自然石を利用した石組み落差工の安定性と 環境機能の評価に関する研究

2008 修士論文梗概集
自然石を利用した石組み落差工の安定性と
環境機能の評価に関する研究
RESEARCH ON THE STABILITY OF THE MASONRY FALLING WORKS USING NATURAL
STONES AND THE ESTIMATION OF THEIR ENVIRONMENTAL FUNCTION
河原 輝昌
Terumasa KAWAHARA
西日本工業大学大学院 工学研究科 生産・環境システム専攻 環境システム分野
In order to preserve of the river environment, the natural materials are often used. Falling works are usually concrete structures, but it is
pointed out that the falling works constructed with natural stones are superior for the life of a river.
In this research, we aimed at the
acquisition layout method of masonry falling works, and measured the flow of block on step to evaluate the fluid forces relating to the pressure
distribution on the back of the steps. We also conducted the estimation of the flow and the research on the fish in the river laid with masonry
falling works and evaluated flow conditions and fish habitat conditions created by works.
Key Word: drag force, block on step, masonry falling works, step flow, fish habitat
1. はじめに
ち高さ D=20cm の段落ち水路をもつ開水路である(図-1).
自然石を利用した堰や床止めなどの落差工は,景観,環
水路下流端には,水位調節用ゲートが設置されている.実
境面に配慮した整備として利用が期待されている.石組み
験は,1 辺 5cm のアクリル製立方体をステンレス材で作製
落差工の設計では,越流部や水衝部に設置すべき石の形や
した片持ち式 L 型力計に設置して抗力の計測を行い,物体
大きさの選定,落差を作るための石組み構造,河床への石
周面の圧力測定ではピトー管とマノメーターにより測定
組みの配置など不明な点が多く,洪水時や低水時の流れ特
を行った.実験条件は,流量 Q=0.03~0.01 ㎥/s で,下流水
性を考慮し,流体力の評価に基づいた基準を明らかにして
深は段落ち高さ D=20cm より大きくし,22~40cm の範囲で,
おくことが必要である.石組み落差工の流体力の定量的な
Re=5・104~7.6・104,Fr=0.5~1.0 の範囲で設定された.
評価を困難にしている大きな要因は,自然石の利用による
ゲート
整流板
落差工周辺の流れは,段落ち部の流れと同様に,下流水
三分力 計
深が段落ち高さより十分大きい場合には水面形状はほと
工の破壊へと繋がることになる.
本研究では,段落ち流れを対象として,室内実験及び現
350
13850
図-1
完全越流となる.この時,流線の著しい曲がりによる遠心
り,段落ちを背面に有する物体は下流に引っ張られ,落差
2100
9900
1500
んど水平に近く,下流水深が段落ち高さより小さくなると
力の作用で,段落ち背面には大きな負圧を生じることとな
950
200
600
げられる.
400
複雑な落差工形状と下流水深による流れ特性の変化が挙
2.2
開水路概略図
現地実験について
実験河川がある岩岳川は,周防灘に注ぐ流域面積 36.9km2,
流路延長 20km の二級河川である.河口から 8.5km 地点で
樋門により流路調整されて,洪水時は旧河川である放水路
地実験で,ステップ上の単体の物体まわりの流れを計測し, を通じて隣接する佐井川へ流下させている.図-2 は,樋
段落ち周面の圧力分布と関連づけて流体力の評価を行っ
門の直下流に整備された実験河川の平面図を示している.
たものである.また,実際に石組み落差工を設置している
抗力の計測は,貯水池から約 50m 地点にある落差工中央に
河川で,平常時の流況評価及び,魚の調査を行い,石組み
三分力計を固定してから自然石を設置して行った.
落差工によって創出される流れ場とそこでの魚類生息場
の評価を行った.
2. 実験装置と実験方法
2.1
室内実験について
実験水路は全長 12m,水路幅 40cm,勾配が 1/1000 の鋼
枠製アクリル製水路で,堰下流端より 2.1m の位置に段落
図-2
実験河川概略図
3. 実験結果と抗力係数の検討
3.1
抗力の近似的評価
図-3 は,Re=q/ν=7.6・104 の場合の下流水深による圧
物体のない段落ち部の圧力を pbs とする.物体上流面,物
力分布の違いを比較したものである.q=単位幅流量.図中
体下流面及び段落ち背面の水圧は,ピエゾ水頭がほぼ一定
実線は上流面の圧力分布の測定値を結んだもので,破線は
になることが観察されていることから,それぞれ pe+woye,
下流面の測定値を直線で示したものである.上流面の破線
pa+woya,及び,ps+woys と近似する.また,物体上流面の
は静水圧分布として三角形分布を示している.上流面の圧
圧力と水深は,pe≒he+Vu2/2g,hu≒he+d とおくと,である.
力を見ると,どれも静水圧分布より大きくなっている.底
運動量式を適用すると,(1)式が得られる Fef は物体上流面
面に示した矢印は上流部の動水圧の大きさを示していて,
に作用する力,Fab は物体下流面と物体直下の段落ち背面
ほぼ一致していることが認められる.
に作用する力,Fbs は物体のない段落ち背面に作用する力
である.
p a/w
p b/w o
p s/w o
p a/w o
p s/w o
図-3
物体上流面と下流面の圧力分布
図-5 流れのモデル化(実験では d=W=L)
図-4 は,段落ち部下流壁面の横断方向の圧力分布を示
したもので,水深 h で基準化したものである.y=0 は段落
ち部の河床面で,y =-20cm は段落ち下流の河床面であ
る.図中の破線は静水圧分布として水面から直線を引いた
ものである.段落ち部下流壁面は,ほぼ同じ直線的な圧力
分布を示すことが認められる.段落ち部で流れの曲がりに
よる圧力低下を生じるが,段落ち下流壁面の流れは,不完
B
2 B
− wo hd
− Fef + Fab + Fbs
2
2
2
v
d
Fef = wo (hu − )dW + wo u ⋅ dW
2
2g
1
Fab = ( pa + pb )dW
2
1
1
Fbs = (2 pb + wo D ) DW + (2 ps + wo D ) D( B − W )
2
2
ρBqvd − ρBqvu = wo hu 2
(1)
全越流の場合,流速が小さく淀み域になるため,ピエゾ水
段落ち部下流面の圧力分布が,物体の影響により歪んで
頭がほぼ一定になるものと考えられ,物体の段落ち下流壁
ps≠pb となり,物体下流面直下の圧力分布が周囲と異なっ
面の圧力への影響は,流れの幅と物体の幅や水深と物体の
た圧力分布になる場合と,段落ち部下流面の剥離域により
高さの比などに関係するものと考えられる.
物体の影響があまり現れず ps≒pb となり,ほとんど一様な
z/d=0
z/d=0.4
z/d=1
z/d=3.8
1.0
圧力分布になる場合を比較する.ps≠pb の場合,pa と ps が
0.5
未知数となる.(1)式を pa について解くと,(2)式が得られ
る.物体の影響が水路側付近に現れない場合,(1)式中の
0.0
物体による項を除いて ps を求めると,(3)式が得られる.
-0.5
y/h
-1.0
これを Eq3,Eq4 の式に代入すると,(3)式より pa が求めら
れる.
-1.5
p / wo
a
= ( Eq1 + Eq 2 − Eq 3 ) / Eq 4 hc
-2.0
Eq1 = 1 /
-2.5
-3.0
0.0
図-4
3.2
1.0
2.0
p/wo/h
3.0
4.0
段落ち部下流壁面の圧力分布
物体周面の圧力分布と抗力について
図-5 は段落ち部の高さ d,幅 W,長さ L の物体を設置
した時の流れの概略を示したものである.物体上流端では
hd
h
1h
− 1 / u −  u
hc
hc 2  hc
W d  hu
Eq 2 =
/
2 B hc  hc
少ない.物体下流端の a 点は,流れの遠心力により圧力が
低下し,静水圧より小さくなる.物体上流面の圧力を pa,



2
2

W d hu W  d
 +
/
/
−
B hc hc 2 B  hc

(2)



2
2
W d d + D
1  p / wo D  W  D

 +  s
+ 1 − 
2 B hc  hc 
2  hc
hc 
B  hc
W d+D
Eq 4 =
B hc
Eq 3 =
堰上げにより水面が盛り上がり物体上を越流し,流量は,
物体両側に回り込む流れにより,物体のない側方断面より
2

1h
 +  d
2  hc

p / wo
s
=
hc
2/
hd
h h
− 2 / u −  u
hc
hc  hc
2
2
  D   hd
 −   + 
  hc   hc
D
2⋅
hc



2
(3)
図-6 は,段落ち部下流面の圧力分布の違いによる抗力
とによる.hd/D が 0.8 程度以下になると最大値が小さくな
係数の違いを下流水深に対して示したものである.段落ち
っている.水深が小さくなると,物体が露出して作用面積
部下流面の圧力分布を幅方向に一様とした計算結果は実
が減少すること,物体下流面が露出して負圧が解放されて
験結果よりやや高くなり,物体下流面直下の圧力分布を歪
大気圧に戻ったことなどにより,最大値より小さくなると
ませた計算結果は実験結果よりやや小さい.圧力分布の取
考える.立方体と球の結果を比べると,立方体の抗力係数
り扱いによる抗力係数の違いは,0.5 程度となっていて,
は球の 2 倍程度になっていて,物体形状が抗力に大きく影
段落ち部下流面の圧力分布を幅方向に一様とする方が安
響していることが明らかである.
5
全側を評価することになる.
p s=p b p s≠p b
4
Re_q/10
5
= 7.43
球 2.5
球5
球 7.5
立方体 2.5
立方体 5
立方体 7.5
4
CD _h c
4
3
3
2
CD
2
1
1
0
0
0
0.5
1.0
図-6
3.3
hd/D
1.5
0.5
図-8
2.0
圧力分布の違いによる抗力係数
3.5
物体設置位置による抗力への影響
1
h d /D
1.5
2
2.5
物体形状の違いによる抗力係数
物体下流面の通気による抗力係数への影響
物体下流面は,段落ち端部に接し,物体下流面下端の圧
石組み落差工では,落差工端部の凹凸が大きく,石の設
力 pb と段落ち端部の圧力 ps は等しいとする.物体下流面
置により,抗力が異なるものと考えられる.図-7 は,物
下端の圧力を pa=βwod,ps=pb=pa+wod とし,β を変化させ
体の設置位置を段落ち端部に接するように配置した場合
て,抗力の違いを調べた.β=0 の時,物体下流面上端は大
と段落ち端部から距離 Lx 離れると,抗力係数がどのよう
気圧,β が負の時,物体下流面は負圧になる.
に変化するか,測定結果を示したものである.図中の線な
図-9 は,室内実験の計算過程で得られた抗力係数 CD
しの記号が測定結果である.段落ち端部から離れるにつれ
を β に対して示している.CDa は物体下流面が全通気状態
て,抗力が大きく低下している.これは,完全越流では物
となり,抗力を物体前面の水圧のみによって求めた時の抗
体に作用する流速が限界流速より小さくなること,または,
力係数を示している.物体下流面の圧力分布をピエゾ水頭
段落ち部の遠心力の作用から遠ざかり物体下流面の負圧
が一定としているので,pa=-wod/2,すなわち,β=-1/2
の影響が小さくなることに起因するものと考える.
とすると,pb=pa+wod=wod/2 となる.図-9 の関係を近似
Lx/d=0
Lx/d=16
Lx/d=0.1
Lx/d=0
Lx/d=0.8
Lx/d=0.8
Lx/d=4
Lx/d=16
式にまとめると(4)式になる.
= −2 ⋅ β + 3 − 2 ⋅
d
hc
5
C
4
 h 
β = 1 .4 ⋅  d 
 D 
3
0.25
0.25
0.75
0.75
D
CD
1 . 64
(4)

d 
h
 1 . 8 + 0 . 8
 for u = 1 . 1
h
hc
c 

0.5
0.5
6
2
5
CD,CDa
1
0
0.0
0.5
図-7
3.4
1.0
h d /D
1.5
2.0
4
3
2.5
2
物体の設置位置と抗力係数
物体形状による抗力への影響
1
-2
図-8 は,抗力係数と hd/D の関係について示したもので
ある.hd/D が 0.8~1.2 程度では,抗力係数は最大になりほ
ぼ一定となっている.この条件では水深が大きいため,物
体が水没していて物体下流面での負圧が大きくなったこ
-1.5
図-9
3.6
-1
β
-0.5
0
0.5
非通気時と通気時の抗力係数
現地実験結果と室内実験結果の比較
図-10 は,現地実験結果と,(4)式を比較したものであ
Iwatake River
Bed Elevation
る.現地実験では,ばらつきが大きくなっているが,物体
Qin = 3.000
Qout = 3.038
18.531
160.15
160.04
159.92
が水没状態にある場合の CD より小さく,全通気状態にあ
159.81
流心
159.69
159.58
る場合の CDa より大きくなっていて,この式によって,最
159.46
159.35
落差工
159.23
大値と最小値を評価することができるものと考える.完全
159.12
159.00
Velocity
越流状態でも,物体下流面が通気されたり,水没されたり
1.0 m/s
Y
Distance
1.0 m
する状態では,抗力は大きく変動することになるが,この
時の抗力の変動幅はこの図の CD と CDa との差になり,
hd/D=1 の時,d/hc=0.7 では 2.5 程度抗力係数が変動するも
落差工
のと考えられる.
1.835
6
図-12
d/hc
CD
(d/hc=0.3)
CD
5
0.25~0.3
0.4~0.45
0.45~0.5
0.5~0.55
0.65~0.7
CD
(d/hc=0.7)
4
4.2
3
0.549
28.874
X
hu/hc=1.1
速度分布図
魚類生息場の検討
図-13 は,流れの評価を行った河道区間を調査対象と
した生息場調査結果を遊泳魚(アユ,カワムツ,オイカワ)
と底生魚(ヨシノボリ)で比較したものである.遊泳魚は,
落差工下流面に形成している淵や流心周辺の水域を好み,
2
底生魚は,水深が浅い瀬や水辺に生息していることから,
CDa (d/hc = 0.3)
1
多様な河床形状が創出されることにより,良好な魚類生息
CDa (d/hc = 0.7)
環境が形成されていることが窺える.このような結果から
落差工は上流,下流水域に瀬と淵を創出し,河川生態系の
0
0.6
0.8
図-10
1.0
1.2
1.4
hd/D
現地実験での抗力係数の変動幅
基盤の創出に大きく寄与していることが認められる.
4. 落差工で創出された水域の評価
20
4.1
18
数値計算による流れの評価
水中石
岩盤
基点
遊泳魚
底生魚
(k4)
遊泳魚
10
8
(k2)
6
である.この箇所は,自然石を利用した石組み落差工が上
(K1)
4
流,下流部分に設置され,その間に瀬と淵が形成されてい
2
る.これは,石組み落差工を設置することにより,落差工
0
底生魚
0
下流面の流速が速くなり河床が洗掘されて,淵が形成され
2
4
6
Iwatake River
Qin = 1.000
Qout = 0.000
160.15
160.04
淵
159.92
159.58
10
12
14
16
18
20
22
24
26
28
30
32
34
36
図-13
5.
魚類生息場調査結果
おわりに
本研究では,段落ち流れを対象とした石組み落差工の安
定性と落差工によって創出された水域の評価を行った.落
159.81
159.69
8
距離X (m)
たものと考えられる.淵が形成されると,平瀬,早瀬が形
成され,下流部分でもまた,淵が形成されている.
(k3)
12
図-11 は,岩岳川の中流である岩屋区間の等水深線図
Bed Elevation
底生魚
14
距離Y (m)
か平面流による数値計算を行って検討した.
水際線右
各横断線始点位置
16
多段式石組み落差工の設置されている水域を対象にし
て河床形状によってどのような流れ場が形成されている
水際線左
差工の安定性については抗力の変動要因について検討し
落差工
159.46
159.35
た.抗力の変動は,物体周面の圧力,設置位置,物体形状
159.23
159.12
に大きく影響され,現地実験結果についても物体下流面の
159.00
Distance
1.0 m
通気による影響を考慮すれば変動幅の予測が可能である
ことが認められた.また,多段式落差工が設置された水域
瀬
図-11
落差工
等水深線図
では,河床変動により,瀬と淵が形成され,河川生態系に
良好な生息場を創出していることが認められた.
参考文献
図-12 は,平水時における流路を想定して,流量 3 ㎥/s
1)赤司信義,石川誠,河原輝昌:不完全越流時のステップ上の
での速度分布を示している.平均流速は,0.5m/s と比較的
物体に働く抗力の評価について,第 4 回流体力の評価とその
に穏やかな流れであることがわかる.この図の最大流速地
応用に関する講演論文集,pp49-55,2006
点は,落差工下流面であり,流速が 1.2~1.5m/s となって
2)松田芳夫:河川の基礎知識,河川と自然環境
いて,淵を形成した理由を説明できるものと考えられる.
また,時間的に水量の変化と共に変動する流心を矢印で結
び,河道形状に沿って流心が変化していることがわかる.
財団法人リバ
ーフロント整備センター,pp135-153,2000
3)小野田幸生,遊磨正秀:魚類生息環境としての河川河床の動
態,京都大学学術出版会,pp33-40,2007