痛くない注射針 リレーメッセージ 3 岡野 雅行

第
3回
現代の発明家から次世
代への
リレーメッセージ
岡野工業株式会社
きら
ま さ ゆ き
お か の
と う にょうびょう
皆さんも注射は嫌いでしょうが、糖尿病の患者は、
1 日に何回も注射をうたなければならず、うつたびに
岡野 雅行 さん
い りょう き き
痛くて大変な苦痛です。医 療 機器メーカーのテルモは、
その痛みを和らげる注射針を作ろうとしましたが、技
痛くない注射針
術的に難しく、引き受ける会社はありませんでした。
岡野さんは、「誰もやらないことをする」をモットー
に、普通はあらかじめ切られた細いパイプの先をとが
らせて作るところを、 1 枚の平らな板を丸めながら作
かくりつ
るという新しい注射針の製造方法を確立し、針の先が
世界一細いテーパー状(先細り)の「痛くない注射針」の
開発に成功しました。
発明家・研究者を目指したきっかけ
ちゅう た い
おれは中学を中退した後、ぶらぶらしていた。するとおふくろは一日に何度も「おまえね、男っ
ていうのは腕に職がないとやっていけないよ!遊んでないで手に職をつけてくれ」って言うもんだ
かぎょう
から、しかたなく家業の手伝いをするようになった。
かながた
おすがた
めす
ウチの家業は金型屋で、ものをつくる金型をつくって商売をしていたんだが、金型には雄型と雌
がた
で
ぱ
ひ
こ
型がある。要は出っ張っている型と引っ込んでいる型があって、プレス機にその金型を取り付けて、
あっしゅく
金属の板をその間に挟んでプレスすると、上下の金型に圧縮されて製品ができる。
しょくにん
親父はおれとはまったくの正反対の性格で、明治生まれの真面目な職人だった。親父の仕事を手
しょくぎょう せ ん た く
伝うようになったのは十六歳の頃。頭のいいやつは大学にいったが、そうでないやつは職業選択の
自由もなく、中学を中退していたおれは、自動的に家業の手伝いだ。
発明に当たって特に工夫した点や苦労した点
不可能を可能にする人は、自身が不可能を可能にするレベルまで、
へんかん
まず、高める。つまり、レベルが高い自分に自身を変換させることで、
いど
その立ち位置に立って挑むから結果がでるんだ。
こころざし
げんかい
高い位置に立つという志があれば、誰だって限界を超えることは
「深絞り」で作成したアルミ缶
可能なのだよ。おれは誰もなしとげられない、と不可能だといわれた仕事を数多くこなしてきたが、
正直、
自分の仕事で、
どんなに難しい仕事でも、
いままでに一度も限界と感じたことはない。
ふかしぼ
うす
依頼を受けた仕事で、自分の専門の深絞り(薄い金属の板をプレスして、ボールペン、口紅のケース
やアルミ缶のようなつなぎ目のない筒状の物を作る加工方法)に関しては、できなかったことは、た
だの一つもないんだ。アルミ缶の左の写真、大きい飲み口も世界ではじめておれがつくった。その
ひ けつ
あきら
秘訣を教えようか。たとえ、気の遠くなるような失敗を重ねても、おれは、完成するまで絶対に諦め
ない。諦めないから。深絞りではできなかった仕事は、
ただの一つもないんだよ。
第3回 — ①
岡野工業株式会社
第3回
次世代への
現代の発明家から
リレーメッセージ
お か の
ま さ ゆ き
岡野 雅行 さん
痛くない注射針
発明家・研究者としての楽しみ・喜び
最近の若い人は、「とりあえず三年働いてみて様子を見
お
み こし
かつ
る」なんて御神輿を担ぐ前から力が入っていないようなの
が多いから、ちょっと嫌なことがあると職場を辞めたりす
る。
そういうヤツは自分自身の人生に真剣に向き合っていな
いから、そのツケは必ずまわってくる。仕事ってのは、給
かんじん
料で決めるのではなく、自分がやりたいかどうかが肝心で、
自分自身がこれだと思えるもの、好きなものを見つけて、
とことん追求していくしかない。
かた が
金や肩書き、権力なんてのは、どれも水ものだが、これ
よ
ふ つ か
岡野さんがテルモと開発した、針が世界一細い「痛く
ない注射針(インスリン用注射針)」
よ
は酒ではないが酔いやすい。また、失うとひどい二日酔い
になって頭を抱えたくなるってもんだ。
しゅんかん
おれの一番嬉しい瞬間っていうのは、できないといわれ
た品物が完成した瞬間だ。他の人が苦労してやれなかった
たっせいかん
のがやれたという達成感は一番の喜びだよ。
太さの比較:左側は、予防注射などに使う注射針(0.4
ミリ)、右側は、「痛くない注射針」(0.2ミリ)
次世代へのメッセージ
の う りょく
働くということは生活することで、ただ、能力があればいい、という話ではない。仕事は、まず、
はかど
人ありき、だから、他人様から信用をされなければ捗らないし、人から特別に好かれるということ
び ぶんせきぶん
は人生においては微分積分が解けることよりもはるかに重要なことな
んだ。
い だい
きんべん
しょぎょう
神は偉大かもしれないが、勤勉というのは神の所業にまさる、とお
れはいつも感じている。キリストは病人を治したり、水の入ったグラ
き せき
スをワインに変えたっていう奇跡を起こしたことがあるらしい。
ぶ どう
神は奇跡を起こすかもしれないが、人間は、畑一杯の葡萄をつくる
ことができる。神は病気を治すことができるかもしれないが、医者は
多くの病人を治す。
ぎょうせき
い ち も く りょう
人が働くということは、神の奇跡を超える業績を残せるのは一目瞭
ぜん
然。仕事はやっぱり、自分に合った、好きなことをなりわいとしたほ
うがいい。嫌いなことは無理してやったって仕方ないんだから。
第3回 — ②
作業場にて。長年使い込んだ機具が
ところ狭しと並んでいます。