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Morphology
有機結晶の結晶成長形態予測
予測形態の力場依存性の系統的検討
はじめに
形態学とは、一連の表面の組とその相対的面積により特徴
づけられる結晶の巨視的な外観を調べる学問です。結晶の形
状は多くの分離と精製方法の基礎となります。したがって、
結晶形態の予測と制御は工業プロセスにおいて重要なもので
す。
成長形態アルゴリズム(growth morphology algorithm)[1,
2]では、結晶面の成長速度がその付着エネルギー(真空中で
成長層が結晶成長表面に付着して放出されるエネルギー)に
比例すると仮定します。Hartman-Perdok 理論[3]によれば、
この仮定はラフニング温度[4]より低い温度の平面 (F-面) に
対しては妥当な近似です。F-面は層状に重なって成長すると
考えられています。
成長形態(Growth morphology)計算が行われている間に、指
定した成長層に対する全ての可能な表面形態が選別され、
これらの表面のエネルギー的、構造的な特性が計算されま
す。表面形態のリストの中で表面の成長速度を制限し、晶
癖面を限定するものが最も安定なものです。この情報は
Wulffplot[5]を用いた形態の推測に使われます。
付着エネルギー法は非平衡状態での成長条件から得られる晶
癖をシミュレートします。この方法では最終的な形態への動
力学的な効果だけでなく熱力学的な効果(温度と過飽和)は
含みません。結晶形態に関する溶媒効果も考慮しません。結
晶中の分子間相互作用によって決定される一般的な結晶形態
の粗い見積もりをしようとするものです。
結晶形態は分子力場法を用いて計算されます。予測が成功す
るためには、全ての分子フラグメントや分子間相互作用の影
響を、結晶中でも表面上でも正確に記述できるエネルギー表
式を選ぶことが重要です。この検討の目的は、結晶成長形態
予測の力場依存性を、5つの有機的な系について体系的に検
討することです。個々の力場の結晶構造と格子エネルギーの
再現性能は、該当する系の凝縮層のモデリングに妥当かどう
かの判断基準としても考慮されます。
計算の部
有機化合物
形態予測のために選ばれた有機系は、ε-カプロラクタム
(ε-CL)、ヘキサメチレンテトラミン (HMT)、β-コハク酸
(β-SA)、ペンタエリスリトール (PE), そして 尿素の5つで
す。ケンブリッジ構造データベース Ver.5 [6]から入手した結
晶構造は図1中に示されている通りであり、それらの単位格
子パラメータは表1に示します。
ε-カプロラクタム (ε-CL)
ペンタエリスリトール (PE)
ヘキサメチレンテトラミン (HMT)
β-コハク酸(β-SA)
尿素
表1.5つの検討結晶構造の単位格子パラメーター
力場
COMPASS[7], PCFF[8], CVFF[9], Dreiding[10]の4つの力場を
用いました。非結合性エネルギー項の詳細な比較は表2に示
します。
表2.各力場の非結合エネルギー項
COMPASS とPCFF は無撞着力場と呼ばれており、同じ関数
形式を持ちますが、主にパラメーター化されている置換基
の範囲が異なります(そしてそれ故にパラメーター値も若
干異なります)。COMPASS は特に、凝縮相の密度と蒸発熱
を再現するようにパラメータ化されています。非結合性エ
ネルギーには van der Waals相互作用としてLennard-Jones
タイプの表式(LJ-9-6)を採用し、静電相互作用は いわゆ
るbondincrements 法を用いて各原子位置に部分電荷qを割
り当てることによって処理されています。それらは、H, C,
N, O, S, P, およびハロゲン原子とイオン、アルカリ金属カ
チオン、いくつかの生化学的に重要な2価の金属カチオンを
含む有機材料の幅広い実験観測結果に対してパラメータ化さ
れています。無撞着原子価力場Consistent-valence forcefield
(CVFF) は汎用の原子価力場です。パラメーターはアミノ酸、
水、その他多様な置換基に対して割り当てられています。非
結合エネルギーにはvan der Waals 相互作用としてLennardJones タイプの表式( LJ-12-6 ) を採用し、静電相互作用
は bondincrements 法で近似されます。また、明示されたパ
ラメーターがない場合でも、COMPASS, PCFF, CVFF には
自動パラメーター(欠けているパラメーター値の自動割り当
て)の機能があります。CVFFは少し古い力場ですが、ペプ
チドや蛋白の特徴を再現するようにパラメーター化されてい
ます。
Dreiding は汎用力場であり、実験データが少ないあるいは
全くない場合や、今までにない元素の組み合わせを持つ場合
を含め、比較的多くの構造に対して妥当な予測が可能です。
この力場は、有機分子・生体分子・主族の無機分子の構造
予測や動力学計算に用いることが出来ます。van der Waals
相互作用にはLennard-Jones ポテンシャルが採用されていま
す。静電相互作用は、原子の単極電荷と遮蔽型(距離依存性
の)クーロン項によって表されています。水素結合は12-10
型のLennard-Jones ポテンシャルによりあらわに記述されま
す。静電相互作用を正しく記述することは正確なエネルギ
ー表式のために重要です。結晶形態計算のための入力構造
の準備をすると同時に、結晶を構成する全ての分子に妥当
な部分電荷割り当てなければなりません。Dreiding では原
子電荷の要素が含まれないため、電化はCharge Equilibration
法や Gasteiger 法のような他の方法で割り当てなければな
りません。Hirshfeld[13]電荷や静電ポテンシャル(ESP)場
に合わせた電荷のようなより精密な第一原理の原子電荷
は、Windows 上で走るMaterialsStudio-BIOVIA Materials
Studio プログラムパッケージのDmol3モジュール(密度汎関
数法プログラム)等の量子力学法を使って得られます。ESP
電荷は、Dmol3 で非周期的な結晶系でのみ計算できるので、
ここでは使用されませんでした。Hirshfeld 電荷は変分電子
密度(分子と緩和されていない原子電荷密度との間の差分)
に対して決定されます。これらは幾何学構造の変化や計算環
境にあまり影響されません。
構造最適化
実験的に決定された5つの結晶構造の格子エネルギーの最
小化はBIOVIA Materials Studio のForcite モジュールを用
いて行われました。最小化の段階とエネルギー勾配の険し
さに応じてSteepest Descent やConjugate Gradient, QuasiNewton,ABNR 法が用いられるいわゆるSmart Minimizer と
呼ばれる方法が検討されました。周期境界条件での非結合性
エネルギー計算については、格子エネルギーへの静電的およ
びクーロン的な寄与のデフォルト設定となっているEwald 和
[16]法が推奨されました。この計算の収束条件は0.001kcal/
mol に設定しました。
結果と考察
格子エネルギー
格子エネルギー最小化計算の結果は表3に示します。結晶構
造の再現性は、有限温度での実験による構造と格子エネルギ
ーの最小値とを比べて推測できる精度の範囲内に良くおさま
っています。COMPASS, CVFF, PCFF がDreiding に比べて実
験的に得られた構造の再現性について良い結果を与えていま
す。どの力場も、分極を無視している事とそれらの導出時の
仮定から精度に明らかな限界はありますが、表3の結果から
は全ての力場が結晶形態モデリングの研究に利用可能である
ことが確認できます。
成長形態の予測
5つの実験的に決定された結晶構造の付着エネルギーと結晶
成長形態はBIOVIA Materials Studio のMorphology モジュー
ルを用いて計算されました。
成長面のリストはDonnay-Harker 法[17]に従って作成され
ました。これらの法則は並進対称操作の効果、つまり高次
の指数面が低次指数面より優先的に成長することを説明し
ます。結晶面リストの作成のためには初期設定のMedium
Quality(最小面間隔dhkl は1.3、面のミラー指数h,k,l の最大
絶対値はそれぞれ3,3,3、成長面の上限は200 に設定)を用
いました。付着エネルギー Eatt は結晶成長表面に成長層が
付着して放出されるエネルギーとして定義され、Eatt = Elatt
- Eslice として[1, 2]計算されます。ここで Elatt = 結晶格子エ
ネルギー、Eslice = 厚さdhkl の成長層のエネルギーを示しま
す。長距離静電相互作用の計算にはEwald 法が用いられまし
た。Vander Waalsの寄与は12.5Åまでの範囲で直接加算され
ました。結晶面の成長速度はその付着エネルギーに比例する
と仮定されます。すなわち最も低い付着エネルギーを持つ面
は最もゆっくりと成長し、したがって形態学的に最も重要な
ものとなります。付着エネルギーの計算値はミラー指数 {h k
l} と {-h-k -l} の面の平均です。後者の制限が、反転中心を持
たない結晶構造には重要です。さらに結晶成長形態モデルで
は、表面はバルクの完全な末端であり、表面緩和は起こらな
いと仮定されます。
もし、表面の単位格子が一つ以上の不等価な基礎単位を含む
場合、結晶の切断箇所に依存してその面の付着エネルギーが
異なるかもしれません。このようなケースではこの面が成長
過程に最も関与する可能性が高いので、一般的にはより小さ
い負の付着エネルギーが結晶形態の構築に用いられます。
表3.異なる力場での構造最適化時の格子定数再現エラー
成長形態
ヘキサメチレンテトラミン(HMT)
HMT の予測結晶形態は実験的な晶癖と一致し全ての力場
において{110} [18]だけが観測されました。これは分子そ
のものと同様に結晶格子(l3m)の対称性が高いことによりま
す。¦h¦ +¦k¦ + ¦l¦ < 4 の条件を満たす等価の面は{110} と
{200}の2組しかなく、晶癖の候補となるのはこれら二つの
面だけです。 分子は球に非常に近い形をしており、表面に
は極性を持つ置換基はありません。したがって、結晶内の分
子間相互作用は指向性を持たず、成長速度に関するいかなる
動力学的な効果も全ての面において等方的であると仮定する
ことが出来ます。どの溶媒の影響についても同じ理由があて
はまります。したがって、結晶形態に最も大きな効果を持つ
のは結晶面のエネルギー差であると言えます。どの力場を使
用した場合でも、{200}面の付着エネルギーは{110}面より
約50%大きな値です(表4参照)。絶対値に差異はあって
も、{110}と{200}の付着エネルギーの割合の差は10%を上
回っていません。従ってHMTでは幾何学的な要因の影響が
非常に大きく、結晶形態が使用した力場に依存しないのだと
いえます。
表4.ヘキサメチレンテトラミン{110}
と
{220}面の
付着エネルギー
ε-カプロラクタム(ε-CL)
蒸気成長したΣ-CL の実験的な晶癖は、予測した成長形態と
もに図2に示します。種々の力場で余分な面が予測されては
いますが、予測された成長形態は全て蒸気成長した結晶の形
を再現しています。成長形態の最も顕著な違いはDreiding/
Gasteiger 電荷法と Dreiding/Hirshfeld 電荷法に見られます。
しかし全体的には、予測した結晶形態の間には小さな定量的
な差異があるだけです。
図3.ペンタエリスリトールの実験(水溶液からの成長)
と
予測成長形態
β-コハク酸
図2.ε-カプロラクタムの実験(気相成長)
と予測成長形態
表5.ε-カプロラクタムの成長面
実験的に観測された面のミラー指数はボールドにて表記
予測した成長形態は、蒸気成長した実験的な形態とともに図
4に示します。結晶形態の計算はどれも、実験的に観測され
た結晶面の全て、かつ観測された結晶面のみを予測すること
もできませんでした。COMPASS, CVFF, PCFF 力場により得
られた結晶形態は実験的に観測された全ての面を正しく予測
しましたが、一方で実験的な形態には存在しない余計な結晶
面も予測しました(表6参照)。Dreiding 力場により予測さ
れた結晶形態は、COMASS, CVFF, PCFF 力場により得られた
ものだけでなく実験によるものと若干異なっています。
Dreiding/QEq 電荷あるいはDreiding/Gasteiger 電荷の組
み合わせでは{110}面を予測することが出来ませんでした
が、Dreiding/Hirshfeld 電荷での形態には全体の表面積の
0.08%に過ぎないですが{110}面が存在しました。{111}面と
{011}面の重要性は、その中でも{111}面が大きすぎて正しく
捕らえることが出来ませんでした。ここで使われた全ての力
場で結晶面の{111}族の成長が間違って予測されました。βコハク酸中の二つの強い水素結合がこの結晶面に対して垂直
であることがわかりました。Hartman-Perdok 理論[3]にした
がえば、{111}はF-face ではなく、従って付着エネルギーは
その成長速度の指標としてふさわしくありません。
ペンタエリスリトール
ペンタエリスリトールの予測した成長形態は、水溶液中にて
成長した結晶形態[20]とともに図3に示すとおりです。結晶
形態への極性溶媒の強い影響があるため、予測形態と実験形
態との比較には限度があります。{002}面と{101}面の最も顕
著な二つの組の成長は、全ての力場で正しく予測されていま
す。付着エネルギー計算は、アスペクト比や{002}面と{101}
面の相対的な形態学的重要性について悪い予測結果となりま
した。
全ての力場で、溶液中成長の実験的な形態では観測されな
い{101}面と{110}面が予測されました。予測形態と実験
形態の間の大きな違いには溶媒の影響が反映されていま
す。{101}面では溶媒と接して極性部位が高い密度で存在し
ますが、一方で{002}面は比較的非極性の脂肪族置換基で覆
われており、{002}面と{101}面の表面構造は全く異なりま
す。したがって、予測の不十分な点は溶媒効果を含まないと
ころに原因があります。したがって、結晶形態の溶媒効果に
比較すると、力場の変更による変化は無視できます。
β-コハク酸の実験(気相成長)
と予測成長形態
表6.β-コハク酸の成長面
実験的に観測された面のミラー指数はボールドにて表記
尿素
蒸気成長した尿素の実験的な結晶形態と理論的な予測を
図5に示します。全ての計算は、結晶形態が{001}面と
{110}面が主であることを正しく予測しています(表7参
照。Docherty ら[21]によって決定された実験でのʼ約1.5 ʼの
アスペクト比は、Feigelson ら[22]によって示されたものよ
りかなり小さいようです。尿素結晶が純粋な水溶液から成長
した場合、縦横比は50:1 を超える可能性もあります[23]。
従って、全ての予測はおそらく実験的な振れの範囲内にあ
り、全ての力場が満足できるものであると言えます。実験的
な結晶形態にも小さな{111}面が存在します[21]。付着エネ
ルギー法ではこのような晶癖への極性の効果を予測すること
は出来ないので、これらの極性表面を説明するために多くの
理由が提案されてきました[21, 24, 26]。COMPASS, CVFF,
PCFF 力場は、実験的には観測されていない{200}面を予測
し、CVFF では更に{101}面も予測しました。{200}面と{101}
面の形態学的な重要性は比較的小さなものです。これらの面
の付着エネルギーはDreiding 力場では出現の閾値を下回りま
す。尿素のケースは、形態予測の欠陥は力場よりむしろ付着
エネルギーモデルの欠点による事を示しています。
結論
一連の力場を使用して、5つの異なる有機系結晶構造の付着
エネルギーの計算および成長形態の計算を行いました。ほと
んどの場合異なる力場を使用しても、付着エネルギーの絶対
値にはかなりのバラつきが有ったにもかかわらず、予測形態
には小さな差異がみられるだけでした。理論的な形態と蒸気
成長の実験的な形態はヘキサメチレンテトラミンとΣ-カプ
ロラクタムで一致しましたが、その他の場合は実験形態と予
測形態の間にはかなりの相違がみられました。コハク酸の場
合、付着エネルギーは、観測されていない小さな面の出現を
予測しましたが、それはその面が平らなF-face ではなかっ
たためであり、従って成長速度が不適切に過小評価されまし
た。尿素には極性の面が見られ、ペンタエリスリトールの既
知の形態は溶媒にかなり影響されているようで、この二つの
効果は成長形態予測には含まれていません。
成長形態モデルを用いて計算された理論的な形態は、使用し
た力場に比較的敏感ではありませんでした。結晶構造と格子
エネルギーを十分に再現できる力場は、成長形態モデルの制
限の範囲内で期待できるのと同様に、いずれも結晶形態を予
測できるようです。多くの場合、モデルは全体的な形とアス
ペクト比の傾向(晶癖の最長径と最短径の比)を予測できる
に違いありません。このモデルでは、強く異方性を持つ溶媒
相互作用の場合を取り扱うことはできません(すなわち、他
の面と比較してある特定の面が溶媒との強い相互作用を持つ
場合。しかし溶媒が全ての(重要な)付着エネルギーに同
じ%比で影響する場合は大丈夫に違いありません)。いずれ
にせよ、付着エネルギーモデルは結晶形態の有効で粗い見積
もりを算出し、化学工業への応用に適しています。
参考文献
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図5.尿素の実験(気相成長)
と予測成長形態
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表7.尿素の成長面
実験的に観測された面のミラー指数はボールドにて表記
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