聞き取り調査に基づく鹿児島県奄美大島の チリ地震津波被害の実態解明

聞き取り調査に基づく鹿児島県奄美大島の
チリ地震津波被害の実態解明とその啓蒙
大学院理工学研究科
鹿児島大学理学部
鹿児島大学理学部
鹿児島大学理学部
井村隆介
財前 唯
草原仁美
冨安康介
1.はじめに
1960 年 5 月 23 日に発生したチリ地震に伴う津波は,地震の翌日に日本の各地に押し寄せて,
多大な被害を出した(チリ津波合同調査班,1961).とくに東日本の太平洋岸の被害が大きく,
宮城県の志津川(現南三陸町)では,死者 34 人,行方不明 3 人,負傷者 560 人の被害を出した
(宇佐美ほか,2013).鹿児島県の奄美大島でも,このチリ地震津波によって,最大波高 4.4m,
床上浸水 637 棟,床下浸水 1268 棟,田畑冠水流出 261.9ha という被害が生じたことが報告され
ている(鹿児島県,1967).しかしながら,人的被害が報告されなかったこともあり,詳しい記
録がほとんど残されておらず,被害の詳細については不明な点が多い.本研究は,鹿児島県奄美
大島北部において,1960 年チリ地震津波の被害の聞き取り調査を行い,その被害の実態を検証し
たものである.
2.調査結果
鹿児島県の奄美市と龍郷
町 で ,1960 年 5 月 24 日 の チ
リ地震津波の被害について,
地域住民に聞き取り調査を
行った.
奄 美 市 の 名 瀬 周 辺 で は ,津
波 は 1960 年 5 月 24 日 の 早 朝
6 時 前 後 ,引 き 潮 か ら 始 ま り ,
そ の 後 ,「 ゴ ー 」 と い う 音 と
と も に ,海 ぶ く れ の よ う な 形
で河川や水路に沿って侵入
したことが聞き取り調査か
ら 明 ら か に な っ た .名 瀬 市 街
地 を 流 れ る 新 川 は ,特 に 上 流
部まで津波が到達しており,
河 口 か ら 約 1.5km に あ る 県
立大島病院まで船が流され
た ら し い( Fig.1).市 街 地 を
流れる河川からあふれた津
波 は 名 瀬 市 街 地 を 襲 い ,港 町 ,
伊津部町,入舟町,金久町,
末 広 町 な ど 海 岸 か ら 約 1km
内陸まで浸水の被害があっ
た .実 際 に 水 に つ か り な が ら
避難した方の証言も得られ
た( Fig.2).浸 水 被 害 以 外 で
は ,新 川 ,永 田 川 沿 い で 豚 小
屋・船 の 流 失 ,橋 の 損 壊 ,名
瀬港から枕木の流失があっ
Fig. 1 聞き取りによって得られた,奄美市名瀬の推定
浸水域
- 97 -
Fig. 2 聞き取りによって得られた,ある方の避難経路
たこともわかった.これらの証言から,奄美市名瀬地域におけるチリ地震津波の
津 波 波 高 は お よ そ 4.5m と 推 定 さ れ た .こ の 結 果 は ,名 瀬 地 域 の 最 大 波 高 4.4m と
い う 鹿 児 島 県 の 報 告 ( 鹿 児 島 県 , 1967) と よ く 一 致 す る .
奄美市笠利町および龍郷町周辺では,「ひざくらいまで水に浸かった」,「集落の真ん中あた
りまで水が入った」といった浸水状況(Fig.3)のほか,「石垣や高倉が壊された」,「船が壊さ
れた」など被害についての証言を聞くことができた.また,「1 ㎞沖まで水が引いた」といった
津波の引きに関する証言も得られた.
これらの証言から津波の浸水範囲を推定した結果,奄美大島北部では,太平洋側の地域で標高
Fig.3 聞き取りによって得られた,笠利町の浸水状況
- 98 -
3m~3.5m,東シナ海側の地域で標高 2m 前後の場所まで浸水していたことが明らかとなった.
3.まとめ
住民への聞き取り調査によって,奄美大島の北部地域では,多くの場所で 3m 程度の津波があ
ったことが明らかとなった(Fig.4).奄美市の地域防災計画(奄美市防災会議,2012)では奄美
Fig.4 聞き取りによって得られた,奄美大島北部のチリ
地震津波最大波高
市名瀬における 4.8m の津波を想定して浸水予想範囲を示している(奄美市,2012)が,今回得
られた証言による浸水推定区域はほぼそれと一致する.しかしながら,証言では 1960 年のチリ
地震津波は川沿いに大きく侵入したことが明らかとなった.河口から川に入り込んだ津波が,狭
い川に沿って遡上したと推定される.この状況は,現在のシミュレーションに基づくハザードマ
ップでは表現されておらず,注意が必要といえる.
謝辞
聞き取り調査時に貴重なお話を聞かせてくださった奄美市や龍郷町のみなさん,本研究の実施
に当たり数々の便宜を働いていただいた奄美市役所の藤江俊生さん,龍郷町役場の村山健一郎さ
ん,気象庁名瀬測候所のみなさんに深く感謝いたします.
文献
奄美市(2012):奄美市ハザードマップ津波編
奄美市防災会議(2012):奄美市地域防災計画(地震・津波対策編)
鹿児島県(1967):鹿児島県災異史.P.230.
宇佐美龍夫・石井寿・今村隆正・武村雅之・松浦律子(2013):日本被害地震総覧 599-2012.東
大出版会.P.724.
渡辺偉夫(1998):日本被害津波総覧(第 2 版)
.東大出版会.P.238.
チリ津波合同調査班(1961):1960 年 5 月 24 日チリ地震津波に関する論文及び報告.東京大学
地震研究所.P.397.
- 99 -