質の高い保育は実現できるのか ―今、遊びを通した保育

日本保育学会第 68 回大会 学会企画 課題研究委員会 シンポジウム
2015.5.10
当日配布資料
テーマ
質の高い保育は実現できるのか
―今、遊びを通した保育が問われている―
企画者 西本望(武庫川女子大学)
司会者 渡辺英則(ゆうゆうのもり幼保園)
話題提供者
若月芳浩(玉川大学)、西本望(武庫川女子大学)、猪熊弘子(ジャーナリスト/
お茶の水女子大学大学院)
、児嶋雅典(松山東雲女子大学)
、北野幸子(神戸大学大学院)
指定討論者 諏訪きぬ(元明星大学大学院・現NPO法人さやま保育サポートの会代表理事)
課題研究委員会の研究の経緯と本企画について (若月芳浩・西本望)
本委員会では、2011 年度の委員会(岡委員長)以来、前委員会(河邉委員長・大宮・児嶋・原・
若月,2014)に至るまでの実績を基盤として「保育の質」のテーマを踏襲しながら、その探究を
継続的に図っていく。最初の段階として、質の高い保育(教育・学習)を実施するには、どの
ような課題等があるのか、本シンポジウムにて新たに問題提起をして参りたい(日本保育学会
第 68 回大会発表要旨集 2015 を参照)。そこでは保育の質を担保・向上するためには、どの
ような遊びを通した教育・保育をしていけばよいのか、について論究する。
従来の研究には、構造的要因から、とくに職員の資質、職能にかかわる「職員の教育・資
格・研修」に焦点をあてて、保育者養成および研修制度によって、保育者の質を維持・向上
する観点からの意義について説いていた。保育の質を論じるにあたり、大宮・河邉・児嶋・
原・若月(2014)は、成果主義的な立場「できる・できない」ではなく、能動的な学び手として
子どもをとらえる必要があるとしている。
保育の質を評価することは、園・施設の全体計画である広義の教育課程での一連の流れの
なかで実践したことを省察し、子どもの望ましい成長・発達のために、それを、よりよく改
善するための方策として有効な手順となる。
(1)保育者の指導的観点:保育者が自らの保育・教育目的の設定のし方、保育・教育課程、
保育・教育方法、保育・教育技術などを見直せる。
『幼稚園教育要領』、
『保育所保育指針』、
『教育・保育要領』の保育内容五領域に示された項目から各年齢段階に応じた観点別評価
を示して応じれば、よいことになる。評価者は、保育者自ら、園・施設管理者や教育・福
祉行政者、第三者評価がある。
(2)子どもの保育・教育・学習的観点:子どもの遊び活動から、保育者が判断してゆく。
子どもの成長・発達の状況や遊び(学習)の状況および種々の生活理解の程度を把握するた
めに行う。保育者が主たる評価者となるので、保育者の資質が問われることになる。
(3)管理・経営目的:保育者、教育・福祉行政、園長など園・施設管理者が、学級経営、
園・施設経営、園・施設内外の研修などを通して、保育者の指導性が適切に発揮できるよ
うに行う。これによって子どもの能力を充分に引き出すことができるようになる。
(4)保育環境・制度:(3)とも関連して、教育・福祉行政、園・施設管理者が、保育教材、
保育者と子どもの人数比率、保育者の待遇などについて整備・制度化することにある。こ
れによって、保育者の指導性や子どもの遊びの展開など保育活動(保育の質)を支える背
景・基盤となる。
ここで保育の質を考慮するときには、重要な位置を占めているという(大宮・河邉・児嶋・
原・若月,2014)。それをとらえる観点として、次のことをあげている。
(1)成果主義的な政策から、幼児期本来の生活や遊びを守りつつ、かつ学ぶ力の育成とい
う社会的要請に応えるためには、
「能動的な学び手」を本来の成果とすべきである。
(2)遊びの質を見極めることを、ここではひとまず、能動的な学び手として必要な知識・ス
キル・ストラテジー・自己意識などの育ちを遊びの中に見いだし、それをさらに伸ばして
いくことと定義とする。
(3)学びを狭隘化せず、子どもの能動性・モチベーションと結びついたホリスティックなも
のとして、とらえる視点を堅持する。
さらには、2 園の比較インタビュー調査から、保育者によって、遊びの質についての観点
が異なっていることを明らかにし、その視点について次のように示している(原ら,2014)。
(1)自ら興味関心をもった実践に参入していること(主体的態度の形成)。
(2)モノや人にかかわることによって、次の遊びの文脈を自ら生み出したり、実践を変化
させたりすること(自己課題、遊び課題の生成)。
(3)他者に対して自分の思いや考えを行動や言葉で表そうとしている(コミュニケーション
と他者との協同)。
(4)モノや事柄の特性を受け止め、それに積極的にかかわろうとしている (対象への関心・
探究)。
以上より、大宮・河邉・児嶋・原・若月(2014)は、保育の質の前提として「遊びの質」の
規定が必要として、次のように示している。
「遊びの質」を、
「集中している」とか「没頭している」といったような、遊ぶ子どもの「様
態」としてのみを質とみなすのではないし、目に見える成果が得られるものだけで質の高さ
とは、みなさない。つまり、子どもが遊ぶことによって、有能な学び手として育つ発達過程
を「質の高さ」とみなすこととする。つまり遊びという文化的実践に自ら参加し、実践を人
とかかわりモノとかかわりながら遊びを変容していくこと、そのものに学びがある。どのよ
うに人やモノにかかわって遊びを変化させていくかをつぶさに読み取ることが、質の評価に
つながるものとしている。そこでの課題として、大宮・河邉・児嶋・原・若月(2014)は、よ
り実践的に継続的に、遊びの展開過程を解釈することにある、とする。
遊びの展開は、保育者の直接的あるいは間接的援助の影響を受ける。保育者がどのように
子どもを理解し、それに基づいてどのような意図による環境構成であって、それが遊びの展
開機序に、どのように影響をもたらしているのか。さらに、保育者が子どもにかかわること
との関連性と、遊びの変容過程の機序を解明することによって、保育の質が向上することに
繋げ、より詳細な観点を導き出していきたい。
【引用・参考文献】
(1) 秋田喜代美・佐川早季子「保育の質に関する縦断研究の展望」『東京大学大学院教育学研
究科紀要』第 51 巻 2011pp.217-234
(2) 岩立志津夫・諏訪きぬ・ 方弘子・金田利子・木下孝司・斎藤政子「「3 歳児未満児用保育
の質尺度案 1997」による公私立差・地域差・保母の年齢差の検討」『保育学研究』第 36 巻
第 2 号 1998pp.87-93
(3) 埋橋玲子「イギリスにおける「保育の質」の保証―保育環境評価スケール〔ECERS-R〕
の位置づけに注目して―」『保育学研究』第 42 巻第 2 号 2004pp.92-100
(4) 大宮勇雄・河邉貴子・児嶋正則・原孝成・若月芳浩「遊びの質をどうとらえるか」日本保
育学会会企画シンポジウムⅢ日本保育学会第 67 回大会当日配付資料 2014/05/18
(5) 大宮勇雄・河邉貴子・児嶋正則・原孝成・若月芳浩(課題研究委員会報告)「遊びの質をど
うとらえるか」『保育学研究』第 52 巻第 3 号 2014pp.105-118
(6) 大宮勇雄『保育の質を高める』ひとなる書房 2006
(7) 太田素子「「保育の質」をめぐる研究動向と課題―保育シンポジウムをふり返って―」『和
光大学総合文化研究所年報『東西南北』
』2009pp.108-122
(8) 金田利子・諏訪きぬ・
方弘子『保育研究と保育の「質」』ミネルヴァ書房 2000
(9) 新富康央ら『園の保育相談力向上のための人材育成に関する研究-保育臨床相談をコー
ディネートする教師の資質向上を目指して-』平成 25 年度文部科学省委託幼児教育の改
善・充実調査研究 2014
(10) 冨田久枝「質の高い保育を考える(2)―保育所,幼稚園と小学校との接続と連携―:第 12
回国際交流委員会企画シンポジウム報告」『保育学研究』第 50 巻第 3 号 2012pp.88-97
(11) 日本子ども学会(編)『保育の質と子どもの発達: NICHD アメリカ国立小児保健・人間発
達研究所の長期追跡研究から』赤ちゃんとママ社 2013
(12)本間英治「保育の質に関する保育士の意識の実態―A 市内における保育へのアンケート
調査を通して―」『保育学研究』第 50 巻第 2 号 2012pp.102-111
(13) 森上史朗「保育の質とその評価をめぐって」『日本保育学会会報』第 125 号 2003pp.1-2
(14) 渡邉保博「延長保育と保育の質―1970 年前後の延長保育をめぐる議論と実践の検討を
通して―」『保育学研究』第 41 巻第 2 号 2003pp.8-15
話題提供 1:現状における保育の課題(猪熊弘子)
若い世代の就労環境や経済状況の悪化により、子どもが幼いうちからの共働きは生活のた
めの大前提となりつつある。急激な少子化が進む中でも、特に都市部では保育需要が減る兆
しは一向に見えない。
この4月には新制度下での初めての入園・入所が行われたが、待機児問題は沈静化するこ
となく、さらに新制度導入による新たな問題も生じている。たとえば「短時間認定」の保護
者の入所をめぐる問題や、小規模保育所の後の行き先がない「3歳待機児童」の発生など、
保育をめぐる状況にはまだまだ多くの課題が残されている。そのような状況についてまずは
問題提起をしたい。
① 「質より量」の拡充が招いたもの
特にここ数年、都市部において保育の質より「量」を優先した拡充が進んだことから、保
育施設は増えたものの、中には従来では考えられないような環境にある保育施設もでてきた。
また、
「量」の優先による保育士不足から、スタッフの訓練が十分でなかったり、保育者間の
連携がうまくいかず、スムーズな保育ができないところも見受けられる。しかし、親にはそ
ういった状況は伝わらない。特により就労条件の悪い親ほど保育施設に入れず、
「預かっても
らえればどこでもいい」と言い切る人も少なくない。
「遊び」にたどり着けない子どもたちが
大勢いる。
②親は何をもって「保育」を選んでいるのか
子育ての第一義的責任は親にあり、親は出来うる限り「最も良い園」を選択していると考
えたいが、子どもにとって「最も良い園」ではなく、親にとって「最も良い園」を選んでい
ることが多い。たとえば、保育園の場合は、通勤に便利な場所にある、より長時間預けられ
る、親へのサービスがいいといった条件である。また、幼稚園の場合には、小学校以降の「教
育」におびえ、あるいは幼児教育に対する誤解から、過度の「早期教育」を園に求める傾向
もうかがえる。
③親が考える「保育の質」と現場とのギャップ
多くの園で、遊びを中心とする質の高い保育の実践が行われているが、そういった園を選
ぼうとするのは幼児教育への理解がある親だけで、一般の親にはなかなか通じない傾向があ
る。子どもにとっての「遊び」が、価値のないものと考えている親も多い。質の高い保育の
実践を広めるためには、まず保育に関わる者の側から、保育の「消費者」になりつつある親
に対して、真の「保育・幼児教育とは何か」
、「保育の質」とは何か、そして「遊び」が子ど
もにとってなぜ重要なのかを真摯に伝える努力も必要なのではないだろうか。豊かな「遊び」
を通して子どもが変わっていく姿を見れば、親は必ず変わっていくはずだ。
話題提供 2:保育実践の立場から見た保育の質とは(若月芳浩)
今回の課題研究委員会では、各園における遊びの質的向上が可能か否か、可能な場合は何
が遊びの質を保障する要因になっているのか、遊びの質を保育者はどのように見ているのか、
また、遊びの質を保護者や他の保育者間や保護者に対してどのように伝えているのか、遊び
の周辺を取り巻く環境に視点を向けてみたい。
その逆に、遊びの質的な向上が困難な要因は何か、カリキュラム(教育課程・保育課程・指
導計画・保育計画・週日案など)における課題はどこにあるのか、行事のあり方や園の環境、
保護者のニーズとの関連、保育者集団の思いと経営者の思いのズレなど、多様な要因が考え
られる。また、各園には、園独自の文化が存在しており、時にその固有の文化が新たな視点
の排除要因となったり、入園させている保護者の思いが新たな視点に対して不安や不満を持
つことが容易に考えられる。
上記二つの観点には視覚化できる明確な基準が存在するわけではないが、本課題研究委員
会の継続してきた研究や現場の観察や視察によって、子どもが能動的な学び手であり、その
ことを保育者が理解し、遊びの質的な向上を重視する時の子どもの姿と、保育者主導で子ど
もを引っ張ることによる弊害や、行事のあり方によって子どもの遊びを分断している要因は、
いくつかの園の観察によって明確になってきている。
今回の提案では、主に遊びの質的向上が困難な要因が見えた場合に、今ある実践をどのよ
うな方向で見直す必要があるか。この点に焦点を当てて検討してみたい。筆者が保育実践に
かかわる中で保育の見直しや遊びの質的向上に寄与してきた経緯から、いくつかの視点を提
案する。ただし、これらの視点は元来持っている園の文化を丁寧に見極めることが必要とな
る。特に私学の場合には見学の精神や理念を否定するものではなく、歴史的に継続してきた
保育のあり方に対して、どこから見直す必要があるか、また、何を見直すことがこれからの
子どもの発達、そして義務教育課程に向けての学びにつながるかなど、巨視的な視点と微視
的な視点の両面を含んでいる。よって、この提案で何かが変化すると言うよりは、各現場の
理念や園のビジョンによって、質を一様にするための提案では無いことを明記しておく。
<遊びの質的向上に向けた取り組みの試案>
① 園文化の見極め
② 園環境に支配されている遊びに関する制約
③ カリキュラムに包含されている暗黙の課題
④ 伝統的な行事のあり方やそのプロセス、保護者の期待に対する課題
⑤ 遊びの質を保育者がどのように理解しているか、記録のあり方と発信に関する課題
⑥ 遊びの時間、空間、仲間関係を形成する意識と具体的な実践の関係
全ての要因を明示することは困難であるが、この課題研究委員会の中で遊びの質が高まら
ない要因として語られてきたことを整理すると上記の六つである。まずは、実践にかかわる
保育者集団がこのことを意識し、時に第三者としての研究者がかかわり、遊びの質を規定し
ている要因を明確に観察することを通して子どもの育ちを丁寧に読み取ることを積み重ね、
遊びの質的変化に対するこれからの取り組みを考察することで、遊びの質的向上が少しずつ
明確になると考えている。
話題提供 3:質の高い保育者養成に求められること(児嶋雅典)
1,養成校の責任と保育者の専門性
現状を見ていると子どもの保護者や一般の人に「なるほど保育は大切だ」と思ってもらえ
るような保育実践を展開している保育者は少ないし、また子どもの発達や遊びについて充分
に説明できる保育者も少ない。その責任の一端は保育者養成校にある。
保育者の専門性に関してはさまざまなことがあげられるが、何をおいても子どもの発達の
理解、子どもの育ちを見る目が重要であると思われる。少なくとも0歳から6歳までの発達
の流れを理解が必要になる。養成校はどのような形でこの学びを保障するのかが問われるこ
とになる。
例えば、学生を各種実習に送り出すとき、具体的にどのような形で年齢による子どもの発
達の違いについて指導するのであろうか。幼稚園実習であれば3歳児と5歳児の違いをどの
ように伝え、それぞれの観察の視点を具体的な形で示すことが求められる。自己中心的な3
歳児の特徴が砂遊びやトラブルではどのように現れるのか、また人間関係や言葉ではどうな
のか。5歳児の他者から自分を位置づける育ちは協同遊びや劇遊びではどのような形で現れ
るのか。トラブルの原因や解決の仕方は3歳児とはどのように違うのかについて説明ができ
ているであろうか。生活の面では、トイレの使い方、着替えの仕方は年齢によってどのよう
な違いがあるのか。5歳になると順番をゆずる姿が見られたりするがそれはなぜなのか。鬼
遊びもルールを守るようになるがそれはどうしてなのか。外から見える違いだけでなくその
ようになる理由はなぜなのかを考えさせたい。 順番をゆずれるようになるのは年長の自信
や誇りであったり、仲良しの友達に喜んでもらいたいなどの気持ちが大きくなることが考え
られる。ルールを守るのは何度も何度もトラブルを経験してでもやはり鬼遊びをしたいから
それを乗り越えていくのかもしれない。
遊びそのものの変化についても気づかせたい。4歳児のかくれんぼは保育者と一緒にする
ことが多いが、保育者に見つけてもらう楽しさが基本にある。3歳児は手で目を隠してかく
れたつもりになるかくれんぼであり、5歳児になってようやくルールを理解したような遊び
方になる。また、年長になると遊びに集中して取り組む姿が見られるがその理由は何なので
あろうか。単に成長したからでは保育者としては充分ではない。3歳児は単に飽きっぽいと
か5歳児は成長したからだけでは充分ではない。3歳児には集中して取り組む条件が揃って
いないのだ。泥団子を作るための指や手のひらが自由にならない、さまざまな道具が使えな
い、言葉を充分に獲得していないのでどの土を使えば良いか情報が得にくい、どんなものを
作りたいかイメージがないなどのハンディがある。それに対して5歳児は指先が器用になる、
道具も使える、友達も多いし、言葉で材料や方法を聞くことができる、完成予想のイメージ
があるなど集中できる条件が揃うのである。
こうした形で子どもの保護者に保育実践を語ることができたなら、保育や遊びの評価は高
くなる。そのためにも養成校の段階で微妙な育ちの違いが分かるような実習などの授業にお
ける指導が必要になる。何よりも教員が保育実践の勉強をしなければならない。
2,本学の実習指導の取り組み
養成校の責任を感じながらこれまで学生を実習に出し、卒業生を社会に送ってきた。養成
校の最終的な目的は日本の保育実践の改善にある。内部的には学生を保育者に養成すること、
外部的には地域の研修会や保育者との勉強会を通して地域に貢献すること。
短期大学の場合は2年しかないのでタイトな養成になる。本学での取り組みとしては、ま
ず入学して間もなく(5月の連休明けから)始めている観察実習がある。附属幼稚園におけ
る実習であるがこれが保育者養成(幼稚園教諭と保育士資格)のスタートになる。
①.オリエンテーション:観察実習に出る前に、保育は環境を通しての教育であることを授
業の中で取りあげる。小学校の教育とどこが違うのか。なぜ、「環境を通しての教育」な
のか。それは具体的にはどのようなことなのか。室内では人形、畳やジュータン、靴箱の
名前とマーク、自分の引き出しやロッカー、積み木、ブロック、ままごと道具、生き物を
飼うことなどさまざまな意味や理由を考える。室外ではチューリップなどの花や植物を栽
培すること、固定遊具(ブランコ、ジャングルジム、滑り台、鉄棒、砂場など)を置く理
由、二人乗りの三輪車の意図などについて説明する。これら全てがそれぞれ意図があって
置かれていることを理解する。
②.観察実習:一人三日間の観察実習の実施。目的は実際の子どもと接する、保育者の役割
を自分の目で確かめる、年齢による育ちや遊び方の違いに気づくなどいくつか設定してい
る。学生が自分の目や耳などの身体を通して気づいたことを重視する。質問があれば担当
保育者にする。そうして観察実習のレポートを提出する。A41枚にテーマ、子どもの事
例、保育者のコメント、そして自分の感想を記入する。
③.実習報告:観察実習から戻ると授業においてクラス全員に報告する。その事例を読んで
その中に表れた子どもの育ち、年齢による遊び方の違い、保育者の配慮、子どもたち同士
の関係、子どもの発達の流れ、子どもにとっての遊びの面白さなどさまざまな視点から保
育を考える必要性と面白さに気づけるようにする。
④.学外実習:その後、学生は学外の保育所や施設実習を経験し、二年次には地元の幼稚園
実習に出る。5月と 10 月に分けてそれぞれ2週間ずつ実習する。この5ヶ月間の子ども
の変化(発達)を重視し、それに気づけるような実習の準備をする。幼稚園の場合は3歳
児からであるので、3歳児と5歳児の育ちの違いを授業でとりあげる。絵本『わたし』を
利用し、自分中心に周りの人を理解する3歳児と周りから自分の役割を考える5歳児との
違いを説明する。この特徴が子どもの生活や遊びの全体に見られることを理解する。
⑤.年齢による育ちの違い:こうした観点から実習において子どもの育ちの変化を可能なか
ぎり意識できるようにする。トイレ訓練、着脱、指先の器用さ、ボールのコントロール、
トラブルの内容や解決の仕方、当番活動の違い、ルールのある遊びの仕方などがどのよう
に変化していくのか意識する。また、何でも独占したがる状態から他の子に譲れるように
なる理由、年下に優しくなるのは何故か、集中度の違いはどこから生じるのかなど考える
ことも重要視したい。
話題提供 4:保育の「質」の探求・維持・向上をあきらめないために(北野幸子)
子どもの安全安心の確保、格差の是正、保育の質をめぐる現状は、シビアである。しかし、
厳しい現状にあっても、保育の「質」の探求・維持・向上をあきらめてはいけない。そして、
今まさに保育がライブで展開している限りにおいて、それを「後回し」にしてはいけない。
かつてフレーベル主義の幼稚園運動が世界的に展開し、その伝播において象徴主義に陥っ
たことや画一化したことが批判されたように、一方で、保育の「質」の問題は普遍的な部分
と可変的な部分があること、文脈により解釈を有する部分が多分にあることを十分に留意せ
ねばならない。しかし、他方で、子どもの権利保障の観点から、保育の「質」の最低基準の
確保を図るための評価(数値化や記述といった多様な方法を駆使しながらも)と監査(公開
を含む)を導入していく必要は、喫緊の課題である。
「遊び中の学びをみとりはぐくむ保育」を提唱し、その「質」について、児童中心主義 VS
教科主義あるいは、好きな遊び(自由保育)中心の保育 VS 設定保育、といった二項対立図
式から脱却し、ポスト・ポストモダンを指向する日本の保育について話題提供を行いたい。
1.SES 研究の動向:ことば、数理認識、市民性の教育(ESD やモラル教育を含む)等を
テーマに、社会経済状況による教育格差問題の研究が進められている。特に、幼児期がク
リティカルであることが注目されている。子どもの権利保障の観点から、格差是正のため、
保育の保障が世界各国で進められている。
2.保育の質に関する研究動向:「遊びの中の学びをみとりはぐくむ」ことが大切であると
考える。これは、Playful Learning を保障することとも関連深い。保育方法についての研
究動向に目を向ければ、抽象的概念の教育ではなく、また教え込みでもなく、実体験から
の語彙習得、共感性からのモラル教育等、遊びを中心とする経験主義教育の重要性が指摘
されている。
3.保育の質の維持・向上を図る方法:教育ドキュメンテーションの義務化や、プロジェク
ト型保育の導入といった国際的トレンドは、プロセス重視に加えて結果の評価、そして両
者の可視化をも指向している。日本には、世界に誇れる保育を語りあい保育の質の維持・
向上をはかる同僚性の文化があり、伝統的にも、保育の質の維持・向上を図る方法として、
保育記録、園内研修、公開保育、研究保育といった優れた実績がある。これらを活かしつ
つ、さらに浸透させていくことが望まれる。公私園種を越えて、保育記録や計画の時間の
確保、公開保育の実施、研究保育の推進を図りたい。その保障と抱き合わせで、保育記録
の公開、公開保育の実施、評価と監査の導入を行うことにより、保育の質の維持・向上を
図ることが可能であると思われる。
4.保育の質の維持・向上を図るシステム:上述の試みは、現状では、自助努力の次元でな
されていると考える。これらを、システム化することが課題であると考える。たとえば現
職研修に目を向けると、個人の自助努力に依拠している部分が大きく、園による差は大き
い。現状では公立幼稚園のみに保障されている研修システムもある。
5.
「質の高い保育とは何か?」-家庭や社会への伝播-:現在は、PR と説明責任の時代と
いわれる。また評価者の評価問題が話題となっている。子どもの最善の利益を確保するた
めに、「質の高い保育とは何か?」を記録により可視化し、発信し、その理解を家庭や地
域に促すことは、重要な課題である。保育ドキュメンテーションの工夫などその方法と効
果についても話題を提供したい。