朗読劇用 S クスクスの木の物語 ∞∞∞ ∞∞∞∞∞ ∞∞∞∞∞∞∞ ∞∞∞∞∞ ∞∞∞ ∞∞∞∞∞ ∞∞∞∞∞∞∞ き ∞∞∞∞∞ ∞∞∞ ものがたり クスクスの木の 物 語 I ひばくしゃ しろ なみだ さんか へいわ しひょう 被爆者がひきうけた白い 涙 への賛歌 ~平和への指標~ ∞∞∞ ∞∞∞∞∞ ∞∞∞∞∞∞∞ ∞∞∞∞∞ 原作 ∞∞∞ ∞∞∞∞∞ ∞∞∞∞∞∞∞ ひの ∞∞∞∞∞ ∞∞∞ めぐみ 04BS3 1 ©ひのめぐみ B 朗読劇用 S クスクスの木の物語 B あらすじ: だ い に じ たいせん しゅうせんちょくぜん ようこ ながさき す さい むすめ く しろうず け 第二次大戦の終 戦 直 前 、陽子は長崎に住む十八才の 娘 でした。つつましやかに暮らす白水家は きょうだい し ま い すえむすめ のち げんばく ち ょ っ か ち キリシタン村にあり、陽子は八人兄 弟 姉妹 の 末 娘 でした。そこは後に原爆直下 の地となりますが、 きせきてき い のこ やけど ひばく こう いしょ う しゃかいてき せいしんてき く つ う 陽子は奇跡的 に生き残ります。しかしひどい火傷 と被爆 の後遺症 、社会的 に受ける精神的苦痛 から しんしん や ほんらい あか うしな うち む かた 心身ともに病み、本来の明るさを 失 っていきます。あらゆるものを失い、内向きの生き方をつづけ、 じぎゃ く てき おも ねんりん へ ふる しゃ か い つうねん しはい 自虐的 な思 いにむしばまれつつ、陽子は年輪 を経 ていきます。古 い社会通念 に支配 されて生きた じ き なが じょうたい たんきゅう し ん しぜんかい 時期 も長 くありましたが、ぎりぎりまで自分を追いつめた 状 態 ともちまえの 探 求 心が自然界 への どうさつりょく ながねん と え 洞察力 を深めさせていったのか、陽子の長年 の問いかけに答えが得られるときがやってきました。 いちど ぜんしん こうたい それは一度 に来たわけではありませんが、前進 してはまた後退 するような繰り返しのなかで、よう すなお どういつか つ うち か っと う やく素直にありのままの自分と同一化することができた日、陽子は積もり積もった内なる葛藤を知 の こ じぶん ざま もど らぬまに乗り越え、自分の生き様をとり戻していくのでした。 とうじょうじんぶつ 登場 人物: ようこ しろうず おおやま 陽子: 白水 陽子/ 大山 しろうずけ よんじょ あね し ょ う わ がんねん たいしょう ねん がつ か さく しんげつ う 陽子。昭和元年・大 正 15年(1926 年)8月8日、朔(新月)の生まれ。 あに かわい そだ あいしょう 白水家の四女。姉や兄から可愛がられて育ち、園子と相 性 がよかった。 よ う き せいかく いちど き まも ぬ つよ つま もともと陽気な性格。一度決めたことは守り抜く強さもある。徳治の妻。 (陽子:19 才~47 才の陽子。若い陽子:20 代の陽子。老女陽子:79 才-89 才の陽子) はは さい ひ ば く し かぞく たいせつ にっぽん ははおや か く ん だい 母 : 陽子の母 (白水 トキ) 46才で被爆死。家族を大切にする日本の母親。家訓の「大調和」 まも ひ び しょうじん ながさき ひと を守り日々 精進 していた。長崎の人。 ちょうじょ さい はりしごと りょうり と く い おとな 長女 : トヨ。28才で被爆死。針仕事や料理が得意で母親代わり。大人しくしっかり者。 じ じ ょ そのこ 次女: 園子。26才で被爆死。愛想がよく小さい子の面倒見よく、陽子を可愛がる。 さい さんじょ あいそ さい めんどう み てんば かいかつ ず の う めいせき 三女: 広子。23才で被爆死。お転婆で快活、頭脳明晰。皆を笑わせる楽しい性格。 とく じ なのか 徳治: 大山 おさななじみ おっと 徳治。昭和元年・大正 15 年(1926 年)7 月7日生まれ。陽子の幼馴染であり 夫 。 しゅう せんじ りょうしん すで たかい せんさい よわ き 終戦時にはキリシタンだった両親 とも既に他界している。繊細、ひ弱で気がやさしい。 お ば ちち いっさいちが いもうと 叔母: さつきおばちゃん。陽子の父、健之助の一歳違いの 妹 。陽子の叔母。 ここのか じ て ん さい みぼうじん い つか じ っ か きんじょ 昭和 20 年(1945 年)8 月 9 日時点で 49才。未亡人。5 月5日生まれ。陽子の実家の近所に す と う か ご ゆいいつ どうこう じ し ん ひばく さいご 住み、原爆投下後、唯一徳治と陽子の動向を知る人。自身も被爆していたが、最後に陽子 あ しょうそく ふめい に会ってからの消息 は不明。 しゅじん くろかわおんせんやど 主人2: 黒川温泉宿の主人。二代目。先代の主人の 娘 の 夫 。先代が亡くなった後、宿を継ぐ。 しゅじん に だ い め せんだい ボラ 1: ボランティアさん 1(日本) 智 ボラ 2: ボランティアさん 2(米国籍)ルナ さとし むすめ おっと な あと やど つ 陽子とクスクスの木を探しに行く 陽子とクスクスの木を探しに行く つきのせい 月 精: 月の精 2 ©ひのめぐみ 朗読劇用 S クスクスの木の物語 つきのひかりのせい つき 月 光 精: ひかり せい 月の 光 の精たち きのせい 木精: クスノキの精(たち) はなのせい はな 花 精: 花の精(たち) みずのせい みず 水 精: 水の精(たち) かぜのせい かぜ 風 精: 風の精(たち) つちのせい つち 土 精: 土の精(たち) とり おも 鳥(たち): 主にハト ちょう 蝶 (たち): 主にモンシロチョウ、モンキチョウ はち 蜂(たち): 主にミツバチ こえ えんげき ばあい 声のみ(歌劇・演劇の場合): どく はく ろうじょ 陽子独白: モノローグ陽子。老女陽子の声。 つきのせいのこえ 月 精 声 : 月の精の声 ひとびと 人々の声・人の声 介護士: 介護士さん 主任 : 主任さん ナレ ナレーション こえ な : しゅつえん えんげき ばあい 声無し・出 演 無し(歌劇・演劇の場合): しゅじん くろかわおんせんやど 主人1: 黒川温泉宿の主人。叔母さつきの遠縁。寛大で気前がよい人。 ようこ ちち 陽子の父: お ば しょうわ とおえん しろうず け ん の すけ 健之助。昭和19年(1944 年)享 年 49才ビルマ(現ミャンマー)で戦死。 いえ きょうねん き まえ 白水 おや ねん かんだい しんきょう さい せん し じ ゆう かんが か く ん だいちょうわ 親がキリシタンだったが家の信教 については自由という 考 え。家訓は「大調和」。 ちょうなん けんいち 長 男 : 白水 健一。昭和 19 年 26 才長崎で爆死。 ば く し じ なん け ん じ 次男: 白水 健二。昭和 17 年 21 才ソロモン諸島で戦死。 さんなん けんぞう 三男: 白水 健三。昭和 19 年 20 才ビルマで戦死。 よんなん けんしろう 四男: 白水 健四郎。昭和 19 年 16 才、動員学徒として作業中に爆撃を受け死亡。 がく と ふくおかけん ウメ: ながさき く る ばくげき め がすり ど ん や むすめ さい け ん の すけ う 陽子の父、健之助の母。福岡県の久留米 絣 問屋の 娘 だった。17才で健之助を産む。 はなし わ きじゅん ひょうじゅんご か * 長崎の 話 ですが、分かりやすさを基準に、標準語 ベースで書かれています じ も と ほうげん かた ばあい なお 地元の方言で語っていただける場合はどうぞそのように直してください はい かいわ ふし うた そうてい かいわちょう し しちごちょう * 「 」に入っている会話は節をつけて歌うことを想定していますが、会話調、詞または七五調、 うた じゆう ひょうげん または歌にて自由に表 現 していただけます しめ まんねんれい * 上記「登場人物」に示す年齢は満年齢です 3 ©ひのめぐみ B 朗読劇用 S クスクスの木の物語 もくじ 目次 だい ば 第 1場 てい き へいせい バス停 の木 しゅうげん ひ 第2場 祝 言 の日 第3場 その日 ねん ねん はちがつここのか 平成 22年 (2010年 ) 8 月 9 日 しょうわ ついたち 昭和 20 年(1945 年)8 月 1 日 ひ ここのか 昭和 20 年(1945 年)8 月 9 日 かわ 第4場 川 第5場 木 昭和 20 年(1945 年)8 月 9 日 き 昭和 20 年(1945 年)8 月 9 日 じんかくそうしつ 第6場 にち 人格 喪失 昭和 20 年(1945 年)8 月 15日 ~ 昭和 22 年(1947 年)11 月 12 日 第7場 第8場 第9場 第 10 場 第 11 場 第 12 場 第 13 場 かいこ にち 解雇 昭和 25 年(1950 年)8 月 13日 さいかい にち 再会 昭和 47 年(1972 年)3 月 21日 しぜん ここのか 自然 昭和 48 年(1973 年)8 月 9 日 かいこう へいせい 邂逅 ななじゅっかいめ 平成17 年(2005 年)8 月 9 日 ひ 七十回目のこの日 つき お月さま ありあけのつき 有明 月 平成 27 年(2015 年)8 月 9 日 平成 27 年(2015 年)8 月 9 日 平成 27 年(2015 年)8 月 9 日 4 ©ひのめぐみ B 朗読劇用 S だい ば クスクスの木の物語 てい 第1場 B き バス停の木 てい た かたがわ に ほん き と ナレ : バス停とベンチ。その横に立つクスノキは片側の大きな枝を二本も切り取られて はんたいがわ えだ の いました。それでも反対側の枝をベンチの上にずっと伸ばして、そこに座る人のため こ かげ つく へいせい ねん に木陰を作ろうとしているかのようでした。 せいれき まいとし げんばく ひ さ い し ゃ ついとうしき 平成22年、西暦2010 年の 8 月 9 日。長崎市。毎年行なわれる原爆被災者の追悼式 お かぞ どし よ うこ が終わると、数え歳八十五歳になった陽子がクスノキのところにやってきました。黒 も ふ く すがた つか ふる ひ ぼ うし じ み あまがさ さ い喪服 姿 に使い古した日よけ帽子をかぶり、地味な雨傘を差した陽子は、木を見上 した げました。それは「クスクスの木」とか「クスクスさん」と小さいころから呼び親し んできた木でした。 け しき 老女陽子 : 「あたりまえ な ん ど め まいとし いの あたりまえのよう この景色 毎年の祈り はちがつここのか いのち クスクスの木と せいいっぱい 何度目の 八月九日 ここにあり あなたの 命 も 精一杯 み ひろ だれ ないしょ た 見つけたの 広がるきのこ クスクスさん 誰にも内緒 立ってておくれ おも ゆ うき え と わ すな こころ 思いだす 勇気を得るまで 永遠の砂 わこうど つた くら おそ つづ 心 の「蔵」に 恐れの綴り なや 若人に 伝えたいこの あたりまえ 悩めることも しあわせのうち かぎ さ ゆ うき え いま ただそこに あなたがいること の しあわせ 鍵を差しこむ 勇気を得た今 とびら わが 扉 第2場 しゅうげん む ひら かた き あなたに向けて 開きましょう さあ語りましょう クスクスの木と。 」 ひ 祝 言 の日 しょうわ ねん せいれき ついたち おさななじみ おな どし とく じ わかもの ナレ : 昭和20年、西暦1945 年 8 月 1 日。陽子の幼馴染で同い年の徳治という若者に、 しゅっせい き きゅう しゅうげん まもなくの出 征 が決まり、二人は 急 きょ祝 言 をあげることになりました。陽子 いっしゅう か ん ご よう か さい と うじ は た ち は一 週 間後の 8 月 8 日には十九才をむかえますが、当時は二十歳とみなされまし なか なか とき いのち う かんが た。母親のお腹の中にいる時からすでに 命 が生まれていると 考 え、生まれ出た時 かぞ どし いっさい ま ぢか くうしゅう にはすでに「数え歳」で一歳と考えられていたからです。終戦間近になると空 襲 はげ はいきゅう こ ども お とな が激しくなり、配 給 される物資も少なくなってきました。この頃には子供も大人 きんろう ほ う し じょせい し っそ すがた もお腹をすかせながら勤労奉仕をし、女性は質素なもんぺ 姿 で働きました。しか そ のこ し祝言の日、この日はハレの日だからと二番目の姉の園子が、なけなしの着物の中 いちばんじょうとう は お から一番 上 等 なものを選んで陽子に羽織らせたのでした。 ごぜんちゅう ありあけのつき うす 午前中の西の空。まだ 有 明月が薄く残っていました。縁側からは、三人の姉と よ うい 母、さつきおばちゃんが祝言の用意にいそがしくしているのが見えます。軍服姿 の徳治も現れました。 たび 叔母 : この度はおめでとうございます、徳治さん、陽子ちゃん。 母 : よく徳治さんにおつかえするのだよ、陽子。 陽子 : ...はい。かあちゃん...あ、かあさん。 5 ©ひのめぐみ 朗読劇用 S 母 B クスクスの木の物語 なに こ ねが もう : 徳治さん、まだ何もできないこんな娘ですが、どうぞよろしくお願い申します...。 みな いっしゅん よ うこ はは まえ すす で ナレ : 皆、一 瞬 シンとしましたが、まもなく陽子が母の前に進み出て、歌いだしまし へいおん きんじょ いっしょ そっきょう た。平穏だった時、家族や近所で集まっては、よく一緒に即 興 で歌ったことを思 い出したのです。 ご おん 陽子 : 「かあちゃん、あ、かあさん、今日までの その御恩は決して わすれません そだ いただ 育てて 頂 き はは お ば ありがとう ございます。 」 めがしら ナレ : 母と叔母が目頭をおさえました。 なに いわ 三女 : 「何もない なんにもないけど 祝いましょう さ だ どう 差し出した 銅もハガネも 差し出した。 」 むかし にんぎょう 長女 : 「何もない なんにもないけど その 昔 こうかん メリケン人 形 ぬ む 交換したの。 」 く かっぽう ぎ 叔母 : 「何もない なんにもないけど 縫ってみた 真っ白無垢なる 割烹着。 」 おも で え がお 次女 : 「何もない なんにもないけど 思い出は こころ 徳治 : 「何もない なんにもないけど 母 陽子の笑顔 とびきり笑顔。 」 こころかよ 心 あれ 心 通えば ひゃくにんりき 百 人力さ。」 : 「ありがたや ああ、ありがたや ありがたや ひ たから 今日の日もまた 思い出になろう うちの 宝 じゃ 思い出は。」 とお にい くに ため 三女 : 「父さんも 兄ちゃんたちも 国の為 母 や くめ は 健一、健二 ゆ たび 旅だったんだ。」 とう : 「いずこにて お役目果たし 逝かれたか 父さん、健三 み くだ こ すがた 叔母 : 「見て下され この子の 姿 しゅうげん 見て下され 健四郎まで。 」 は 祝 言 の日の 晴れの姿を。 」 とお にい 三女 : ここにいて! いるだけでいい 父ちゃん兄ちゃん り っぱ や くめ 立派なお役目? 母 こ とば いらないわ! いらないわったら いらないわ! つつし とお にい くに つか や くめ はた : これ、言葉を 慎 みなさい。父さんや兄さんがたはもう、お国に仕えお役目を果 えいれい ひ たされた英霊なのですよ。このような日に! 三女 : …ごめんなさい、かあさん。 第3場 ひ その日 しょうわ ここのか ごぜんちゅう くうしゅうけいほう な いっしゅん せみ ナレ : 昭和20 年 8 月 9 日。午前中。空 襲 警報が鳴りやむと、一 瞬 シンとしていた蝉 こえ がっしょう さいかい あぜ たちの声がワッと合 唱 を再開しました。何を伝えようとしているのか、畦のそこ さけ こえ やま は わた ぐも ときどき み く うき むな さわ かく かしこからは負けじと叫ぶカエルの声。山の端をわたる綿雲、時々見え隠れする あおぞら ぼうくうごう い ぐち しめ 青空。縁側の向こうには防空壕の入り口。湿った 8 月の空気が胸騒ぎを伝え、壁 の柱時計は刻々と迫りくるその時にむかって針を進めていました。 6 ©ひのめぐみ 朗読劇用 S B クスクスの木の物語 ひと てんばつ ち なみだ て 人々の声: 「人はいう 天罰がきた マリアさま その血の 涙 は つみぶか な 罪深き せ お じゅもん ろうごく くさり 人という名を 背負わされ 呪文の牢獄 つながれし 鎖 よ お かんのんさま お 人はいう この世の終わり 観音様 うち たが手がすくうか み かみ ひかり ひ ころも すそ て 内を観よ 神の 光 は ひろしま じ 御慈悲の 衣 の 裾にすがらむ おさなご いずこより 照らされたもうか 幼子たちを。」 しんがたばくだん お まち き き よ うこ ナレ : 「広島に新型爆弾が落とされて町が消えたんだと」そう聞かされても、陽子たち そうぞう にはそれがどんなものなのか想像もつきませんでした。陽子の家にはテレビもな わ おんせい こくみん こ ぶ くうしゅう はげ く、ラジオが割れた音声で国民を鼓舞していました。昭和 20 年になると空 襲 が激 れんごうぐん べいぐんき ていくう ひ こ う ばくおん み んか とお す しさを増し、夜、連合軍の米軍機が低空飛行で爆音をたてて民家の上を通り過ぎて しっこく やみ なか きょうふ ふ あん のこ と さ わる もくぞう は、漆黒の闇の中に恐怖と不安を残して飛び去りました。たてつけの悪い木造の いえ びーにじゅうく ごうおん しんどう じゅうぶんふる ふ とん まる 家は B 2 9 の轟音による振動だけで十 分 震え、布団の中に丸まっている陽子の にぶ おも のこ はらわたにまで鈍く重い振動を残していくのでした。東京もやられたらしい。 沖縄もやられたらしい。九州の町も次々とやられていました。自分たちの村もい しょういだん お や わ つ焼夷弾が落とされ、焼かれてしまうか分からない。不安におののく陽子たちは ね ぶ そく おく ちゅうとう かよ もの どういん が く と ぐんじゅこうじょう 寝不足の毎日を送っていました。中 等 学校に通う者は動員学徒として軍需 工 場 はたら くに つ たけやりいっぽん み まも で 働 き、お国のために尽くしました。生徒は、なぎなたや竹槍一本で身を守る くんれん ぶっ し こんきゅう め み すす すで ききんぞく へ いき 訓練をしました。物資の困 窮 は目に見えて進み、既に家じゅうの貴金属は兵器 せいぞう ため ぼっしゅう 製造の為として没 収 されていきました。 ご ぜん じ はん えんがわ びちくひん つ その日の午前10時半。陽子は縁側でリュックに備蓄品を詰めていました。 陽子 : にんぎょう 「青い目の ぱちくり人 形 くれた人 てきこく かく どこでどうして いらっしゃるのか。」 も ひこくみん さわ やから 長女 : 「気をつけて 敵国のもの 隠し持ち 非国民かと 騒ぐ 輩 に。 」 てき てき 陽子 : 「敵はだれ? 人形くれた 人も敵? 敵はだれ? 人形くれた 国も敵?」 母 てき : 「敵はだれ? ほんとの敵は 人じゃない 敵はだれ? ほんとの敵は 国じゃない。」 あらそ な ぜ はじ な ぜ おこ だ にく あ 次女 : 「 争 いは 争いは何故 始まるの? 争えば 何故怒り出し 憎み合う?」 母 あらそ くろ おも く : 「 争 いは? 黒き思いを 食うやから 争いは? ひとごろ へ いき ぐん 三女 : 「人殺し! 兵器も軍も 母 だい きら こころ ひそ ばくだん じゅう 大っ嫌い! 人殺し! 爆弾に 銃 ひとごろ はは たね 心 のなかに 潜む種。 」 大っ嫌い!」 こ : 「人殺し? みんなどこかの 母の子よ 人殺し? みんなどこかの 母の子よ。 」 母 : 陽子、先にこれらを防空壕に運んでおいてちょうだい。 陽子 : はい。 じ じゅんび おこな ナレ : 11時、その準備が 行 われていました。 いっぷん しゅどう とう か 11 時 1 分すぎ、それは手動で投下されました。 ふん さくれつ 11 時 2分、それは炸裂しました。 7 ©ひのめぐみ 朗読劇用 S クスクスの木の物語 ナレ : - せんこう 閃光 - ちんもく 沈黙 - じひびき 地響を超えた地響 - ばくふう - 爆風を超えた爆風 うらかみ ち B く - こ うど げ ん し ばくだん さくれつ ナレ : 浦上地区、高度5~600 メーターほどでもう一つの原子爆弾が炸裂しました。それ むら じょうくう ひく い ち かく ばくだん はかいりょく えいきょう は村の上 空 のとても低い位置であったため、核爆弾の破壊力の影 響 はすさまじい ものになりました。広島にナチスのウラン型爆弾が落とされた三日後、長崎の一般 ず じょう べいこく じっさい 市民の頭 上 に落とされたのは米国が開発したプルトニウム型爆弾でした。実際の かくへいき 戦争で使用されてしまった核兵器、その最初の二つが日本に落とされたのです。そ してこれが最後の二つとされなければなりません。 核エネルギーを研究することと、実際に兵器として戦争で使ってしまうことは 大きく違います。たとえば鉄は 1600 度ではすでに溶け、3000 度ではすでに沸騰 ちひょう お ん ど しているものです。 爆心地はどんな状態になったでしょうか。その地表温度は 4000 ど ししょうしゃ まんにん 度を超えました。そして長崎市の人口およそ 24 万人中、死傷者は 15万人を超えた り さ い しゃ はっしょう びょうき かんじゃ に じ ひがいしゃ い のでした。このほか罹災者やその後発 症 した病気による患者、二次被害者を入れ かず し めいもく じんるい るとその数は、はかり知れません。それはいかなる名目であろうとも人類が人類に たい し よう む さ べ つ さつじん へ い き 対して使用してはならない、無差別殺人兵器であったのです。 おく ばくふう ふ と かべ たた 陽子は防空壕の奥にすさまじい爆風で吹き飛ばされ壁に叩きつけられて、しば き ぜつ きせきてき いち めい き らく気絶していたものの、奇跡的に一命をとりとめました。まもなく気づいた陽子 お あ くらやみ なか て さぐ しも かわ む そと は は起き上がると、暗闇の中を手探りで外に這いだしました。 第4場 かわ 川 ぼうくうごう で みち は だし さ まよ かっぽう ぎ まも ナレ : 防空壕から出て、下の川に向かう道を、裸足で彷徨う陽子。割烹着は陽子を守 みずか うすぐら るために 自 らがボロボロになったかのようでした。薄暗い世界。あちらこちらか らあがる火の手。 陽子 : あ…. あ… ここはどこ? たてもの き 建物もない 木もない た な せ かい 立つものの けはいの無い 世界 と く ろこ くずおれ 溶け 黒焦げ いっしょ て 「さっきまで一緒だった 手が にぎ てつ かん いき さっきまで握っていた 鉄が さっきまで感じていた 息が 8 ©ひのめぐみ 朗読劇用 S クスクスの木の物語 や B せ かい 焼けつくされた 世界。 」 い わたしは 生きているの? 生きているのは わたしだけなの? すな ひと み ひとびと の こ すす われ ゆる 陽子 : 「砂のよう くずれゆくかな 人の身も 人々を 乗り越え進む 我を許せよ。 」 みず くち 人の声: 「水を水 ください水を ひと口でも…。 」 き ある ひと なが み ナレ : 声に気づき、陽子は歩く人の流れを見つけました。 い ひと 陽子 : 「生きている 生きているんだ この人も ひと せ かい あげるよ水を ひと口でも かわ みず 人がいた まだ人がいた この世界 川にいくなら 水がくめるよ。」 ぼうぜん ナレ : ところが川の近くまで来て陽子は呆然としました。 かわ つ いき た かず し 陽子 : 「川に着き 息絶えるひと 数知れず かの川はどこ ち ひ ばく し ま つご かの水はどこ みず 血の川と 被爆の水と たれが知る 末期の水すら いただけぬのか かの川はどこ かの水はどこ? かの川はどこ かの水はどこ?」 第5場 き 木 いえ かえ ほんのうてき じ ぶん ほうがく ナレ : ふいに家を思い出した陽子はきびすを返し、本能的に自分の家があった方角に むかいました。 かえ みち 陽子 : 「帰ろうか うちに帰ろう 道なき道 かあちゃんはどこ? ねえちゃんはどこ? な まき も ここはどこ? 家はぺちゃんこ 生木燃え た なに ば しょ 立てるものの 何もない場所 と く ろこ くずおれて 溶けだし黒焦げ なにもかも だれ あんこく 誰も知らない 暗黒の世界 いっしょ さっきまで 一緒だったね かあちゃんと かあちゃんはどこ? ねえちゃんはどこ?」 9 ©ひのめぐみ 朗読劇用 S クスクスの木の物語 ど ふ と ね ま B ころ ナレ : ふと立ち止まったところで、陽子は吹き飛んで捻じ曲がったバス停が転がっ みき うえはんぶん や お ているのを見つけました。さらにそのむこうには幹の上半分が焼け落ちたクスノ キが立っています。まだ火がくすぶっているのを、どうにかして消そうとしますが ぬの お 水も布も無いので、自分の手のひらでパンパンと火を押しとどめようとします。 い し 陽子 : わたしは いったい、生きているの? もしかして、死んでいるの? クスクス も みき えだ ふ と しぼ だ さん、おまえ、生きてるのに、燃えちゃってるの? 幹も枝も吹っ飛んじゃって。 あな まっくろ こ 穴があいて、真黒焦げだ。 せい と こた あらわ いのち ま ナレ : クスノキの精たちが陽子の問いかけに応え 現 れます。命 を絞り出すように舞っ き てみせますが、陽子は気づきませんでした。 じんかくそうしつ 人格喪失 第6場 はちがつここのか いっしゅうかん た しゅうせん おお 8 月 9 日から一 週 間 も経たないうちに終 戦 となりました。ところが多くの国民 ナレ : つら こんらん ひ び ま う にとって終戦後には、いっそう辛い混乱の日々が待ち受けていたのでした。陽子も れい がい ひ ばく しゅんかん や けど お 例外ではありませんでした。被爆の瞬 間 、陽子はひどい火傷を負いましたが、そ じょうたい ち ゆ つら れに気づいたのは大きなショック状 態 が過ぎ去ってからでした。治癒に辛く長い つい ひ ばく ふくすう こういしょう くる 日々を費やしたばかりか、被爆による複数の後遺症に苦しめられることにもなり や けど いじょう くる じ じつ ました。しかし火傷や病気以上に陽子を苦しめたのは、被爆したという事実でした。 こわ でんせんびょうかんじゃ あつか はたら ぐち さが ひ こ さき 陽子は怖い伝 染 病 患者のように 扱 われ、 働 き口を探すのも引っ越し先を見つけ ひとくろう しんがたばくだん おおやけ るのも一苦労となっていきます。長崎に新型爆弾が落とされたことも 公 にはしば ふ とうぜん と うじ らく伏せられていました。当然のことながら当時はほとんどの科学者や医者でさ げんばくしょう かん ただ にんしき え、原子爆弾や原 爆 症 に関する正しい認識など持ちあわせておらず、ましてや陽 なん やまい な ぜ おか かんが およ 子には自分が何の 病 に何故冒されているかなど 考 えの及ばぬことでした。 む がく わたくし し じんこうてき 陽子独白: 無学な 私 がさまざまなことを知るには長い時間がかかりました。人工的に作 げ んし げ ん し ばくだん べいこく いっ げつ られた原子プルトニウムによる原子爆弾の実験が米国で行なわれてから一か月も た ながさき おお ゆうしゅう ず のう 経たないうちにそれが長崎に落とされていたこと、それらが多くの優 秀 な頭脳と じんたいじっけん じつげんか とうかまえ と うじ 人体実験によって実現化されていたこと、原爆投下前に日本はすでに当時のソ連 わ へ い ちゅうかい おおやけ に和平 仲 介 を申し入れ戦争を終えようとしていたらしいことなど、 公 になった せんじちゅう で き ご と ご さいげつ へ 戦時中の出来事を私が知るには、その後何十年もの歳月を経る必要がございまし に しゅるい げ ん し ばくだん う きけんせい ひ さん しょう た。二種類の原子爆弾が起こし得る危険性と悲惨さが 1945 年に広島と長崎で 証 めい かく じっけん ご 明されても、そこで核実験を終えることになったのではなく、むしろその後ますま かく じっけん おどろ す多くの核実験が行われるようになってしまったことは 驚 きでございました。 に せ ん かい と うか ぐうはつてき 二千回以上の実験、いいえ、間違って投下したり爆発させてしまったという偶発的 おおやけ ふく かず 事故を含めれば、そして 公 になっていない実験を含めるならば、その数いかばか 10 ©ひのめぐみ 朗読劇用 S クスクスの木の物語 B ちきゅう りでしょうか。地上の実験が終わっても、地下の実験が続けられています。地球は ひ ふ げきつう が まん その皮膚の下に与えられる激痛を、どれほどの回数我慢されてきたのだろうかと うつく し ぜん あた だ いち もう わけ つの 思えば、この 美 しい自然を与えてくださっている大地に、申し訳なさが募るので ございます。 いっぽう く る め しゅうせん こんらん なみ ナレ : 一方、徳治は久留米で終 戦 をむかえました。しかしようやく混乱の波をくぐり つ か は あ んぴ かくにん こきょう すがた ぬけて長崎にたどり着いた彼がそこで見たものは、変わり果てた故郷の 姿 でした。 おどろ ま か ぞく こころあ 驚 いている間もなく、徳治は陽子とその家族の安否を確認すべく、心当たりをあ さが まわ ね ま たお てい や こ ちらこちら探し回りました。捻じ曲がって倒れているバス停と焼け焦げたクスノ キを、徳治も見つけました。 わ ふるさと くうしゅう ありさま 徳治 : これが、我が故郷か。どの町も空 襲 でひどい有様だったが、いったいどうした だ いち う たいへん ら大地はこのような姿になり得るのだろうか?クスクスさん、お前も大変な目にあ っていたんだね。 とく じ せい こた かたわ ナレ : 徳治が語りかけると、クスノキの精たちが、それに応えるかのように徳治の 傍 あらわ ふ しぼ ま らに 現 れました。そしてあるだけの力を振り絞って静かに舞ってみせますが、徳 治は気づきませんでした。 ちか つ きあ て 終戦から 4 日目の夜、クスクスの木の近くで月明かりにぼうっと照らされてい み お ば めぐ あ る徳治を見つけたのは叔母のさつきでした。しかしようやく知り合いに巡り会え あ んど ま お ば しろうずけ せいぞん た安堵もつかの間、徳治は叔母さつきの話から、白水家で生存しているのは陽子 きゅうごびょういん のみであることを知らされるのでした。それからすぐに徳治は大村の救護 病 院 に か や せま ゆか よこ 駆けつけ、たくさんの焼けただれた人がところ狭しと床に直接横たえられている おな あい ひと なかに、同じように焼けただれた自分の愛する人を見つけました。見たこともな きず か らだ ふ ゆる いほどに傷つけられたその身体は、どこにも触れることは許されぬように思われ みじか ていきてき は ました。薬も治療法も無く、寝かされているだけの状態。しかし 短 く定期的に吐 だ いき かのじょ せい ひ っし たたか つた き出される息づかいは、彼女が生にむかって必死に 闘 っていることを伝えていま あさ ねむ め く つう した。浅い眠りであってもおそらくは、目ざめているときの苦痛から彼女をささ かいほう かんが お やかに解放しているかもしれない。そう 考 えると徳治は陽子を起こしてしまわぬ き かいふく いの か おく た く しず よう気をつけました。そして回復を祈り彼女への変わらぬ思いを送ると、静かに ば はな その場を離れるのでした。 ご たいいん あと せいかつ な もと 徳治はその後、陽子が退院した後の生活を成り立たせるため、食いぶちを求め やまおく こ うじげ んば おもむ たの て山奥の工事現場に 赴 くことにしました。さつきに陽子のことを頼むと、徳治は ながさき はな 長崎を離れました。 き かん み ま し すいじょうたい 徳治が帰還し病院にも見舞いにきていたことを陽子が知ったのは、こん睡 状 態 11 ©ひのめぐみ 朗読劇用 S B クスクスの木の物語 さ あと とき おそ から覚めた後でした。しかし時遅く、徳治はすでに長崎を去っていたのでした。さ けんがい で い わけ つた つきは徳治が県外に出て行った訳や、どれほど陽子のことを思っていたかを伝え し ま で き ご と ふたた ねつ ようとしましたが、知らぬ間の出来事を知った陽子はショックのあまり 再 び熱に じ ぶん さ おっと にくたい ゆか よこ うなされてしまいました。自分のもとを去ってしまった 夫 。焼けた肉体を床に横 い しかばね たえ生きる 屍 のようにそこにいるしかない自分。 こころ か らだ は さ いた 「どうしようもない、 心 と身体が張り裂けそうに痛いんです。生きているのは辛 ひと し いことですね。誰に分かるというのでしょう。こんな私は人知れず消えてしまいた ふう さけ にく こころ かくとう つづ い。 」そんな風に叫ぶ陽子の肉と 心 の格闘がさらに続いたのでした。 に ね ん あま す おんしん ふ つ う それから二年余りが過ぎましたが、徳治からは音信不通のままでした。さつき ひ ばく かぞ ごじゅうに じゅうぶん い は自らも被爆していたにもかかわらず、数え五十二歳になる自分はもう十 分 生 わか つよ はげ めんどう きたからといって、若い陽子に強く生きるよう励ましながら面倒をみるのでした。 じ かん いた いや 時間は肉体の痛みも心の痛みも癒していくものですが、この時の陽子に、その ほうそく あ まいばん あ く む い きずぐち 時間の法則は当てはまりませんでした。毎晩悪夢にうなされ、癒えぬ心の傷口は ひろ 広がっていくばかりでした。 ばく し ん ち い いち めい 陽子独白: 爆心地に居たにもかかわらず一命をとりとめた私とさつきおばちゃんでした と くい ゆえ め とく ほう しゃせん しょうがい が、その特異さ故に GHQ の目にとまり、特に若いほうの私は、放射線による障 害 ちりょう ちょうさけんきゅう ざいりょう ていきてき れんこう の治療というよりは調査 研 究 のための材 料 として定期的に連行されるようにな い しゃ たいしょ し かた どうよう りました。そこでは日本人の医者であっても対処の仕方は同様でした。陽子とい じんかく け ついせきちょうさ ひ ば く じっけん たいしょう もの あつか う人格は消され、追跡調査を受ける被爆実験の対 象 となる「物」のようにしか 扱 われなくなっていたのです。 しょとう ま いど け んさ く つう み 昭和 22 年、1947 年初冬、毎度の検査の苦痛におびえる私を見かねたさつきお むら に ばちゃんは、とうとう私に村から逃げるように言いました。 み そか つ き てい まえ おお ふ ろ し き せ お お ば ナレ : 大晦日月の夜、クスクスの木のバス停前に、大きな風呂敷つづみを背負った叔母 せ お とリュックを背負った陽子の姿がありました。 陽子 : さつきおばちゃん...。 う ひ さく ま くら よる 叔母 : 陽子ちゃん、あんたが生まれた日は朔だった。真っ暗な夜だったよ。あのピカ たんじょう び さく こ んや つごもり よ に ドンの前のあんたの誕 生 日も朔だったねぇ。今夜も 晦 で真っ暗だ。夜逃げする に あ にはちょうどいい。あんたは真っ暗な夜が似合う。 陽子 : さつきおばちゃん! わる あ した さく はじ ま くら 叔母 : 悪いことばかりじゃないよ。明日は朔。朔はこれからが始まりってこと。真っ暗 すこ あか になったら、少しずつ明るくなっていくしかないの。 12 ©ひのめぐみ 朗読劇用 S クスクスの木の物語 はん そで なみだ ふ はら ゆが くちもと へいせい B よそお ナレ : 半コートの袖で 涙 を振り払い、歪んだ口元を隠しながら陽子は平静を 装 います。 くまもと 叔母 : くろかわ おんせんやど とおえん いいかい、熊本の、黒川の温泉宿に行くんだよ。おばちゃんの遠縁にあたる人 き だいじょうぶ て がみ わた がやってる。気のいいおじさんだから大丈夫。この手紙を渡すんだよ。ちゃんと かくまってくれるはずだから。 陽子 : おばちゃん...。 お ば ふ ろ し き づつ の も ナレ : 叔母のさつきは自分の風呂敷包みを陽子のリュックの上に乗せて持たせます。 ま しょうめん つば いき す し せい む そして陽子の真 正 面 に立ち、唾をのみ、息を吸ってから、きちんとした姿勢で向 あ き合いました。 き き ょう ひ 叔母 : よく聴いておくれ。今日は昭和 22 年 11 月 12 日。この日かぎりあんたは... し きょうねんかぞ どし にじゅうに おおやま よ う こ し...死んだんだ! いいね。享 年 数え歳、二十二。大山陽子は今日、死にました...。 い りょうほほ こ きざ ふる りょうて お ば ナレ : 言い終わるなり陽子の両 頬 を小刻みに震える両手でつつみ、叔母さつきはその ひたい ひたい さ いご わか なみだ め うえ 額 に自分の 額 をあてて最後の別れをしました。叔母の 涙 が陽子の目の上をつた なが って流れおちました。 かいこ 第7場 解雇 ご ね ん ご おも か らだ はたら ナレ : 長崎を出てから五年後、重くひきつる身体でもどうにか 働 けるようになってい な す こ したばたら た陽子は、名を「ヨリ子」と変えて、熊本県は黒川の温泉宿に、住み込みの下 働 お やど しゅじん さいはい つ きとして置いてもらっていました。宿の主人の采配で、仕事が終わると温泉に浸か かげ つ きひ け いか か らだ きず らせてもらうことができました。そのお陰か、月日の経過とともに身体の傷も少し い ずつ癒えていくように見えました。 わす き かんが 陽子独白: これまでずっと忘れようとしても、気がつくと 考 えているのは徳治さんのこ と。どこでどうしていらっしゃるのか。忘れられるものではありません。けれど、 にく うら み じん おっと 徳治さんを憎んだり恨んだりする気持ちは微塵もないのです。ただ、 夫 にきちん つか わ み もう わけ ひ ばく と仕えることのできない我が身を申し訳なく思うばかりなのです。被爆してから、 あつか さまざま ば めん 自分がまともな人間として 扱 われないことを様々な場面で思い知らされました。 おっと めいわく そのような私が 夫 の前に出ていくことはできないと、ただただご迷惑をかけない わたくし ゆいいつ ようにと、それが夫の幸せのため、 私 にできる唯一のことでした。 とく じ い 陽子 : 「徳治さん もしまだあなたは 生きてらっしゃる? にじゅうご あれから五年 かぞえで二十五 な か い ば し ょ 名を変えて 居場所を変えて 生きてきた 13 ©ひのめぐみ 朗読劇用 S クスクスの木の物語 や けど や ま B い 火傷とたたかい 原子病の数々 た す 徳治さん どれだけ耐えれば 済むのでしょう 徳治さん もしまだあなたは 生きてらっしゃる? あれから五年 かぞえで二十五 お もに さ に かく 重荷には なること避けて 逃げ隠れ にく いた こころ 肉の痛みに む がく み 心 の痛み おんな 無学の身 きら あわれな 女 もの 嫌われ者 徳治さん もしまだあなたは 生きてらっしゃる? あ あれから五年 会いたい会えない わたし ピカドンは か い 私 も変えた 生きざまも ひと 人のようには あつかわれない おも わたくしが あなたを想う しょうわ はずかしさ。 」 せいれき せんだい まえ つき ナレ : 時は昭和25 年、西暦1950 年の 8 月 13 日。先代の主人が前の月に亡くなり、その むすめ おっと つ りっしゅう ころ はげ ゆ うだ 娘 の 夫 があとを継いだばかりでした。その日は立 秋 の頃の激しい夕立ちがあり、 いなびかり そら やま あ いま よこ おんせんやど げん かんぐち そ うじ 稲 光 が空と山の合間を横に走りました。陽子は温泉宿の玄関口で掃除をしていま ときどき かみなり おと と ゆ とどろ わた した。時々落ちる 雷 の音は、玄関の戸をガタガタ揺らすほどに 轟 き渡っていま す。 ゆうだち き のう ふ そう じ 陽子 : ひどい夕立だこと。昨日からほとんど降りっぱなし。あらあら、いくら掃除を あめ はい こ お しても雨が入り込んでくる。ここの掃除はひとまずこれで終わりにしましょう。 しゅじん ナレ : その時、新しくなった主人が陽子を呼びました。 こ わ るぎ すじょう し 主人2: ヨリ子さん、ちょっとこっちへ。悪気はないんだが、あんたの素性が知れてしま きゃく あ い て し ごと れんちゅう でんせんびょう ったんだ。うちはお 客 相手の仕事なんでね、申し訳ないが。ほかの連 中 も、伝 染 病 あきな きゅうきん になったらうちの 商 いもあがったりだってうるさいんだよ。今日までの給 金 だ。 たっしゃ 達者でな。 お 陽子 : え…? あ、はい…。あ…あの、今日まで置いていただきまして、ありがとう ございました。 うらぐち 主人2: ヨリ子さんよ、すまんな。裏口から、みんなに気づかれないように出ていきな さい。 やど や うらぐち い か さき ナレ : 宿を辞めさせられ裏口を出る陽子でしたが、入れ替わるように、先ほど陽子が そ うじ おもてぐち たず さ 掃除をしていた表 口 から訪ねて来たのがほかでもない徳治でした。差していた黒い 14 ©ひのめぐみ 朗読劇用 S クスクスの木の物語 と ほ そみ おんせんやど はい B たず 雨傘を閉じて細身の徳治が温泉宿の玄関口に入り、主人に尋ねます。 じょせい 徳治 : あのう、もしやこちらに陽子という女性がおりませんか? しつれい だれ 主人2: 失礼だが、おたくは誰ですか? もう おく おっと 徳治 : 申し遅れました。自分は大山徳治といいます。 夫 であります。 主人2: うちには、いませんよ。 しっけい 徳治 : …そうでしたか。失敬。 うらぐち ひ ど し と ナレ : 裏口の引き戸を閉め終わった陽子が動きを止めます。 に 陽子 : はっ、もしや。あれは徳治さんの声?…似ている。 こ うし ど かげ かさ かく ぬし ナレ : 格子戸の陰から、から傘で身を隠しつつ陽子は声の主を見ようとします。 ちが や ほそ 陽子 : あの歩き方。徳治さんに違いないわ!ああ、生きていらした。あの足、痩せ細っ てしまわれて。雨でびちょびちょ。でもあれは徳治さんだわ。 私はここよ。気づいてくれるかしら。 …いいえ、だめだめ!出ていってはだめなの! のきした あまがさ とお さ ゆう かくにん ナレ : 徳治は軒下で雨傘をひろげ、通りに向かって左右を確認しますが、陽子には気 な んど づきません。そのまま立ち去ろうとする徳治。何度か声をかけようとするものの、 かさ かく から傘に隠れて陽子は目で追うだけです。 徳治の心と陽子の心の歌が、すれ違いながらも呼応しようとします。 徳治 : 「陽子さん、ああ陽子さん 今どこに 生きているのか、死んでいるのか ゆめ すがた 夢にさえ な ぜ 姿 を見せぬ 何故なのか?」 陽子 : 「徳治さん、ああ徳治さん おゆるしを わ こんな陽子を ゆるしてください け つい 夢にさえ 出ては行けない 我が決意。 」 に おぼ 徳治 : 「陽子さん、ああ陽子さん なぜ逃げる 覚えているかな クスクスの木を いま な わら こえ きみ 今は無い 笑いも声も 君までも。 」 した さち ねが 陽子 : 「徳治さん、ああ徳治さん お慕わしい あなたの幸を 願い願いつ こい 逃げ続け 恋しい人から 逃げ続け。 」 徳治 : 「陽子さん、ああ陽子さん 今いずこ 君の心も 去ってしまった き も とどかない ぼくの気持ちは とどかない。 」 つた 陽子 : 「徳治さん、陽子はここよ 伝えたい ここにいますと 伝えたいのよ さけ こんなにも 私の心は 叫んでいます。」 わ つま な ぜ たなばた う ひこぼし 徳治 : 「我が妻よ、我が妻、陽子 何故なのか 七夕生まれの 彦星だのに 15 ©ひのめぐみ 朗読劇用 S B クスクスの木の物語 ゆる ねん さいかい 許されぬ 年に一度の 再会さえも。 」 さけ 陽子 : 「こんなにも 私の心は 叫んでいます。 」 徳治 : 「とどかない ぼくの気持ちは とどかない。」 ひび かさ み おく かさ さい ご ナレ : 心の声は響きあいつつも、徳治の傘を見送ってしまう陽子の傘。徳治の最後の あまおと け あめ や 思いさえ、この日の雨音はかき消してしまうのでした。雨はいつまでも止むこと ふ つづ なく二人の心に降り続けました。 第8場 さいかい 再会 さ つごもり ナレ : 陽子が黒川を去った日の夜は、長崎を去った夜と同じ 晦 でした。陽子はこの ひ とり い ば し ょ てんてん 時から初めて、一人で居場所と仕事を求めて転々としなければなりませんでし しゅうせん こ とか すじょう た。終 戦 してますます食べるものにも着るものにも事欠く日々。素性が知れると お はら く すえ ふくおか く る め がすり こ うば 追い払われるということを何年も繰り返した末、ようやく福岡の久留米 絣 の工場 したばたら やと さんじゅう に下 働 きとして雇ってもらいました。陽子、数え歳三 十 の時でした。ここで な こうはん こ んき い くく 「ヨシ子」という名で四十代後半まで働き続けた陽子は、根気の要る括り作業を まか 任されるまでになっていました。 しょうわ せいれき こ うば まえにわ いっぽん ひ が ん ざくら とき 昭和47 年、西暦1972 年 3 月。工場の前庭には一本の彼岸 桜 が立ち、時おり吹 もん そ うす く風が門に沿って並び咲くレンギョウの黄色の上に、薄いピンクの花びらを散ら ひるやす と していました。昼休み、食事を摂り終わった陽子はその桜の木のもとに歩いてき そ ぼ かた はかまい ました。それを、福岡にある祖母方の墓参りに来ていた叔母のさつきが見つけた かぞ ななじゅうなな しの えん く る め のです。数えで七 十 七 になっていたさつきは、祖母ウメを偲んで縁のある久留米 がすり こ うば の た 絣 の工場にも足を延ばしたところでした。さつきは声をかけぬまま、しばらく立 ど しず し せん ち止まって陽子とおぼしき姿に静かに視線をなげかけました。陽子が気づき視線 さき だれ さと の先に立っている人を見ると、もちろんすぐにそれが誰であるかを悟りました。 ふ たり おどろ こ とば 二人は 驚 き、しばらくは言葉になりませんでした。 お ば ひ とめ さ あゆ よ だ あ かた 陽子と叔母さつきは人目を避けて歩み寄ると、抱き合うことなく、しかし固く固 りょうて にぎ にぎ ちい ふる く両手を握りしめ合いました。二人が握り合うこぶしは、小さく震えていました。 め つづ なみだ なが 眼と眼をしっかり合わせ続ける二人。ここでは 涙 を流すことさえはばかられるこ む ごん つた し せい ただ とを無言で伝えあっているかのようでした。ようやく姿勢を正した叔母さつきが、 なつ ま なざ その懐かしい眼差しで陽子をつつみながら口を開きました。 叔母 : あなたは今、なんて? 陽子 : ヨシ子です。 叔母 : そう、ヨシ子...さん。これまでのこと、お伝えさせてくださいな。 しゅうせんご きゅうごびょういん さが あと い 徳治さんは終戦後、救護 病 院 であんたを探し当てた。その後居なくなったのは、 16 ©ひのめぐみ 朗読劇用 S クスクスの木の物語 せいけい はつでんしょ B みやざき あんたとの生計を立てるためだったんだよ。発電所の仕事があるというんで宮崎 かみしいば やまおく はい れんらく の上椎葉の山奥に入ったまま、あんたへの連絡をつけられずに二年。あんたが長 で あと い ち ど きょうり し 崎を出た後、徳治さんは一度郷里に戻ってきたの。だけど大山陽子は死んだこと まも いっしん な もの わたし になっていた。あんたを守りたい一心で亡き者にしたのはこの 私 だ。 つみ あああ、あああ、罪なことをしたよ。 りょうて かお おお ナレ : 陽子は両手で顔を覆います。 ご けんがい はたら で せ んご こんらん 叔母 : 徳治さんはね、その後また県外に 働 きに出たんだけど、戦後の混乱の中、三年 こわ もど ばく し ん ち もしたら体を壊してまた長崎に戻ってきてしまったの。あの人も爆心地をそうと まわ よわ や ほそ う歩き廻ったんでしょう。もともとひ弱なのに。もうそれは痩せ細っちゃってね。 すがた うそ とお わたしゃ、その 姿 を見たらとうとう嘘をつき通せなくなってしまった。あんたが くろかわ い あ わたし きっと黒川で生きているだろうって、明かしてしまったのも 私 なんだよ。 とき 陽子 : それで、あの時...。 あ 叔母 : 黒川で徳治さんと会わなかったの? おお あたま ふ ナレ : 陽子は両手で顔を覆い、 頭 を横に振るばかりです。 い とこ ふ 叔母 : 徳治さんはね、あんたが生きてるかもしれないと知ったら、それまで床に伏し とお さが てばかりだったのが、たいして歩けるようになって、遠くまであんたを探しに行っ やど い ご たんだよ。だけど黒川の宿には居なかったといって、その後も熊本から長崎まで こころあ さが まわ 心当たりをずいぶん探し廻っていたんだよ。 ば き く る め ナレ : その場でかたまってしまう陽子。叔母さつきは自分が着ていた久留米がすりの は おり いそ かた からだ 羽織を急いでぬぐと、陽子の肩にかけました。さつきおばちゃんのぬくもりが 体 つた に伝わっていきました。 き は おり 叔母 : これはウメさんの着ていた羽織。あんたの父さんの母さんだよ。久留米がすり と んや むすめ せんじちゅう し まいおうぎ た んす の問屋の 娘 だった。この羽織はね、戦時中たとう紙に舞 扇 とともに箪笥にしまわ きせきてき ひ だ で れていたもの。奇跡的に焼けずに引き出しから出てきたものだから、これは陽子 も あ ...、ヨシ. . . 、あー、あんたが、あんたが持ってておくれ。ここであんたに会え ひ あ たのもウメばあちゃんのお引き合わせかもしれないからね。 りょうて ゆびさき かた は お かんしょく ナレ : 陽子は両手の指先で肩にかけられた羽織りの感 触 をたしかめていました。 ひるやす しゅうりょう あ いず まもなく、昼休み 終 了 の合図がしました。 さ いご つた ゆる 叔母 : 最後にこんなこと伝えなくちゃならないなんて。許しておくれよ、陽子ちゃん。 17 ©ひのめぐみ 朗読劇用 S クスクスの木の物語 な み そ じ B はい 徳治さんは、徳治さんはね、もう亡くなったの。数えで三十路に入ったばかりの冬 し いん げん しびょう はっ けつびょう にね。死因は、原子病だ。白血 病 で...! ふたた ナレ : ま す め 再 び真っ直ぐに見つめ合う陽子と叔母の眼と眼。 どうりょう さが よ あしばや その時、同 僚 が探して「ヨシ子さーん」と呼ぶ声がしました。叔母さつきは足早 ば さ にその場を去りました。 も ば だま ふる お えつ 仕事の持ち場に戻った陽子でしたが、黙って進める仕事の手は震え続け、嗚咽を ころ か ち 殺そうと噛みしめるくちびるには血がにじんでくるのでした。 第9場 しぜん 自然 さいかい よくとし ふたた ふ ねん い ちど ナレ : 叔母さつきと再会した翌年から、陽子は長崎に 再 び足を踏み入れ、年に一度ク かよ な ま スクスの木のもとに通うことにしました。亡き夫が自分を待っていたという、その ば しょ な まえ あ また せん し し ゃ めいふく いの 場所に。もとの名前のままで。徳治や家族、そして数多の戦死者たちの冥福を祈る ため ここのか かぞ どし うすきいろ 為に。昭和 48 年、西暦 1973 年の 8 月 9 日。陽子数え年四十八歳。薄黄色の日よ ぼ うし ひ がさ も ふ く すがた け帽子をかぶり、白い日傘をもった喪服 姿 の陽子が、再びその場所にやってきま は お しげ した。新しくなっているベンチ。新しくなっているバス停。葉の生い茂ったクスク はな せみ み あ スの木。そこから放たれる蝉の声。陽子はクスクスの木を見上げ、声をかけました。 ば しょ 陽子 : クスクスさん! 徳治さんが、ずっと立っていらした場所。クスクスさん、もう いじょう おお ふと 二十年以上会っていなかったのね。ここまで大きく太くなって…。私もここまで 大きく太くなってしまったけど! ときどき あせ ナレ : 陽子は時々ハンカチで汗をぬぐいます。 な せみ ほ さが 陽子 : よく鳴く蝉さんたちね。子供の頃にはよく土を掘り返して幼虫を探したものね つち ひ ろこ けんしろう と くい ぇ。そしてまた土に戻して。広子ねえちゃんや健四郎がそういうのは得意だった。 まえ の ななだいまえ せ んぞ (蝉に)お前たちはどこから来たの?あの日を生き延びた七代前のご先祖さんはい たのかね? すわ しょうせんす ナレ : 陽子はベンチに座り、小扇子を取り出してあおぎ始めました。 き のう な よわい こ 陽子 : 私は昨日でいくつになったかって?もう、かあちゃんが亡くなった 齢 を越えて い たいせつ しまった。こんな私が、なんで生かしてもらっているんでしょうね。大切な人た い ちはみんな逝ってしまったのに。 ナレ は : これまで晴れたことのなかった陽子の心でしたが、クスクスさんに会った今日 18 ©ひのめぐみ 朗読劇用 S クスクスの木の物語 いっ てき あ んど おく みずうみ お B き ぶん は、一滴の安堵のしずくが心の奥にある 湖 にぽたりと落ちたような気分でした。 ふるさと せいちょう 郷里でどっしりと成 長 していたクスクスの木を見て、陽子の心は子供の頃に戻っ きんじょ じんじゃ まつ ぶ たい ま あね すがた ていきました。小さい頃、近所の神社のお祭りの舞台で舞う姉たちの 姿 を見てい け いこ せんそうまえ ゆうしょくご ときどき さ ん び か みんよう たこと。母がお稽古をつけていたこと。戦争前は夕食後に時々家族で讃美歌や民謡 ご お つ こ うば な かま を歌ったこと。その後時代が落ち着いてから、工場の仲間からブギウギやツィスト おど かた の踊り方を教えてもらったことなどが思い出されてきます。そしてウキウキとし よろこ ひかり と ち こころ た 喜 びの 光 が再びほうぼうに飛び散って、陽子の 心 はうずうずと踊り出したく なってきました。 ふ 陽子はとうとうハンカチを振りながら歌いだしました。 陽子 : 「クスクスさん? わからないのよ どこむいて 生きて行ったら ・ ・ いいのやらやら?」 み あ 木精 : 「クスノキを 見上げてごらん クスクスクス あごをあげたら どこ見てる?」 の こ 陽子 : 「いつのまに クスクスさんは 伸びてたの? 焦げくすぶって お 折れていたのに。 」 わら 木精 : 「くちびるの かどをあげてよ クスクスクス 笑ってくれれば い か い 生きた甲斐あり。 」 しょうせんす ふ ナレ : こんどは小扇子を振りながら歌い続けます。 つよ よわ 陽子 : 「あら、うふふ クスクスさんは 強いのね わたしの心は 弱くてだめなの。 」 つづ すがた 木精 : 「強くもない 弱くもないの ただここに 立ち続けるの わたしの 姿 。 」 かな こ どく 陽子 : 「悲しいの でもどうしても 笑っちゃう まだわからない 孤独な私。」 いのち よ 木精 : 「ひとりなの? わたしもひとり ここにいる だけど 命 が 寄ってくるのよ。 」 ひ がさ ふ かいかつ おど ナレ : それを聞いた陽子は、日傘を振りながらだんだん快活に踊りだします。 蜂 きみ : 「ぼくがいる 君がいるから ぼくがいる ぼくがいるから きみもいるのさ。 」 は す いき い ぶ かたち で 風精 : 「きみの吐く 息や吸う息 息吹き立ち ぼくらの 形 も うまれ出るのさ。」 蝶 なみ : 「風の波 ぜつぼう 花精 : 「絶望を 水精 : 鳥 : みずかがみ 「水 鏡 まか ま ちい ちきゅう きままに任せて 舞い生きる 小さな風でも 地球をめぐる。」 にんげん 知る人間に つた しん 伝えたい 信じきるだけ ただそれだけよ。」 うつ あなたのアルバム 映し出し 「風にのる とも いつも友だち しん 信じてる あなたのなかから すべてつながる。」 ビジョンに向かって 時をつくるよ。」 みんな: 「クスクスクス、クスクスさんと 生きてきた むずか かる い 難 しくせず 軽くいこうよ 軽く行こ 風にのろうよ 軽く行こ クスクスクス、クスクスさんと 生きてきた むずか かる い 難 しくせず 軽くいこうよ 軽く行こ 19 風にのろうよ 軽く行こ。 」 ©ひのめぐみ 朗読劇用 S クスクスの木の物語 B かいこう 第 10 場 邂逅 ろくじゅう じ だい か ひばくしゃ どうどう くち ナレ: あれから六 十 年。時代は変わり、陽子が被爆者であることを堂々と口にできる はちじゅう こ とし ようになりました。数え歳八 十 になった陽子は今年もクスクスの木のもとに来ま へいせい せいれき ここのか も ふ く すがた ひ がさ たた した。平成17 年、西暦2005 年の 8 月 9 日、11 時。喪服 姿 の老女が日傘を畳み、 こ かげ すわ あせ ふ と けい もくとう ベンチに作られた木陰に座り、汗を拭きます。時計を見、手をあわせて黙祷しま ねむ す。ところがその後、そのままうとうとと眠りに入ってしまいました。 とく じ はじ す みずうみ 陽子独白: 徳治さんが初めて夢に出てきました。私たちはきれいに澄んだ青い 湖 のふ た わか ちに離れて立っていました。徳治さんは若かりし頃の姿のままでしたので、「私 は だけこんなおばあちゃんになっちゃって、恥ずかしい」と思いました。徳治さん だま む き も は黙ってこちらに向いて立っているだけでしたが、気持ちもいきさつもこちらに つた ひ ばく 伝わってきました。徳治さんもやはり被爆されていたのでした。 あ 徳治 : ようやく会ってくれましたね。 もう わけ ゆる 老女陽子 : 申し訳なく思っております。許して、いただけるのでしょうか。 陽子だって、陽子だって、お会いしたかったのでございます。 ゆる おこ 徳治 : 許すだなんて、そんなこと。ぼくは怒ってもいないのに。 すがた ひ ばく こういしょう や ま い ながねん わずら 老女陽子 : こんな私の 姿 、被爆の後遺症、いくつもの原子病、長年の 患 い。 もの 私のような者には、徳治さんは、もったいのうございました。私のような者には。 み きょうぐう 徳治 : 陽子さん、よろしいか?あなたの見かけや境 遇 がどのようになったとしても、 し んか さげす あなたの真価は、真価は変わらない。あなたがどんなに自分を 蔑 んだとしても、 う こ そんげん かく かがや もともと埋め込まれているあなたの尊厳は、隠しようもなく 輝 いているのだから。 かた 陽子独白: そのようなことを男の方から言われたことはありませんでしたので、私は心 ま か は から真っ赤になってしまいました。恥ずかしくて声も出せなくなっていました。 ぼく き しつ じゅうぶん 徳治 : 僕にはね、陽子さん。あなたのそのままの気質。それで十 分 なんだ。 今でも変わらないよ。 こ とば は もく 陽子独白: 私は言葉も出せずにただただ恥ずかしく、黙しておりました。 かえ 徳治 : もうしばらくすると、あなたもこちらに還ってくるのだよ。 うちがわ 徳治 : 「内側に こころ じっそう うち まなこ どうか 心 の 実相に 内なる 眼 を 20 むけてください。 」 ©ひのめぐみ 朗読劇用 S B クスクスの木の物語 にじゅうだい あらわ ひび ナレ : そのとき二十代の陽子が 現 れて、徳治と響きあいます。 うちがわ 若い陽子 : 「内側に みずか 心をむけて 生きました おも さば せ つ 自 らを裁き 責め尽くすまで。」 わら さば 徳治 : 「思い出そう よく笑ったね クスクスと 木は裁かない 誰も責めない。 」 ないおう うちゅう 若い陽子・徳治: 「内奥の あなたの心の 宇宙には ありがとうの海が 広がっている。 」 みずか おそ とりで 若い陽子 : 「 自 らを 怖れ わす きず そと 砦 を 築きあげ う く み せ かい まぶしすぎるの 外の世界は。 」 あ えが じんせい も よ う 徳治 : 「忘れたの? 生まれ来るころ 見せ合った 自分が描いた 人生模様。 」 うちがわ じっそう 若い陽子 : 「内側で うち まなこ あ 私の心の 実相で 内なる 眼 を 開けて見るのね。」 ないおう 若い陽子・徳治: 「内奥の あなたの心の 宇宙には ありがとうの海が 広がっている。 」 いっしょ さ んぽ ふ たり みち 徳治 : 「いつか一緒に 散歩しましょう 二人の道を。 」 徳治・陽子: 「いつか一緒に、散歩しましょう 二人の道を。 」 …二人の道を…。あ、徳治さん…? 徳治さん…? 老女陽子 : ま いっしょ い 陽子独白: 徳治さんの姿はあっという間に消えていました。どんなにそのまま一緒に行 て まよ ってしまいたかったことでしょう。もし手をのばしてくれたら、迷わずその手を つ たの とって一緒に連れて行ってと頼んでいたことでしょう。 はちじゅっさい ナレ : め さ 八 十 歳 の陽子が目を覚ましました。 ゆめ き き ぼう う くだ 老女陽子 : 「夢だったの 夢だったのね 消えないで 希望はどれも 打ち砕かれて あきら す じんせい せい かぎ そだ 諦 めの 捨て人生も 生ある限り い こ んど あ もくひょう だれ き ぼう どこかで育つの かすかな希望 きみ 言われたい 今度あなたに 会ったとき もっときれいに なったね君はと し ご 死後にある のろ い こころ 目 標 だなんて 誰に言う く ぐ ち し っと げ わるくち い うそ い みが かぜ 呪わない 悔やまず愚痴らず 嫉妬せず ひ うちがわ 心 の内側 磨きをかけるわ こころ さわやかな風を え がお かた とお 心 に通すわ こと は 卑下しない 悪口言わず 嘘言わず 笑顔とともに 語る言の葉 人の目を 気にするよりは しゅくしゅく 粛 々と おのれ たましい 己の 魂 す わた 澄み渡らせよ 己の魂 澄み渡らせよ。 」 第 11 場 ななじゅっかいめ ひ 七十回目のこの日 で き ご と じゅうねん さいげつ す せん ご ななじゅう よう か かぞ ナレ : 夢の出来事から十 年 の歳月が過ぎました。戦後 七 十 年目の 8 月 8 日、陽子は数 きゅうじゅう たいちょう くず ねん い ちど え歳 九 十 になりました。ここ四~五年ほどは体 調 を崩し、年に一度の、いつもの あし はこ さき ごろ ろうじん か い ご し せ つ にゅうしょ 場所に足を運ぶことがかないませんでした。そして先頃、老人介護施設に入 所 し たばかりでした。 たんじょう び そつ じゅ いわ じゅんび わか 陽子の誕 生 日に卆寿を祝う準備をしていた若いボランティアたちは、陽子の希 かな 望を叶えるため、クスクスの木があったところへ連れて行くことにしていました。 21 ©ひのめぐみ 朗読劇用 S クスクスの木の物語 へいせい ねん はちがつここのか しゅっぱつ わたくし B も ふ く すがた 陽子独白: 平成27年、西暦 2015 年の 8 月 9 日。出 発 の朝 私 はいつもの喪服 姿 に、さつ は おり すわ きおばちゃんから頂いた羽織をひざにかけ、車いすに座り、若いボランティアさん かこ かいがい がくせい すうめい 5-6 名に囲まれていました。この日は海外からの学生ボランティアさんも数名いら ばなし さい しんがた っしゃいました。私がクスクスの木の思い出 話 をすると、彼らは最新型の小さな で ん じ は き き なん て ばや しら だ んさ 電磁波機器の何とやらを使って手早く場所を調べ、私のために段差のない道やエ おし せんようしゃ たの レベーターのある駅のホームの場所まで教えてくれました。専用車など頼めぬ私 こうきょうこうつう き か ん い どう は、公 共 交通機関を使って夏の長崎を車いすで移動しなければならないからです。 いちにちおく はじ ひ と たんじょう び いわ 一日遅れでしたが、初めて他人さまから自分の誕 生 日を祝ってもらいました。 おく もの ちょうだい 誕生日カードなんていうしゃれたものをいただき、一人一人から贈り物まで頂 戴 べいこくせい え いご い み しました。米国製のハイカラな誕生日カードには英語で「おめでとう」という意味 も じ か わかもの ていねい の文字が書かれていることを、若者の一人が丁寧に教えてくれました。 はちじゅうきゅうさい ボラ声2: 八 十 九 才デスね。オメデトウ。ワタシカラはこのアメリカン・ドール。カワ いいでしょ? むかし ボラ声1: かぞ どし きゅうじゅっさい そつ じゅ 昔 の人は数え歳で考えるから、九 十 歳 なんだよ。それで今日、卆寿のお祝い お い なんだから。さてと、これは富士山ラベルの美味しいお水。 くちべに わる 介護士 : 陽子さん、私の口紅で悪いけど、ちょっとつけて行きませんか? 主任 あそ : あら、いいわね~。美人になったこと。ゆっくり遊んでらっしゃいね。 ひ みつ くら くち べに つ おく もの いっぺん とど 陽子独白: それはそれは、まるで秘密の蔵の中に積み上げてあった贈り物を一遍に届け まあたら み つつ られたかのような日でした。口に紅をさして、真新しいものに身を包まれている す なお よろこ かた む じ ゃ き 私。素直な 喜 び方を忘れていた私は、若い人たちからの無邪気なはちきれんばか しゅくふく おそ す なお ないめん し わた りの祝 福 のエネルギーを恐る恐る、でも少しずつ素直に、内面に浸み渡らせてい あか かんじょう ちょくげき じょうへき くず きました。明るく新しい感 情 の直 撃 を受けて、私の心の城 壁 がやさしく崩されて わこうど お ゆだ みち いくようでした。若人が押してくれる車いすに身を委ね、がたがた道でもなめら わたくし み こころ かな道でも、 私 は身も 心 もなすがままになっていました。 つ は あじ いっしゅん か んき なが どろぬま は 尽き果てそうになったときに味わう一 瞬 の歓喜のために、長い長い泥沼を這う じんせい じ かん ような人生の時間はあるのかもしれません。 がいろじゅ はな せみ こえ へ いわ ねが ひ ろば かんばん さが ナレ : 街路樹から放たれる蝉の声。 「平和を願う広場」の看板近くでクスクスの木を探 に めい くるま すがた すボランティアさん二名と 車 いすの陽子の 姿 がありました。 ぜったい へん ボラ1: おかしいなあー、絶対この辺にあるはずなんだけど。調べてみるよ。 ただ ボラ2: ヨーコさん、クスクスの木のありかは正しいデスか? てい 老女陽子 : ええと、バス停があそこで、クスクスの木はここいらにあるはずなのよ。 な ボラ2: イイデスか?駅があっち、バス停はこっち。ベンチ?無いデスね。木はあっ 22 ©ひのめぐみ 朗読劇用 S クスクスの木の物語 B り っぱ ちにもこっちにもあるケド、どれがクスクス? 立派な道しかありませんネ。 せんじちゅう 老女陽子 : 私もとうとうボケちゃったのかねぇ。戦時中に姿の変わり果てたクスクスさ と うじ み わ んでも、当時は見分けがついたもんだけどねぇ。 た き おく ま ちが ボラ2: もう長いこと経ちマシタから、記憶は間違っているかもシレマセンネ。 わ ボラ1: んー、分かったよ。 ボラ2: どうデシタか? いったい かいはつ こわ ボラ1: ここ一帯が、四~五年前から開発されてて、いろんなものが取り壊されちゃっ たらしいんだ。 わ ボラ2: そうデスか、それでは分からないネ。 老女陽子 : それじゃあ、あのクスクスさんも? のこ なに ボラ1: うーん、どこかに残ってないかなぁ。何か少しでも手がかりになるものありま せんか? ぼうくうごう あと 老女陽子 : あぁ…あそこ。防空壕の跡。私が入ったことのある防空壕の跡だよ、あれは。 てき まえ た 防空壕の中からだとね、クスクスさんが、まるで敵の前に立ちはだかってくれて るように見えるのよ。 ボラ2: ソレデハ、クスクスの木は、ここにあったのデスね。 で ん じ は 陽子独白: ボランティアさんは、どこにあるのか分からないくらい小さな電磁波機器とや て ばや しら じょうほう うつ らで手早く調べてくださっていましたが、こんどは自分の手のひらに情 報 を写し 出して私に見せながら話してくれました。 へ いわ ねが がくしゅう し せつ ボラ1: ここに「平和を願う広場」っていうのを作って、平和学 習 用の施設にするため へん に、この辺の古い木が切られちゃったみたいなんですよ。 さとし くるま よこ だま き お よ うす ナレ : 智 とルナが、車 いすの横に黙って立ちました。陽子はかなり気落ちしている様子 です。 しら ボラ1: 陽子さん、ごめんね。もっとよく調べておけばよかったね。 ざんねん ボラ2: 残念デスね。 つ 老女陽子 : …いえいえ、ここに連れてきてもらっただけでもありがたいことです。 な んじ もく ささ 何時かしら?もうすぐ 11 時 2 分だわ。クスクスさんの分も、一緒に黙とうを捧げ ましょう。 ぜんいん もく ささ ナレ : 全員で黙とうを捧げました。 す ひと ねが 老女陽子 : 済まないんだけど、一つお願いをしていいかね。 き ょう ボラ2: モチロン、今日は何でもおっしゃってクダサイ。 23 ©ひのめぐみ 朗読劇用 S クスクスの木の物語 よる い ちど B よ 老女陽子 : じゃあ甘えさせてもらいますよ。夜、もう一度ここに寄ってくださる? ひ とり い 一人でここに居てみたいの。どうぞお願いします。 がっしょう たの ナレ : 陽子は合 掌 して二人に頼みました。 せんやく だいじょうぶ ボラ1: ごめんなさい!先約が入ってる!ルナは大丈夫? ひ とり ボラ2: ノープロブレム、サトシ。ワタシ一人でダイジョーブ。 のぞ こ ナレ : ルナがにっこりして陽子を覗き込みます。陽子がその目を見て言いました。 にんぎょう 老女陽子 : そういえば昔、あなたがくださったような青い目のお人 形 をもってたわ。 アメリカ 米国の学校から送られてきたものだと聞きましたよ。 ボラ2: ワオ!ウレシイデス。 に ほ ん にんぎょう 老女陽子 : 姉の学校からも、日本 人 形 をあなたの国に送ったそうですよ。 き ひと ボラ2: ワタシはアメリカから来マシタけど、私のグランマは日本の人、グランパがア ひと メリカの人デス。ワタシのパパはロシアの人。ワタシはルプツォーフスクにイマ り こん に か い め ひと シタ。それからママは離婚シマシタ。二回目のワタシのパパはドイツの人。ワタ す ひ とり さび シはケールに住みマシタ。一人になったアメリカのグランパが寂しがりマスから いっしょ く 今はサンディエゴで一緒に暮らしてイマス。 こくさいてき 老女陽子 : まぁー、国際的だわね。どこがどこやらよく分からないけど。 ボラ2: えっと、アメリカも、ロシアも、ドイツも、ワタシのフルサト。それにここ、 ニホンもネ。 す ば 老女陽子 : そうなのねえ。まぁ、それは素晴らしいこと。 つき 第 12 場 お月さま すずむし ね ひび よる へ いわ かんばんまえ お ナレ : 鈴虫の音の響く夜。 「平和を願う広場」の看板前にルナが陽子の車いすを押しな ひとことふたこと はな がらやってきました。車いすをとめると、陽子と一言二言話し、ルナはそこから離 ちか がいとう は お り すがた て れて行きました。近くに立っている街灯が、陽子の羽織 姿 を照らしていました。 すわ かたほう なみだ しばらくすると、じっと座っていた陽子の片方の目から 涙 がつーっと流れていき で まか おさ おも ました。もう片方の目からも涙のつぶが出てくるのに任せると、抑えていた思いが つぎつぎ 次々とあふれ出てくるのでした。 老女陽子 : だけど… どうして…。どうしてですか。クスクスさん。あなたまで。また わたし な ぜ い 私 は、私は一人ぼっちですか? 何故クスクスさんまで先に逝ってしまうの? き ひと い 木は人よりずっと生きるんでしょう!? なんびゃくねん 何 百 年 だって生きるでしょう! 何故… なぜ! なぜ! 24 ©ひのめぐみ 朗読劇用 S クスクスの木の物語 ひ とり な かげ がいとう ろじょう B うつ ナレ : 一人むせび泣く陽子の影を、街灯がアスファルトの路上に映します。 もど しばらくすると、ルナが戻ってきました。 かえ ボラ2: ヨーコさん、もう帰りマスか? つき おが 老女陽子 : そうね。だけど、お月さまがまだ出ていらっしゃらないの。拝ましてもらい たいわ。 み ま ボラ2: 月を見たいのデスか?じゃ、もっと待っていまショーネ。 老女陽子 : すまないねぇ。ありがたいこと。 じょうぶ ど て すわ ふえ おと かな ナレ : ルナは防空壕上部の土手に座ると、笛のような音を奏で始めました。 いちにちじゅう がいしゅつ ね い 一 日 中 の外 出 でくたくたになった陽子は、とうとう寝入ってしまいました。しば らくすると、ルナもまどろみ始めました。 かえ こきょう しん 陽子独白: 思い返せば、故郷を出てからというもの、何も信じられなくなったときでも、 はな かた まんげつ 誰にも話せない心のうちを語りかけていたのがお月様でした。とはいえ満月はま え ほん えが はんげつ ほそ ぶしすぎました。子供の頃に読んだ絵本の中に描かれていた、半月よりも少し細く ふと す て、三日月よりも少し太いのが、私の好きなお月様。そのゆりかごみたいなお月様 こし に私は腰かけている。 ひかり せい あらわ しず ま ナレ : 月の 光 の精たちがゆっくり 現 れると、静かに舞い始めました。 にじゅうだい すがた か いわ そこへ二十代の 姿 の陽子が現れ、月と会話を始めます。 つき てんばつ つみ 若い陽子 : 「お月さま あれは天罰 だったのですか 人は罪の子 だったのですか ひかり お月さま こたえておくれ せつなき 光 こえ つつ しず 包んでおくれ 静けき光。」 き きよ 月精声: 「わたくしに 声かけるもの さあお聴き さば な 浄けき世界に 裁き無かりき。 」 ねが かあ つ 若い陽子 : 「お月さま?… ああ、お月さま お願いよ 母ちゃんのとこ 連れてって。 」 いのち つな 月精声: 「 命 の綱 き いのち いただいた 命 な けっ みずから切ること 決してあたわず と わ 永遠に生かしめ。 」 ぜ たす 若い陽子 : 「何故ですか 助けてくれない 何故ですか ひ とり くる たった一人で 苦しんだとき。 」 な 月精声: 「月は母 命の母よ あなたの母 ともに泣かずに おられましょうか。」 わる ばっ 若い陽子 : 「悪い子だから 罰したの?」 だれ わ こ ばっ 月精声: 「誰が我が子を 罰したかろう。 」 月光精: 「悪い子などは う いと あるはずもなく 産みだされしは 愛しき子ばかり。」 若い陽子 : 「じゃあ何故に、なぜ、なぜ、なぜ? 死にきることも できない私 生ききることも できない私。」 25 ©ひのめぐみ 朗読劇用 S クスクスの木の物語 てん し ぜん B うつ 月光精: 「こらしめは 天も自然も いたしません 映し出すだけ 心のなかを。 」 若い陽子 : 心のなかを? うち ひかりよ 月光精・花精: 「みずからの 心の内なる 光呼び ただただ光 かがや 輝 かしめよ。」 若い陽子 : 心の内なる光… じ ゆう い し さず えいえん い ふか おも 月光精・花精・木精: 「自由なる 意志を授けて 永遠に 生かしめんとす 深き思いを。 」 つみぶか 若い陽子 : 罪深き…子にも…? つみ 月光精・花精・木精・風精: 「罪の子は どこにもいない ダメな子も いと いと ご 愛しき子ばかり あなたも愛し子。 」 しん 若い陽子 : 「わたくしが? 信じられない! わたくしなんか にんげん き ダメな人間 だと信じ切り…。 」 お こころ 月光精・花精・木精・風精・水精: 「ダメな子は どこにも居らぬ み まも 心 から すく 見守られませ 救われませよ う はぐく どの子とて どんな子だとて 産みだされ うそ すく 育 まれませ 救われませよ。」 し あ てん 若い陽子 : 「嘘だうそ 私はなにも 知りません 何故こんな目に 遭わせるの 天は なに ただの月 あなたはどうせ ただの月 何もできない 何も知らない。 」 われ み まも ま ぎょう 月精声: 「それでよい 我ただの月で あってもよい ただ見守りて 待つことの 行 。 」 わか すがた いっしゅん ナレ : 若かりし 姿 の陽子は、一 瞬 はっとします。 しん ・ 若い陽子 : 「ごめんなさい 信じぬこころ ごめんなさい さく あ つき しん 朔に有る月 ・ 信じるこころ。」 くらやみ ひかり さ 月精声: 「暗闇は ま いっぽまえ さく しんげつ ひら まど 光 差す間の 一歩前 朔に新月 開かれゆく窓。 」 わ 若い陽子 : 「なにもかも 分からなかった なにもかも おうのう ただもがいては 懊悩の日々。 」 すく おく て くる ふち お 月精声: 「救いたき 子に送る手を はねのけて 苦しみの淵に 落ちる子ばかり。 」 若い陽子 : 「そんなこと するはずもなし どれほどに ま こ すく ひ おも 待ち焦がれたか 救いの手をば。 」 ちから き 月精声: 「秘められし 思いの 力 に 気づかねば みずか き おくそこ ゆう き まえ すす みずか ふ と まど と いま ・ ・ み ありし思いを 今いざ見んとす。 」 け つい とき 自 らの 決意ありての 今のこの時。 」 めぐ 若い陽子 : 「見ぬ振りと た ち 光 蹴散らし 窓閉じる子ら。」 おも 若い陽子 : 「 自 らも 気づかぬ心の 奥底に 月精声: 「勇気もち 前に進むと ひかり け どうどう廻りの わがおもい む まんげつ 断ち切り 跳びて 向かう満月。 」 ねむ ろうじょ さ かた とも き ナレ : 眠っていた老女陽子が目を覚まし、月が語るのを若い陽子と共に聴きます。 ぜん 月精声: 「受け入れよ 送り続けし 我が光 心の膳に うち しん が 老女陽子 : 「求めなば 内なる真我 な なそ さいかい はい 受ける杯あり。」 しん こと は 七十かけ 再会ありとは 真の言の葉。 」 26 ©ひのめぐみ 朗読劇用 S クスクスの木の物語 む い し き かがや こた われ B かえ ナレ : 無意識に月にむかって目を 輝 かせて応えた老女陽子でしたが、ふと我に返ると、 下をむき、頭をふりながらつぶやきます。 じ もの 老女陽子 : 「むだ死にを む させられし者は いかばかり だ 誰も無駄には 死にたくなかろ。」 よ おお 月精声: 「人の世に じ ひ とり 見えなきことの 多かれど むだ死になど無し どの一人にも すく 天は救わん どの一人をも。 」 みずか ふ ま な ひと 木精・土精: 「 自 らの 振る舞い無くも 同じ人 か がく すい じ ゆう い し ゆる 人を人とて もてあそぶとき おな 科学の粋 自由意志とて 許されず 同じく人が それをこうむる と ち たみ すす い ひ う こ ごう こ じんるい ごう かの土地の 民進み出で 引き受けし 個の業超えて 人類の業。 」 さと さが あんねい み よ な 月精声: 「人間の 悟らぬ性よ 安寧の 続く御代には こと無きうちは とうと なんじ 尊 きは にくたい さ み たま すく なんじ せいしん 汝 が肉体 差し出しつ あまたの御霊 救う学びぞ。 」 ど だ い した へ いわ 木精・土精: 「土台下 くつ うら 平和の道を ささえつつ ふ も せい 汝 が精神 齢 重ねて ゆ うき 靴裏で 踏まれし揉まれし その生の みじめなこと無し 勇気あれかし。 」 たましい 風精・水精: 「勇気ある よわい け つい 魂 もちて 進み出で 決意し時を 思い出すらむ。 」 ゆ うき じんるい い ん が おうほう せ お 月精声: 「みなさまは 勇気をふるい 人類の 因果応報 身に背負いつつ。」 はらわた どうこくおうのう 木精・土精: 「 腸 に 慟哭懊悩 おさめつつ うら かえ いか 恨みに恨みを 返すことせず 怒りに怒りを 返すことせず。 」 よ や ひ か り てん つよ 花精: 「よすがなり この世の病みを 日花里まで 転じさせます 強き心は ありがたきかな ありがたきかな。 」 み うち くに さ 木精・土精・風精: 「身内とて 国とて引き裂き 死にすれば ふ んど ね んみ てき あまたの人間 憤怒の念満ち 敵とみたてて おも く その思い こころゆる 心 許さぬ びょうそう その思いをば 食わんとす やみの病 巣 つち した なんぜんかい ばくはつおん 食いとめし。 」 ちんもく さけ 木精・土精: 「土の下 何千回もの爆発音 沈黙のなかに 地球の叫び いっぱつ 一発の がた プルトニウム型 あと 爆弾の い け に え かげ 前と後にも 犠牲者の影。 」 み たま 月光精・花精・水精: 「見えずとも すべての御霊 われら知る いや すく 癒されませよ 救われませよ 気づかれず しょうめつ かんしゃ 消 滅 せしも われら知る 感謝とともに 救われませよ。」 まよ こ よい 月光精・花精・風精・木精・土精・水精: 「悲しみも 迷いも今宵 かぎりにて いわ ま おど 祝いや祝い いざ舞い踊らん。 」 もの 若い陽子: わたくしも、その地に住まう者の一人と? ごう せ お け つい 老女陽子: わたくしも、その業を背負う決意をした者の一人と? せ たましい 月精声: もうご自分を責めないでください。あなたは、あなたがたは、みじめな 魂 など ゆ うき ではないどころか、勇気ある魂なのです。 ほんとう 若い陽子: 本当ですか? 老女陽子: 本当ですか?お月さま。 27 ©ひのめぐみ 朗読劇用 S クスクスの木の物語 ぞ うお おんねん はな ゆる B こ 月精声: そうです。そして憎悪や怨念を放つことなく赦しを超えた心は、憎悪のさらなる かくぶんれつ おさ げ ん し ばくだん かげ ぎせいしゃ 核分裂を抑えました。しかし一発の原子爆弾の陰にある犠牲者はあなたがたのみ ご く かく じっけん ならず、その後も繰り返される核実験はこの地球の肉体をむしばんできました。そ いか ぐ こう こうむ れでも地球は怒りなどしない。人間が起こした愚行を人間が 蒙 る姿を涙で受けと た めながら耐えていらっしゃるのですよ。 老女陽子: はい….。はい…。ありがたいことでございます。ううう。 だいだい にく つた ゆる つた 月精声: どうか代々に憎しみを伝えるのではなく、赦しを伝えてください。そして平和と はんえい みち てん 繁栄の道へと転じるよすがとなってください。 にく わたし だい お 若い陽子: ああ、ありがとうございます。憎しみを伝えるのは、私 の代で終わらせます。 つき ナレ : ひかり じ ぶん こ 若い陽子は月の 光 のなかで、自分でありながら自分を超えたところから、 みずか こえ はっ き 自 らの声が発せられるのを聴きました。 さ んげ かんしゃ め わか な 懺悔と感謝の涙が陽子の目からあふれ出ます。若い陽子と老女陽子ともに泣き、 だ わ しばらく抱き合って一つに和していきました。 つき ひかり せい い ず ただ おと そら あらわ 月の 光 の精たちが居住まいを正しました。すると月の精が音もなく空に姿を 現 ま し、舞い始めるのでした。 と わ た びじ いってん 月の精: 「十八の旅 旅路ながしと 思えども それ一天に あつ てん かく ちゅう 集まりし点 ひふみよ いむなや ここのとお み ふ ぼ 見ゆるかな かくれし父母は び う 見えねども 美 宇に隠せり かく 宙 に隠せり ひふみよ いむなや ここのとお てんかい もん うるわしき 天界の門 ひら かえ 開かれて み たま いざ還りつく 御霊のふるさと ひふみよ いむなや ここのとお。」 ありあけのつき 第 13 場 有明 月 はじ な こ 陽子独白: わたくしはこの日、初めて心から泣くことができました。目からは涙を超えた あふ ひかり うちがわ さ ものが溢れだしました。やわらかなお月さまの 光 が心の内側まで差し込んで、こ と くし ま す と んがらがっていた何本もの光の糸を解きほぐし、櫛で真っ直ぐ梳かすかのように、 ほうこう ひそうかん かな 自分の心が向かうべき方向に流してくれたようでした。その心は、悲愴感や悲しみ ちが ちから つ ひとつぶ というものではなく、何か違うなつかしい 力 に突き動かされて、涙の一粒一粒が か こ ひず と め まど そと お 過去の歪んだレンズを溶かし出し、眼の窓から外へ押し出してくれているようで した。 28 ©ひのめぐみ 朗読劇用 S クスクスの木の物語 ろうじょ な は はな B こえ ナレ : 老女陽子が、泣き腫らした目と鼻にかかった声でありながら、せいせいとして つぶや 呟 きます。 な 老女陽子: 泣いた泣いた、大いに泣いたわ! ぬ あ、プ、プレゼントのハンカチが、こんな涙で濡れてしまう。 たいへん とき しんこきゅう 大変、大変。ええっと、こういう時は深呼吸、深呼吸! しんこきゅう まわ せいれい ま ね ナレ : 老女陽子は深呼吸します。周りにいる精霊たちと若い陽子も、深呼吸の真似を しています。 はんたいがわ あくうん りょう 老女陽子: それから、ええーっと。反対側向いてみるといいって聞いたわ。悪運を切り 良 うん え 運を得る! はんたいがわ まわ せいれい ナレ : 老女陽子が反対側に向きます。周りの精霊たちと若い陽子も、真似して反対側 をくるりと向いています。 な まえ わら 若い陽子: クスクスさんの名前を思い出すと、どうしてもクスクス笑ってたことを思い ふ ま じ め なげ 出しちゃうわ。不真面目な陽子。あー、こんなに嘆いているのに、もう一人の陽子 はクスクス笑いだしそう。 お か わら 老女陽子: ほんと、可笑しいわ。もう笑いたいときには笑っちゃいましょうよ。 な 若い陽子: ほんと、もう泣きたいときには泣いちゃいましょうよ。 せいれい まわ じょじょ あつ ナレ : 精霊たちが、二人の周りに徐々に集まってきて、あたりが明るくなってきまし た。 木の精 : 今だよ、陽子。ダンス、するんだ! 若い陽子: よし!こうなったら、どんどんいくわよ! わか ろうじょ かさ かいかつ おど い もの せいれい ナレ : 若い陽子は、老女陽子の傘を手にすると、快活に踊り始めます。生き物や精霊た いっしょ おど ちも一緒に踊りだしました。 おおごえ な みんな: 「大声あげて 泣いてもいいよ め 眼から涙を 流していいよ なか 心の内から 晴らしていこう なか 心の内から 涙をつくろう 29 ©ひのめぐみ 朗読劇用 S クスクスの木の物語 B 大声あげて 泣いてもいいよ め 眼から涙を 流していいよ なか 心の内から 晴らしていこう なか 心の内から 涙をつくろう。 」 ろうじょ わか くるま た すす で ナレ : 老女陽子の手をとる若い陽子。うなずいて 車 いすから立ち上がり、進み出る老 おど で あ 女陽子。若い陽子、老女陽子、ともに踊りあいます。これまで出会ったみんなが つぎつぎ あらわ いっしょ おど はじ 次々と 現 れて、一緒に踊り始めます。 なみだ なが みんな: 「 涙 はなんでも 流してくれる は かがみ 腫れた目のまま 鏡 をみたら クスクス クスクス クスックス き のう こと 流しちゃおうよね 昨日の事は 流しちゃおうよね さっきの事は 流しちゃおうよね いちびょうまえ 一 秒 前 まで いつでも ゼロから スタート OK! ・ ・ もうそろそろそろ 気づけよ気づけ つ はな 詰まった鼻だよ かがみ 鏡 をみたら クスクス クスクス クスックス ご 笑っちゃおうよ 一秒後の事 き ょう 笑っちゃおうよ 今日みる夢を あ した はっけん 笑っちゃおうよ 明日の発見 いつでも ゼロから スタート OK! いのち 生ききろうよね いただく 命 死にきろうよね 生ききる命 まよ なんにも なにも 迷うことなく め ざ 目覚めたんだよ もとの命に かえ 還れるんだよ もとの命に 愛の光に つつまれながら もう何であれ 私の光を さえぎるものは ないんだよ もど 戻っていくよ すべてのものは もとの姿に 30 美しく ©ひのめぐみ 朗読劇用 S クスクスの木の物語 B か ぞく だれもがみんな 家族というけど うちゅう 宇宙がまるごと 家族家族 クスクス クスクス クスックス おど 踊っちゃおうか ほら、あご上げて み あ 踊っちゃおうか クスクス見上げ こうかく 踊っちゃおうか 口角あげて いつでも ゼロから スタート OK! いつでも ゼロから スタート OK! いつでも ゼロから スタート OK!」 や き のこ ナレ : 歌が止みました。みんなが消え、老女陽子とルナだけが残りました。陽子は車い すわ ぼうくうごう ど て よ あ すに座り、ルナは防空壕の上の土手にいます。ルナが、夜明けの空に消えかかっ ありあけのつき ている有明 月 を見つけました。 さ ボラ2: ヨーコさん、あそこ!(月を指す) き ょう すがた 老女陽子 : ほんと。今日はわたしの大好きなお 姿 の、お月さまね。 老女陽子 : 「お月さまに、ありがとう そら ひび 空からお心 響いてきます いっしょにいますよ かならずと いっしょ 見えなかろうとも 一緒よと ああ、私は生きている いま、ここに、いる かあさん、ありがとう、ごめんね かあちゃん、ありがとう、ごめんね。」 陽子独白: わたくし じ しん ふか ところ じんせい 私 は、それがどんなことであろうと、私自身の深い 処 で引き受けた人生な けっしん おそ のであれば、これを生ききろうと決心いたしました。遅すぎる決心であるとは、も いま い かなら い み う思いますまい。どの人も、「今」「ここに」居るということに、 必 ず意味がある ななじゅうねん た こんにちはじ のだと思えるからでございます。戦後七 十 年 経ち、今日初めて、生きさせていた かんしゃ まいにち だいていることに感謝できました。あたりまえに見える毎日があるということが、 31 ©ひのめぐみ 朗読劇用 S B クスクスの木の物語 ふか めぐ 深い、深い恵みでございます。 さまざま ぎじゅつ おもて うら これからも様々に出て来るでありましょう新しい技術。どんなものにも 表 と裏 かか がございましょう。どちらを引き出すか、どちらの世界で生きるかは、それに関わ もの し だい る者の思い次第。 わたくし くく しば みずか これからの 私 は、外からのあらゆる括りと縛りを超えて、 自 らのなかに作り おも こ とば たいせつ みずか だす思いと言葉の力を、大切に、大切にしていきたいと思うのでございます。 自 おも こ とば ちから たいら よ もっと とお らのなかの「思い」と「言葉」。その 力 。 平 かな世に近づくには、それが 最 も遠 ちか い まい おも く見えて最も近い道であると、九十年生きて参りましてようやく、そのような思い つ にたどり着いたのでございます。 き ぎ あいだ しらじら う ナレ : 木々の 間 から鳥たちのさえずりが聞こえ始めました。白々と明けて行く空に浮 ど て そうちょう ねが おく かぶ月を土手からじっと見つめるルナ。早 朝 の「平和を願う広場」の奥から、若 がっしょう 者たちのハーモニーが聞こえてきます。陽子はゆっくりと合 掌 しました。 終 ***************************************** ◇ 音をつける際の参考: 第1章 <ト短調> 陽子:「あたりまえ 第 2 章 <ホ長調/ホ短調> 第 3 章 <ト短調> あたりまえのよう 人々の声:「人はいう 天罰がきた 陽子:「青い目の 第4章 <ニ短調> 陽子:「さっきまで一緒だった 第7章 <ホ長調> 陽子:「徳治さん <ホ短調> 徳治:「陽子さん、ああ陽子さん <ハ長調・ハ短調> ぱちくり人形 くれた人 ~ もしまだあなたは ~ 陽子:「クスクスさん? <へ長調、ヘ短調> 徳治:内側に 第 12 章 <イ短調・イ長調> 陽子:「お月さま 月の精:「十八の旅 マリアさま 手が 第 10 章 <和楽> ~ 陽子:「かあさん、今日はお伝え申します~ <ハ短調> 第9章 この景色 今どこに ~ ~ わからないのよ どうか心の 実相に あれは天罰 旅路ながしと 32 ~ どこむいて 内なる眼を だったのですか 思えども ~ ~ ~ ~ ©ひのめぐみ 朗読劇用 S 第 13 章 <変ロ長調・ロ長調> クスクスの木の物語 みんな:「大声あげて 33 泣いてもいいよ ~ ©ひのめぐみ B 朗読劇用 S クスクスの木の物語 +++++++ + +++ +++++ +++++++ + +++++++ +++++ +++ こ B + +++++++ ばっ 「わるい子だから 罰したの?」 わ 「だれが我が子を だ い と う あ せんそう 罰したかろう」 ま っ き ながさき 大東亜戦争の末期、1945 年 8 月長崎。 く さい しょうじょ つつましやかに暮らす 18才の少女 すうじつご しゅっせい ま ぢ か しろうず – とく じ しゅうげん 白水陽子は、出 征 間近の徳治と祝言をあげた。 げんばく と う か よ う こ きせきてき いちめい それから数日後、8 月 9 日。長崎に原爆投下。陽子は、奇跡的に一命をとりとめるものの、 ひ ば く こういしょう わずら たいせつ か ぞ く うしな おっと い わか な 被爆の後遺症を 患 うこととなる。大切な家族も 失 い、 夫 とも生き別れた。これまでの名も じんかく な ま え じんせい ひ と り 人格までも失い、新しい名前で新しい人生を一人で生きていくことになる。 てんば つ 「天罰だったのですか」 こころ と 陽子はそう 心 に問いながら、生きつづけた。 ささ つき そんな陽子の心の支えとなっていたのは - 月。 にく ゆる つた 「憎しみを伝えるのではなく、赦しを伝えてください」 せ ん ご ゆる こころ つた ものがたり 戦後70 年、日本から赦しの 心 を伝えたい物語 。 +++++++ + +++ +++++ +++++++ + へん +++++++ +++++ +++ + +++++++ ぶたい 『クスクスの木の物語』の英語編、舞台劇(オペレッタ)用のシナリオは 以下の URL からダウンロードできます HP Mail http://kuskusnoki.web.fc2.com/ [email protected] 34 ©ひのめぐみ
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