レイリー分布について

資料の概要
レイリー分布(Rayleigh distribution)について
周波数が一定で、振幅及び位相が不規則に変動する多重波(正弦波)の合成受信電界強度の確率
分布はレイリー密度分布に従う。 多数の反射波やダクト伝搬路による多重波が到来して合成される場
合、この分布に従うことになる。 マイクロ波無線通信や移動無線通信における伝搬路の解析には、主
としてこの分布が使用されている。
マイクロ波回線設計で使用される「レーレ分布」はレイリー振幅分布を電力を変数とする分布に変換し
たもので、確率分布としては指数分布に分類されるものである。 分布の変数については、真値で表さ
れるもの、デシベルに変換したもの、真値をデシベルで表示したものなど、さまざまな分布形が使用され、
混乱を招いている。
本資料では、レイリー分布の理論的解説を行なった上、確率変数の変数変換に伴う各種分布形、更
にはマイクロ波回線の設計にレイリー分布が使用されるようになった歴史的背景などについて記載し
た。
1
平成 8 年 2 月作成
平成 25 年 7 月(追加修正)
レイリー分布(Rayleigh distribution)について
植田正紀
1.レイリー密度分布の導出
周波数が一定で、振幅及び位相が不規則に変動する多重波(正弦波)の合成受信電界強度の確
率分布はレイリー密度分布に従う。電界強度 E (t ) を
N
N
N
k
k
k
E (t ) = ∑ a k cos (ω t + θ k ) = ∑ a k cos θ k cos ω t − ∑ a k sin θ k sin ω t
≡ x (t ) cos ω t + y (t )sin ω t
(1)
とし、 θ k が互いに独立で 0~2πの間に一様に分布し、 x 及び y は独立で、多重波の波数 N が
十分多いとき、 x と y は中心極限の定理により結合正規分布に従う。
〔以上、安達三郎、米山務「電波伝送工学」コロナ社
より〕
平均 0、分散σ2である変数 x, y がそれぞれ正規分布に従うとき、結合分布は
 x2 + y2
f ( x, y ) =
exp  −
2pσ 2
2σ 2

1



(2)
となる。
これを x = A cos (θ ), y = A sin (θ ) として直交座標 f ( x, y ) から極座標 p ( A, θ ) に変換する。
A は正弦波(余弦波)の最大値であり、包絡線 (envelope) と呼ばれる。
p ( A, θ ) = J f ⋅ f ( A, θ ) = J f
 A2
 −
exp
2
2pσ 2
 2σ
1



(3)
J f はヤコビアンであり、次の値となる。
Jf =
cos θ
∂ ( x, y )
=
sin θ
∂ ( A, θ )
− A sin θ
= A cos 2 θ + sin 2 θ = A
A sin θ
(
)
(4)
従って p ( A, θ ) は次式となる。
p ( A, θ ) =
 A2
 −
exp
2
2pσ 2
 2σ
A



(5)
レイリー分布はこの結合分布における振幅 A の周辺分布であり、式(4)を θ について 0~2πま
で積分して得られる。
(2πが消去される。)
p ( A) =
 A2
 −
exp
2
σ2
 2σ
A

 〔レイリー確率密度分布〕

(6)
この分布のパラメータはσであるが、特性値は次のようになる。
〔「電波伝搬ハンドブック」REALIZE
・中央値: σ 2 ln 2 ≅ 1.18σ
・最頻値: σ
・平均値: σ
INC. より〕
π
2
≅ 1.25σ
・標準偏差: σ 2 −
2
π
2
≅ 0.655σ
(7)
図 1 にレイリー密度分布 f ( x ) 、レイリー累積分布 F ( x ) 及びレイリー密度分布の平均値、中央
値及び最頻値を示す。なお、
F (x ) = ∫ f (t ) dt
x
(8)
0
である。
この分布は、ビルの反射等による多重伝搬路(マルチパス)の影響を受ける移動無線通信の解
析などに利用されている。しかし、マイクロ波固定通信のおいては受信波を電力で扱うため、受
信電圧の包絡線の分布であるレイリー分布を直接利用することはほとんどない。
(注)
Mean :平均値
Median :中央値
Mode :最頻値
(注)
図1
レイリー密度分布及び累積分布
〔「電波伝搬ハンドブック」REALIZE INC. より〕
2. 受信電力真値のレイリー分布(指数分布)
レイリー分布は正弦波を対象としているので、式(6) を x = A 2 / 2 として受信電力分布に変
換すると、 A =
f ( x) =
2 x であり、
dA 2 x
 x 
 2x  1
= 2 ⋅ exp − 2 
⋅ 2 exp −
2 
dx σ
 σ 
 2σ  σ
(9)
となり、平均値がσ2の指数分布となる。
平均値を1として規格化した分布(相対受信電力真値の分布)は次の指数分布となるが、マイ
クロ波回線の受信電力を表す場合、この分布もレイリー分布(又はレーレー分布)と呼んでいる。
f ( x) = e − x
〔相対受信電力真値の分布(指数分布)
〕
(10)
この分布の平均値は 1、中央値は log e (1 / 2) = 0.693 である。
この分布はマイクロ波回線において、レーレーフェージングが発生している時間における受信
3
電力の変動分布として利用される。この分布は最頻値が 0(何も受からない状態)となっており、
最悪の受信電力変動分布と呼ばれている。
最頻値= 0
f (x ) = e − x
中央値
=0.693
x
平均値=1
図2
レイリー電力真値の分布
(指数分布)
3.デシベル指数分布
式(10)の分布を y = 10 log x として dB 単位の分布に変換すると次のようになる。
g ( y) =
y
 y
1
exp  − e H
H
H




H = 10 log10 e = 4.343
(11)
最頻値 = 0 dB
g ( y) =
y
 y
1
exp  − e H
H
H




y (dB ) →
平均値 = ‐2.5 dB
図 3 デシベル指数分布
4
4.低確率部の指数分布
ディジタルマイクロ波回線においては、確率の大きい部分についてはあまり問題とならず、10%
以下の低確率部に注目すれば十分である。
(FM マイクロ波回線では、熱雑音の累加やダイバシテ
ィ効果の検討のために高確率部も重要であった。)
(補注 1 参照)
式(10)の指数分布をマクロ―リン展開すると次のようになる。
f (x ) = e
−x
n
x x2 x3
n x
= 1− +
− ⋅ ⋅ ⋅ +(− 1)
1! 2 ! 3!
n!
(12)
x の値が 0.1 以下(‐10dB 以下)とすると、第 1 項に比較して第 2 項以下は無視することが
できるので、この分布は 0 ≤ x ≤ 0.1 の範囲において近似的に
f (x ) ≅ 1
(13)
の一様分布となる。このことは図 4 において、中央値の 0.1 以下を近似的に 1 とするこを意味し
ている。
f ( x ) ≅ 1 としたカーブ
1.0
f (x ) = e − x
0.1×中央値
(-10 dB)
x
中央値
(0 dB)
図 4 レイリー受信電力分布(指数分布)
累積分布は次のようになり、変数の値と関数の値が等しくなる。
F (x ) = ∫ 1 d x = x
x
(14)
0
式(14)から、x を dB で表した場合、-10、-20、-30 dB 低下する確率が、それぞれ、10%, 1%、
0.1%となる意味が理解できる。なお、受信電力を dB で表した場合は、指数分布でなく、図 3 の
dB 指数分布で表すべきであるが、例えば、確率分布 f ( x ) を g ( y ) に変換する場合、累積分布関
数については、常に
F (x ) = G ( y )
(15)
が成立するので、式(14) の x の値を真数でなく dB で表しても差し支えない。
(補注 2 参照)
5
補注 1
受信電力レイリー分布(指数分布)導入の歴史
昭和 30 年代に電電公社電気通信研究所(通研)において、森田和夫、柿田潔氏らによってマ
イクロ波受信電力分布の研究が精力的に進められた。その結果、様々な受信電力変動がガンマー
分布によって精度よく近似できることを明らかにした。ガンマー分布にはλとβの二つのパラメ
ータがあるが、ラムダは形状のパラメータで分散の値に関係し、βは位置のパラメータで中央値
の位置に関係するが、この二つのパラメータを変えることにより、どのような変動分布にも対応
できることを示したものである。相対受信電力を dB で表した場合のガンマー密度分布は次式と
〔森田和夫、柿田潔「マイクロウエーブ回線のフェージング」研究実用化報告第 7 巻第 9 号(1958
なる。
年)
〕
f (x ) =
 λx
exp  − β e
H Γ(λ )
H
βλ
x
H




H = 10 log10 e = 4.343
(16)
図 5 にλ=1、2 の場合でβを 1 から 10 まで変化させたガンマー分布を示す。λが形状を表
し、βが位置を表していることがわかる。
0.15
0.10
0.05
相対受信電力
(dB)
図 5 dB ガンマー受信電力変動分布
しかし、その後森田氏らはフェージング発生
われわれは長時間分布がガンマー分布で近似され
ることを機会あるごとに主張していたが、
これらの実
時期の短期間の変動を含む分布を 1 種類のガン
測分布をみると今までの主張には十分な根拠がない
マー分布で近似すると、低確率部において大き
ことを感ずる。1 ヵ月程度の長時間の雑音分布につい
な誤差を生じることに気付いている。このとき
て論議する場合には、1%値だけでは不十分で、0.1%
あるいは 0.01%程度の短時間に超過する雑音につい
の発見について、森田氏らは右の枠内に示す表
ても知る必要があるが、長時間分布を特定の分布関数
明を行っている。すなわち、瞬断率等の計算に
で近似することにより生ずる推定誤差は非常に大き
必要なフェージング発生時の短期分布について
くなる。
森田和夫、柿田潔、「マイクロウェーブ波回線のフェ
は、長期分布とは別に推定する必要があること
ージング」電気通信研究所、研究実用化報告第 7 巻第
を新たに主張し、これを「レーレー分布フェー
9 号(1958)
ジング発生頻度」として検討している。この時
点では、まだレーレーフェージング発生確率の実験式を確定していないが、次の実験式を提示し
ている。
6
(17)
log10 p = −6.08 + 3.5 log10 D
p:レーレー分布で近似される時間のパーセンテージ(%)
D:伝ぱん距離(km)
、ただし 40 km<D<150 km
この実験式ではフェージングの発生が距離の 3.5 乗に比例することを明らかにしているが、周
波数については、4GHz と 6GHz の間で大きな違いはないとして、実験式に取入れていない。
その後森田氏らは、
「見通し内伝ぱん路の約 100 区間におけるぼう大なフェージングデータを
整理、解析して、任意の中継区間におけるレーレーフェージングの発生確率および長期受信電力
分布の標準偏差等に関する実験式を求めた。
」として次の実験式を示している(注)
f
PR = K ⋅  
4
1.2
(18)
⋅ Q ⋅ d 3.5
K:係数(5.1×10-9)
f:周波数(GHz)
Q:伝ぱん路係数の相対値
d:伝ぱん距離(km)
(注)森田和夫、「マイクロ波および準ミリ波回線のフェージングならびに熱雑音電力分布の推定」電気
通信研究所成果報告第 2433 号(1965 年 3 月)より。 この成果報告を要約した内容が森田和夫「見通
し内マイクロ波回線におけるレーレーフェージングの発生確率の推定」研究実用化報告第 18 巻第 9 号
(1969)で報告されている。
その後、森田氏は大地反射(海面反射を含む)のある区間についてのレーレーフェージング発
生確率の推定式を導出した。〔森田和夫「大地反射波区間の等価レーレーフェージング発生率の推定」研究
実用化報告第 21 巻第 4 号(1972)
〕 その後更に精度を向上させた推定式を 1979 年に発表している。
〔大井哲雄、森田和夫「レイリーフェージングおよび等価レイリーフェージング発生確率の推定式」研究実用化
報告第 28 巻第 5 号(1979)
〕
これらの推定式は現在電波法関係審査基準で用いられている。
レーレーフェージング発生確率モデルでは、式(18)で示される低確率部のみに着目して伝搬路
信頼度を評価するが、分布の大部分を占める高確率部については無視してよいのか、との疑問が
生じる。ディジタルマイクロ波回線では、再生中継方式が主流であるため、ガンマー分布フェー
ジングによって受信電力が低下しても、回線瞬断や符号誤りが生じない限り無視してよいことに
なる。しかし、非再生中継(直接中継等)を行う場合はガンマー分布フェージングの影響を考慮
する必要がある。
補注 2
確率変数の変数変換
ある確率変数 X の確率密度関数を f ( x ) 、その累積分布関数を F ( x ) とし、これを y = ϕ ( x ) なる
関係により確率変数 Y に変換する場合を考える。 Y の確率密度関数を g ( y ) 、累積分布関数を
G ( y ) とする。この場合、ある x の値とそれに対応する y の値に関して次の式が成立する。
Pr .(Y ≤ y ) = Pr ( X ≤ x )
7
即ち
F (x ) = G ( y )
(19)
となることを意味する。これを微分することにより、確率変数の変数変換公式が得られる。
dG ( y ) dF ( x ) dx
dx
=
⋅
= f (x )
dy
dx dy
dy
g(y) =
この公式は、 g ( y ) dy = f ( x ) dx と表すと記憶に便利である。
dx
は密度が変わるための補正項であるが、確率密度関数は負の値にはならないので、確率変
dy
数の変数変換公式は次の式で表される。
g(y) =
dx
⋅ f (x )
dy
(20)
〔確率変数の変数変換公式〕
上式は 1 次元の場合の変換公式であるが、 n 次元の場合には密度補正項がヤコビアンとなり、
次式で表される。
p ( y1 , y 2 ,⋅ ⋅ ⋅, y n ) =
∂ (x1 , x 2 , x3 ,⋅ ⋅ ⋅, x n )
p (x1 , x 2 ,⋅ ⋅ ⋅, x n )
∂ ( y1 , y 2 ,⋅ ⋅ ⋅, y n )
(21)
ヤコビアン
〔問題〕
式(13)の確率分布 f ( x ) = 1 を、 x ≤ 0.1 の範囲
で y = 10 log10 x として dB 単位に変換し、
x = 0.05, y = 10 log x = −13 の点において
F (x ) = G ( y ) が成立することを確かめよ。
〔答〕
g(y) =
y
G ( y ) = 10 10
y
log e 10 10
dx
f (x ) =
⋅10 、 f ( x ) = 1
dy
10
G ( y ) = ∫ g (t ) dt = 10
y
g(y) =
y
10
−∞
y
log e 10
⋅ 10 10
10
x = 0.05, y = 10 log x = −13 の場合
F (x ) = x = 0.05
G ( y ) = 10
−13
10
y (dB )
図 6 低確率部の dB 電力分布
= 0.05
8