胸部食道癌患者に対する術前心肺機能強化トレーニング効果に関する

日消外会誌 43(5)
:487∼494,2010年
原
著
胸部食道癌患者に対する術前心肺機能強化トレーニング効果に関する
前向き研究
和歌山県立医科大学第 2 外科1),和歌山県立医科大学附属病院リハビリテーション科2)
小池 有美1)2) 岩橋
誠1)
中
禎二1) 尾島 敏康1)
田島 文博2) 山上 裕機1)
中森 幹人1)
勝田 将裕1)
中村 公紀1)
飯田
武1)
はじめに:胸部食道癌患者を対象に術前心肺機能強化トレーニングを行うことにより!O2
max を増加させることが可能かどうか,またトレーニング施行により術前の患者自身の精神的
状態にどのように影響するかを prospective に検討した.対象と方法:対象は当院第 2 外科に
入院した基準を満たす根治食道癌切除術予定の患者 23 例.心肺機能強化トレーニングは従来の
呼吸理学療法と全身調整運動に加え,予備心拍数(heart rate reserved;以下,HRR)法を用い
50∼70%HRR 強度の目標心拍数で自転車エルゴメーターを用いて行った.術前トレーニングに
よる!O2max の変化は呼気ガス分析を実施した.また,呼吸器機能,下肢筋力の変化および STAI
質問表による不安尺度の変化についても検討した.結果:トレーニング開始時と比較し,術直
.一方,状態不安について
前において!O2max と右膝伸展筋力が有意に増加していた(p<0.05)
23 例中 15 例(65.2%)で低下を認めた.さらに,術後の離床経過はトレーニング導入前の Control と比較し明らかに早まっていた.結語:胸部食道癌患者において術前心肺機能強化トレー
ニングの導入は,
!O2max を高めることに加え下肢筋力増強と呼吸機能維持につながり,離床を
早め術後合併症予防に寄与し,さらにトレーニング実施により術前の不安軽減につながる可能
性が示唆された.
はじめに
般に,最大酸素摂取量(以下,!O2max)は持久力
胸部食道癌患者に対する根治的食道切除術は手
および運動耐容能の指標とされているが,近年,
術侵襲が極めて大きく,他の消化器癌手術と比較
食道癌および肺癌の手術において,術前の!O2max
して術後合併症,特に呼吸器合併症の発生頻度が
値が術後の心肺合併症発生予測因子になることが
高い1).また,手術およびその後の生活に対する不
報告された3)∼7).
安や術前の低栄養状態などが影響し,術後の運動
今回,当院に入院した胸部食道癌患者を対象に,
耐容能低下が危ぐされる.運動耐容能低下は,術
術前に運動耐容能改善を目的とした心肺機能強化
後の心肺合併症の易発生性に影響するばかりでな
トレーニングを導入することにより,!O2max を
く,離床までの期間を延長し術前レベルの活動状
増加させることが可能であるかどうかを prospec-
態への早期復帰を困難にさせている.そのため,
tive に検討した.さらに,術前に患者自身が主体的
周術期の理学療法は,特に食道癌手術において今
に,心肺機能強化トレーニングを行うことが,術
2)
や不可欠となってきているが ,運動耐容能低下を
前の患者の精神的状態にどのように影響するかも
予防するには十分と言えないのが現状である.一
同時に検討した.また,このトレーニングの導入
<2009年 10 月 28 日受理>別刷請求先:岩橋
誠
〒641―8510 和歌山市紀三井寺 811―1 和歌山県立
医科大学第 2 外科
による術後経過におよぼす効果を historical control と比較検討した.
2(488)
胸部食道癌患者に対する術前心肺機能強化トレーニング効果
日消外会誌
43巻
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のない症例,3)登録時年齢:20 歳以上,4)本人
より文書にて同意の得られている症例.
また,除外基準として以下の項目を定め,この
研究の対象から除外した.1)重篤な合併症(間質
性肺炎または肺線維症,虚血性心疾患,心不全な
ど)
を有する症例,2)
人工透析を受けている症例,
3)
骨関節疾患および脳血管疾患などにより運動継
続が困難な症例,4)未告知の症例,5)担当医が
不適当と判断する症例.
Historical control として,2005 年 4 月から 2007
年 3 月までの間で,当科で食道癌手術を受けた 59
例のうち,前述した適格基準および除外基準を満
たす 23 例を選択した.
本研究は和歌山県立医科大学倫理審査委員会に
より承認されている(承認番号:第 498 号)
.
方法
術前心肺機能強化トレーニング
術前心肺機能強化トレーニングは,アメリカス
ポーツ医学会(以下,ACSM)が推奨するリズミ
カルな好気的(有酸素)運動8)として自転車エルゴ
対象と方法
メーターを用いて連続 30 分以上実施した.負荷量
対象
は開始時の運動負荷試験で 得 ら れ た 結 果 か ら
2007 年 11 月から 2008 年 8 月ま で 当 院 第 2 外
HRR 法を用い,60∼70%HRR 強度の目標心拍数
科に入院して手術を施行した胸部食道癌患者のう
に達するまでと設定した.また,高齢者や導入前
ち,以下の適格基準を満たす患者 23 例を対象とし
から活動量の少ない症例については,50∼60%
た.1)右開胸開腹食道亜全摘症例(上縦隔郭清施
HRR 程度の強度でトレーニングを開始した.さら
行症例)
,2)
血清 AST 値が正常値の 2 倍以上の肝
に,手術日までの間,従来と同様に呼吸理学療法
機能障害,CCr 値が 60ml!
min 以上の腎機能障害
と全身調整運動に加え,階段昇降,ゴムチューブ
2010年 5 月
3(489)
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での筋力増強訓練なども実施した.
"O2max 測定
"O2max は術前心肺機能強化トレーニング開始
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下肢筋力測定
トレーニン グ 開 始 時 お よ び 術 直 前 に Biodex
System3
(メディカルリハ)
を用いて,最大トルク!
時(以下,開始時)と術前日あるいは術前々日(以
体重(N-M!
Kg)を右膝関節伸展筋力と屈曲筋力に
下,術直前)に,呼気ガス分析による運動負荷試
ついて,角速度 60deg!
sec で測定した.
験 と し て AERO AE300S(MINATO MEDICAL
不安尺度測定
SCIENCE CO., LTD)を用い,自転車エルゴメー
不安に関する調査は,トレーニング開始時と術
ターで測定した.4 分間の安静の後,10W で 2 分
自己記述法
直前に新版 STAI 日本語版9)を用いて,
間のウォーミングアップを行い,その後に運動負
で行った.質問表は“今まさにどう感じているか”
荷を行った.負荷は 1 分ごとに 10W のランプ負荷
を評価する状態不安についてと,
“普段どのように
法で実施し,駆動回転数は 50 回転!
分とした.原
感じているか”を評価する特性不安についてそれ
則として負荷量を増加しても酸素摂取量がそれ以
ぞれ 20 項目からなり,20 点から 80 点に分布す
上増加しえない状態,すなわち頭打ち(leveling
る.得点が高いほど不安が強いことを示す.
off)となるまでか,あるいは最大心拍数が(220−
術後の離床経過
年齢)に達するまで測定を続け,その後 4 分間の
術後の離床経過は,ICU での滞在日数と術後座
安静をとった.呼気ガス分析は breath by breath
位,立位,室外歩行,理学療法室でのトレーニン
法で行い,測定中の最大値を"O2max とした.この
グ再開日までのそれぞれの期間を評価した.
Kg を算出し,評
測定値を体重で除した"O2max!
価に用いた.
統計学的検定方法
"O2max,呼吸機能,不安尺度および下肢筋力に
呼吸機能検査
ついては wilcoxon signed rank test を用い,術後
呼吸機能検査としてトレーニング開始時および
経過については一元配置分散分析を用いて,p<
術 直 前 に,%肺 活 量(以 下,%VC)
,1 秒 量,1
0.05 を有意差ありと判定した.また,各数値は平
秒 率,機 能 的 残 気 量(以 下,FRC)
,%FEV
均値±標準偏差で表した.
結
1.0,%DLCO および動脈血酸素分圧(以下,PaO
果
2)
,動脈血二酸化炭素分圧(以下,PaCO2)を測
患者背景
定した.
登録患者 23 例の背景を Table 1 に示す.併存疾
4(490)
胸部食道癌患者に対する術前心肺機能強化トレーニング効果
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患は高血圧症が 6 例,糖尿病が 1 例であった.
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時と術直前の下肢筋力を比較したところ,右膝関
"O2max の変化
節屈曲筋力では低下していなかったのみならず,
トレーニング開始時と術直前を比較すると 23
右膝関節伸展筋力では術直前において有意に増強
例中 15 例(65.2%)で"O2max 値の増加がみられ
た.また,"O2max の平均値は開始時 26.32±5.72
ml!
kg!
min に対し,術直前は 27.53±6.08ml!
kg!
していた(p=0.0126)
.
不安尺度の変化
開始時と術直前とを比較すると,状態不安の平
min と有意に増加していた(p=0.0498)
(Fig. 1)
.
均値は開始時 47.83±10.27 点に対し,術 直 前 は
また,心肺合併症の高危険群と報告されている体
46.61±9.69 点と差はなかったものの,23 例中 15
m!
min
表面積あたりの術前"O2max 値が 799ml!
例(65.2%)で低下していた(Fig. 2)
.一方,特性
未満だった症例は 23 例中 6 例だったが,そのうち
不安の平均値は開始時 39.83±9.75 点に対し,術直
2
5 例(83.3%)で増加が認められた.
呼吸機能検査,血液ガス分析
呼吸機能の変化について Table 2 に示す.開始
時と術直前の各種呼吸機能 検 査 値 を 比 較 す る
と,%VC,1 秒量,1 秒率,FRC,%FEV1.0 およ
前は 39.48±9.45 点と差を認めなかったが,3 例
(13.0%)は同点のまま,12 例(52.1%)では低下
していた(Fig. 3)
.
心肺機能強化トレーニング導入後の術後呼吸器
合併症の発生
び%DLCO は平均値ではわずかに増加していた
本研究での術後の呼吸器合併症は,23 例中 1
ものの統計学的有意差を認めなかった.血液ガス
例(4.3%)に肺炎を認めた.また,historical con-
分析において PaCO2,PaO2 は変化を認めなかっ
trol においても呼吸器合併症は 1 例に認めた.
た.
下肢筋力
下肢筋力の変化について Table 3 に示す.開始
術前心肺機能強化トレーニング導入前後の離床
経過
全例 ICU から手術翌日に退室できており,同日
2010年 5 月
5(491)
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に座位,立位がとれていた.また,室外歩行は平
を離れて理学療法を実施することは,非常に重要
均 4.0 日目となっていた.術後の離床経過は,his-
な意味を持つと考えられ,実際に術前呼吸理学療
torical control と比較しても明らかに早くなって
法の有用性については多くの報告がある10)11).我々
おり,術後端座位,立位および室外歩行はトレー
も以前より,術前から呼吸理学療法と全身調整運
ニ ン グ 導 入 後 で 有 意 に 早 く な っ て い た(p<
動を導入しており,その食道癌術後における呼吸
0.0001)
(p<0.0001)
(p=0.0025)
(Fig. 4)
.
器合併症軽減効果について報告している2).しかし
考
察
術前の食道癌患者では,手術待機期間は心身と
ながら,我々の他疾患を対象とした予備的検討で
は,通常の呼吸理学療法と全身調整運動のみでは,
もに極めて大きなストレスを受けており,日常の
下肢筋力および呼吸機能は維持できていたもの
活動範囲を制限する傾向にある.また,入院後は
の,
!O2max は入院時と比較し,術直前にはほとん
ベッド周囲での生活が主となり,運動耐容能や抗
どの患者で低下する傾向にあった.
重力筋力の低下,また特に高齢者では精神神経活
!O2max は一般的に,個人の能力に応じ た ト
動低下も懸念される.したがって,習慣的に病室
レーニング負荷により向上することが明らかと
6(492)
胸部食道癌患者に対する術前心肺機能強化トレーニング効果
なっており,運動生理学やスポーツの分野で運動
8)
12)
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意差はなかったため,追加検討の必要性はあるが,
.ま
不安理由の大きな要因である術後の合併症に対
た,日常身体活動に大きく影響され,健常男性が
し,患者自身が発生予防を意識し術前から心肺機
3 週間寝たきりの生活をすると 25% 低下し,逆に
能強化トレーニングという形で主体的に治療に参
有酸素トレーニングを行うと増加すると報告され
加したことが,不安軽減につながった可能性が考
耐容能の評価指標として応用されている
13)
ている .
える.
今回の検討では,術前心肺機能強化トレーニン
これまで,消化器癌患者に対する周術期リハビ
グを実施した結果約 65% の患者で!O2max が有
リテーションは,呼吸理学療法,術後の早期離床
意に増加した.特に心肺合併症の高危険群とされ
および社会復帰に向けた全身調整運動などが一般
るトレーニング開始前の!O2max が低値だった患
的に行われてきたが,外科的侵襲が加わる前の手
者では,ほとんどの例で増加が認められ,かつ術
術待機期間から,術後の合併症予防のために理学
後の呼吸器合併症も認めなかった.これらの結果
療法士が介入することの意義が明らかとなった.
から,本トレーニングは術後合併症予防における
特に,胸部食道癌患者においては,術前からの呼
有用性が期待できると考えられる.
吸器合併症予防は,患者および家族を含む治療に
筋力については,一般的に最大筋力の 30% の筋
かかわるスタッフ全員が合併症の発生機序を理解
収縮を行うと徐々に増強し,100% の最大筋収縮
したうえで共通認識を持ち,症例に応じた呼吸理
を 6∼10 秒間等尺性に,1 日数回行うと 1 週間で
学療法や心肺機能強化トレーニングを行うことが
約 10% 増加する.逆に,日常生活動作での筋収縮
術後の呼吸器合併症予防につながり,さらに術前
が常に最大筋力の 20% 以下であれば筋力は徐々
増加するといわれる状態不安を軽減させる可能性
に低下し,さらに絶対安静の状態で筋収縮を行わ
が示唆された.
ないでいると,1 週間で 10∼15% の筋力低下を来
14)
すことになる .今回の検討では入院中にもかか
わらず,トレーニング開始時と比較して,術直前
において下肢筋力が有意に増強していた.このこ
とが historical control よりも術後の離床を早める
ことにつながったものと考えられる.さらに,早
期離床により当然のことながら呼吸器合併症のリ
スクを軽減できたと考えられる.
不安尺度については,今回用いた STAI は自律
神経の興奮などに伴う一時的,状況的な不安状態
を示す状態不安の尺度と,ストレス状況における
状態不安を喚起させる個人の特性を示す特性不安
の尺度の 2 つより構成されている.状態不安得点
は差し迫った外科手術の前に高まり,手術後およ
び回復期に下降するのに対し,特性不安得点は手
術ストレスによる影響は比較的少ないと報告され
ている15).しかしながら,今回の術前心肺機能強化
トレーニング後の結果では,興味深いことに特性
不安は予想どおりほとんど変化しなかったが,通
常術直前に高まるはずの状態不安は 23 例中 15 例
で低下を認めた.もちろん,状態不安得点では有
文
献
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43巻
5号
The Prospective Study to Evaluate the Effect of Preoperative Cardiopulmonary Function
Reinforcement Training for Patients with Esophageal Cancer
Yumi Koike1)2), Makoto Iwahashi1), Mikihito Nakamori1), Masaki Nakamura1),
Teiji Naka1), Toshiyasu Ojima1), Masahiro Katsuda1), Takeshi Iida1),
Fumihiro Tajima2)and Hiroki Yamaue1)
Second Department of Surgery1)and Department of Rehabilitation2),
School of Medicine, Wakayama Medical University
Purpose:We prospectively studied whether preoperative cardiopulmonary function reinforcement training
improved maximum oxygen uptake per minute("O 2 max)and the training effect on psychological surgical
stress in patients with esophageal cancer. Methods:Subjects were 23 patients with esophageal cancer undergoing curative esophagectomy with two- or three-field lymph node dissection via right thoracotomy. Preoperative cardiopulmonary function reinforcement training was conducted at 50―70% maximum heart rate reserved using a bicycle ergometer. We evaluated "O2max, pulmonary spirometry and right lower-limb muscular strength before and after training. Using the state-trait anxiety inventory(STAI)questionnaire, we also
evaluated trait and state anxiety. Results:Preoperative cardiopulmonary function reinforcement training
significantly improved "O 2 max and lower-limb muscular strength(p<0.05 ). Anxiety scores decreased
(65.2%)after training, although trait anxiety scores did not change. First independent sitting, standing and
postoperative walking were earlier than that in the control group(p<0.05). Conclusions:Results suggest
that preoperative cardiopulmonary function reinforcement training improves "O 2 max, pulmonary function,
and lower-limb muscular strength while decreasing preoperative anxiety. Such preoperative training may
thus help reduce pulmonary complications following esophagectomy for esophageal cancer.
Key words:esophageal cancer,"O2max, cardiopulmonary complication, STAI
〔Jpn J Gastroenterol Surg 43:487―494, 2010〕
Reprint requests:Makoto Iwahashi Second Department of Surgery, School of Medicine, Wakayama Medical University
811―1 Kimiidera, Wakayama, 641―8510 JAPAN
Accepted:October 28, 2009
!2010 The Japanese Society of Gastroenterological Surgery
Journal Web Site:http : !
!
www.jsgs.or.jp!
journal!