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ばんこくはくらんかい
すいしょうきゅう
5 ロンドンで開かれた第1 回万国博覧会の水晶 宮(1851
□
てっこつ
年)/ガラスと鉄骨でつくられ,世界各地の産物を集めて
てん じ
展示した。
なります。マンチェスターは,綿工場の
えん とつ
なら
じょう き せん
じょう き き かん しゃ
たんこう
煙突が立ち並ぶ大都市になりました。蒸気船や蒸気機関車が,原料や
6 炭鉱で働く子どもたち
□
(1850 年)
商品を速く大量に輸送しました。鉄や兵器なども,工場で機械を使っ
つむ
1 糸車で羊毛から糸を紡ぐ
□
(1814 年)
ぼうせき き
めん か
さんぎょうかくめい
めん し
(3)工場で働く子どもたち
じょう き
5
̶ 産業革命̶
おお ぜい
1832年,マンチェスターの近くの町で集会が開かれ,大勢の
■ 蒸気と綿ぼこりの中で
労働者が旗を持って集まってきました。工場で働く子どもたちも
さい
7歳の男の子ブリンコウは,朝の5時前にベルで起こされます。
なみだ
参加しました。皮ひものムチに「見てください。涙を流してくだ
き しゅく しゃ
麦がゆの朝食をかきこみ,寄宿舎を出て,5時半には工場に入りま
ふだ
こし
ゆか
て 35℃になることもあります。腰をかがめて床をはいまわり,綿く
ずを掃除します。昼に 30 分の食事時間をはさんで,夜の8時まで働
スチーブンソンの設計した蒸気機関車が,
マ
ンチェスター — リバプール間を時速27kmで
走った。
つか
10
ちん ぎん
かんとく
こうじょうほう
事故は目の前で起こりました。10 歳のメアリのエプロンが,回転
定することや,普通選挙を実現することをめざして運動をすすめました。
イギリスでは,
1802年,
綿工場で働
する機械の軸にはさまれ,体ごと巻き込まれたのです。片足を失っ
そして,このような経済のしくみ(資本主義 )を改めるべきだとする,
く子どもを保護する法律が,
初めてつ
社会主義の考え方が生まれました。土地や工場を社会の共有にして,
定められるのは,
1840年以降の工場
じく
ま
こ
ふ つうせんきょ
けいざい
かた あし
はら
リバプール
マンチェスター
15
10
ひん ぷ
平等な社会を実現しようとするものです。マルクスは,貧富の差を生
ぶん せき
もでした。
▶手作業から機械へ
すいりょくぼうせき き
い機械が次々に発明されました。アークライトは水力紡績機を発明し,
ロンドン
200km
ぼうせきこうじょう
さい み まん
年の工場法によって,
15歳未満と女子
エンゲルスは 22歳のとき,マンチェスターの町を歩きまわって調査し,次のように記録している。
せんたく
イギリスでは,綿織物を速く,安く,大量に生産するために,新し
ブリストル
けいえい
いくつもの紡績工場を経営しました。
おうべいしょこく
【エンゲルスが見た労働者の住宅】
てきました。18世紀には,インドから綿織物が輸入され,人気を集め
そ
法となる。
じゅう た く
ました。あざやかな色に染まり,軽くて,洗濯しやすいからです。
バーミンガム
い こう
の労働時間は12時間以下とされた。
け おりもの
めんおりもの
シェフィールド
くられた。労働時間が10時間以下と
の法律が成立した。日本では,
1911
あらわ
イギリスの人びとは,長い間,職人が手作業でつくった毛織物を着
リーズ
し ほん
論』を著しました。
さ ぎょう
工場法の成立
これにならって,
欧米諸国では同様
み出す資本主義のしくみを分析し,エンゲルスの協力のもとに『資本
ろん
0
し ほんしゅ ぎ
しゃ かい しゅ ぎ
めん こう じょう
イギリスの綿工場の労働者の 70%以上が,女性や 18 歳以下の子ど
ニューカッスル
7 ムチで追い立てられる子ども
□
(1832 年)
労働組合をつくりました。また,労働者の生活や権利を守る法律を制
て
カーライル
労働者は,労働時間を短くし,賃 金 を引き上げることなどを求め,
5
た女の子に,工場主は見舞金さえ払いませんでした。1847 年には,
グラスゴー
10時間労働の法律を勝ち取るぞ」と歌いました。
きつづけます。疲れて床にすわりこむと,監督のムチがとびました。
み まい きん
人口10万人以上の工業都市
1852年の鉄道
かか
さい」と書いた札をつけ,掲げて歩きました。会場では,
「1日
つむ
す。綿花から糸を紡ぐ工場の中は,綿ぼこりがたちこめ,むし暑く
3 世界で最初に営業した鉄道
□
(1830 年)/
世界各地に輸出し,
「世界の工場」とよばれました。
▶労働は1日10 時間に
わた
めん か
Go to work you devils or I'll
cut you in half -
て大量生産されました( 産業革命 )
。19世紀,イギリスは,工業製品を
2 ミュール紡績機(1830 年代はじめ)
□
/綿花から一度に300 本ほどの綿糸を紡ぐ。
「マンチェスターの中心には,商業地区があり,ここはほとんど事務所と倉庫だけが集まっている。工場などを経営する資
ていたく
15
く
本家は,高い台地の上に広大な邸宅をかまえ,自然で健康な空気の中で暮らしている。工場は,3本の川と多くの運河の流れに
そ
ひら や
ほ
みっしゅう
沿って建てられている。川沿いの労働者地区には,
小さな平屋の掘っ立て小屋が密集している。たいていの住宅は1部屋しかなく,
床に板がはってある小屋はほとんどない。ドアは開け放しだが,家具などは一つも見えなかった。ドアの前の道路は,いたると
が
お ぶつ
ころ瓦れきや汚物だらけだった」
じょう き き かん
4 産業革命のころのイギリスのおもな都市
□
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蒸気機関を動力に使うようになると,工場は町につくられるように
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