PST-15-025 ED-15-043 PPT-15-025 簡易大気圧プラズマ窒化処理系におけるプラズマ支援昇温の制御 市來龍大,山本宏文,岡山隆,赤峰修一,金澤誠司(大分大学) Controlling Plasma-Assisted Heating in Simplified Atmospheric-Pressure Plasma Nitriding Ryuta Ichiki*, Hirofumi Yamamoto, Takashi Okayama, Shuichi Akamine, and Seiji Kanazawa (Oita University) Abstract We have developed a very simple nitriding treatment of steel surface by spraying the atmospheric-pressure pulsed-arc plasma jet. Here, an air-tight container for purging oxygen and an external heater for rising temperature of sample are not used. Instead, a simple cover to purge residual oxygen and plasma-assisted heating are utilized. We demonstrated in such a simplified system that the treatment temperature can be readily controlled by adjusting the gap between the nozzle tip and the sample surface, enabling precise control of hard-layer thickness easily. キーワード:大気圧プラズマ,簡易窒化処理,表面硬化,温度制御 (Keywords, atmospheric-pressure plasma, simplified nitriding, surface hardening, temperature control) 1. 研究背景 供に工業的価値があると考えている. 窒化処理に必要な要素は「窒素供給」および「材料の昇 鉄鋼の表面硬化技術のひとつに,窒素(N)原子を鉄に固 温」であるが,大気圧プラズマ窒化処理においては「残留 溶させ硬化させる窒化処理法がある.窒化処理では鉄鋼の 酸素の除去」も重要であることが分かってきた(2,3).処理雰 最表面に化合物層(窒化鉄)が数m の厚さで形成され,そ 囲気中の微量酸素により鉄鋼表面が酸化し,その酸化皮膜 の下部には深さ数 10 m まで鉄の結晶に N 原子が固溶して がバリアとなり窒素拡散が阻害されてしまう.従って,窒 硬化した拡散層が形成される.拡散層は耐摩耗性・疲労強 化処理を行うためには酸化を抑制しなければならない.こ 度を向上させ,化合物層は耐食性・耐焼付性を改善する. れまでの研究により, 「窒素供給」はジェットプルーム中に 窒化処理は各種金型や自動車部品に適用されており,我が 存在する NH ラジカルを介して行われている可能性が示唆 国のものづくりの現場に欠かせない技術である.窒化処理 された(2,3).初期の研究では, 「材料の昇温」は熱プラズマに には幾つか手法があるが,低圧下での直流放電を用いたプ よる昇温に加え,試料下部に取り付けたセラミックヒータ ラズマ窒化(イオン窒化)法がとりわけヨーロッパを中心 ーにより行ってきた. 「残留酸素の除去」に関しては,処理 に広く普及している.プラズマが利用される理由は,窒化 実験を密閉容器中で行うことにより空気をパージし,さら 処理に必要なラジカル種やイオン種が多く生成されるため に残留酸素の還元を目的として水素ガスの添加を行ってき である.しかしイオン窒化では真空容器中で処理を行うた た.しかしながら,取り回しの良さが売りであるはずの大 め設備が高価であり,また処理方式がバッチ処理であるた 気圧プラズマ処理において,密閉容器や外部ヒーターが必 め作業時間および作業工程が増える.プラズマを用いた窒 要となれば,その売りが生かされるとは言いがたい.そこ 化技術が「大気圧下」で可能になれば,炉に搬入不可能な で近年我々は,より実用的な処理の開発を目指し,密閉容 大型金型の硬化,部品製造ラインへの硬化処理の簡易導入 器および外部ヒーターを用いず,極めて簡易なパージ用カ につながると期待される. バーおよびプラズマ支援昇温のみを使った PA 大気圧プラズ そこで我々は,大気圧下で生成されるパルスアーク型 (PA)プラズマジェットによる窒化処理の研究を推進して きた (1-7) マジェットで鉄鋼の窒化が可能であることを実証した(7). 今回は,この簡易大気圧プラズマ窒化処理系において処 .PA プラズマジェットでは,パルス励起によりジェ 理温度を制御する試みを行った.その結果,ジェットノズ ットプルームの温度を金属熱処理に適した値に制御できる ル-試料間の距離の調整により温度制御が可能であること ため,金属表面の溶融による表面粗化を回避できる.一方, が分かった. プラズマジェットという特性上,大面積処理に不向きとい う短所があるが, 「局所的硬化処理」という新規シーズの提 1/4 実験方法 2. 〈2・1〉パルスアーク型プラズマジェット らの発光が顕著であることが分かった(2).NH ラジカルはア 大気圧プラズ マ窒化処理に用いた PA プラズマジェットの概略図を図 1(a) に示す.ステンレス製同軸円筒型電極ノズル中に N2/H2 混合 ガスを約 20 slm で導入し,高電圧パルス電源(plasmatreat 社 FG3001)により図 1(b)に示す印加電圧 4.5 kV,パルス幅 数s,周波数 21 kHz,放電電流 1 A のパルスアーク放電を 発生させる.生成したパルスアークプラズマのアフターグ ローをノズル先端のオリフィスから噴射することにより, ジェットプルームを発生させる. ここで動作ガスおよび生成されるラジカル種について詳 しく説明する.動作ガスの全流量は 20 slm とし,水素の混 合比を 1 %とした.これは参考文献(2)において報告した密 閉容器内での窒化処理に最適な混合比である.窒素ガスに 水素ガスを添加するのは,次の2つの効果を得るためであ る. ① NH ラジカルを生成する. ② 雰囲気中の残留酸素や試料表面の自然酸化皮膜を還元 除去する. まず効果①について説明する.先行研究の密閉容器を用い たプラズマジェット窒化処理においては,基礎特性を把握 するため高精度の密閉容器内で実験を行った(2).その際ジェ ットプルームの発光分光計測を行った結果,NH ラジカルか ンモニアガス窒化においても重要なラジカルであると報告 されており(8),我々のプラズマジェット系においても窒素の 輸送を担うキーラジカルである可能性が高い.さらに,窒 素動作ガスへの水素の混合比を変化させたところ,ごくわ ずかの水素混合により NH ラジカルの発光が最大となり,さ らなる水素混合比の増加に伴い NH 発光強度は単調に減少 した(2).これは PA 放電内において多量の NH ラジカルが生 成されており,水素混合比の増加に伴い生成量が下がるこ とを意味している.この理由については今後,プラズマ素 過程の調査により明らかにしていきたいと考えている.い ずれにしても,水素混合比の増加により効果①が減少する ことが分かる. 続いて効果②について説明する.先行研究の密閉容器を 用いたプラズマジェット窒化処理において水素混合比を小 さくするに伴い,形成される硬化層厚さが小さくなり,同 時に酸化膜形成が増加することが分かっている(2).この事実 は,水素混合比の減少により効果②の還元作用が減少し, 酸化膜がバリアとなり窒素拡散が阻害されることを意味す る.すなわち,我々のプラズマジェット系においては効果 ①は低い水素添加量で効果的であり,逆に効果②は高い水 素添加量で効果的であるというトレードオフの関係にある ため,これらのバランスにより水素添加量の最適値が決定 されると我々は考えている. 〈2・2〉簡易処理系 図 2 に示すようにジェットノズル先 端を簡易なカバーで覆い,処理雰囲気中を動作ガスにより 図 1 パルスアーク型プラズマジェット.(a) 電極ノズ 図 2 ジェットノズルとパージ用簡易カバーの写真およ ル.(b) 典型的な印加電圧および放電電流波形. び概略図. Fig. 1. Fig. 2. Pulsed-arc plasma jet. (a) Discharge electrode and plasma jet nozzle. (b) Typical voltage and current waveforms. Photograph and schematic of jet nozzle and simple cover for purging. 2/4 パージし残留酸素を減少させる.使用したカバーは石英製 であり,直径 124 mm,高さ 45 mm,厚さ 2 mm のお椀型で ある.また,石英カバーと処理台の間に 1 mm の間隙を空け, そこから排気を行った. 処理温度の制御法については放電電力の増減など様々考 えられる.今回は最も簡易的と考えられるジェットノズル -試料表面間の距離(照射距離,図 2 下図参照)の調整に より温度制御を試みた.ジェットプルームの温度はノズル から離れるにしたがって減少するため,照射距離を離せば 試料温度が下降すると期待される. 〈2・3〉鉄鋼試料 本実験では,供試材として熱間工具鋼 SKD61(Cr 5%, Mo 1%, Si 1%, C 0.4%)を用いた.円盤形(直 図 4 処理温度の照射距離依存性. 径 20 mm,厚さ 4 mm)に加工した試料を 1025°C から衝風 Fig. 4. Gap dependence of treatment temperature. 冷却により焼入れ,焼戻し温度 550°C で 550 Hv 程度の硬さ に調質した.試料表面をアルミナ研磨剤(0.3 m)で鏡面研 mm までの範囲で変化させた結果,処理温度を 600°C から 磨し,アセトンによる超音波洗浄で脱脂した.各照射距離 460°C の範囲で制御することができた.依存性は直線性のよ においてジェットプルームを試料表面に照射することで窒 い単調減少となり,極めて簡易な制御法であるにもかかわ 化処理を施した.処理時間は 2 h とした. らず制御性の良いことが分かる. 処理後の試料硬さの評価には,マイクロ Vickers 硬さ試験 〈3・3〉窒化層厚さの制御 図 5 に処理後の試料断面の金 器(Akashi HM-102)を用いた.金属組織観察は 3%ナイタ 属組織写真を示す.試料の最表面に見られる白層が化合物 ールエッチング後に光学顕微鏡(ニコン MM-800/LMU)を 層に対応し,その下部の黒色に変化した層が拡散層に対応 用いて行った. する.各処理温度において化合物層および拡散層の形成に 成功していることが分かる.処理温度 460°C の場合は,両 3. 層とも明確に観測されていない. 実験結果 図 6 に拡散層の硬さ分布を示す.ここでは横軸がプラズ 〈3・1〉NH ラジカルの生成 今回の実験に用いる簡易カ マ照射中心を原点とする試料表面の径方向であり,縦軸が バー系で新たに計測したジェットプルームの NH 発光強度 表面からの深さである.マイクロ Vickers 硬さがグレースケ を図 3 に示す.NH ラジカルのピークが支配的に表れ,図に ールで示され,暗部ほど硬い.拡散層厚さは明らかに処理 示すように低い水素添加量で最大値を迎え,その後は単調 温度の上昇にともない増加しており,硬化層の膜厚制御が に減少することが分かった.この傾向は参考文献(2)の先行 達成された.処理温度が 530°C 程度の適温であれば,密閉 研究と同一であるため,簡易カバーの使用により密閉容器 容器と外部ヒーターを用いた先行研究で得られた膜厚と差 と同様の処理雰囲気を構築することに成功したと考えられ 異はなく(2),簡易処理系においても理想的な硬化層を得るこ る.この理由より,今回の実験においても水素添加量 1%を とができた. 採用した. ところで 600°C の処理では,母材の軟化が確認された. 〈3・2〉処理温度の制御 図 4 に熱電対で測定した試料表 面温度の照射距離依存性を示す.照射距離を 10 mm から 18 これは,試料の焼戻し温度 550°C を大きく上回る処理のた め,さらなる焼戻しが起きたためと考えれる. NH radicals intensity [a.u.] 図 7 に化合物層厚さの処理温度依存性を示す.処理温度 が高いと化合物層が厚く形成されることが分かる. 4. 本研究により,簡易処理系を用いた PA 大気圧プラズマジ ェットによる鉄鋼の窒化処理において,プラズマ支援昇温 による処理温度の制御およびそれにともなう窒化層厚さの 0 1 2 3 4 5 H2 flow ratio [%] 図3 Fig. 3. 結論 NH 発光強度(336.1 nm)の水素混合比依存性. NH emission intensity vs H2 flow ratio. 制御が達成された. 今回のプラズマ支援昇温の制御法は,基礎・応用の観点 からまだ問題を抱えている.基礎的な観点からは,照射距 離の変更により処理温度のみならず試料表面付近の NH ラ ジカル密度も変化していると考えられ,素過程の調査には 3/4 600°C 562°C 530°C 485°C 460°C 図 5 各温度で処理を行った試料断面の金属組織写真. Fig. 5. Metallographic micrographs of sample cross-section treated for several treatment temperatures. 600°C 562°C 530°C 485°C 460°C 図 6 各温度で処理を行った試料断面の Vickers 硬さ分布. Fig. 6. Hardnes profiles of sample cross-section treated for several treatment temperatures. 不向きである.また応用の観点からは,最表面の化合物層 形成に NH ラジカル密度が強く影響すると考えられ,化合物 謝辞 層の制御には NH ラジカルドーズの制御が必要であるが,今 本研究の遂行にあたり,大分県産業科学技術センター・ 回それは考慮していない.歴史あるアンモニアガス窒化に 園田正樹主任研究員に金属分析全般について手厚いご指導 は化合物層制御に関連した「窒化ポテンシャル」という概 を頂きました.ここに御礼を申し上げます. 念が存在し,素過程が明確化しているためにこれは炉内の 水素濃度のみで高度な制御が可能である(9).我々独自の大気 圧プラズマ窒化処理においても,将来的には窒化ポテンシ ャルに対応する物理量を制御する必要があり,図 3 に示し た NH 生成量の制御がキーになるのではないかと考えてい る. 図 7 化合物層厚さの処理温度依存性. Fig. 7. Temperature dependence of compound layer 文 献 (1) R. Ichiki, H. Nagamatsu, Y. Yasumatsu, T. Iwao, S. Akamine, and S. Kanazawa: “Nitriding of steel surface by spraying pulsed-arc plasma jet under atmospheric pressure”, Mater. Lett. 71, 134 (2012). (2) H. Nagamatsu, R. Ichiki, Y. Yasumatsu, T. Inoue, M. Yoshida, S. Akamine, and S. Kanazawa: “Steel nitriding by atmospheric-pressure plasma jet using N2/H2 mixture gas”, Surf. Coat. Technol. 225, 26 (2013). (3) 市來龍大,永松寛和,井上貴史,山本宏文,吉田昌史,赤峰修一, 金澤誠司「大気圧プラズマジェットによる金型や摺動部材の表面硬 化法」ケミカルエンジニヤリング 58, 868 (2013). (4) 井上貴史,市來龍大,山本宏文,赤峰修一,金澤誠司,吉田昌史「大 気圧プラズマジェットを用いた鉄鋼の浸窒焼入れ法の開発」電気学 会プラズマ研究会資料集,PST-13-085 (2013). (5) 吉光祐樹,市來龍大,吉田昌史,赤峰修一,金澤誠司「大気圧プラ ズマジェットによる窒化アルミニウム薄膜合成の試み」電気学会プ ラズマ/パルスパワー/放電合同研究会資料集,PST-13-70 (2013). (6) Y. Yoshimitsu, R. Ichiki, K. Kasamura, M. Yoshida, S. Akamine, and S. Kanazawa,: “Atmospheric-pressure-plasma nitriding of titanium alloy”, Jpn. J. Appl. Phys. 54, 030302 ( 2015). (7) 市來龍大,山本宏文,井上貴史,赤峰修一,金澤誠司「密閉容器を 用いない簡易大気圧プラズマ窒化処理の試み」電気学会プラズマ研 究会資料集,PST-14-027 (2014). (8) ディーター・リートケ他 著,宮本吾郎 監訳,石田憲孝 訳『鉄の窒 化と軟窒化』,アグネ技術センター,p.124 (2011). (9) 河田一喜『本当によくわかる窒化・浸炭・プラズマ CVD 高機能表 面改質法の基礎と応用』,日刊工業新聞社,1-9 節 (2012). thickness. 4/4
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