シミュレーション
医学教育入門.篠原出版新社 p35–44, 2011
5 )石川和信,菅原亜紀子,小林 元,奈良信雄:医学教育におけるシミュレータ活用に関する全国調
査2012.医学教育 第44巻 第 5 号 p311–314, 2013
6 )吉井千春,安西 崇,矢寺和博,川尻龍典,中島康秀,城戸優光:肺音シミュレータ “Mr. Lung”
を用いた新しい医学教育.産業医科大学雑誌.第24巻 第 3 号 p249–255, 2002
7 )有村保次,小松弘幸,柳 重久,松元信弘,岡山昭彦,林 克裕,中里雅光:肺音聴診シミュレー
タを用いた肺音聴診実習の教育効果.日呼吸会誌 第49巻 第 6 号 p413–418, 2011
8 )Mangione S, Nieman LZ: Pulmonary auscultatory skills during training in internal medicine
and family practice. Am J Respir Crit Care Med 159 p1119–1124, 1999
21世紀教育フォーラム 第10号(2015年英語コミュニケーションのためのスキルアップ法
3 月)
21st CenturyEducationForum.Vol.10(Mar.2015)
49
英語コミュニケーションのためのスキルアップ法
Improving Skills for English Communication
小野寺 進*
Susumu ONODERA
要 旨
英語をある程度習得して大学に入学した学生が、英語コミュニケーション能力を高めるためにはどう
したらいいか。ここでは特にコミュニケーションのために必要とされるリスニング、スピーキング、
リーディング、ライティングのそれぞれについて、授業とか講習に頼らずに、学習者個人が無理なくし
かもすぐに効果が期待できるセルフラーニングの具体的方法を提案・紹介する。
キーワード:音読、オーバーラッピング、シャドウイング、リフレージング、リプロセシング
1 .はじめに
英語コミュニケーションとは人が英語を媒介として他者と意思疎通を図ることを意味する。従って、
英会話といったような音声を介しての伝達だけでなく、手紙やメール、あるいは新聞・雑誌などの文字
を介しての伝達も英語コミュニケーションになる。
インターネットが普及し、グローバル化が加速している世界情勢にあって、英語でコミュニケーショ
ンを図ることは必要不可欠であり、自分の可能性を大きく外へ開く手段にもなってきている。2020年の
東京オリンピックはもちろんのこと、日本の社会や企業では、停滞した経済から脱するために、海外か
ら人を受け入れるとともに、また自ら世界へ出かけて展開する時に、英語を使う需要が高まってきてい
ることもまた事実である。頭打ちの国内観光も、海外からの観光客を取り込むことであらたな活路を切
り開き、また国内の販売では限界が見えてきた企業がそのマーケットを海外に求めることは言うまでも
ない。
すべての日本人が英語を使えるのは望ましいが、少なくとも大学を卒業した人には英語でコミュニ
ケーションをする時にストレスを感じて欲しくはない。むしろ、自ら進んで他国の人と英語で意思疎通
を図り、自分の可能性を世界に広げてもらいたい。
日本語でコミュニケーションをとるのが苦手な人は英語でコミュニケーションをとることが難しいよ
うである。それを克服するには、先ず日本語で充分コミュニケーションをとれるようになってから英語
でコミュニケーションをとることである。それには、5W +1H を使って質問をすることである。例え
ば、連休中に旅行をしてきた人に、
「何時いったのか?」
「何処に行ったのか?」
「誰と行ったのか?」
「何
をしに行ったのか?」「何故行ったのか?」「どのような交通手段で?」を問いかける練習をすることで
ある。一つの事柄について複数の質問が常にできるように練習する。そうすれば自ずと話を続ける契機
*弘前大学人文学部
Faculty of Humanities, Hirosaki University
50
小野寺 進
が生まれるようになる。この日本語でのコミュニケーションに十分慣れてから、英語のコミュニケー
ションのスキルを磨くことが肝心である。
この小論では、英語をある程度習得してきた大学入学レベルの学生が、英語コミュニケーション能力
を高めるための自分だけでできる具体的な実践方法を提案することを目的とする。大学を出ても英語が
十分に活用できない理由として、英語コミュニケーションのための実践的訓練をしていないことにあ
る。語学の習得には王道や近道はないが、少なくとも持続すれば確実に効果的の上がる学習方法が近年
公開されている。学習者は有益な方法を組合せ・援用することで、英語運用能力を高めることができる
ようになるだろう。
2 .音声を介しての英語コミュニケーション:リスニングスキルとスピーキングスキル
音声を媒介としてコミュニケーションを図る場合、必要となるスキルはリスニングとスピーキングで
ある。今日では、英語コミュニケーションあるいはグローバル・コミュニケーションを行う場合、発音
よりも話す内容が重視される傾向にある。かつてはグローバル化に対応するため、英語を話せる帰国子
女を採用したが、英語を話せても仕事の内容を理解できず、コミュニケーションが取れないことがわ
かった。またグーグルの人事採用では、学習して問題を解決する能力や情報を理解して応用できる能力
といった、一般認識能力のある人材が求められている。それ故に、英語の発音は良いが、コミュニケー
ションの内容がない人はもはやビジネス界では不要とされる傾向のようである。
では英語のネイティヴ・スピーカーが世界中でどのくらいいるかというと、ほんの 2 割程度である。
国際連合を例に取ると、国連会議で使用される公用語はアラビア語、中国語、英語、フランス語、ロシ
ア語、スペイン語の 6 カ国語で、国連事務局が日常業務で使用する言語は英語とフランス語となってい
る 1 )。各国からの人々が集まる国連で話される英語にはそれぞれお国なまりがあり、一般的にはグロー
バル・イングリッシュ(グロービッシュ)と呼ばれ、アラビア語英語、中国語英語、フランス語英語、
ロシア語英語、スペイン語英語などと言われている。そうした観点から考えると、コミュニケーション
の本質は互いの意思疎通にあるので、通じるのであれば日本語英語で十分であると言える。だからと
言って発音は二の次というのは乱暴な言い方である。やはり相手の言うことを正確に聞き取り、伝えた
いことを正確に伝えるには正しい発音を身につけることが基本になる。その上でお国なまりがあって初
めてコミュニケーションが可能となるのである。
2.1.リスニングスキルアップ:音読(reading aloud)、オーバーラッピング(overlapping)、
シャドウイング(shadowing)
ではどうすれば正しい英語の発音ができるのか。それには 7 つの母音と25の子音を発音記号通りに発
音することである 2 )。歯と舌のポジション、唇の形、息の出し方によって発音は決まる。それには正し
く口を開いているか、舌の位置をきちんと意識しているか、唇を正しく形作っているか鏡を見ながら毎
回確認する必要がある。しかし、もしこれが難しいなら、似た発音を明確に区別すること(例えば、母
音 5 つのア [ ʌ ] [ æ ] [ ə ] [ ɑ ] [ ɔ ] と子音 [ r ] [ l ] / [θ] [ ð ] / [ s ] [ ʃ ] )と、日本語では音の出し方が難しい子音
[ f ] [ v ] を繰り返し練習することで、ある程度英語の発音は克服できるようになる。
個々の音を正しく発音できたら、次に単語や文の形で声に出して読み上げてみる。英語の音を聞き取
れるようになるには、インプットだけでは不十分で、アウトプットが必要となる。なぜなら自分が出せ
ない音は自分の耳には聞こえてこないからである。そのためのファーストステップは音読である。文章
を見ながら声に出して読み上げる方法 3 )で、昔、国語の教科書を音読したように英語の文章を声に出
して音読することである。できれば CD や DVD などを利用して英語ネイティヴ・スピーカーの声を真
似て読むことである。さらに正しく発音ができているかどうか確認しながら行うことが大切である。
英語コミュニケーションのためのスキルアップ法
51
次のステップはオーバーラッピングである。音声に合わせて同時に声に出して読む方法で、アクセン
トや息継ぎに注意しながら読む。また同時にネイティヴの話すスピードに慣れる必要もある。最初は
ゆっくりしたスピードから、次第に日常話されるスピードについていけるよう練習する。ニュースなど
で話されるスピードについていけるよう目標を立てる。
オーバーラッピングの次はシャドウイングである。この方法はテクストを見ないで、音声だけを頼り
に、話される英語スピーカーの声を追いかけて話す練習である。テクストは見ないで文章を読み上げる
のでかなり難しい。シャドウイングができるようになる頃には、リスニング能力は相当向上しているは
ずである。
このように、音読、オーバーラッピング、シャドウイングと音声をアウトプットすることで学習者の
英語耳を鍛え、リスニング能力を高めることができる。
2.2. スピーキングスキルアップ:リフレージング(rephrasing)
リスニングがある程度できるようになったら、次はスピーキングである。聞き取れるようになったら
すぐ話せると考えるのは間違いで、英語のネイティヴ・スピーカーが使うフレーズを使って話せるよう
になるには相当の時間を必要とする。そこで、どのようにしたら相手に自分の意思を伝えることができ
るか考える。自分が言いたいことをすぐに思い浮かばない場合、沈黙ができてしまい会話が途絶える。
それを回避する方法が「リフレージング」である。言いたいことを簡単な言葉に置き換えて、説明して
自分の意思を伝えていく方法で、ネイティヴのように話すという考えを捨て、どんどん言葉を繋いで相
手に伝える練習である。リフレージングの仕方について、大橋健太は以下の 5 つのステップを提案する 4 )。
①シチュエーションを設定する。
②単語をイメージ(連想)する。
③〈5W1H+Emotion メモ〉で情報を整理する。
④かんたんな日本語に置き換える。
⑤ STV で、日本語を英語に訳す。
ステップ 1 でシチュエーションを設定するのは、それが「日本語を英語にする上で、非常に大切な情
報」となるからである。その理由は「同じ日本語でもシチュエーションによっては、別の英語に言い換
えられる」からである。例えば「耐えられない」という日本語を英語にする場合、状況によって表現が
異なる。
「もし残業ばかりしている人がその状況に「耐えられない」という場合は、「残業をしたくな
い」と言い換え」られる。よって “I don’t want to work overtime.” になる。また「レストランにいる人
が、隣の席に大声で話をしている人を見て「耐えられない」と言う場合は、「ここにいたくはない」と
言い換え」られる。よって “I don’t want to be here” になる。同じ「耐えられない」という日本語で
あっても、シチュエーションが違えば英語表現が異なる。
ステップ 2 では、ステップ 1 からイメージできる単語を探す。例えば「ダイエットをしたい」と言い
たい場合に、weight, down, slim などが思い浮かぶ。「ここでイメージ(連想)できる単語が多ければ多
いほど、この後のステップがスムーズ」になる。
ステップ 3 では、イメージできる単語を探すことができたら、「5W1H+Emotion」に沿って、それら
を 整 理 す る。5W1H+Emotion と は、Who:誰 が? When:い つ? What:何 を? Where:ど こ で?
Why:なぜ? How どうやって? Emotion:どんな気持ち?(感情)になる。相手に伝えるためにはそ
ういった情報を整理しておく必要がある。
ステップ 4 では、簡単な日本語に言い換える。ステップ 3 で整理された情報から、言いたかった内容
を自分の言いやすい日本語にする。
52
小野寺 進
最後のステップでは、主語+時制+動詞の順番で英語に置き換える。特に時制が重要で、言いたい内
容が過去なのか、現在なのか、未来なのかをはっきりさせる。
では具体的な例をそのステップに添って英文にしてみる。「外資系の企業に就職したいので、英語の
運用能力を高めたいと思っている」という例文を英語にする。“I would like to enhance my English
competence to get a job of foreign company.” と な る が、「 運 用 能 力 = competence」 や「 高 め る =
enhance」がすぐに出てこない場合に次の 5 つのステップで英語する。
1 、シチュエーションを設定する。
「外資系の企業に就職したい。だから英語を聞いたり、話したり、
読んだり、書けるようになりたい」。
2 、単語をイメージする。その風景をイメージしながら、パッと思いつく単語をいくつか書いてみる。
「外資系」、「企業」、「就職する」、「聞く」、「話す」、「読む」、「話す」など。
3、
「5W1H+Emotion メモ」で情報を整理する。「運用能力」という単語を思い出せない場合、具体的
な出来事を伝えることで、運用能力を表現する。誰が運用したいの?「私」。何を運用するの?
「英語」
。運用っているのは?「聞く・話す・読む・書く」。外資系企業って何?「外国の会社」。誰
が就職したいの?「私」。
4 、かんたんな日本語に言い換える。「どうしたいのか?」
「英語が聞き取れたり、話せたり、読めたり、
書けるようになりたい」
「何のために?」
「外国の会社に勤めるために」
5 、主語+時制+動詞で日本語を英語に直す。主語「私は」I +時制「したい」(現在形)+「外国の会
社に就職する」
(work at a foreign company)。そのためには「私は」I +「時制」
「しなければなら
ない」
(現在形)+「聞いたり、話したり、読めたり、書いたりする」(want to listen, speak, read
and write English)。
従って、言いたいことは以下の内容で十分通じることになる。
I want to work at a foreign company.
So I must be able to listen to, speak, read and write English.
以上のプロセスを繰り返し行うことで、リフレージングが容易になり、学習者は正しい英語へと修正を
施していけるようになる。
3 .文字を介しての英語コミュニケーション:リーディングスキルとライティングスキル
3.1.
リーディングスキルアップ:パラグラフリーディング(paragraph reading)、
コレクトリーディング(correct reading)
英文を読むということは、英語を日本語に置き換えるという作業ではない。何が書いてあるのか?書
き手が言いたい事は何か?大切なことは何か?それらを理解することが英文読解になる。そのためには
英文和訳ではなく、パラグラフの構造を把握することが重要となる。
パラグラフというのは一つのトピックについての文の集合体を言う。ゆえに、パラグラフの「メイン
アイディア」
(main idea)はトピックに関する最も重要なポイントになる。しばしばこの「メインアイ
ディア」はパラグラフの第 1 センテンスか第 2 センテンスにあり、そのセンテンスをトピックセンテン
スと言う。パラグラフの他のセンテンスはこの「メインアイディア」を説明し、支えたりするもので、
「ディテール」(details)と言う。パラグラフの「メインアイディア」を同定することが読んでいる英文
を理解する助けになる。
英語コミュニケーションのためのスキルアップ法
53
以下の記事の「メインアイディア」は何かを見てみる。
Japan’s notoriously expensive education will get more expensive from April. Most of
the country’s prestigious private universities will raise their tuition and other fees from
April. Of 39 private universities with more than 10,000 undergraduates, at least 13 have
said they plan to increase fees, even though they are already extremely high.
(“Higher university fees raise concern” from The Japan Times on Sunday, 2014. 下線部
は筆者)
下線部を施した箇所が「メインアイディア」になる。他のセンテンスはそれをさらに詳しく説明する
「ディテール」になる。こうして「メインアイディア」を認識することで、このパラグラフでは「日本
の著名な私立大学が 4 月から学費を値上げする」ということを言いたいのかが理解できる。第 2 センテ
ンスからは、その値上げの詳細の説明になっていることがわかる。「メインアイディア」を見極めるこ
とで、パラグラフで何を言いたいのかを把握できるようになる。
次に、パラグラフの内容がわかったとして、センテンスを正しく理解することが必要となる。そこで
「コレクトリーディング」が必要となる。全体がわかっても、部分部分を正しく読むことができないと、
正しい内容把握にはならないし、誤読・誤訳を避けるためにも、文法をおろそかにはできない 5 )。
〈例文 1 〉
Jimmy goes to bed hungry. Not when he was young. Practically never then.
この英文を読む際に、二つの否定文 “Not when he was young.” と “Practically never then.” がポイント
になる。第 1 文は「ジミーは空腹のまま床に就く」で問題はないが、第 2 文は否定省略文になってい
る。省略しない文は “He did not go to bed hungry when he was young.” となる。それ故「若い頃はそ
うではなかった」となる。また第 3 文では “Practically” という副詞が鍵で、「実際に」ではなく、「ほと
んど」という意味に取り、「その当時は一度もなかった」となる。従って、「ジミーは空腹のまま床につ
く。若い頃はそうではなかった。当時は一度もなかった」になる 6 )。
〈例文 2 〉
You shall die.
この単文を理解する鍵は助動詞の “shall” であり。“shall” は未来を表す助動詞だが、同時に話者(語り
手)の意志も表す。通常 shall は一人称である I や We と共に用いるが、You を主語にした場合、主語に
対する話者の意志・約束・脅迫などを表すのに使われる。従って、「あなたは死ぬでしょう」ではなく、
話者の脅迫の意味を込めて「殺すぞ」となる。
〈例文 3 〉
George Bush’s victory in the 2000 presidential election was an extremely narrow one,
with a controversy over who won Florida’s electoral votes, among others.
この英文はどのように読んだらよいだろうか。文の最後に出てくる “among others” は辞書などでは熟
語で「とりわけ」とか「その上」とかという意味があるが、ここでそれを適用すると読み間違えてしま
54
小野寺 進
う。
「とりわけフロリダの選挙人についての論争を起こした」では意味が通らない。ここで注意すべき
は、コンマの位置である。先の意味ならわざわざ among の前にコンマは必要ない。なぜ one の後にコ
ンマがあり、among の前にコンマがあるかを考える。すると one と others が対になっていることがわか
る。最初から文を読めば one は victory のことであるとわかる。従って、others は other victories の省略
形だということに気付く。この文は、ふたつのカンマにはさまれた挿入部分を除くと「大統領選での
ブッシュの勝利はほかの勝利と比べてはるかに僅少差のものだった」となる 7 )。
このように 3 つの例文を見てもわかるように、英文を理解するには文の構造を文法的に解読できるこ
とが必要となる。根気よく英文をじっくり読むということも英語上達には不可欠なのである。
他にも、情報を読み取るスキャニング(scanning)法や、英語を語順のまま理解するサイトトランス
レーション(sight-translation)法(同時通訳が行っている)もあるが、それについては別の機会に取
り上げることとする。
3.2. ライティングスキルアップ:リプロセシング(reprocessing)
このリプロセシングというのは同時通訳者が行っている方法で、言語構造・思考パターン・価値観の
ギャップを考えるというものである。実際の通訳の現場で使用される方法であるが、英文を作成するの
に有効な方法だと考えられる。このリプロセシングのトレーニングは次の 3 つのステップを行う 8 )。
ステップ 1 発言の真意を確認し、それに沿った日本語に置き換える。
ステップ 2 ステップ 1 で置き換えた日本語を、英訳可能な日本語にする。日本語で省略されているこ
との多い主語や目的語を明確にする。
ステップ 3 ステップ 2 の日本語を英語に訳す。
では、上記のステップに従い、リプロセシングを見ていく。
〈例文 4 〉
「お知恵を拝借させてください」
ステップ 1 「知恵」は「アドバイス」ということを表し、「拝借させてください」は「いただけないで
しょうか」となる。
ステップ 2 さらにしょうかは「することができるか否か」になる。よって
I wonder if you could ~ を使う。
ステップ 3 I wonder if you could give me some advice.
〈例文 5 〉
「なんのお構いもできませんが」
ステップ 1 「どうぞお入りになって、ごゆっくりなさってください」に置き換える。
ステップ 2 「どうぞお入りになって」は「どうぞ入って下さい」に、「ごゆっくりなさってください」
は「(そして自宅にいるように)くつろいで下さい」に直す。「どうぞ入って下さい」は
Please come in を、「くつろぐ」は make oneself at home を使う。
ステップ 3 Please come in and make yourself at home.
〈例文 6 〉
「心中お察し申し上げます」
ステップ 1 「そのことをお聞きして、とても気の毒に思います」に置き換える。
英語コミュニケーションのためのスキルアップ法
55
ステップ 2 「私はとても気の毒に思う。そのことを聞いて」に直す。「私は気の毒に思う」は I am
very sorry を、「そのことを聞いて」は to hear that を使う。
ステップ 3 I’m very sorry to hear that.
〈例文 7 〉
「皆様にこのような多大なご迷惑をおかけしてしまいましたことを重ね重ねお詫び申し上
げます」
ステップ 1 「私は深くお詫び申し上げたいと思います、皆さん全員に対して我々がもたらした迷惑の
すべてに関して」
(謝罪)に直す。
ステップ 2 「深くお詫びする」は deeply apologize を、「迷惑のすべて」は all the trouble を使う。
ステップ 3 I’d like to deeply apologize for all the trouble we have caused you all.
このリプロセシングは同時通訳者が行う方法であるが、上記でみたように、日本語から英文に直すの
に極めて有効であることがわかる。和英辞典を引いて、そのまま英文を転写した結果意味が伝わらない
のは、二つの言語文化がそこに介在するからである。二つの言語文化を一瞬で行き来する同時通訳者の
リプロセシングは、まさにその問題を解決してくれる。
4 .おわりに
これまで見てきた英語スキルアップ法がすべての英語学習者に役立つ訳ではない。しかし、なんとか
英語を上達させようと模索している学習者にとっては少なからず有益なものとなるであろう。反復と積
み重ねがとても大切で、インプットよりもアウトプットを重視すべきであることは、
「沈黙は金である」
という日本人のマインドセットを変えていく必要があることを示している。英語ネイティヴ・スピー
カーを前にして臆せずに対応するのは、そう簡単な作業ではないが、少しずつ自分の意見を外に向かっ
て発することで、十分克服できるはずである。
最後に、英語を学習する時の教材について付け加えておく。ハワイ大学で開催された英語指導者のた
めのワークショップで強調されていたことは、オーセンティックな英語教材、つまり英語ネイティヴ・
スピーカー向けの実際の現場で使用されている教材、が英語習得に効果があるということである。イン
ターネットが身近になった今日ではそうした教材を手にいれることは容易なはずである。しかし、すべ
てが良いというのもではない。例えば、リーディングであればペーパーバックの洋書とか The Japan
Times のような英字新聞(もし難しいのなら、日本の中高生向けに書かれた英字新聞 Mainichi Weekly
とか Student Times なども良い)、リスニングならウェブを通じての TED か NHK World TV などがお
薦である。カタカナは英語ではなく日本語である。まずはカタカナを忘れて英語の文字に親しむことか
ら始めることが大事である。The sooner we start learning, the better.
引用文献
越前敏弥,
『日本人なら必ず誤訳する英文』ディスカヴァー携書,2009.
大橋健太,
『魔法の英語エクササイズ』すばる舎,2014.
斉藤 淳,
『世界の非ネイティブエリートがやっている英語勉強法』中経出版,2014.
竹内真生子,
『日本人のための英語発音完全教本』アスク出版,2012.
田中栄一,
『
「英語脳力」養成講座』かんき出版,2014.
田村智子,
『同時通訳が頭の中で一瞬でやっている英訳術リプロセシング』三修社,2010.
『同時通訳が頭の中で一瞬でやっている英訳術リプロセシング(ドリル)』三修社,2011.
56
小野寺 進
注
1 )国際連合については(http://www.un.org/)を参照。
2 ) 7 つの母音は [ ɑ ] [ i ] [ u ] [ e ] [ o ] [ ə ] [ æ ] で、25の子音は [ r ] [ r ] [ l ] [θ] [ ð ] [ f ] [ v ] [ t ] [ d ] [ s ] [ z ] [ w ] [ p ]
[ b ] [ k ] [ ɡ ] [ ʃ ] [ ʒ ] [ tʃ ] [ dʒ ] [ h ] [ j ] [ m ] [ n ] [ ŋ ] になる。この発音記号は国際音声記号(International
Phonetic Alphabet : IPA)に基づくものである。イエール大学方式の英語発音矯正については、斉
藤淳『世界の非ネイティブエリートがやっている英語勉強法』を参照。また正しい英語発音を身に
つける教材としては、竹内真生子『日本人のための英語発音完全教本』がお薦めである。
3 )近年、音読に関する英語教材が多数出ている。「音読ドリル」と呼ばれるものが多いが、市販され
ているものでなくても練習として使うことができる。例えば、中学や高校の時の英語のテキスト、
英字新聞、英語雑誌、英語で書かれたペーパーバックなどでも大丈夫。ただし、吹き込まれた音声
を参考に模倣する練習ができるので、CD や DVD が付属しているものの方がより良い。
4 )このリフレージングという方法は、帰国子女が英語を身につけるプロセスをもとに考えられたもの
である。以下、説明とステップ 1 と 2 の例については、大橋健太『魔法の英語エクササイズ』を参照。
5 )コレクトリーディングについては、越前敏弥『日本人なら必ず誤訳する英文』を参照。
6 )越前敏弥、178。
7 )越前敏弥、206–208。
8 )以下の例( 4 〜 7 )と説明については、田村智子、『同時通訳が頭の中で一瞬でやっている英訳術
リプロセシング』を参照。
スポーツ実技
「ヨガ」
を開講して ─ 学生の受講動機と教育効果に関する考察 ─
21世紀教育フォーラム 第10号
(2015年
3 月)
21st CenturyEducationForum.Vol.10(Mar.2015)
57
スポーツ実技「ヨガ」を開講して
─学生の受講動機と教育効果に関する考察─
Yoga as a liberal arts education:
Consideration of student’s motivation and the educational effects
高間木 静 香*
Shizuka TAKAMAGI
要 旨
筆者は、平成26年度前期の21世紀教育科目において、スポーツ実技「ヨガ」を初めて開講した。この
経験を振り返り、また学生の受講動機に関するアンケートおよび「ヨガを受講して感じた心身の変化や
効果」に関するレポートの記載内容について分析することで、大学生への教養教育として開講したヨガ
の教育効果や意義について考察した。今回の開講経験から、一つの教養としてヨガの本質を学ぶ機会と
なっていたこと、様々なスポーツ科目の一つの選択肢となり得たことで運動の選択の幅が広がったこ
と、授業を通じて心身に何らかの変化を感じることができていたこと、ヨガの実践が自己の心身の状態
を客観的にみる機会となっていたこと、授業をきっかけに体を動かすことへの意識が高まり運動の機会
を作っていた学生もいた、という 5 点が挙げられた。心身の健康を保つ意識や生涯の健康づくりのため
の自己管理能力を高めることにつながる点において意義があったと考える。
キーワード:ヨガ、大学生、教養教育、受講動機、教育効果
1 .はじめに
21世紀教育におけるスポーツ実技は、スポーツの文化的側面を深く理解し、運動の合理的実践を通し
て、生涯に渡り健康な生活を営むことができるようになることをねらいとして開講されている 1 )。筆者
は、平成26年度前期、スポーツ実技として「ヨガ」を開講した。
ヨガの発祥は、今から4500年前のインダス文明までさかのぼるといわれる 2 )。1970年代、1990年代に
はアメリカを中心に世界的にヨガブームが起こり、日本においても同様の流れから多様なスタイルのヨ
ガが実践されている。このようにヨガは流行の一部のように実践されている側面もあるが、様々な年代
の人が、様々な目的で実践している。健康維持・増進のための運動、精神的鍛錬のための方法というこ
とにとどまらず、補完代替医療の一つとしての重要な役割を果たしていることも科学的根拠をもって示
されてきている。
日本のヨガ人口は100万人以上 2 )と言われている。しかし、大学生の世代におけるヨガの実施率は高
くなく、ヨガに興味を持っていたとしても本格的に実践するには至らないことが多いのではないかと推
測される。そのため、ヨガを実践できる場を設け、その本質について学び、生涯にわたる心身の健康維
*弘前大学大学院保健学研究科 健康支援科学領域 障害保健学分野
Department of Disability and Health, Division of Health Sciences, Hirosaki University Graduate School of Health
Sciences
58
高間木 静 香
持・増進について考える機会となればと考え、開講に至った。
本稿では、受講開始当初のアンケートおよび受講終了時のレポート内容をもとに、学生の受講動機や
授業を通じて感じた効果や学びから、大学生への教養教育として開講したヨガの教育効果や教育的意義
について考察し報告する。
2 .スポーツ実技「ヨガ」の授業内容
1 )開講にあたり
今年度からの開講にあたり、シラバスには表 1 のように記載し、定員20名として学生を募集した。第
1 回目の授業には、20名の定員に対し、70名以上の学生が履修を希望して集まった。開講場所の広さや
備品の都合等を勘案し、最終的に43名の履修となった。
なお、ヨガを指導する上での筆者の所有資格として、IYC(インターナショナルヨガセンター)「キ
レイになるヨガ」
、アスリートヨガ、マタニティヨガ、キッズヨガ、シニアヨガの各指導者養成講座を
修了し、指導者の認定を受けている。
表 1 シラバスの記載内容 3 )
古代インド発祥のヨガは、いまや子どもからお年寄りまで様々な年代の人に親しまれ、また、疾病を抱
えている人からトップアスリートに至るまで、様々な目的で実施されています。ヨガのアーサナ(ポーズ)
やプラーナヤーマ(呼吸法)を通して自分の心身の状態に意識を向け、さらに哲学なども織り交ぜながら、
心身の状態をコントロールし、しなやかな体と穏やかな心をつくり、より良い状態にするための意識や態
度を養うことを目指します。ヨガの実践を通じて自己の身体と心の状態を客観的に見つめ、また継続して
実践していく中での変化や効果を感じてもらいたいと思います。ヨガ未経験でも、体が硬くても、誰にで
も無理なく自分のペースで行えます。
2 )授業の構成
本来ヨガは、よくイメージされるような体操、即ちアーサナ(ポーズ)をとることが全てではない。
しかしながら、本授業はスポーツ実技として開講していることから、アーサナを中心として体を動かす
ことをメインに構成した。
第 1 回目の授業では、基本の座り方、基本の立ち方、呼吸の仕方などについても解説し、通常は、
ウォーミングアップ、メインの運動、クールダウン(シャバアーサナ)、運動前後の心身の状態チェッ
クを含めて約90分で構成した。運動の内容については、代表的なアーサナについて解説しながら行い、
その後、動きと呼吸とを連動させてポーズを流れるように行うビンヤサスタイルのヨガを行った。加え
て、内容がワンパターンにならないように、体を活性化させるようなプログラム、循環を促しデトック
ス効果のあるプログラム、ボディラインの引き締め効果のあるプログラム、骨格のゆがみを整えバラン
スをとるプログラム、心身の緊張を解きほぐしリラックスをもたらすプログラムなど、いくつかのアー
サナを組み合わせたシークエンスプログラムから、その日の学生の様子や疲労度などの状況によって選
択して行った。また、体力がある年代の大学生であることから、時にはダイナミックな動きや、強度の
強いポーズも取り入れた。ただし、体力や身体の状況には個人差が大きいことから、決して周りと比較
せず無理のない範囲で調整して行うことを強調し、自己の状態に合わせて難易度を調整して行えるよう
にした。また毎回ではなかったが、運動の合間に、ヨガに関する情報やヨガの哲学についての解説を取
り入れた。
スポーツ実技「ヨガ」を開講して ─ 学生の受講動機と教育効果に関する考察 ─
59
3 )記録
ヨガの本質は、自己の心身の状態や今の状態に目を向けること、客観的に内観することが重要である
ことから、毎回授業の前後に記録をしてもらった(図 1 )。内容は難しいものではなく、体の状態、心
の状態、感想等とした。また身体指標として容易に測定できるものをと考え、授業の前後で脈拍を測定
し記録することとした。
図 1 記録の様式(一部を抜粋)
3 .受講者の背景
受講者43名のうち、学年別では、 1 年生29名(67.4%)、 2 年生 3 名(7.0%)、 3 年生 6 名(14.0%)、
4 年生 2 名(4.6%)、特別聴講生 3 名(7.0%)であった。また、男女別では、男性 5 名(11.6%)、女性
38名(88.4%)であった(表 2 )。
4 .スポーツ実技「ヨガ」の受講動機 ~受講開始時のアンケートより~
第 1 回目の授業の際に、簡単なアンケートに記載してもらった。アンケートの回答および提出は任意
としたが、受講者43名全員が提出した。アンケートの内容は、ヨガの実施経験の有無、ヨガの授業を履
修しようと思った動機などについてである。記載内容については、授業改善のための振り返りに活用す
ることを目的として、個人が特定されない形で何らかの場で公表する可能性もあることを事前に説明
し、学生の同意を得ているものである。
1 )ヨガの実施経験(図 2 )
授業開始時点で、ヨガの種類や受講形態の如何を問わず、これまでにヨガを行ったことのある学生は
7 名(16.3%)、ない学生は36名(83.7%)であった。
表 2 受講者の背景
●学年別
1年
2年
3年
4年
特別聴講生
●男女別
男性
女性
人数
(%)
29名
3名
6名
2名
3名
(67.4%)
(  7.0%)
(14.0%)
(  4.6%)
(  7.0%)
5名
38名
(11.6%)
(88.4%)
あり
7名(16.3
%)
なし
36名
(83.7%)
図 2 授業開始時点でのヨガの実施経験
図 2 授業開始時点でのヨガの実施経験 60
高間木 静 香
2 )スポーツ実技「ヨガ」の受講動機(図 3 )
ヨガの履修を希望した動機について12の選択肢を示し、複数回答可として該当するものを選択しても
らった。選択した者が多かった順に、「ヨガに興味があった」18名(41.9%)、「体を柔らかくしたい」12
名(27.9%)、
「ストレス解消」11名(25.6%)、「よく分からないので勉強したい」11名(25.6%)が挙げ
られていた。
「その他」を選択した者では、ヨガを行っている家族からも薦められた、現在行っている
競技にもヨガが良い効果を与えると聞いた、他の運動は不安がありヨガなら自分のペースでできそうだ
と思った、などを挙げていた。
0
5
10
15
(名) 18
ヨガに興味があった
12
体を柔らかくしたい
11
ストレス解消
11
良く分からないから勉強したい
6
癒されたい
5
体力をつけたい
4
単位のため
集中力をつけたい
3
友人に誘われた
3
何となく
0
他の運動より楽にできそう
0
その他
20
6
図 33 スポーツ実技「ヨガ」の受講動機(複数選択)
スポーツ実技「ヨガ」の受講動機(複数選択)
図
5 .ヨガを受講して学生が感じた心身の変化や効果 ~履修後のレポートより~
授業の最後には、期末レポートとして「ヨガを受講して感じた心身の変化や効果」をテーマに、A 4
用紙 1 枚程度の課題を課した。なお、レポートの提出は成績評価の一部として必須としたが、記載内容
については前述のアンケート同様、個人が特定されない形で何らかの場で公表する可能性があること、
その同意の可否は成績評価に一切関与しないことについて確認し、学生の同意を得ているものである。
レポートは受講者43名全員が提出し、ヨガを受講しての変化や効果が無かったと回答した者はおら
ず、全員が何らかの変化や効果について記載していた。この記載内容から、心身の変化に該当する内容
をコードとして抽出した結果、全部で203のコードが抽出された。これらのコードの内容を類似の内容
ごとにまとめ、サブカテゴリーおよびカテゴリーに分類した(表 3 )。カテゴリーは、 1 )身体的な変
化、 2 )精神的な変化、 3 )意識・認識の変化、 4 )行動の変化、の 4 つに分類された。なお、以下の文
章中では、サブカテゴリーを【 】、コードを「 」で記載する。
1 )身体的な変化
ヨガを受講して感じた心身への変化や効果として、身体的な変化に関する内容が最も多かった。サブ
カテゴリーとしては、「体が柔らかくなった」「背中で両手を組めるようになった」などの【柔軟性の向
上】
、
「バランスが取れるようになった」
「体の左右のバランスが改善された」などの【身体バランスの
向上】
、
「体の調子が良くなった」
「肩こりが改善された」などの【痛みや不調の改善】、
「つらかったポー
ズが楽にできるようになった」
「体幹が鍛えられた」などの【筋力・体力の向上】、「汗をかきやすくなっ
た」
「体の血の巡りが良くなるような感じがした」などの【代謝の促進】、「呼吸を意識して行えるよう
スポーツ実技「ヨガ」を開講して ─ 学生の受講動機と教育効果に関する考察 ─
61
表 3 ヨガを受講して感じた心身の変化や効果
カテゴリー
サブカテゴリー
柔軟性の向上(25)
身体バランスの向上(21)
痛みや不調の改善(20)
身体的な変化(126)
筋力・体力の向上(16)
代謝の促進(16)
呼吸法の獲得(10)
体重コントロール(6)
自律神経系への影響(5)
睡眠の質の改善(5)
運動不足の改善(2)
精神的安寧(17)
精神的な変化(39)
爽快感の獲得(8)
リラクセーション効果(7)
集中力の向上(4)
ストレスの解消・改善(3)
ヨガに対するイメージの変化(16)
意識・認識の変化(30)
自己の心身に対する意識の変化(8)
運動に対する意識の変化(6)
行動の変化(8)
運動の機会作り(8)
コード
体が柔らかくなった
背中で両手を組めるようになった
前屈が深くできるようになった
股関節が柔らかくなった
バランスが取れるようになった
バランスをとるポーズができるようになった
体の左右のバランスが改善された
体がスムーズに動くようになった
体の調子が良くなった
肩こりが改善された
背中の痛みがなくなった
身体の緊張がとれた
悩みだった便秘が改善された
腕の痛みが軽減した
部活動の筋肉痛が取れた
腹痛になることが減った
筋肉痛になることがなくなった
つらかったポーズが楽にできるようになった
体幹が鍛えられた
腹筋がついた
強度を強くしても疲れなくなった
筋肉がついた
姿勢が良くなったと褒められた
汗をかきやすくなった
体が温まった
体の血の巡りが良くなるような感じがした
代謝が良くなったと思う
呼吸を意識して行えるようになった
深い呼吸ができるようになった
動きに呼吸を合わせられるようになった
腹式呼吸ができるようになった
体重が減少した
体が引き締まった
体重を維持することができた
脈拍が減少した
寝つきが良くなった
翌日の目覚めが良かった
授業の日の夜はよく眠れる
運動不足が改善された
気持ちが落ち着いた
無心になることができた
緊張や不安がとれた
心理的な充足を得ることができた
心を浄化する作用があると感じられた
気持ちの整理ができた
すっきりとした気分になれた
気持ちが良かった
気持ちをリフレッシュすることができた
リラックスできるようになった
集中力が高まった
集中することが容易になった
ストレスが軽減した
ストレスが昇華された気分になれた
ヨガに対するイメージが変わった
ヨガの知らなかった面を知ることができた
ヨガのパワーを感じた
体を意識するようになった
自分の体調を把握できるようになった
自分の身体への理解が深まった
自分の考えを整理して見つめ直すことができた
運動への苦手意識が以前より軽くなった
体を動かすことの楽しさを感じられた
体を動かしたいという気持ちが増した
新しいことに挑戦するのは楽しいと思えた
家でストレッチや筋トレをするようになった
自分の家でもやるようになった
積極的に体を動かすようになった
※カテゴリー、サブカテゴリーの( )内の数字は、コード数を示す。
コード数
19
3
2
1
16
3
2
4
4
4
2
2
1
1
1
1
4
4
3
2
1
1
1
9
3
3
1
5
2
2
1
3
2
1
5
2
2
1
2
10
2
2
1
1
1
4
3
1
7
3
1
2
1
12
3
1
3
2
2
1
2
2
1
1
5
2
1
62
高間木 静 香
になった」
「深い呼吸ができるようになった」などの【呼吸法の獲得】、「体重が減少した」「体重を維持
することができた」などの【体重コントロール】、「脈拍が減少した」という【自律神経系への影響】、
「寝つきが良くなった」
「翌日の目覚めが良かった」などの【睡眠の質の改善】、
「運動不足が改善された」
という【運動不足の改善】の10の内容に分類された。
2 )精神的な変化
精神的な変化に関するサブカテゴリーとして、「気持ちが落ち着いた」「緊張や不安がとれた」などの
【精神的安寧】、「すっきりとした気分になれた」「気持ちをリフレッシュすることができた」などの【爽
快感の獲得】
、
「リラックスできるようになった」という【リラクセーション効果】、「集中力が高まっ
た」などの【集中力の向上】、「ストレスが軽減した」などの【ストレスの解消・改善】の 5 つの内容に
分類された。
3 )意識・認識の変化
意識・認識の変化に関するサブカテゴリーとしては、「ヨガに対するイメージが変わった」などの
【ヨガに対するイメージの変化】、
「体を意識するようになった」
「自分の体調を把握できるようになった」
などの【自己の心身に対する意識の変化】
、「運動への苦手意識が以前より軽くなった」「体を動かすこ
との楽しさを感じられた」などの【運動に対する意識の変化】の 3 つに分類された。
4 )行動の変化
行動の変化に関しては、「家でストレッチや筋トレをするようになった」「積極的に体を動かすように
なった」などの【運動の機会作り】が挙げられた。
6 .考察
今年度初めて開講したヨガについて、その教育効果や教育的意義について考察したい。
ヨガの授業を開講するにあたっては、“ 大学生にどの程度興味を持ってもらえるのだろうか ”、“ 履修
者は集まるのだろうか ”、という期待と不安があった。履修を希望した動機として「ヨガに興味があっ
た」
「よく分からないので勉強したい」を多くの学生が選択していたこと、当初の履修希望者が予想を
はるかに上回る人数だったことからも分かるように、ヨガに対する興味関心が高いことがうかがわれ
た。一方、ヨガに対する認識については、当初から持っている固定観念や、ファッション感覚のように
マスコミなどで取り上げられるイメージや先入観が先行している現状も感じられた。授業を終えてのレ
ポートの中でも、受講者の約 3 割の学生が「ヨガに対するイメージが変わった」と記載していた。授業
で行っていることもヨガのほんの一部分にすぎないが、実際に経験してみることでその本質を知り、そ
の歴史的背景や奥深さに触れることも教養の一部として重要であると考えられる。
ヨガを受講して感じた心身の変化や効果として、受講者全員から多くの変化が挙げられていた。週に
1 度の授業ではあったが、授業の前後で、また約 4 か月間の授業を通じて、心身に何らかの良い変化を
感じることができていた。身体的な変化、精神的な変化のほか、「体を意識するようになった」「自分の
体調を把握できるようになった」という意見のように、自己の心身の状態を客観視するという意識の変
化があったことは特筆すべき点であると考えられる。ヨガでは、自己の心身の状態や今の状態に目を向
けること、客観的にみることができることが重要視される。このことは、多少のストレスがあっても、
それを冷静に見ることができ、ストレスコーピング能力を高めることになる。学生生活においても、そ
の後の社会生活においても、生きている限りは様々なことが起こるが、そのような中でも精神的な安寧
を保つことができ、心身の健康を保つことにつながるといえる。
スポーツ実技「ヨガ」を開講して ─ 学生の受講動機と教育効果に関する考察 ─
63
スポーツ実技の科目として、様々な種目が開講されている。運動強度が高いものからそれ程高くない
もの、集団で行うものから個人で行うもの、そして各スポーツの特徴はそれぞれで大きく異なる。その
うちの一つの選択肢となり得ることは、より多くのことに触れる機会を増大させると同時に、生涯の健
康作りの一つの手段として自分に合った運動の選択の幅を広げることになる。実際に、受講動機として
「他の運動は不安がありヨガなら自分のペースでできそうだと思った」と挙げていた学生もいたように、
自己の状況に応じて選択することが可能となる。また、少数意見ながら、「運動への苦手意識が以前よ
り軽くなった」
「体を動かすことの楽しさを感じられた」というように、運動に対する意識にも変化が
起こっていた。さらに、運動の機会を作るようになったということを 8 名の学生が挙げていた。授業を
きっかけに自ら意識を高め、行動変容へとつながっていたことは、生涯の健康づくりのための自己管理
能力を高めることにつながると考える。谷村 4 )は、「自己健康管理能力」を学生時代に育成することは
現代人として身につけるべき大切な教養の一つであることを述べている。また、佐川 5 )は、大学教育
としての体育は、教養教育の一端を担う科目として、自らの健康の維持・増進や心身ともに健康なライ
フスタイルの確立を支援するための “身体の教養” を教育するものであること、それが全体的人間の育
成に貢献するであろうと述べている。自ら健康を増進させる能力を養い、生涯にわたって健康な生活を
送るための基礎を培うという点でも、貢献できるものと考えられる。
以上のことから、“ スポーツの文化的側面を深く理解し、運動の合理的実践を通して、生涯に渡り健
康な生活を営むことができるようになる ” ことをねらいとして開講されている21世紀教育科目スポーツ
実技の 1 つの授業科目として「ヨガ」の授業を開講できたことは、意義があったのではないかと考える。
7 .まとめ
今回の開講経験から、大学生への教養教育として開講したヨガの教育効果および教育的意義として、
以下の 5 点が考えられた。
1 )ヨガの実践を通じて、その本質を学ぶ機会となっていた。
2 )様々なスポーツ科目のうちの一つの選択肢となり得たことで、生涯の健康作りの一つの手段とし
て、自分に合った運動の選択の幅が広がる。また、運動に対する苦手意識を持っている場合、他の
運動との違いを感じられたことにより、意識の変化にもつながっていた。
3 )週に 1 度の授業ではあったが、授業の前後で、また約 4 か月間の授業を通じて、心身に何らかの変
化を感じることができていた。
4 )ヨガの実践を通じて、自己の心身の状態を客観的にみる機会となっていた。
5 )授業をきっかけに、体を動かすことへの意識が高まり、実際に運動の機会を作っていた学生もい
た。自ら意識を高め、行動変容へとつながっていたことは、生涯の健康づくりのための自己管理能
力を高めることにつながると考えられる。
文 献
1 )弘前大学21世紀教育センター:平成26年度21世紀教育科目授業計画解説(シラバス),p.31,2014.
2)
「ヨガの発祥と起源」
(一般社団法人 全日本ヨガ協会ホームページより)
http://www.ajya.jp/yoga/ (2014年12月25日確認)
3 )前掲 1 )
,p.33. 4 )谷村秀彦:教養としての自己健康管理.筑波フォーラム,62号,35–37,2002.
5 )佐川和則:大学教育としての体育のあり方について.近畿大学健康スポーツ教育センター紀要, 5
巻 1 号,1–5,2006.
Improving Assessment in Japanese
University
21世紀教育フォーラム 第10号
(2015年
3 月)EFL Classes: A Model for Implementing Research-Based Language Assessment Practices
21st CenturyEducationForum.Vol.10(Mar.2015)
65
Improving Assessment in Japanese University EFL Classes:
A Model for Implementing Research-Based Language Assessment Practices
日本の大学における EFL 科目の評価の改善
─研究に基づいた外国語評価のモデル─
Edward FORSYTHE*
フォーサイス・エドワード
Abstract:
Assessments in Japanese university EFL classes largely follow traditional, grammar-translation
methodologies. To prepare the students for the 21st century, professors must incorporate assessments based
on current research which enable students to learn from the assessments as well as classroom activities. This
paper provides a model for a new assessment regiment for an English Conversation course as an example. It
will cover the textbook topics and course objectives to be met, current research, a proposed testing regimen,
and a recap of how the proposed assessments align with current suggested assessment practices. The suggested
assessment regimen will enable English teachers to provide a more engaging and supportive program so that
their students can succeed in the global workforce of the 21st century.
Keywords: EFL assessment, Japanese university, summative assessment, formative assessment, classroom
assessment, self-assessment, technology in language learning
1. Introduction
Assessment practices in Japanese university English as a Foreign Language (EFL) classes largely continue
practices based in traditional grammar-translation methodologies (Sasaki, 2008). Paper-based tests of reading
comprehension and grammar using multiple choice and discrete-point, decontextualized summative assessments
are the commonly-used formats. Dynamic, formative, and alternative assessment practices have slowly begun
to gain acceptance in the classrooms of the more radical or foreign-educated English professors, but change
comes very slowly in Japanese society. However, in order to prepare the students to work in the global society of
the 21st century, professors must create curricula which incorporate assessments based on current research and
methodology—those which provide an opportunity for the students to learn from the assessments as well as from
the classroom activities.
This paper will explain a new assessment regiment for a first-year English Conversation course which uses
Oxford University Pressʼ American Headway Book 1 textbook (Soars, Soars & Maris, 2009). This paper will cover
the textbook topics and course objectives to be met, current research upon which the proposed assessment regimen
was based, a detailed explanation of the proposed testing regimen and its components, and finally a recap of how
the proposed assessments align with current suggested assessment practices. The regimen outlined in this paper
*Faculty of Humanities, Hirosaki University(part-time)
弘前大学人文学部(非常勤)
66
Edward FORSYTHE
will focus on a first-year English Conversation course, but a similar structure can be used to implement a dynamic
and more effective assessment program across other EFL courses.
2. Curriculum objectives and textbook topics
The course learning objectives for the Freshman English Conversation course (as well as other English
language courses) are for students to be proficient in the following topic areas by the end of the first year:
・ Self-introductions;
・ Basic personal descriptions;
・ Greetings and courtesies;
・ Expressing likes, dislikes, and hobbies;
・ Clear and understandable pronunciation and intonation;
・ Talking about oneʼs family and relationships;
・ Telling about oneʼs hometown and community;
・ Discussing time schedules and time expressions; and
・ Performing past-tense narration.
These objective topics were based on the American Council on the Teaching of Foreign Languagesʼ (ACTFL, 2012)
proficiency guidelines for the Novice-Mid to Novice-High proficiency levels. The curriculum does not currently
include “Can Do” statements advocated by the Council of Europeʼs (2011) Common European Framework of
Reference for languages (CEFR), but the faculty intends to create and implement them in the near future.
In order to facilitate the studentsʼ achievement of the established course objectives, the faculty chose to adopt
the American Headway Book 1 textbook for use in the English Language and English Conversation courses.
American Headway Book 1 consists of three parts focusing on basic communication topics: self-introductions;
telling about oneʼs past and present; and discussing likes and dislikes. These topics align well with the objectives
listed above and will support the studentsʼ and faculty efforts toward attainment of the curriculum goals.
3. Regarding EFL assessments
Language assessments in Japanese universities have changed relatively little in the past decade and university
assessments in general have been much criticized for their negative impact on the Japanese secondary educational
system (Murphey, 2013; Sasaki, 2008; Watanabe, 2013; Zeng, 1995). EFL assessments have been primarily
grammar-translation-style tests with the majority of EFL programs relying mostly on assessments as a tool with
which to determine the studentʼs course grade based on summative mid-term and final examinations. Even with
the Ministry of Education, Culture, Sports, Science, and Technologyʼs (MEXT) change in focus for Japanʼs English
educational objectives to become more communication-oriented during the early 2000ʼs, universities have opted to
rely on commercially produced language examinations such as the Test of English for International Communication
(TOEIC) or the Society for Testing English Proficiency (STEP) tests as summative assessments of their studentsʼ
abilities instead of improving their assessment techniques and regimens (Sasaki, 2008). While the TOEIC and STEP
examinations may be higher quality assessments produced by professional testing organizations, they only provide
a snapshot of a studentʼs linguistic ability on a given day. In order to improve the assessment processes in Japanese
university EFL programs, the assessments must be structured in a manner that they regularly provide both a picture
of studentsʼ abilities as well as feedback for students on how to continue to improve based upon their performance
on the examination.
Improving Assessment in Japanese University EFL Classes: A Model for Implementing Research-Based Language Assessment Practices
67
4. The state of assessments in Japanese university English programs
Other than English Conversation courses which may use one-on-one oral interview-style examinations to
establish studentsʼ grades, many university English courses require students to take a written test or write an essay
and submit it slightly before the deadline for course grade submissions, which is approximately two weeks after the
final course meeting. In the current situation, students rarely receive the scores of their essays much less feedback
on their performance. Because of this, students learn very little from their performance on assessments and this
style of assessment is not a learning experience. Students can learn a great deal from assessments and failing to
help students take advantage of the information gleaned from their performance is a serious mistake (Allen, Ort,
& Schmidt, 2009; Andrade & Valtcheva, 2009; Gillespie, 2012; Kentucky Dept. of Education, 2011a). In the rare
cases where students do receive feedback from their assessments, they do not necessarily have training in how to
apply the feedback they receive because they are not taught how to apply corrective action autonomously.
5. Recommendations for assessments of the future
Instead of being a one-time snapshot of a studentʼs ability at the end of a course, assessments should be
both formative—periodically gauging a studentʼs progress through a unit or topic so that corrective action can be
taken in a timely manner—and summative—a final examination which determines whether the student has met
the learning objectives of the unit or course (Allen et al., 2009; Çakir, 2013; Gillespie, 2012; Kentucky Dept. of
Education, 2011a; Shrum & Glisan, 2005). Using both of these assessment types will provide a more accurate
and comprehensive picture of studentsʼ true abilities; therefore, it is recommended that professors of English as a
Foreign Language courses should work to find ways to implement such an assessment scheme.
5.1 Summative assessments
As indicated above, summative assessments are usually examinations given at the end of a unit of study,
semester, or course. They tend to be broad in scope and measure studentsʼ performance against a set of course learning
objectives. Traditionally, summative assessments in Japanese university English classes are given on the final day
of the semester or, in the case of written essay assessments, due just prior to the deadline for grade submissions to
the university administrative offices. This practices does not allow students to learn from their performance on these
assessments—something that should be changed. When students see their performance on a summative assessment,
they know to what degree they have met the learning objectives for that unit or course. If they scored poorly, they
see where their knowledge gaps are and can take corrective action to solidify their knowledge. This can only occur
if students are given specific feedback on their performance on summative assessments measured against clearlydefined learning objectives (Kentucky Dept. of Education, 2011a). Additionally, summative assessments allow
teachers to observe general student performance and provide an indication as to whether or not a class has met all
of the learning objectives adequately (Allen et al., 2009; Qu & Zhang, 2013). If an entire class of students fails to
meet a specific learning objective, then the teacher can revisit the way in which that objective was taught to ensure
that future students are more effectively presented materials to meet the given learning objective. (See Qu & Zhang
for a discussion of the pros and cons of various summative assessment question formats.)
5.2 Formative assessments
Formative assessments, also referred to as classroom assessments, periodically check the degree to which
students are learning the given topic and can be a valuable tool for a teacher to monitor their studentsʼ progress.
Their use in Japanese university English classes varies widely due to the wide variety of teachersʼ instructional
styles; however, they should be integrated into the instructional process a great deal more often than they are and
should become a standard part of English language classes. By definition, formative assessments are less formal
and do not require a large block of time to conduct. They can be as simple as asking questions, more structured as
68
Edward FORSYTHE
a short quiz, or as non-invasive as the teacher walking around the room while students are working on an activity
and taking note of the errors students make (Çakir, 2013; Shrum & Glisan, 2005). The key to successful formative
assessments is the gathering of data for the teacher to use in more effectively guiding their instruction while
providing timely feedback to students on their performance. If the students demonstrate mastery, then the teacher
can move on; if students show that they are having a problem with a specific section, then the teacher can review
that material and conduct another formative assessment before moving on to the next subject. If only a few students
are struggling with a topic, they can be given extra homework assignments to help them solidify their knowledge
in this area. (See Allen et al., 2009, and Shrum & Glisan, 2005, for examples of integrating classroom assessments
across a curriculum; and Çakir, 2013, and Shrum & Glisan for a comprehensive list of alternative styles of formative
assessments.)
5.3 Student self-assessments
Teachers are not the only ones who should be conducting formative assessments, the students should be
self-assessing to measure their own progress (Andrade & Valtcheva, 2009). When provided with a detailed list of
criterion-referenced learning objectives, students can easily track their own progress and know what areas they need
help with (Council of Europe, 2011; Gillespie, 2012; Kentucky Dept. of Education, 2011a). These self-assessment
goals or objectives are often listed as “Can Do” statements which coincide with the learning objectives of a given
topic, such as the following self-assessment item from the Council of Europeʼs CEFR: “I can express likes and
dislikes using simple language such as ʻI (donʼt) like …ʼ” (p. 252).
Beyond the “Can Do” statements, a rubric can be developed to provide students with the teacherʼs expectations
for levels of language performance. A rubric would clarify what is acceptable performance, and what criteria
beyond the acceptable level would result in higher proficiency in a task. Providing a rubric gives the students more
ownership of their education, as they become the arbiter of what level of attainment they are willing to settle for as
well as allowing them to set study goals for their subjects—students who plan to succeed, do (Andrade & Valtcheva,
2009).
6. Proposed assessments for English Conversation I
In order to better prepare students to meet the course objectives, it is necessary to implement a system of
formative, summative, and student self-assessments in the Freshman English Conversation I course. The following
paragraphs will identify what formative and summative assessments can be implemented throughout the course
to provide specific feedback on student performance. Each unit will be discussed with a statement of the unit
objectives and types of recommendations to be employed along with the American Headway Book 1 textbook.
Section 1, Unit 1: Hello Everybody!
Unit 1 deals with basic introductory skills such as stating oneʼs name and a brief statement about oneself.
Students practice subject-verb agreement and the use of contractions. At the end of the first unit session, the teacher
could require students to introduce themselves and a student partner prior to them departing the classroom. This
formative assessment will demonstrate to the instructor that the students have met the first learning objective and
will identify students who may have difficulty with the unitʼs grammar points.
Unit 2: Meeting People
Unit 2 focuses on meeting others and telling about oneʼs family, as well as descriptions of people and the
grammar points of possessives and question asking and answering. At the end of this lesson, the students could be
assigned to tell a partner about their family and then answer one or two questions from their partner. While students
are performing this task, the teacher should circulate among the students to listen for common errors and provide
feedback as necessary. In doing so, the teacher can identify common errors to be readdressed prior to dismissal.
Improving Assessment in Japanese University EFL Classes: A Model for Implementing Research-Based Language Assessment Practices
69
Unit 3: The World of Work
Unit 3 prepares students to discuss their occupation and focuses on introducing a wide variety of occupational-
related lexicon to the students. These words can be used in a game where the students in groups try to get a person
to guess a job by saying the words or phrases associated with that occupation. The instructor can listen for instances
where the students have difficulty identifying specific occupations and their related terms so that these jobs can be
reviewed.
Unit 4: Take it Easy
Unit 4 teaches students to discuss their likes and dislikes as well as to talk about their hobbies. In this lesson,
the teacher can have the students tell the instructor what their hobbies are prior to departing the class; this will help
the instructor ensure that the students adequately grasp the grammar points necessary to discuss hobbies. Following
Unit 4, the students should be given a self-assessment checklist of “Can Do” statements which help the students
recognize their progress as well as the areas in which they need to review the material again. Some examples of
the “Can Do” statements are:
・ I can introduce myself to another person.
・ I can ask questions of another person.
・ I can talk about my family.
・ I can describe my family members.
・ I can tell others about my current occupation.
・ I can tell others about my dream job.
・ I can describe my hobbies and give details about why I like to do this hobby.
To complete the first section, the students will complete a summative assessment in which they create a video
self-introduction during which they tell about themselves; their family; their likes, dislikes, and hobbies; and about
their current or future occupations. The teacher will provide feedback using a rubric which assesses the studentsʼ
grasp of appropriate grammatical structures, their use of vocabulary associated with the given topics, and their
general fluency and pronunciation while providing pointed feedback on how to improve in these areas.
Section 2, Unit 5: Where Do You Live?
In Unit 5, students learn how to talk about their hometown and how to describe places and give basic
directions. The teacher should have students work in pairs to practice telling about their hometown and then
perform an information gap activity where each person tells the other how to find a place on a map (each partner has
different places marked on the map). While the students perform these activities, the teacher should move around
the classroom listening for common errors which require addressing with the entire class. As a short, formative
assessment, before the students depart, they must tell the teacher where they are from and one interesting thing
about that place.
Unit 6: Can You Speak English?
Unit 6 teaches students how to state their own capabilities as well as how to fill out questionnaires or answer
questions in an interview. Students also learn how to ask questions in order to obtain information. A formative
assessment exercise would be to give the students a list of a wide variety of actions—such as climbed a mountain,
plays an instrument, lived overseas—and have the students find a classmate who has performed one of these actions.
They should also be required to write one interesting point about that person performing the given task so that the
students are required to ask more in-depth questions and respond in a more complex answer than yes or no. The
teacher should participate in the activity as well so that they can assess studentsʼ ability to ask questions and provide
immediate feedback.
70
Edward FORSYTHE
Unit 7: Then and Now
Unit 7 focuses on teaching students how to tell about activities which occurred in the past. The teacher can
have the students answer questions about what they did recently as a formative assessment prior to departing the
class. This will allow the teacher to assess whether or not the material requires reviewing at the beginning of the
next class.
Unit 8: A Date to Remember
Unit 8 continues the past tense narration practice and reviews time expressions. Students should be tasked
to tell a partner about a trip they have taken in the past and the partner must ask questions about the story. The
teacher should circulate to listen for common errors which need to be reviewed by the entire class as well as provide
feedback as necessary. Following Unit 8, the students should be given a self-assessment checklist of “Can Do”
statements which help the students recognize their progress as well as the areas in which they need to review the
material again. Some examples of the “Can Do” statements are:
・ I can talk about my hometown.
・ I can describe a place in my hometown.
・ I can answer questions about my abilities, such as, “Can you speak English?”
・ I can ask questions to obtain specific information about a person.
・ I can tell about an event which occurred in the past.
・ I can talk about events using grammatically correct time expressions.
To complete the second section, the students will complete a summative assessment in which they create
a PowerPoint slide presentation about their hometown, including one interesting event which occurred there.
The teacher will provide feedback using a rubric which assesses the studentsʼ grasp of appropriate grammatical
structures, their use of vocabulary associated with the given topics, and their general fluency and pronunciation
while providing specific feedback on how to improve in these areas.
Section 3, Unit 9: Food You Like
Unit 9 focuses on food-related lexicon and describing the foods one likes and dislikes. The teacher can have
the students play a game in groups in which they try to get their partners to guess their favorite and least favorite
foods by giving verbal clues. The teacher should move around the classroom to listen for common errors which
require reviewing with the entire class.
Unit 10: Looking Good!
Unit 10 teaches students about describing other people in depth including appropriate language for clothing,
appearances, and personal characteristics. Students can be assigned to describe a famous person to a partner to try
to get them to guess the correct person while the teacher listens for appropriate vocabulary and grammar usage and
provides feedback as necessary.
Unit 11: Life s an Adventure!
Unit 11 introduces the future tense and comparative and superlative adjectival forms. As a formative assessment
to check the studentsʼ understanding of these complex grammatical items, the students could be required to tell the
instructor what their goal is for the future. This activity would demonstrate the studentsʼ level of mastery of these
skills and allow the teacher to identify necessary materials which require review.
Unit 12: Have You Ever?
Unit 12 instructs students in the use of present perfect and past simple tenses for use in past narrations as
well as how to ask questions about another personʼs previous experiences. The teacher should have the students
each write something they have done in the past on a piece of paper and then collect and redistribute the papers
to different people. The students then must find the person who did the activity written on the paper by using the
Improving Assessment in Japanese University EFL Classes: A Model for Implementing Research-Based Language Assessment Practices
71
proper questioning techniques. The teacher should listen to proper grammar use and provide immediate feedback
where necessary and review materials which are commonly mistaken.
Following Unit 12, the students should be given a self-assessment checklist of “Can Do” statements which help
the students recognize their progress as well as the areas in which they need to review the material again. Some
examples of the “Can Do” statements are:
・ I can tell what foods I like and dislike.
・ I can eat a meal with an English-speaking family using the proper words and phrases to ask for food or to eat
according to the countryʼs customs.
・ I can describe people, including physical descriptions and personality characteristics.
・ I can compare two or more items using proper grammar and lexicon.
・ I can talk about activities in the future.
・ I can ask questions about other peopleʼs experiences in the past.
To complete the Section 3, the students will complete a summative assessment in which they create a
commercial for their favorite restaurant in their hometown. In the video, the students must describe their favorite
menu item and tell why it is better than the other items. The teacher will provide feedback using a rubric which
assesses the studentsʼ grasp of appropriate grammatical structures, their use of vocabulary associated with the given
topics, and their general fluency and pronunciation while providing specific feedback on how to improve in these
areas.
7. Scoring and measuring students progress
Having students complete a self-assessment after each section helps to put the onus on them for meeting the
courseʼs learning objectives. The “Can Do” statements are a personal affirmation of oneʼs ability to perform an
expected task, and students prefer to know precisely what the standards are and what is expected of them (Andrade
& Valtcheva, 2009; Kentucky Dept. of Education, 2011b). Knowing what their goals are helps students to manage
their own learning and empowers them to decide how best to personally meet the learning objectives they are
given (Gillespie, 2012; Kentucky Dept. of Education, 2011a & 2011b). The teacher should also collect a copy of
the studentsʼ self-assessments so that the teacher can see how students gauge their own progress and whether each
skill has been adequately understood by a majority of the class and or needs to be reviewed or re-taught.
The formative assessments incorporated into each lesson assist the instructor in verifying that the students are
learning the material and allow for more immediate remediation to correct a knowledge gap prior to the summative
examination. Formative assessments are key to timely correction and better understanding of the material by the
students, and using a variety of formative evaluation formats keeps the class exciting and lively (Allen et al, 2009;
Çakir, 2013; Shrum & Glisan, 2005; Qu & Zhang, 2013). Finally, the summative assessments following each
section allow the students to demonstrate their mastery of the material in an engaging format while providing the
instructor with a picture of the entire classʼ level of learning. Having three graded, summative assessments spread
throughout the course with one building on the skills of the previous assessment provides a more accurate picture
of the studentsʼ true abilities instead of the existing assessment model of having one major examination at the end
of the course (Çakir, 2013; Shrum & Glisan, 2005; Qu & Zhang, 2013). The grades determined from the rubrics
used in the summative assessments give a score that is more accurately represents the studentʼs abilities (see Shrum
& Glisan for information about creating rubrics and details about converting rubric scores into course grades). The
summative assessments also identify general areas where students did not perform as well as expected so that the
instructor can review the teaching materials and methods in an effort to improve the studentsʼ learning experience.
Summative assessment feedback is necessary and highly beneficial for both students and teachers.
72
Edward FORSYTHE
8. Conclusion
Assessment methods and education in general are slow to change in Japanese society. Japan is reticent to
adopt new fads or emerging trends until research and time have proven their effectiveness: The idea of “flipped
classrooms” has spread throughout the western education world but it has barely been discussed among Japanese
educators. Following this, language assessment in Japanese universities remains generally associated with traditional,
grammar-translation methodologies. Sasaki (2008) revealed how the trends of language assessment in Japan have
remained relatively constant, and because of this, students do not benefit as much as they could from engaging,
dynamic, formative and summative assessments.
In order to introduce a regimen of EFL assessments which benefit both the teachers and the students, one must
explore the recent research of the many authors cited herein: Qu and Zhang (2013) and Shrum and Glisan (2005)
for appropriate uses and examples of formative and summative assessments; Allen et al., (2009) and Çakir (2013)
for suggestions of how to employ alternative and classroom assessments; and Andrade and Valtcheva (2009) and
Kentucky Dept. of Education (2011a) for examples of how to employ student self-assessments in the language
classroom. This paper has combined the suggestions of these and other researchers to create an assessment regimen
for a Japanese university English Conversation course which includes regular formative assessments to help the
instructor gauge student learning of the concepts being taught, student self-assessments within each section to
empower students to take responsibility for their own meeting of the curriculum objectives, and frequent summative
assessments to give teachers a more thorough picture of studentsʼ abilities than a single, end-of-course exam would
allow. Finally, clearly displayed lesson learning objectives and student self-assessments were created based on
the Council of Europeʼs (2011) CEFR “Can Do” statements can be employed to place the onus on the students
for meeting the standards and objectives of the course. As demonstrated in Kentucky Dept. of Education (2011b),
students prefer to know exactly what is expected of them and what the short- and long-term educational goals are
so that they can assess themselves and take the steps necessary to meet the standards they have yet to attain. In
implementing such an assessment regimen across all English language courses, in fact across all courses in Japanese
universities, the students will receive a strong, standards-based, dynamic, and engaging education and will be better
prepared for employment in the 21st century.
References
Andrade, H., & Valtcheva, A. (2009). Promoting learning and achievement through self-assessment. Theory Into
Practice, 48(1), 12-19. doi:10.1080/00405840802577544
Allen, D., Ort, S., & Schmidt, J. (2009). Supporting classroom assessment practice: Lessons from a small high
school. Theory Into Practice, 48 (1), 72-80. doi:10.1080/00405840802577650
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Retrieved from http://www.actfl.org/publications/guidelines-and-manuals/actfl-proficiency-guidelines-2012
Çakir, C. (2013). Standard assessment and alternative assessment in English language teaching program. Gazi
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Council of Europe. (2011). The Common European Framework of Reference for languages: Learning, teaching,
assessment (CEFR). Retrieved from http://www.coe.int/t/dg4/education/elp/elp-reg/Source/Key_reference/
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Gillespie, R. (2012). Learning targets 1 [Video File]. Retrieved from http://www.youtube.com/watch?v=
11dGXveluBM
Kentucky Dept. of Education. (2011a). Learning targets: Classroom example in mathematics, Todd County
Central High District [Video File]. Retrieved from http://www.youtube.com/watch?v=RmjjeqNyxMQ
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Murphey, T. (2012). Participation, (dis-)identification, and Japanese university entrance exams. TESOL Quarterly,
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Qu, W., & Zhang, C. (2013). The analysis of summative assessment and formative assessment and their roles in
college English assessment system. Journal Of Language Teaching & Research, 4 (2), 335-339. doi:10.4304/
jltr.4.2.335-339
Sasaki, M. (2008). The 150-year history of English language assessment in Japanese education. Language Testing,
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Schulz, R. A. (2007). The challenge of assessing cultural understanding in the context of foreign language instruction.
Foreign Language Annals, 40 (1), 9-26.
Shrum, J. & Glisan, E. (2005). Teacherʼs handbook: Contextualized language instruction (3rd ed.). Boston:
Thomson Heinle.
Soars, L., Soars, J., & Maris, A. (2009). American Headway Book 1. Oxford, UK: Oxford University Press.
Watanabe, Y. (2013). The National Center Test for University Admissions. Language Testing, 30 (4), 565-573. doi:
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Zeng, K. (1995). Japanʼs dragon gate: The effects of university entrance examinations on the educational systems.
Compare: A Journal Of Comparative Education, 25 (1), 59-87.
書 評
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書 評
NHK 取材班 編著
産みたいのに産めない 卵子老化の衝撃
小 玉 正 志*
この本は、将来、自分の子どもを持つであろう学生たちに、是非読んでもらいたい本である。本書で
は、20歳の女性が読んだ場合、その女性が子どもを産めるタイムリミットは、ほぼ15年であるという事
実が突きつけられている。しかし、この事実を知っている日本人はとても少ない。
日本は、過去にないほど出生率が減少している。その原因の一つとして卵子の老化による不妊があげ
られる。日本で行われている学校での保健に関する教育では、卵子の老化について全く触れられていな
い。イギリスの大学教授が日本の現状について指摘した言葉で「日本は不妊についての正しい知識が不
足している上に、不妊について話すことを避けてきた。そのことが新たな不妊を次々に生んでいるの
だ。このままでは、日本は次の世紀を生き延びることができないでしょう」がある。本書は、この状況
を変えることができるのか?そのために何が必要なのか?についてその手がかりを求めて、国内外を駆
け巡った取材班の記録である。そして本書は、HP アクセス100万件という大反響を呼んだ NHK スペ
シャルを単行本化したものである。
ここで大きな問題として取り上げられているのは、不妊治療を希望してくる30代後半の母親が、不妊
の原因は卵子の老化にあると言うことを初めて知る事実である。世間によく知られていることは、35歳
を過ぎると、染色体異常などの生まれつき体に障害を持った子どもの出生率が高くなると言うことであ
るが、30代で卵子が老化してしまうという事実は、教育されていない。今、「美魔女」や「アンチエイ
ジング」という言葉が飛び交っているおかげで、いつまでも若々しい30代、40代の女性たちがあふれて
いる。しかし、外見は若く作れても、人間が持っている「卵子」は確実に年をとっていくと言うことで
ある。卵子の外見は変わらなくても、35歳を過ぎるとなかなか出産ま
でに行かない。「高齢でも体外受精などの高度治療を受ければ妊娠で
きる」と考えている患者が85%と非常に多い。
日本は体外受精件数、クリニックとも世界一であるが、採卵一個あ
たりの出産の割合を見ると18%で、20%に満たないのは、先進国の中
で日本だけである。体外受精を行う女性の内40歳以上の人の割合は
30%で、他の先進国の 2 倍から 4 倍になっている。
不妊治療の初診患者の80%が35歳以上、初診患者の平均年齢は36.3
歳であり、過去10年間で 3 歳も年齢が上がっている。この原因とし
て、社会的背景がある。それは、雇用機会均等法が施行されること
で、社会人として成長期となるのは20代から30代前半で、丁度、妊娠
適齢期と重なってしまう。キャリアを積んで、仕事が落ち着いたとき
には30代後半となってしまう。女性の社会参画が進み、晩婚化、晩産
化はいまや先進国の社会問題となっている。日本以外の先進国では、
*弘前大学教育学部
Faculty of Education, Hirosaki University
76
書 評
他の健康問題と同等に扱っているか、国を挙げて取り組んでいるが、今の日本では、不妊に関する議論
もなされず、不妊に関する知識も乏しい。本書では、男女とも若いうちから、特に社会に出る前の学生
に不妊の知識を啓蒙するべきと述べている。
〔文藝春秋 1,400円〕
書 評
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書 評
増田四郎 講談社現代新書
大学でいかに学ぶか
黄 孝 春*
書評というと、新作を対象にするのが普通だが、ここであえて1966年に出版された『大学でいかに学
ぶか』を取り上げる。同書は著者の増田四郎が一橋大学学長在任中(1964-69年)に書かれたもので、
私の手元にあるのは1981年 5 月第38刷で、類書の中で異常と言えるほどのロングセラーであった。日本
の高度成長期にあって、しかも中堅大学の文系学生を意識して書かれていたため、その内容がそのまま
今の弘大学生の手本になるわけではないが、考えさせられるところがあると思い、大学での学び方に関
する同書の考えのいくつかを拾って皆さんに紹介したい。
高校と大学の違い
著者は「大学では、高校までのように、でき上がった知識を身に付ける、あるいは丸暗記するだけで
は不十分」と学びの転換を強調している。大学生として勉強する場合、「教科書に書いてあることを正
しく理解して、それを覚え込むこと、世の中に出てすぐ役に立つ知識なり技能なりを修得すること、ま
た一部には音楽・美術・文芸、その他いろいろな技能など、世渡りにすぐ役立ちはしないけれども、教
養として身に付ける、いわゆるもの知りになること」だけでは、十分ではないし、このような考え方で
なされては困ると、著者は明言したうえで、次のような考えを提示している。
「大学で勉強する、学問する究極のねらいは、ひじょうに広い意味で、一貫した立場、ものの考え方
によって、あなたの周辺に生起するさまざまなできごとの意味を、統一的にとらえる、そのとらえ方の
練習にある」
。「それが大学の学問であり、教育だ」。
教養と専門の関係
それでは、大学ではどのように勉強すればよいであろうか。著者は山のように高くなるほど裾野が広
がり、また頂上からは遠くを見とおすことができる、という見地から教養の重要性を説いている。視野
が狭いまま、専門的なところへ「追い込まれてしまうと、恐ろしいことに、やがてせまい袋小路に入っ
てしまい、さて抜け出ようともがいても、なかなかそれができない」というのである。
そして著者は大学に入ったら、あまり最初から専門のことにとらわれないで、まず、できるだけ語学
をやることを勧めている。「それは、あらゆる理屈を抜きにして大事なこと」だという。
「大きな、いい年をしたあなたがたでも、バラは赤いとか、彼女はきれいだとかいうことを、ラテン
語やギリシア語でいえたときのうれしさといったら、なにものにもたとえようが」なく、その喜びの純
粋さというものは、実になによりも尊いものだと著者はいう。
講義の意味
大学では、講義に触発されて、それぞれに、自分で考える力を養うことが、勉強の主眼になっている
*弘前大学人文学部
Faculty of Humanities, Hirosaki University
78
書 評
から、
「学生側として、その講義がはたして一貫した論理をもっているか、あるいは、一貫した立場に
立っているか、さらに、はたして自分にも納得できるものかということを、たえず考えながら聞く必要
があるわけで」、「自分の心のなかに、なにかあるテーマをつかみ、自分は徹底的にこれを研究してみよ
うという考えをもつ、その機縁をつくることが、大学の講義のもっともだいじな意味」である。
著者によると、教師側にもほんとうに準備をして、それがうまくしゃべれて、期待していた影響を学
生たちに与えることができたと思うような、「池の中へドブンと石を投げてきたような気持ちのいい講
義」は一年を通じて 3 、 4 回あればまあ成功のほうだという。
ゼミナールの大切さ
学生が自分でつかんだテーマについて研究するための厳しい訓練を受ける場がゼミナールだと著者は
考える。したがって就職本位にゼミナールを選ぶのはなんとしても困ることで、「そうではなくて自分
がなにをやりたいかによって選ぶのであり、いったん選んだ以上は、最後までその試練に耐えていく根
強さがなければならないもの」という。
またゼミナールはひととひととの接触の場でもある。著者は「理想の形はよい師・よい友・よい弟子
ということが、互いにいいきれる境地をつくること」。「そう断言できる境地をつくることはいまの社会
では、まずもって大学の特権ではないか」と考える。このような境地の中で、なにかの機縁に接触した
教師や先輩から、聞いたり感じたりした、ほんのちょっとしたことが一生の支えにもなる。これは読書
では得られない貴重なものである。そのためには、「切れば血の出るような生きたゼミナール」でなけ
ればならないという。
苦楽一如
著者はさらにいう。勉強というものはまことに無駄の多いもので、能率主義ではなく、むだ骨を折る
ことが大事なのだと。この考えは無理をするという勉強(中国語)の意味と合致するが、「勉強という
のはどれほど苦しい時間でも、それが終わったあとのすがすがしさ、すんだのだ、おれは学んだのだと
いう楽しさはまた、ことばでは表せない、格別なものである」。つまり、自分で苦しんで自分で楽しん
でいく、苦楽一如、そういうことの繰り返しであると著者は結んでいる。
以上、大学での学びに関する著者の考えの紹介からわかるように、本書は就職などにとらわれず、あ
くまでも関心のあるテーマをつかみ、深く勉強する、いわゆる学問本位的思考法に立脚している。これ
はいうまでもなく入学当初から就職を意識してもらう現在の大学教育方針と大きく異なっている。その
是非は皆さんの判断に委ねたいのだが、地域の指導者である「将」の育成が強く求められるいま、著者
の考えも傾聴に値する気がする。
書 評
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書 評
大阪大学ショセキカプロジェクト編
ドーナツを穴だけ残して食べる方法
越境する学問─穴から覗く大学講義
仁 平 政 人*
「ドーナツを穴だけ残して食べる方法」―― 一見、とてもナンセンスな問題である(常識的に考えれ
ば、ドーナツを食べてしまえば穴は存在しなくなり、従って「穴だけ残す」ことは不可能だ)。本書は、
この奇妙な「ドーナツの穴問題」に対して、文系・理系双方の大学教員がそれぞれの専門の視点からあ
えて真剣に解答を試み、それを通して各学問の考え方について解説を行う、という独特なコンセプトを
持つ教養書である。
この企画の成り立ちについては、本書中で詳しく述べられている。重要な点のみ確認すると、本書は
「大阪大学の知を、学生が中心となってショセキカ(書籍化)する」という趣旨のプロジェクトによる
ものであり、
「ドーナツの穴問題」というテーマ自体、学生の発案によるものだという。すなわち、学
生側の「無茶振り」的な問題に対し、各領域の教員が時に戸惑いをにじませつつも応じていく、そのス
リリングな過程が本書の魅力の一端を為していると言っていいだろう。そしてもう一つ興味深いのは、
この「ドーナツを穴だけ残して食べる方法」という問題が、本来インターネット上で流行したジョーク
であったということだ(本書中の松村真宏氏の論考が紹介するところでは、この問題に対して「物理
派」
「数学派」
「芸術派」
「政府派」
「一休派」
(!)などがそれぞれどう回答するか、ウィットに富んだ答
えが考案されているようだ)
。つまりこの「ドーナツの穴問題」は、学問に対する世間のイメージを、
戯画的な形でうつし出すものなのである。以上を踏まえると、この本の企画は、教員(研究者)が学生
や社会に向けて一方的に学問を語るのではなく、むしろ学生の用意した難問に向き合い、また学問をめ
ぐるステレオタイプなイメージに対してその実際の姿を示そうとするという意味で、すぐれて対話的な
性格を持っているのだと言えるだろう。
具体的な内容を簡単に紹介しよう。本書には文理あわせて13名の教員が論考を寄せており、第 1 部は
「ドーナツを穴だけ残して食べる方法」を直接扱う論考、また第 2 部は、より広く「ドーナツ(の穴)」
というテーマを通して自らの学問領域を語る論考を収める(ただし、第 1 部・第 2 部の境界は必ずしも
厳密なものではなく、第 2 部にも「ドーナツの穴問題」を扱う章は見られる)。「ドーナツの穴問題」を
扱う章に目を向けると、例えば工学専攻・高田孝氏は、問題のポイントを「穴を残す」ことだと捉え、
穴を残したままドーナツを限界まで薄く削る工学的方法を解説する。これが最も現実的な方法とすれ
ば、数学専攻・宮地秀樹氏は対照的に、問題を「あなたの友人がドーナツの穴を認識したまま、あなた
はドーナツを食べることが出来るか」と言い替えた上で、トポロジーの視点を用いて「 4 次元空間なら
可能だ」という解を導き出す。他方、美学専攻・田中均氏は有名な美学の議論を応用し、穴どころか
ドーナツ自体も食べても無くなることはない、と論じてみせる。その他、人類学者・大村敬一氏は
「ドーナツの穴問題」のようなパラドックスを生み出す能力に人類の創造力の秘密があることを示し、
また法学専攻・大久保邦彦氏は「ドーナツ」にまつわる実在の裁判の判決を元に「ドーナツを穴だけ残
*弘前大学教育学部
Faculty of Education, Hirosaki University
80
書 評
して食べる方法」を生みだし、法が詭弁や擬制を用いて発展してきたことを論じる…等々。これらの例
にも見られるように、
「ドーナツの穴問題」に対する答え以上に、問題にどう向き合うのかという点に
こそ、各学問領域の(もしくはそれぞれの研究者の)個性が示される。こうした点でこそ、本書は学問
への興味深い入門書となっているのだと言えるだろう。
本書中のいくつかの論考が示唆するように、そもそも人間の知や文化は、根本的には現実への密着か
ら一歩離れることによって成立する。
「ドーナツを穴だけ残して食べる方法」という、非現実的で一見
ナンセンスな問題が、
「実学と虚学」といった杜撰な二分法を軽々と超えて、多様な分野が集う豊かな
知の地平を開いていくことは、そのことを物語っているのだと言えよう。こうした意味で本書は、軽や
かな外見にもかかわらず、意外に深く人間の「知」の本質にも触れているように思われるのである。
講演会及び研究集会の記録
講演会及び研究集会の記録
平成25年度弘前大学高大連携シンポジウム
テーマ「キャリア教育における高大連携の模索
─ 高校が考えるキャリア教育、大学が考えるキャリア教育─」
21世紀教育センター 田 中 正 弘
本学では、21世紀教育センターの主催で、高校との
連携の在り方を考える高大連携シンポジウムを、毎年
開催しています。このシンポジウムでは、英語教育や
理科教育の在り方、作文指導の方法および国際化など
多岐にわたるトピックを取り上げてきました。本年度
のテーマは、
「キャリア教育」です。このテーマ設定
の趣旨は、シンポジウムの冒頭に21世紀教育センター
FD・広報専門委員長の戸塚学先生が説明されました。
具体的には、中教審の答申(平成23年 1 月31日)にお
いて、生涯にわたるキャリア形成を支援する観点で校
種や業界の垣根を越えた連携の重要性が提言されたこ
課題研究に力を入れていることや、青校祭クラス対抗
とや、高校・大学・企業から、キャリア教育に精通し
ダンスコンテストでクラスの団結を深めていることが
た 6 人の先生を招聘した理由などが述べられました。
紹介されました。加えて、それぞれの取組で如何なる
21世紀教育センター長、木村宣美先生の開会挨拶に
基礎的・汎用的能力を伸ばそうとしているかも図表で
続き、青森県教育庁学校教育課高等学校指導グループ
示されました。
指導主事の嵯峨弘章先生に、「青森県におけるキャリ
三番目の登壇者は、青森県立六カ所高等学校の進路
ア教育」というタイトルで、ご講演をいただきました。
指導主事をされている尾﨑恵子先生でした。
嵯峨先生のご講演では、キャリア教育が必要となっ
ご講演では、六カ所高校の地域特性(生徒の約 8 割
た背景と課題や、青森県が目指すキャリア教育につい
が村内出身)
から、
「外の世界を見る機会を与えた上で、
て、示されました。また、キャリア教育には、
「縦」
(高
進路決定」を行う必要性が唱えられました。そして、
大連携)だけでなく、
「横」
(家庭・企業・地域連携)
国際交流の試みについて、キャリア教育の観点から、
のつながりが必要であると強調されました。
説明がありました。
次に、青森県立青森高等学校進路指導主事の奈須下
大学における実践例として、学生就職支援センター
晃先生に、
「青森高校におけるキャリア教育の取組」
副センター長の小磯重隆先生、人文学部教授の森樹男
についてご講演いただきました。例えば、テーマ別の
先生に、
それぞれご発表いただきました。小磯先生は、
5
81
82
講演会及び研究集会の記録
ご担当なされているキャリア教育科目「社会と私」の
た。このご質問への発展的な回答として、森先生から
学習成果を高める目的で、アクティブ・ラーニングの
は、生徒・学生は明確な進路希望をいつ決めるべきな
手法を用いているとのことでした。森先生は、「産業
のか、という認識の擦り合わせを、高校と大学が行う
界のニーズに対応した教育改善・充実体制整備事業」
べきだという提案がありました。この提案への回答と
(H24-26)に採択された本学の取組「地域企業と実
して、那須下先生は、生徒と頻繁な二者面談をするこ
践する課題解決型学習による主体的な学びプログラム
とで、将来の進路希望を定めていく重要性が述べられ
の構築」の活動内容を話されました。
ました。米田先生からは、企業側の立場から、大学進
最後のご講演は、企業側の立場を代表された、特定
学(学問領域)を定めるときは、将来の就職ビジョン
非営利活動法人プラットフォームあおもり代表の米田
を明確にしておいてほしいという要望が出されました。
大吉先生が担当されました。
尾﨑先生からは、都市部から離れた、周りに大学の
ない周辺部の高校に対して、キャンパスツアーを実施
してほしいという希望が出されました。特に、大学生
との交流が、これらの高校に通う生徒にとって、大学
進学を考え始める契機になり得るという点は、貴重な
示唆を含むと思われます。
高校生からの質問として、働くということについて
高校生が意識すべきだと思うことを教えてほしい、と
いうものがありました。この質問に対する米田先生の
お答えは,ゴールを定めてみることでした。
最後に、佐藤学長から総括的な質問がありました。
企業側の本音を軽快に説明される米田先生のペース
特に、明確な将来のゴールを早い段階で定めることは
に、参加者の多くは魅了されてしまいました。
重要であると、ご指摘なさいました。また、再教育の
シンポジウムの第 2 部は、総括討論でした。 6 名の
場としての大学という考え方も、キャリア教育という
パネリストが一列に並び、参加者からの旺盛な質問に
観点から必要であるという提案もされました。
答える形となりました。
閉会の挨拶として、戸塚先生から、参加してくれた
参加者からの質問には、例えば、青森県のキャリア
高校生へのメッセージとして、自分の夢をはぐくんで
教育の指針にあるキーワード「つながる力」について、
ほしいという言葉をいただきました。
その具体的な実施例を聞かせてほしいというものや、
今年度の高大連携シンポジウムは、キャリア教育は
アクティブ・ラーニングを高校で行うことは可能か、
高校や大学だけで完結できるものでないということを
というものがありました。
再確認する良い機会となりました。個々の学校で実施
パネリストの意見交換では、キャリア教育における
されている優れた取組が、線としてつながった時に、
高大連携の在り方を議論しました。嵯峨先生からは、
その効果は最大化されるのだと思います。
以上
キャリア教育の大学への浸透度のご質問がありまし
6
そ の 他
そ の 他
平成25年度後期
21世紀教育に関する学生アンケート(1年生のみ)
21世紀教育に関するアンケートを、特に履修ガイダンス及び基礎ゼミナールについて、平成24年度に
引き続いて実施しました。このアンケート結果の蓄積したデータを分析し、履修ガイダンスの方法及び基
礎ゼミナールの実施内容を検討する指針になればと考えております。
○1年生
人 文
設問2:後期のガイダンスの説明で、21世紀教育の
教 育
履修のしかたが理解できたか?
医 医
(回答数989)
参考にした。
ある程度参考にした。
医 保
・理解できた(44.8%)
理 工
・ある程度理解できた(45.4%)
農 生
あまり参考にしなかった。
ほとんど参考にしなかった。
・あまり理解できなかった(5.7%)
履修相談を受けなかった。
総計
・ほとんど理解できなかった(4.1%)
0%
20%
40%
60%
80%
100%
人 文
後期の履修相談を受けた学生は全体の27.7%と前期
教 育
(72%)に比べ半分以下でしたが、後期の履修相談を
受けなかった学生は66.1% と前年の71.3% からかなり
医 医
減っており、履修科目決定に不安を持つ学生への相談
理解できた。
窓口として後期の履修相談が有効であることがわかり
ある程度理解できた。
医 保
あまり理解できなかった。
ます。利用率では医学部医学科・医学部保健学科が高
ほとんど理解できなかった。
理 工
く、理工学部が低いという結果が見られました。
農 生
総計
0%
20%
40%
60%
80%
設問4:「基礎ゼミナール」は、大学の学習や生活に
100%
なじむために役立ったか?(回答数962)
全体の90%が「理解できた」「ある程度理解できた」
・役立っている(30.6%)
と回答しており、
「あまり」
「ほとんど」理解できなかっ
・ある程度役立っている(50.1%)
たと回答した学生が昨年度(9.7%)とほぼ同様の結果
・あまり役立っていない(14.0%)
となるなど、引き続きガイダンスの説明による理解が
・ほとんど役立っていない(5.3%)
得られていることがわかります。
人 文
設問3:履修相談で受けた指導を履修にあたって参考
教 育
にしたか?(回答数992)
医 医
・参考にした(13.4%)
役立っている。
ある程度役立っている。
医 保
・ある程度参考にした(14.3%)
あまり役立っていない。
ほとんど役立っていない。
理 工
・あまり参考にしなかった(4.4%)
・ほとんど参考にしなかった(1.7%)
農 生
・履修相談を受けなかった(66.1%)
総計
0%
7
20%
40%
60%
80%
100%
83
84
そ の 他
設問7:
「基礎ゼミナール」は、
資料を探す際に役立っ
「ある程度」以上役立っていると回答した学生の割
ているか?(回答数992)
合は、医学部医学科で88.1%と最も高い一方、人文学
部では最も低い76.1%とばらつきがみられましたが、
・役立っている(24.1%)
全体の合計では80.7%の学生が「ある程度」以上役立っ
・ある程度役立っている(47.3%)
ていると回答しており、21世紀教育の中で基礎ゼミ
・あまり役立っていない(22.3%)
ナールの重要性が引き続きうかがえます。
・ほとんど役立っていない(6.4%)
設問5:
「基礎ゼミナール」は、レポートなどの文書
人 文
作成に役立っているか?(回答数977)
教 育
・役立っている(29.5%)
医 医
・ある程度役立っている(46.0%)
役立っている。
・あまり役立っていない(17.8%)
ある程度役立っている。
医 保
あまり役立っていない。
・ほとんど役立っていない(6.8%)
ほとんど役立っていない。
理 工
農 生
人 文
総計
教 育
0%
20%
40%
60%
80%
100%
医 医
役立っている。
設問8:
「基礎ゼミナール」
は、
物事を批判的に検討し、
ある程度役立っている。
医 保
あまり役立っていない。
新しい課題を探すことに役立っているか?
ほとんど役立っていない。
理 工
(回答数994)
農 生
・役立っている(24.6%)
総計
0%
20%
40%
60%
80%
・ある程度役立っている(50.2%)
100%
・あまり役立っていない(19.3%)
・ほとんど役立っていない(5.8%)
設問6:「基礎ゼミナール」は、口頭発表などに役立っ
ているか?(回答数986)
人 文
・役立っている(29.5%)
教 育
・ある程度役立っている(51.4%)
・あまり役立っていない(13.8%)
医 医
・ほとんど役立っていない(5.3%)
医 保
役立っている。
ある程度役立っている。
あまり役立っていない。
ほとんど役立っていない。
理 工
人 文
農 生
教 育
総計
0%
医 医
20%
40%
60%
80%
100%
役立っている。
ある程度役立っている。
医 保
基礎ゼミナールは、大学における自立的・主体的学
あまり役立っていない。
習への順応を図るため、資料の検索や収集方法を理解
ほとんど役立っていない。
理 工
し、正しい文章表現と説得力のあるプレゼンテーショ
農 生
ンの方法を学び、議論を深める討論の仕方を習得する
総計
0%
20%
40%
60%
80%
ことを目的とした導入科目として位置付けられていま
100%
す。設問 5 ・設問 6 は、文章作成、口頭発表に関する
設問ですが、これに対して「ある程度」以上役立って
いると回答した割合は昨年と同様に75~80%と高く、
基礎ゼミナールが、大学で学ぶための基礎的な手法を
8
そ の 他
設問10:21世紀教育科目の成績評価について感じた
学ぶ導入科目としての役割を果たしていると判断でき
ことがあれば自由に記入してください。
ます。また設問 7 の資料検索において、
「役にたって
いない」と回答した学生が28.7%と、昨年度の38.7% よ
(回答数82)
り10%も減り、効果が表れていますが、理工学部にお
例年通り、成績評価に関する要望や批判の意見が見
いては、約40%と他学部に比べ、高い数字が見られて
られました。その多くは「成績評価の基準がわからな
います。各学部のそれぞれの事情や必要性に応じた展
い」
「同じ科目でも担当教員によって評価基準が違う」
開方法を引き続き検討する必要があると思われます。
「点数を開示してほしい」といった内容であり、改善
の検討が必要と思われます。また「出席をもっと評価
設問9:履修を希望したが、時間割の関係で受講でき
してほしい」という意見も多く寄せられました。
なかった科目があれば記入してください。
設問11:21世紀教育の全体を通じて、特に感じたこ
人文学部と理工学部で多く、医学部医学科で少ない
と、考えたこと、提案したいことがあれば、
ようです。受講できなかった科目の上位はいずれも
自由に記入してください。
(回答数131)
テーマ科目の「食育概論(44名)」
「最新医学の現状(36
名)
」
「芸術の世界(25名)」「東日本大震災復興論(24
「時間割に関すること」と「履修制限に関すること」
名)
」です。
の意見が数多く寄せられました。「時間割に関するこ
医学部
農学生命
人文学部 教育学部 医学部
医学科 保健学科 理工学部 科学部
と」では、受講したい科目が同一曜日・時間帯に集中
計
している、テーマ科目が特定の曜日に重なっているな
人 数
90
34
5
32
62
41
264
ど、時間割の見直しを求める意見が見られました。
科目数
41
19
6
12
28
29
135
なる科目が多いことや抽選漏れになったことへの不
「履修制限に関すること」では、抽選や履修制限に
満、講義数をもっと増やしてほしいなどの意見が見ら
れました。その他、履修方法がわかりづらい、答案は
返却してほしいなどの意見や要望もありましたが、一
方でさまざまな学問に興味を持てた、新たな発見を得
る事ができたなどの前向きな意見も見られました。
9
85
86
『21世紀教育フォーラム』刊行及び投稿規定
1 .本『フォーラム』は、高等教育に関する実践的・学術的研究の成果を公表することを目的に刊行する。
2 .発行は原則として年 1 回、 3 月末とする。
3 .原稿の締切は概ね 1 月上旬とする。
4 .論文の本文は横書きの和文又は英文を原則とする。
5 .各論文の長さは図表等を含めて、400字詰め原稿用紙に換算して50枚以内とする。
6 .原稿の作成に際しては所定の執筆要項(別掲)に従うものとする。
7 .翻訳・書評・提言に関しては編集委員会で決める。
8 .校正は原則として著者が行い、 3 校までとする。
9 .別刷を希望する場合は、投稿の際に必要部数を申し出る。経費は著者負担とする。
10.本『フォーラム』に掲載される内容は、センターのホームページで公開される。
この規定は、平成17年11月から施行する。
この規定は、平成23年 7 月から施行する。
『21世紀教育フォーラム』執筆要項
1 .原稿は、手書きの場合字数が明確になるよう原稿用紙に記載する。また、パソコン等を用いる場合
にはA4 版の用紙に印字する。原稿は 3 部提出する( 3 部のうち 2 部はコピーでかまわない)。
なお、パソコン等による原稿には、使用したハードウエア及びソフトウエアを明記した記録媒体を
添付することが望ましいが,電子ファイルでの提出も可とする。
2 .原稿には論文題名、著者名及び所属が和英両語で記載されていなければならない。
3 .本文の前に要旨(Abstract)及びキーワードを置く。要旨は和文の場合には400字以内、英文の場
合には120語以内とする。キーワードは数語以内とする。
4 .文献の引用は原則として本文中の該当箇所の右肩に片括弧付きの番号で表示し、出典は本文末尾に
一括して記載する。その際、雑誌の場合は著者名、論文等の題名、掲載誌名、巻・号、ページ、発
行年を、また、単行本の場合は著者名、書名、出版社名、ページ、発行年を記載することを原則と
する。
5 .印刷に当たって指定したい事項(字体、下線、図表の挿入箇所など)は原稿内に朱書するなどして
明示する。
6 .図表(写真を含む。白黒のみ)はなるべく少数にとどめ、本文原稿中に挿入することを避け、原則
としてひとつずつA4 版程度の白色台紙に貼り添付する。なお、図表の表題、指定事項等は台紙の
端に記載する。また、図表は直接製版できるような明確なものとし、図中に文字などを写植する必
要がある場合には明確に指示する。
7 .原稿の提出に際しては所定の「投稿申込書」を添付し、編集委員に確認を受ける。
『21世紀教育フォーラム』編集委員会
編集委員長 田 中 正 弘 (21世紀教育センター高等教育研究開発室)
編 集 委 員 小 玉 正 志 (教育学部)
黄 孝 春 (人文学部)
仁 平 政 人 (教育学部)
編 集 後 記
『21世紀教育フォーラム』
(第10号)を発刊することができました。紀要創刊10周年を記念する本
号は、過去最多の 8 本の論文を掲載しています。内容も多彩で、人文、社会、医療などの分野に跨
がっています。この多彩さは、総合大学である本学の教育改善活動が全学的に行われていること
を、象徴しているともいえるでしょう。個々人の改善の試みが本号において文字化されることで、
教職員間の情報共有がもたらされれば、全学における教育改善の歩みは加速度的に早まっていくと
思われます。
本号が『21世紀教育フォーラム』の今後の10年の更なる発展を示すものとなったのであれば、存
外の喜びです。
『21世紀教育フォーラム』第 10 号
発 行
編 集
発行年月日
印刷・製本
弘前大学21世紀教育センター
『21世紀教育フォーラム』編集委員会
連絡先(編集委員長)〒036-8560 青森県弘前市文京町 1
21世紀教育センター高等教育研究開発室
田中正弘
電話:0172-39-3920
E-Mail : [email protected]
2015年 3 月31日
やまと印刷株式会社
Vol. 10 2015
Center for 21st Century Education Hirosaki University
SPECIAL ISSUES
1 Learning commons promoting active learning ‒ a case of Hirosaki University Library Chizuko KOHRI
ARTICLES
11 Career Support Services for Japanese Law Schools:
A Counterargument against Policies Forcing Institutional Abolishment Masahiro TANAKA
23 Educational Significance of Training for Problem Oriented Medical Record
after Clinical Clerkship for 6th Grade Medical Students.
Hiroyuki KATO, Hideya MATSUTANI, Kenichi HAKAMADA, Tadashi KOBAYASHI, Hiroshi OSAWA
31 From Field Work to Home Life: First Year Experience of Local Research for Students of Art Pedagogy
Akira TOMITA
43 Physical examination training using a lung-sound simulator for medical students during bedside learning
Hiroshi OSAWA, Hiroyuki KATO, Tadashi KOBAYASHI, Hideya MATSUTANI
49 Improving Skills for English Communication Susumu ONODERA
57 Yoga as a liberal arts education: Consideration of student’s motivation and the educational effects
Shizuka TAKAMAGI
65 Improving Assessment in Japanese University EFL Classes:
A Model for Implementing Research-Based Language Assessment Practices Edward FORSYTHE
BOOKREVIEW
75 NHK Crew “Untold Stories Of Infertility”(Bungeishunju, 2013)
(Masashi KODAMA)
77 Shiro Masuda, “How To Study At University”(Kodansha, 1966)
(HUANG Xiaochun)
79 Osaka University Shosekika Project
“How to Eat a Doughnut without Eating the Hole, Cross-Border Scholarship
-- University Lectures Peeking through the Hole”(Osaka University Press, 2014)
(Masato NIHEI)
CONFERENCE/FACULTY DEVELOPMENT MINUTES
81 Symposium about the Cooperation of High Schools and Hirosaki University
“Career Education from the Perspectives of High Schools and Universities”
(The 21st Century Education Centre News, Vol.23, March 2014)Masahiro TANAKA
OTHER TOPICS
83 The Results of the Student Questionnaire on 21st Century Education
(The 21st Century Education Centre News, Vol.23, March 2014)