第132回講演会(2015年 5月28日, 5月29日) 日本航海学会講演予稿集 3巻1号 2015年4月30日 輻輳海域における国際 VHF 無線電話を用いた 船舶間コミュニケーションの特徴について 学生会員○田崎 佑一(東京海洋大学) 正会員 國枝 佳明(東京海洋大学) 正会員 鹿島 英之(東京海洋大学) 正会員 竹本 孝弘(東京海洋大学) 要旨 船舶自動識別装置(以下、AIS とする)を搭載する船舶の増加により、国際 VHF 無線電話(以下、国際 VHF と する)を用いて操船意図を確認するなど船舶間コミュニケーションを行う場面が増加した。しかし、衝突回避 において国際 VHF を用いることについて明確なルールは規定されておらず、また、衝突を予防する上で、国 際 VHF を用いることの是非については、各国により見解がさまざまである。 本研究では、輻輳海域において、国際 VHF を用いた有効かつ適切な船舶間コミュニケーションを提案する ことを目的とし、船舶交通の輻輳する東京湾における国際 VHF を用いた船舶間コミュニケーションの実態に ついて調査するとともに、その特徴を明らかにした。 キーワード:航海計器・計測、交通、国際 VHF 無線電話、船舶間コミュニケーション、衝突回避 1. はじめに 近年、AIS を搭載する船舶の増加により、衝突を 2. 衝突回避における国際 VHF を用いた船 舶間コミュニケーションの役割 予防する場合において意思確認などで国際 VHF を使 国際 VHF は二船の操船者が意思疎通を取ることが われることが多くなった。国際 VHF は操船者同士が できる有効なツールであるが、避航行動において国 直接会話し意思疎通を行うことができるツールとし 際 VHF を使うことについての明確な規定はない。 脇田らの調査(2)では COLREGs(Convention on the て非常に便利なものであるが、過去の事故において は、国際 VHF を用いたにもかかわらず、思い込みや International 過度な安心により適切な意思疎通が図れず、結果的 Collisions at Sea)と国際 VHF を用いて操船決定を (1) に衝突海難に至ったケース も見られる。 Regulations for Preventing することの是非については、3 氏により論評がなさ (2) れたことを紹介している。 脇田らの調査 によれば、アメリカの船橋間無線 通信法では航行船舶の安全のために意志交換を実施 Harding は国際 VHF を操船決定に役立てるべきで しており、裁判では、事故を防ぐために国際 VHF を あると述べる一方、Stitt は、操船決定は COLREGs 役立てなかったことに責任を求めている。一方、イ にのみ従い行われるべきであり、国際 VHF を使用す ギリスの通達では衝突回避に国際 VHF を使用する危 べきではないとこれに反論している。Cockcroft は 険を警告しており、裁判では国際 VHF の誤用を非難 Harding の 論 文 に 対 し て ア メ リ カ 、 イ ギ リ ス 、 している。 IMO(International Maritime Organization)の見解 日本においては、衝突回避に国際 VHF を用いるこ の違いを示した上で、国際 VHF は COLREGs と矛盾す とについて、現在は明確な規定はなく、用いること る行動をとることに同意するために使用すべきでな の是非も検討されていない。このように衝突を回避 いとしている。 しかしながら、特に輻輳する海域や航路が定めら する上での国際 VHF の使用については、各国の見解 れている場合においては、航法規定に従った避航行 は様々である。 本研究では、輻輳海域において国際 VHF を用いた 動ができない場合がある。航路の出入り口付近にお 船舶間コミュニケーションを研究する上で、世界的 いて衝突のおそれが発生した場合はお互いに衝突を に見ても有数の輻輳海域である東京湾で行われてい 避ける必要があり、このような場合においては国際 る船舶間コミュニケーションの実態を調査し、その VHF を用いて操船意図の確認を行うことが有効であ 特徴を明らかにすることを目的とする。 る。また、見合い関係が発生する前にあらかじめ接 近することを避ける、いわゆる先行避航を行う場合 31 第132回講演会(2015年 5月28日, 5月29日) 日本航海学会講演予稿集 3巻1号 2015年4月30日 に操船意図を伝えることも有効であると考えられる。 (3) 瀬田らが伊勢湾で行った調査 によれば、二船が 4.東京湾における船舶間コミュニケーショ ンの特徴 4.1 通信を行う船舶の特徴 国際 VHF で通信を行った場合、行わなかった場合に 比べて衝突危険度が高い状態で避航動作が行われて 呼び出した側の半数はタグボート、エスコートボ いたことがわかっている。よって、通常よりも危険 ートであった。大型船をエスコートする船舶から、 と感じる場合に国際 VHF を用いてお互いの操船意図 相手の行先の確認、操船意図の確認及び再確認が行 を確認することで、危険への対処を行っていたと考 われた。また、大型船の付近の船舶との二船間距離 えられる。 を維持するよう促す通信も見られた。 規則上の様々な解釈があるとしても、国際 VHF を 4.2 海域による通信の特徴 使った船舶間コミュニケーションは、船舶の通常の 運航において、現に実態として行われており、衝突 航法に基づいて避航行動が行われる海域と航路等 海難の防止を最優先とする上で、今後、有効な船舶 により避航行動に制限を受けるため、航法に基づい 間コミュニケーション技術を構築する必要がある。 た避航行動を行うことが難しい海域において会話内 容に違いが見られた。 3.国際 VHF を用いた通信の実態調査 避航行動に制限がないような海域においては、 2013 年 7 月 8 日、9 日に富津岬において国際 VHF 「右舷対右舷」や「おもて側、とも側をかわす」な を用いた通信を聴取し、 併せて AIS 情報を受信した。 どといった簡略な通信が多く見られ、一方二船が同 図 1 に富津岬及び東京湾の概要を示す。実態調査の じ航路に入航しようとする場合において、並走、追 結果、二船の避航行動について通信のタイミング、 い越しまたは前後に一列をなして航行している場合 海域、二船間距離を把握した。得られた通信は 41 には二船間の相対的な位置関係について交信を行う 件であった。図 2 は 15 分毎の通信回数をグラフに表 場合が見られた。 特に、中ノ瀬西方海域において速力制限のある浦 したものである。 それぞれの通信は船の長さや船種、場所ごとに分 賀水道航路に入る船舶には、後続の船舶に自船の速 類し、会話内容から速力、変針、行先、操船意図等 力や減速する旨を伝え、二船間の相対的な位置関係 に分けて分析した。 を維持するよう促す通信が見られた。 4.3 通信内容 図 3 は最初に通信を開始した船舶が他船に向けて 発信した情報を「速力」 「変針」「行先」「意図」に分 類し、図 4 では通信を開始した船舶が他船に質問し 6 通信回数 5 4 3 2 1 0 通信時刻 図1 図2 通信時刻と回数(7月8日,9日) 調査場所 32 第132回講演会(2015年 5月28日, 5月29日) 日本航海学会講演予稿集 3巻1号 2015年4月30日 25 25 15 1 2 10 5 0 2 11 5 20 2 タンカー 7 1 2 2 0 2 12 4 通信回数 通信回数 20 6 貨物船 PCC 10 15 タグボート 5 010 10 0 図3 その他 15 通信内容(自船情報の発信) 図4 101 2 11 1 4 タンカー 貨物船 タグボート 通信内容(相手船情報の質問) た内容を同様に4項目に分類した。船舶間コミュニ なわち、予め接近することがわかっていても、接近 ケーションの内容は「行先を聞く」、 「行先の提示」 を避けるための針路の変更が難しい海域においては、 が最も多く、さらにその半分以上は大型船の進路警 最接近から 15~20 分前に通信を行うケースも見ら 戒を行うタグボート、エスコートボートによるもの れた。 であった。これらの通信には、行先を聞いた後に、 追越しを行う場合、相対速度が小さいことが多い どういった行動をとるのかという内容が含まれてお ことから、通信を行ってから実際に追い越しを行い り、相手船の操船意図を把握するためであると考え 最接近となる時間は様々であり、また通信を行った られる。 時点で最接近となった場合も見られた。 通信を行うタイミングについて、船舶の大きさと また、航路内で追い越しを行うために、追い越さ 最接近までの時間には相関は見られなかった。 れる船舶に「行先」を聞くことで、航路出航後に進 路が交差しないよう、左右どちら側から追い越すか 5.考察 を決め、その旨を追い越される船舶に伝えた通信が 見られた。 第 2 章で述べたとおり、輻輳海域や航路等が指定 加えて、応答がなかった場合(2 件)や伝えた操船 されている海域では航法に従った避航行動を行うこ 意図と違う避航行動がなされた場合(2 件)など、コ とができない場合がある。 ミュニケーションの失敗が見られた。 他船と通信を行うタイミングについて、中ノ瀬航 路と木更津航路の出口付近については、他の海域に 4.4 通信を行うタイミング 比べ、15 分前などかなり早い段階で通信を行うケー 図 5 には、送信側の船舶の全長と二船が通信を行 スが見られたことを第 4 章で述べた。これらの海域 ってから最接近に至るまでの時間を示した。進路が では、他船に接近することが予想されても、大幅な 交差する場合においては、 船舶の全長にかかわらず、 変針や速力の変更を行って操船意図を伝えることが 二船が最接近に至る 5~10 分前に通信を行うケース 難しいため、また航路内を航行していることから第 が 70%と大半を占めた。 最接近に至るまで 5 分以下、 三船と新たに見合い関係が発生するなど状況の変化 10 分以上であった通信は、二船がそれぞれ横浜航路 が起こることが予想しづらく、予め二船で操船意図 と鶴見航路から同じタイミングで出航した直後、二 の確認を行ったと考えられる。 航路の出口付近で進路が交差した場合と二船がそれ また中ノ瀬西方海域を南航する船舶同士では、 ぞれ中ノ瀬航路と木更津航路を航行中、航路から出 「速力」に関する情報交換が多く見られ、加えて後 た後に進路が交差することが予想される場合であっ 続の船舶に対して今から何ノットまで減速する、と た。 いった具体的な数値を述べ、後続の船舶に注意を促 す通信も見られた。これは東京湾外に向かう全長 いずれも 2 つの航路の出入り口が近距離にある場 合において、二船がそれぞれの航路を同じタイミン 50m 以上のすべての船舶が浦賀水道航路の北側出入 グで出航してきた場合に行われた通信であった。す り口において合流するため、また同航路には速力制 33 第132回講演会(2015年 5月28日, 5月29日) 日本航海学会講演予稿集 3巻1号 2015年4月30日 最接近までの時間(min) 適切に行わなかった結果、思い込み等により結果的 に衝突海難に至ることも十分に考えられる。 30 今後、本研究で得られた特徴を様々な角度から分 25 針路が交差 析することにより、有効な船舶間コミュニケーショ 同行・追越 ン技術を確立したいと考える。 20 15 10 その他 5 参考文献 0 0 100 200 300 400 (1)運輸安全委員会:船舶事故調査報告書(LNG 船 送信側の船舶の全長(m) 図5 PUTERI NILAM SATU,LPG 船 SAKURA HARMONY 衝突 事故),2014 船舶の長さと最接近までの時間 (2)脇田礼三・藤原紗衣子・藤本昌志:国際 VHF 無線 限があるため、速力が変化する船舶が多いことから 電話と航法の関係についての一考察,日本航海学 二船間の安全な距離を維持するために行ったためと 会論文集,第 131 巻,pp.25-32,2014 (3)瀬田広明・小野太津也・矢野雄基・鈴木治:VHF みられる。 無線電話通信から見た伊勢湾の海上交通状況,日 同じ方向に航行する二船の通信には、このように 本航海学会論文集,第 121 巻,pp.50-61,2009 避航行動を行うためだけでなく、二船間の相対的な 位置関係について、操船意図の確認し、注意を促す ことを目的とした通信も見られた。 6.結論 本研究では操船者同士が実際にコミュニケーシ ョンをとるためのツールとして、特に輻輳海域にお いての国際 VHF を用いたコミュニケーションについ て調査し、次の結論を得た。 (1)通信の内容は「行先」に関するものが最も多く、 そのうち半数以上がタグボート、エスコートボー トにおいて行われた。これは行先の情報により相 手の操船意図を把握するためである。 (2)航路等の制約が少ない海域においては「右舷対右 舷」、「おもて側をかわす」といった簡潔に操船意 図の確認を行う通信が多く見られた。この場合、 針路が交差する場合には最接近に至る 5 分~10 分前に通信が行われるケースが大半であった。 (3)航路等の出入り口付近においては、接近すること が予想される場合でも大幅な変針を行うことが 制限されるため、(2)で述べた海域より 15 分~20 分といった早い段階で通信が行われている。 (4)航路の入り口付近や航路内を同航する二船の通 信は二船間の相対的な位置関係についての通信 が多く見られた。 国際 VHF による船舶間コミュニケーションは正し く意思疎通が行われなければ、有効なものとならず、 34
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